2010年-30月

2010年2月28日(日)

奇妙なサイレンが鳴り響き、津波警報、というてる。チリの地震から発した津波がお昼過ぎ太平洋岸に届くらしい。それまでは創作。ヨーロッパの本。昼間に牡丹にいったら津波の話ばかり。裏のだれそれさんは畳あげたとか、横須賀線が停まっただとか。軽い躁状態になっているのは、台風でも祭でも、三崎のここいらはいつだってそうである。うちに帰って二階で本読みつつ、ときどき窓をあけて家のすぐ前の湾の水位を見てみるけど、なかなかあがらない。津波到着予定時刻の2時を過ぎてもあがらない。こりゃーまたなんかの陰謀か。と、敢えて通り矢の海岸まで岸壁沿いを久しぶりに走った。通り矢くらい、海と人が近いところだからかもしれないが、たしかに海の内にこもったパワーが、乱雑にたかまり、汀へ押しせめてきている感じがした。矢野さんと連絡をとりあい、来田さん、そして初対面のミュージシャン朝本千可さんと食堂で夕刻に待ち合わせ。夕暮れの三崎でレッド・ツェッペリンⅠとⅡのドイツ盤を爆音でかけてみる。Ⅰのほうがなんか爆発していてⅡのほうは隙間があいている。その点、ストーンズのレット・イット・ブリードはドイツ盤らしく、この声はここ、このパーカッションはここ、と位置取りがものすごく明確で、最後の女性コーラスとホルンとギター、ミック・ジャガーの歌い出しは、ドイツ盤がいちばんではと思ってしまうものだった。食堂で矢野さん、来田さん、朝本さんと合流。刺身は「さより、めといか、あじ、ほうぼう」を盛り合わせ、サザエ壺焼き、キンメの煮付け。ビールと日本酒。のんちゃんのテレビ映像をコンピュータとDVDでみんなで見る。芳本興業の芸人は完全に圧倒されていた。というか比べるほうが間違ってる。

2010年2月27日(土)

チョー寝坊。午前中は日記の整理をし、昼に牡丹で湯麺を食べた。奥さんが「フィギュアスケートの採点方法、今後変えていかなきゃダメだよ!」と持論を訴えていた。まるいちへいくと、のんちゃんがおとなしく働いていた。美智世さんと相談し、今日は浮き袋をふくらませた大ムツを、半身だけ買った。帰ってヨーロッパ本。確定申告中の園子さんから電話あり。矢野さんから連絡あり。気がついたら6時半で、まるいち食堂にでかけていくと、最近大学を出たらしい若い男女5人が素面で合コンをしていた。刺身、合コン、港町と揃って、誰も一滴も酒のまないとは、つまり日本では最近イスラム教が根付いてきたということなのだろう。インシュ、アッラー。こちらはビール飲みながら、ムツ、タコぶつ、めとげそ、ワカメの刺身。大ムツ強烈にうまい。最高級の鹿とか、それくらいの肉のパワー。大ムツの胸から上は塩焼きにしてもらった。どえらい旨み。焦げ目のおいしさでいったらムツに勝る魚はないだろう。僕が食べ終わらないうちに5人の合コンはあっさり席を立ち出ていかはった。店側としたらタイヘンいいお客さんだ。帰って風呂。さらに調べもの。

2010年2月26日(金)

お茶かと思ったらまちがえていてお茶なかった。昼からまっすぐ三崎へ帰る途中京急がやけに空いていて、バスもガラガラ音を鳴らして走っているなあ、とまわりを振り返り、まるいちに着いて、宣さんと美智世さんに挨拶しようと家の二階へあがっていったら、宣さんはコンピューターで競馬、美智世さんは真央ちゃんのスケートを見ていて、ああ、それでどこも空いていたのかと合点がいった。小さいキンメをキープし、家に戻る途中、八百兵のまわりに足場が組んであって改装工事中。商店街のふとん屋さんと呉服屋さんも合併して再生するための工事がはじまっていた。家ではレコードが崩れ床で折り重なっていた。ちゅん。ヨーロッパの本よみ、いちいち感心しているうち気がついたら7時前。晩ごはんは、まるいち食堂で、小キンメの塩焼き、アコウダイの刺身とサザエの刺身。サザエもアコウも味はもちろん香りがすばらしく、一片一片、かみしめると、野花のように香気がたちのぼり頭蓋骨を満たす。大場さんとサッカーの話をしていたら宣さん登場。のんちゃんも入れて三人で近くのおでん屋台の店。そして三崎一のスナック扇、さらにのんちゃんお気に入りのアイちゃんがいるスナックルミエールとはしご。アイちゃんは昼間のまるいち食堂に手伝いにもきてくれている。宣さんを自宅まで送り、ビール腹を揺らせて帰宅。風呂にはいったら自分のからだが黄色い液体みたいな感じで湯に一体化。

2010年2月25日(木)

シクシク曇りの朝荷物整理し、昼前、205バスで京都駅、のぞみちゃんで東京へ。1時半にワコーの前で船山さんらと合流し、東銀座界隈で歩いているふりをしているところを写真に撮られる。マガジンハウスの会議室でクロワッサンインタビュー。はじめて書いた小説のことや、連載していたエッセイ「ああ驚いた」のことなど。新刊の題名「熊にみえて熊じゃない」はさまざまな真実にあてはめて考えることができる、マ、禅語ですな、ホホ。4時過ぎ本のカバー、束見本ができあがったので見せてもらう。イヤー、さすが池田さんまたイイ仕事。ロバにみえてロバじゃない。4時15分東銀座の角で孝典と待ち合わせ歌舞伎座へ。場内で武田さんと合流。なんや空気の濃い千秋楽。はじめは壺坂霊験記、福助さんのシエー! がふだんにも増してシエー、シエー、シエー! だった。浄瑠璃だと巨大観音が出てくるところが歌舞伎ではお子なのか。二つめは高杯。タップダンス、さーすがに格好いい勘三郎。そして最後の籠釣瓶花街酔醒。勘三郎、玉三郎、仁左衛門と出ていて、勘三郎がいちばんすばらしいと思ったのは、実はこれが初めてで嬉しかった。愛想尽かしをいって玉三郎が理不尽に勘三郎を振る場面では、自分がじっさいにその座敷に連座して、目の前の出来事にまきこまれ、そりゃーあんまりやないか、と本気で思ってたくらいだ。初めから最後まで、これまであまり見たことのない透明な緊迫感が場内にたちこめていて、それは、さよなら公演、先代勘三郎の追善、そして千秋楽と、さまざまな「終わり」をそのなかに含め、重ね合わせ、まだ見ていない世界のほうへ花のように広がっていく、特別の時間が流れていたということかもしれない。それは建物や役者や個人を越えていく。歌舞伎てすごい。晩ごはんは途中で地下で食べたお寿司、終演後三人でバーロックフィッシュへいき、ポテトサラダと南京豆をつまみにハイボールを4杯飲んだ。地下鉄で茅場町のホテルに11時半にチェックイン。深夜なのに昼間のように愛想よくはきはきしてるフロントがかえって不気味。

2010年2月24日(水)

朝おきてニョーとあいさつ。ものすっごい天気いい。ぬくぬくの陽ざしを見ながら、暗い部屋で「考える人」原稿書き、昼前に終え、「本の雑誌」お昼に終わる。園子さん家のなか掃除、僕は陽ざしを浴びながら近所をぐるっとまわる。河原町のボンボランテで食パンを買ってもどった途端、園子さんは食パンの顔になってその食パンをムームーと食べてしまう。僕にも半分くれた。5時過ぎに田村さんがやってきて、ふたりでHMV蓄音機を自動車に乗せ、ぐるっと角をまわって徒歩30秒のクラブメトロへ。場内の前方は座布団でベタ座り、うしろの方は椅子席にしてもらう。蓄音機イー感じでブルースを鼻歌。小説を書くための机が木製でガタガタしているので、上に敷くもんなにかないかなと探してもらったら、黒いペンキを塗られた鉄板が出てきた。机に置いて、マイクを二台セッティングし、試し書きしてみたらカランカラン金属音が場内に鳴り響いてベリーオモロイ。そして軽く湾曲しているので紙がスッと貼りついてメチャメチャ書きやすい。マイク二台は机の音専用にし、小説を読むのも、スタンドマイクのアームを伸ばして空中で拾ってもらうことにした。横向きにすわったところも含めジャズのピアニストみたいですな。そうこうしてるとメトロにこーすけがお友達ふたりを連れて現れ、園子さんも伝言届けにきてくれる。セッティングが終わったので田村さん、こーすけたち、園子さんといったん家に帰ってお茶。僕は蓄音機でかける78レコード選び。だいたい1時間ぐらいあって78盤は最長3分半だから16枚から20枚もっていけばよい。7時過ぎ、メトロに行くと、もうけっこう人が入っている。蓄音機提供の千賀さん、続木さんと原山さん、酒屋の富永さん、山極さんとのじこさん、細川さんご夫妻、むかいの辻くん兄弟と辻さん家族と奥村さんの奥さん、河原で会ったイギリス人オリヴァーさん、知っている顔もはじめての顔も。7時半過ぎにステージにあがり、エーどうもと挨拶をし、初めてのピアノを試すような感じで小説をはじめた。地下鉄で音楽を聴きたくなったらあんたはどうする? 昔はウォークマン、いまならiPod、ケータイでも音楽は聴けるけど、京都に住んでるオレは幸運なことにそんなチンケな音じゃなく、丸太町駅まで乗り継いでいけば本物の音楽が存分にきける。改札を出て東南の階段をあがった踊り場に、クラブメトロってライブハウスがあって、狼の吠え声みたいなブルースや、熊が唸ってるみたいなエレキギターが毎晩きける。今夜もこうしてやってきた・・・アレ? 音楽が鳴ってない。お客はマアマア入っているけどしんとしていて、ステージの方をみんな見つめていて、なんだろうとオレも覗いたらそこに白い犬が横向けに座っていた。店員に「アレなんや」と尋ねたら「なんやしらんけど、小説書きよるらしいですわ」「阿呆ぬかせ、犬が小説書くか」といってもう一度見、オレはだんだんと変な気持ちになってきて、アアッ、と声をあげる。ステージの上にいる犬は犬に見えるが、たしかに生き別れになったオレの父さんだ! そしてなかなか書けない犬にかわってオレはステージにあがって小説を書きはじめ・・・という話。カランカラン鳴る鉛筆の音が書いていて気持ちよくジョンリーフッカーの足踏みのようだった。最後には父さんは半分人間半分犬の生き物になってクラブメトロの看板スターのブルース・シンガーになっている。題名は「犬」でした。ちょうどよくこの場所とこの時間っぽい小説が鳴っていた気がする。よかった。ここまでは前座で、今夜の主役は蓄音機HMVくん、とふたを開けたところで、ア、そうか、だから犬だったのか、と合点がいった。蓄音機のフェルト張りのふたの裏には、有名なあのニッパー犬、His Master`s Voiceの横向きの犬の金属プレートがはめ込まれていたからだ。そして一曲目はプレスリーのHound Dog、Love Me Tender、トミー・マクレナンBottle Up And Go、ボボ・ウイリアムスCatfish Blues、JB・ルノアI Lost My Baby、Okeh Laghing Record、フランクリン神父の絶叫説教、ロニー・ジョンソンGood Night Darling、ペングィンズEarth Angel、ムーングロウズWhen I`m With You、スアリトス・レーベルのキューバ音楽「鶏のダンソーン」とモンチート・モッタEl Doiablo Y Joでオシマイ。よく鳴ってくれました。盛大な拍手が送られ、終演後はHMVくん女性にとりまかれ大撮影大会。細川さんご夫妻、園子さんと一緒に吉田屋へいきいかすみ料理、春野菜のフリット、豆腐と挽肉炒めなどを食べました。隣に山本精一さんがやってきたので、ハルヒの話をちょっときく。12時に解散し、明日からの三崎滞在に供えて段ボール箱詰め、リュック詰め。

2010年2月23日(火)

朝おきてニャーと挨拶。ちょっと読み、タクシーで東洞院。お昼は市役所の近くの中華料理屋さんで園子さんは酢豚定食を、僕はサンマーメンを食べた。とある料理界での重鎮の人が、ここは自分でしょっちゅう来てる、ということで園子さんに連れられていったが、その酢豚は、ものすごくストレートどまんなかの直球酢豚で、焼売もほんま、一般の普通の人が思いえがくイデアルな焼売、そしてサンマーメンは「あー、そうそう、この麺がいま自分は食べたかったのよ」と思う感じの、普遍的な味の中華屋さんで、そういうことに気づく前に「ここの味は、味付け云々はさておき方向性として、園子さんの料理に似てますな」といったら嬉しそうに「ヤッパリ?」と園子さんはいった。よかった。聖護院にお参りにいくと五大力さん大忙し。ふたりで修験者の人に背中にカツを入れてもらった。そんでタオ。イタタタタタ。まっすぐ帰ってきて、そのまま風呂かと思ったら辻くん兄弟と路上野球。日暮れ頃、蓄音機でヴォケリオンの1910年代のをランダムにかけたらすばらしかった。20枚くらいをまとめて700円くらいで買ったのだけれど買っといてよかった。晩ごはんは、大根千切りとカリカリ油揚げの和え物、冷やしトマトとアスパラのサラダ、いかと豆腐の煮付け、かしわとねぎ中華炒め。食後グダーとしているとおおきに屋のもっちゃんから電話あり、ホイ、とバネが入って起きあがり、タクシーに乗ってひとりおおきに屋へ。榎本了壱さんと初対面でワシ喋りすぎ。蓄音機の話、三島の話、大学の話。よかった。もっちゃんも楽しそうやった。ト、帰って締切すぎてるのをEメールで知らされゴトン。頭落ちる。アー、気がつけば明日になっている。

2010年2月22日(月)

ニャーニャーニャーの日。朝から猫文字日記、午前中に終わる。胃が張って昼ごはんはリンゴとでかいミカンだけ。園子さんは納豆ごはん、ゆうべの残りなどパクパクパクと喋るように平らげ、見ていて元気。3時まで戦時下の本。歯医者に行こうと外へ出ると辻くんところの奥さんに声をかけられ、24日は6人で来てくれはるらしい。よかった。歯医者さんもベースギターの話をしつつ、よっぽど仕事がきつくなかったら行かせてもらいます、といってくれた。日暮れまで重い物、持ちあげたり足の甲でぶら下げたり。えんえん話している外国人のカップルとか、女性と見ると立ち話してるおっちゃんとか、こういうところが「暇つぶし」という人は大勢いるんだろう。ニャーニャーニャー。家に帰り、光栄な依頼をくれた出版社に電話、メトロのイベントのカメラマンに電話。園子さんが風呂にはいってるあいだ、蓄音機の調子とぜんまいの巻き具合をたしかめる。戦前ブルースかけてみるとヤッパリこれまで聞こえてなかった音が聞こえる。トミー・マクレナンの「ローミローミベイベ」という下品そうな歌は意外にどっしりしていたいっぽう、ポップと思ってたココモ・アーノルドのココモブルーズはエンジンのついた機械に後ろから追い立てられて走りながらキリキリ歌っているみたいに聞こえる。ドゥワップをかけてみたらビビリはなかった。まあ本番ブッツケですわ。晩ごはんは、長芋フライ、ほうれんそうおしたし、わかめとしらすの酢の物、千切り大根の和え物、いわしの梅煮、牛肉と赤ピーマンともやしの炒め物。コロッケ以降うちではキテレツ大百科がはやっていますが園子さんはこたつでそのマンガを読んでいる。つづけて「考える人」も読んでいる。日本近代文学館からエッセイの依頼が来た。隣でブロンドオンブロンドのイギリス盤かける。来月半ばにはこの人が大阪に来はるんかー。

2010年2月21日(日)

ゆっくり起床。園子さんは自作の湯たんぽにネムネムという名をつけているが、わたしの起きた顔はそっくりそのままだったと思う、と園子さん。昼過ぎまで戦時下の本のメモ作り。午後から、散歩がてらに二条室町のギャラリーへ行き、こよりアートの展示を見る。こよりというのは今日まで紙と思っていたけど本当は光のことだったのか、と思った。それから園子さん念願のマンガミュージアム。火の鳥展やアメリカのマンガの女性展、立体鳥獣戯画展などあって、そして壁ギッシリのマンガ読み放題というまぼろしの猫らも驚きの施設。僕は「のらくろ」の大陸へ行ってからの話を読んだ。子どもの頃、「のらくろ」のドジなころのはよく読んでよく笑ったし切実に感じたが、大陸での戦争編はおもしろく感じなかった。なんか重たかった。30年以上あとに読んでみてその重さはのらくろの付けている星の多さにも関係していると思った。園子さんは「コマコ」というマンガ読んでけらけら笑っている。「ゴロゴロ、パクパク、ケラケラ」が園子さんの今年のめざすところだそうです。帰りは二条でなく押小路を東進し、ホルモン屋がおいしそうだったがおなか空いてないのでもったいなくパスし、食パン界、寺町に出て、東南アジアなどの布や器を打っている店の前で園子さん立ち止まり「ア、まだある」といった。それは何の用途かわからない周りに丸い穴が四つ空いた緑色の壺だった。何度この店の前を通っても必ず目に入り必ずここにあるのだという。「それはもう呼んでんねんで」といってグワッと壺をつかんで店内へ。店員さんに渡すと、「二階もありますからよろしかったら」といわれ、二階にあがったら、園子さんが好きそうなもので空間のすべてが占められていた。人間抜きの魚市場に放された猫はあんな顔になるものか。帰りは紙袋にいろいろ。よかった。晩ごはんは、またもや出た揚げたてコロッケ! ほうれんそうとしらす和え、長芋の千切り、キャベツもやし豚肉炒め、牡丹の焼売。ナンキンを大砲で発射してその距離を競うというアメリカの祭のことをテレビで放送していた。テレビとはこういうものを放送するためにあるんやと思った。ナンキンを投げる距離を競う祭は、バネ部門、投石機部門とかに分かれていてナンキンが飛んでいく距離は1000メートルにも達するのだ。そんだけの空き地がある国でないとこんな祭できない。ミュージアムで買ってきたマンガ読んでネム。ネム。

2010年2月20日(土)

朝ムアーと起きる。晴れていてありがとう。午前中は戦時中のドイツの町中がどうだったかという日本人の手記。昼からは子どもの手記。夕方にメトロのチラシをもって橋を渡って國田屋さん。一升瓶を三本返し、滋賀の純米生酒を一本かう。家にもってかえり、東山の酒屋さんにチラシもっていく。帰ったらキャベツの千切りがあって園子さん振り向いてフフフと笑う。昨日買って帰ったのに晩ごはんに出てなかったものがあった。それはまぼろしのコロコロしてる猫が「あたしこれが好きで生きててよかった」と涙ながらに笑い、猫らがオーミー、ギューコロ、オーミー、ギューコロ、とハモって唄う近江牛コロッケ! しかも、うちで揚げるなら、それは揚げたてのスペシャルなコロッケだ!! 細かな肉の旨みがふわふわと広がる。ほんまにおいしおいし。キャベツ千切り、蕪とこぶの和え物、おかひじきと厚揚げ、イワシの梅煮。蓄音機の響きがいまだ耳に残っている。重厚で残ってるのでなく、子どもの頃にスーッと通り抜けていった、広い芝生の公園の、夏の風の匂いを覚えているのと同じに。

2010年2月19日(金)

朝起きて湯浅さんにダブルブッキングのあやまり電話。3月22日は京都で予定があったのに、ちゃんと調べもせず東京でのイベントを入れてしまった。ぼけまくり、ちゃんとしなな。11時過ぎにシンビ田村さん運転の自動車に、メトロ前で乗せてもらい、一路近江八幡へ。道路が空いていて、予定よりだいぶ早くついたので茶でもしよかという話で、市街地うろうろしていたら、肉屋さんのにしかわさんのほうに出た。園子さんから、近江牛をカウてくるよう指令をうけている。カウカウ、と助手席から田村さんを誘導し、にしかわの前の喫茶店に入り、お昼やしということで田村さんは日替わり定食、僕はカレーライスを食べた。食後にしかわにいき、すきやき肉200グラム、切り落とし200グラム、牛肉コロッケとすきやきコロッケ各5個、牛牛。牛カウ。田村さんもメンチカツや肉を買っている。ちょうど時間になったので千賀さんのお宅へ。サイン本渡し、来週のイベントに使うために借りる大きな蓄音機を、田村さんとふたりでえっちらおっちら、三階から、急階段を伝って一歩ずつおりる。ふだん階段を下りるのがもっとも苦手な僕が、迷いなく下りられたのは、蓄音機の偉大さに運ばれていく感じがあったから。それから自動車の中で田村さんのヒミツをいろいろ聞きつつ京都へ戻り、うちの奥の間に蓄音機をあげ、78盤、クラシックのソプラノソロ聴いてみた。絶句。それからエルモア・ジェイムズ、トミー・マクレナン、ロニー・ジョンソンと聴き、ストレンジ・フルーツ聴き、マイルスクインテット、カルメン・ミランダ聴き、最後にと思ってジョニー・エイスかけたら音が大きすぎるのか針がびびって震える。これは新発見。50年代初期の録音なのにこんなに音圧強いのか。ムーングロウズでやってみても初めはやっぱり針びびった。R&B系はこの1920年代の蓄音機はデリケートすぎるのか。サウンドボックスや針の太さを変えてみるとまたいろいろわかるかもしれない。すごいなーHMV。園子さんがフランスからの電話に出ているあいだに昨日につづき重い物。奥では今日はバレエの時間。新元さんに蓄音機の話を興奮してしてしまう。帰ったら園子さんがラジオをかけながら鉄鍋あたためていた。そう、それはすき焼き体勢! 近江牛、ネギ、白菜、焼き豆腐、麩、麩、麩、と笑ってまうのは僕がなにより麩好きだからだ、糸こん、しいたけ、えのき、生みたての卵。まぼろしの猫たちオーミー、ギューギュー、オーミー、ギュギューギュー、とムーングロウズのように歌っている。園子さんすき焼き職人しながらフィギュアスケートつるっつるを見ている。花輪をかぶっていた少年のようなスケーターが特にツボみたいで身をひねりながら「カッコイイーン!」と絶叫している様を、まぼろしの猫らは気にもせずパクパクすき焼きを食べ、明日のすき焼き丼の分だけちょっと鍋に残しておく、ということを、日本人の真面目な主婦ならやったことのない人がこの世にいるだろうかね! と激しく反語。ロバの屋敷の話を寝床の園子さんに伝える。わら、わら、わらの家。

2010年2月18日(木)

朝おきて湯浅さんのレコード落札。チャリーン、10ドル! テディ・ベアーズの「会ったとたんに一目惚れ」のSPカナダプレス盤。その旨電話し、今日は戦時下のドイツ、フランスの本よむ。山本精一さんのアニメ話園子さんにチョーうける。3時に重いもの持ちあげにいき、4時半に帰り、園子さんと歩いて新京極のMOVIXでラブリー・ボーンという映画を見た。いろいろおもろいところがあった。全体がジャンクで、細かいとこもジャンク。けど「崖の下のポニョ」っぽい、もうどうでもええやんそんな細かいトコ感があってよかった。いろいろ人が口出すうち勝手にそうなってしまったんですね、という感じ。また、ボーン、骨というもののアメリカ人の感じ方が謎だと思った。その謎とこの映画のおもろさは関係してる気がする。三条のアーケードから電話し10分歩いて家の近くの焼鳥屋。えらい繁盛しているが、カウンターの内側はものすごくレベルの高い熟練の調理人なのに、外側は学祭みたいなのがスゴイと思った。それでも大勢ひっきりなしに来ている。気の入った料理こそ最大の接客ですな。園子さんにいわせると「クンフー入ってますね」。帰って風呂はいる。「少女マンガですねー」いいながら園子さんカルタマンガ「ちはやふる」読んでる。

2010年2月17日(水)

だんだん晴れてくる。頭ちょうどいい。午前中読売新聞タムくん原稿。考えてもしゃあなし。昼に食べた「ひじき、ほうれんそうゴマ和え、納豆」のグチャグチャごはんののり巻きがおいしかった、1時過ぎ、シンビの田村さん家にあったSP盤もって来る。絵付きの童謡、虎造の森の石松、玉音放送など、家にあった驚きの78盤かける。それから、うちのジョニー・キャッシュ、ライトニン・ホプキンス他、10枚くらい一気にかける。田村さん硬直。3時にエルマガのふたり、稲森さん、村瀬さん、いろいろ相談しやはり蓄音機でムーングロウズ、チャーリー・パーカー。空気の色が、聴いている人の感じによって変わるのがおもろい。皆が帰りはってから、夕方、向かいの辻くんと立ち話、座り話。ユウリキやなくてユリキやったんやね。橋を渡って散歩、河原町のパン屋さんボンボランテで園子さんの大好きな食パン、國田屋さんにたっくんへのバレンタインチョコとお菓子を持って行き、スーパーのファーマーズでねりからし買って帰る。風呂はいり、園子さんにときどきしっぽふまれる。しっぽが生えてやっと自分がどういうものなのかわかってくる気がする。それは人間の言葉でわかるというのとはちょっと違うけれども。晩ごはんは、ほうれんそうと湯葉の和えもの、三崎の牡丹のシューマイ、奈良漬け、ホタテ貝柱とインゲンとブロッコリーの炒めもの。園子さんの反応を横で見ていて、この世にフィギュアスケート男子が嫌いな女性はいるのかという気になる。湯浅さんと密談。園子さんか湯たんぽかどっちかわからない。

2010年2月16日(火)

朝起き、即タクシーで園子さんと二条西桐院へ。園子さん顔がねこじゅうおどり。御池通り歩き、寺町の進々堂でモーニング。目玉焼きが二個二個。家に帰りすぐ続木さんに電話し、午前中チョイ創作。昼にこたつで猫ってる園子さんとオリンピック見、午後「アウシュビッツの音楽隊」読み終わり、「追憶のドイツ」読みはじめる。サーテ、ちょっと岡崎神社行ってくるかと思って席を立とうとしたら、続木さんからEメールが来て「ひとりで岡崎神社にいくように」という辻占。自転車でヒャーヒャー笑いながら岡崎神社に行き、うさぎさんに寒いのにゴメンなさいと何杯も水をかける。帰りしにサンプラザスーパーに自転車を乗り付けるとレジのところで園子さんが買ったものを詰めていた。「岡崎さんが、やっぱり呼んではった」というと「なんで」といわれ、「神社へ着くまでの行きも、ここ来るまでの帰りも、自転車で一回も足つかんとビューッと来た」といったら「ほんまやねえ」といった。自転車押して帰りぎわ、氏神の熊野さんにもふたりでお参り。家に帰り、「追憶のドイツ」読む。5時過ぎに自転車でまた岡崎神社の前を通り白川通りの原山眼科へ。コンタクトレンズが曇りがちなので目を含め検査してもらい、レンズを無料交換してもらえることになった。アリガタヤセレナーデ。自転車で帰り、風呂はいり、晩ごはんは、ほうれんそうゴマ和え、蒸し牡蠣、奈良漬け、中華風野菜スープ、ひじき、イワシの塩焼き普通のとシチリア風のと。食後園子さんこたつ猫。そしてゆたんぽ化。寝ていても両手あげてつづくねこじゅうおどり。

2010年2月15日(月)

ゆうべ2時くらいまで寝られず寝酒のんだらすごく深く眠れた。頭ちょうどいいスッカラカン状態で「熊」の後書き書く。午後は「アウシュビッツの音楽隊」読む。午後3時に鴨川を渡って重いものセンター。左の腰が最近よくきしむ。重すぎんのかな。4時半に家に帰ったら、玄関先に絵の着いた紙が置いてあって、「しんじはレコードを買いすぎ、園子にすごく怒られました。しんじは『僕のせいじゃない~』といって、外へ飛びだし、ひとり船に乗って冒険の旅へでかけました」と書いてあった。「ねこじゅうたちのいるところ」と題もある。案内に誘われるまま表座敷に行くと、やはり紙があり、「ヨー、おまえもねこじゅうたちになるんだろ、しっぽをはやせ!」と書いてあり、鴨居から手製のもわもわのズボンがさがっていて、尻のところにもわもわのシッポがついている。いそいそと履き替え、隣の奥座敷に行くと、園子さんが「ねこじゅうたち」となにやら騒いでいて、アノー、としっぽを見せたら、「王様だ」「王様」とねこじゅうたちといいあい、フェルトで作った猫やロバの模様のついた王冠をかぶせてくくれ、そして全員で「誕生日おめでとう」といった。この年のこの日はゾロ目の誕生日だったのです。園子さん、ねこじゅうたちと周りを取り囲み、「王様、命令は」というので、「ねこじゅうおどりをおどるんだ!」といって、まぼろしの猫、ロバ、園子さんらとともに、ニャーニャーバカ騒ぎしながらこたつの周りをまわった。ボロボロのリュックのかわりの新しいリュックサックを王様は年貢としていただいた。雌牛、僕、雌牛、僕とフランス語。風呂に入り、晩ごはんは、グリーンサラダ、アボカドいくらサラダ、鮭といくらのオホーツク和え(猫命名)、近所のパン屋ホホエミのパン、昨日高島屋で買った犬の臭いのするチーズ。ロゼのシャンパンをぐいぐい王様としてひとり飲み干す。食後はこたつで湯たんぽ状になった園子さんの右足の裏を指圧。しっぽの生えたズボンをはじめてもらったけれど、自分がずっとしっぽの生えたズボンを欲しかったのだと、もらったいま初めて気づいた。というか、しっぽが欲しかったのだ。園子さんありがとう。JR東日本の本屋部門にに電話、マガジンハウスの書籍部門にも電話。不平をいっているようだけど、フフフフフ。

2010年2月14日(日)

いい感じで早起き、モエの連載、走ることについて書く。お昼はひさしぶりにきただへ、僕はにしんそば、20年ぶりに食べたらきただのにしんそばがいちばんうまいと思った。園子さんはいろいろ迷った末鍋焼きうどん。「おいしー、うまいー」と、湯たんぽと同じ顔でうどんすする。「久しぶりに食べたらチョーおいしい」。2時まで園子さん食休み、それから南座の「歌舞伎鑑賞講座」へ。落語家の解説、揚巻の衣装、子役の泣き方が猫っぽかった。これで2000円はやっすい。園子さんと高島屋へいって肉とチーズと野菜、手芸屋さんへいってよくわからないもの、六曜社でコーヒー、ホットオレンジ。さーて、と時間を見てバスで銀閣寺。5ヶ月ぶりの「なかひがし」。あまりにすごすぎて料理を一個一個書けまへん。全体が味の大自然。最後のごはんは、ふつうのごはん、おこげ、そしてニューヨーク「マンハッタンの夕焼け」まで、最初のアルデンテから数えたら四回ごはん食べた。隣に座った園子さんのその隣もソノコさんだった。体の中に宮川町的なものが充ち満ちてかけめぐる。お店を出てフラフラで歩きながら、やはり宇宙一の料理屋さんといいあいつつ、去年と同じように、イヤ、さらにすごい料理屋さんが京都にはあと2,3軒あるんやないかと、そう思わせるところが京都のスゴさ。帰ってお風呂。

2010年2月12日(土)

朝から創作。わりとあたたかい。午後は東プロイセン調べ。午後2時過ぎ、重い物センターで運動し、家に戻ってから簡単に掃除しているうち、5時に講談社の須田さん来られる。家の因縁話と蓄音機。オーケエのラッフィングレコードやっぱスゴイ。そしてムーングロウズには全員で泣いてしまった。時間が来たので三人で祇園の新橋、水炊きの萬治郎。驚愕のスープ、肝、白菜とかしわ。最強の鍋屋さん。須田さんを南座の角で見送り、川端通りを上がって家に帰る。風呂はいり、今日から園子さんの寝床には、湯のはいった猫が寝てるように。これは園子さん自らの作で、顔として本人にものすごく似ている。猫の形の湯たんぽというのはなにかシアワセの現身ですな。園子さんが命名した名前はネムネム。寝床で腹ばいでドイツ本ヨムヨム。

2010年2月12日(金)

曇りだ曇り。園子さんは最近夢をみがち。朝からどんよりと創作。目が疲弊してる感じがする。ケーニヒスベルクにまつわる長文読んでさらに目がシワシワに。と思うと昼過ぎからブルンブルンブルンやかましくヘリコプターが。消防車のサイレンやら、空気がなんか落ち着かない気配。おつかいから帰ってきた園子さんによると熊野神社の角から北へ東山が非常線張られ通行止めになっている。3時過ぎなんやろなんやろと話しながら園子さんと鴨川のほうへいくと、近所の奥さんが二階の窓から顔を出し、向かいのご主人に「爆弾がしかけてあったんですて、そういう電話もあったらしい、京大病院に」といっていて、ソ、そうかー、と思った。僕は重い物センターへ、園子さんは花屋へ行くつもりで橋を渡ったのだが、センターへいく前リュックをさぐったら会員証を忘れていて、方針を変更し、ダッシュで園子さんを追いかけてふたりで花屋へ行くことになった。御所の並びのいい花屋。まず薦められたのが「梅の枝」。庭でバケツにでも活けといたら花が咲く、とのこと。緑の蛇がうにょうにょになったようなもの、蘭の一種、チクチクの葉、ほかにも二種、見てるだけでおもろい草花を買った。運動に行こうと家を出て梅の枝を持って帰るとは思わなかった。正味いうたらわてはナ、梅の枝を抱えて帰るためにナ、日々重い物を持ちあげて鍛えてまんのんや。5時過ぎに続木さん来られ、こたつでヒミツの会合。最初に電話があったときからそんな感じでしたよね。それから蓄音機、ラブミーテンダー、スアトリスレーベルの女声ボレロに、ダンソン、にわとりコケコッコー、最後に女性ならみんな好きなポールアンカのダイアナ。晩ごはんは、ぐじゅぐじゅ巻き、ほうれんそうのゴマ和え、いわしの梅煮、蕪と塩昆布の和え物、豆腐のみそ漬け。園子さんは「ぐじゅぐじゅ巻きとは書かんといてください」といっていたので正確に記すと、納豆と挽肉炒めのレタス巻き、デシタ。池田さんより電話。お互いアキラと化し「ショガナイネ~」と唄いながら馬で遠くへ駆けていく。後で風呂に入る。

2010年2月11日(木)

えらい雨どすな。朝から地味地味創作。しかし内容は暴れ回る。昼間に昨日のコロッケ一個ずつ残しておいたのを食べる。園子さんとコロ近江の牛を一頭買いたいみたい。カウ。午後は「熊にみえて熊じゃない」ゲラを読む。二回、三回。雑誌に載ったものがなんでこんなにようさん誤植があんねや。雑誌の会社やろが。ガックンガックン。夕方園子さんは豪雨の中タオ指圧へ。こちらはゲラと向き合い、しかし二年とチョイやってるといろいろあるなあ、と感心放心。こうして全体を読んで「ア」と驚くことがまたしてもあった。やっぱり、クロワッサン連載時の「ああ 驚いた」という題名は正しかったのだ。気がついたら7時近くになっていてこちらもまた驚く。下りていったら園子さんガスレンジのところで忙しそうにしたはる。それにしても昨日、アメリカのオークションで軒並み負けたのですが、新品同様の78盤はほんま気が遠なるくらい高なりまんなあ。フーチークーチーマンが180ドル弱とは。けどハウリンウルフのヘンなんが落札できたからマアええし。一昨日くらいに落札したのは、マディ・ウォーターズのマニッシュボーイで、千賀さんの蓄音機でかけたらズンズンくるでしょうな。晩ごはんは、れんこんとにんじんのきんぴら。菊菜のえのきおしたし、鯖・はまちのみそ漬け、しらすおろし、きんきの揚げ炙ったん、祇園の餃子。食後にフーと息をつく。園子さん、テレビを見ながら縄文の人の暮らしにあこがれる。バンククーマーオリンピックが始まろうとしている。園子さんはオリンピックのキャラクターの熊が気に入っている由。バンクーマー映らないかナー、としきりにいいながらテレビ見ている。テレビといえば荒川区を空撮で映しながら白い雲の爺さんと娘がいろいろくっちゃべるというテレビ番組はおもろかった。

2010年2月10日(水)

朝起きてあわただしく78盤5枚リュックに入れ、バスで京都駅、2番線で行司さんと待ち合わせ、近江八幡へ。行司さんが新聞記者として当地へ赴任したてのとき、そして勤務の終わり時期の二回、足を骨折したという因縁の地。行司さんいわく、転勤する頃にはとても愛着のある土地になっていたらしい。道中からだのことや体操のことなど話し、駅についたら自動車で肉屋のにしかわへ。コロッケ売っていることをチェック。というのも今日来られなかった園子さんから「近江牛のコロッケ」というミッションが下されているから。すると雨が降ってきた。通りの普通の金物屋さんにはいって傘買うた。エエ店がちゃんと残ってるエエ町。八幡さんにお参りし、歴史資料館というところを見学。中庭の鉄錆びたオブジェ群がすばらしい。芝生の上で何十という石臼が置かれているおもいがけなさ。向かいの古屋のひな人形も凄かった。どんどん中にはいるたびいっそう奥行きが深まっていく感じは京都と同じかと思った。なんせ人形ですから。それも・・・これは言葉ではいえへんので是非いってきてみてくらはい。お昼はにしかわですきやき丼。そして大事なことは、土産のコロッケを買わないといけない。揚げてもらうか、そのままか、園子さんに電話してきこうと思ったが出ないので、手間と熟練度を考えてお店で揚げてもらって持ってかえることにした。お昼はここですき焼きドンブロイをいただきました。そしてこれからが本日のメインである。京都うまれ近江八幡在住の千賀さんが自動車で肉屋さんまで迎えにきてくださる。千賀さんは服飾デザイナーで、町おこしプロデューサーで、さまざまなもののコレクターで、そしてそのコレクションのなかに蓄音機、SP盤もはいっている。千賀さんは以前から行司さんと仲が良く、京都新聞の僕のコラムを見て「蓄音機好きなんやったらうちに聴きにきたら」と誘ってくださったのである。千賀さんのお宅は一回が白洋舎のクリーニング店になっている。「おじゃましまーす」と入っていったら、きれいな奥さんがコーヒーを出してくださる。そしてクリーニングがすんでハンガーに架けられた洋服の後ろには、SPSPSPSPSPSPSPSPSP盤の山。しかもすべて整理整頓されクリーニングされてある。床に目を落とすと蓄音蓄音蓄音蓄音蓄音蓄音機マシーンの山。大きなマシンが何台も。そして何気なく、服の吊り下がった奥まったところに置かれていたのが、蓄音機のロールスロイス ヴィクトローラのクレデンザ。ただし、蓄音機云々よりも、千賀さんという人間の魅力が先に立っていて、これまでの玩具やアイロンなどコレクションの話、いま作っている葦筆の話など時間を忘れて聞き入る。なんの惜しみもなくこちらへ見せ、与え、楽しみを分かち合える人。近江だからこんな、ほんまもんの粋人が残ってはるのか。去りがたいけれど手を振ってタクシーで近江八幡、京都へ戻る。桜の時期にまた来たい。千賀さんほんまにありがとうございました。コロッケさげて帰ると園子さんキテレツ大百科そのものの顔になり「待ってたナリ」という。風呂にはいり、盤ごはんは、レタスサラダ、湯豆腐、キムチ、菊菜ゴマ和え、きずし、すき焼きコロッケ、近江牛コロッケ。コロッケ命のまぼろしの猫もいる。気が狂ってもええ? 気が狂ってもええ? ミギャー! それは園子さんの現身でもあった。こたつでしばしボー。千賀さんのレコードの恋人、マリリンの吐息が耳にまとわりついて離れない。

2010年2月9日(火)

きのうから石川忠司「新龍馬論」読んでる。石川さん相変わらずおもろい。本が枕元で逆立ちしている。日中は創作。雲の位置の低い曇り空の感じ。夕方ゆうすけ歯科にいったら、ヤクザのおもろい話をきいた。兵庫県警、大阪府警はどっちがヤかわからん、というような。6時過ぎ、園子さんとバスでみなみ会館へ。館員の皆さんと近所の居酒屋でこないだの会のうちあげをやった。刺身、丸いもの、鶏の唐揚げ、トマトと玉ねぎとレタスのサラダ、そして巨大なタイの塩竃焼き。映画の話、光の話。京都の学生は京都の学生であることを手抜きしがちのような気がする、とか。近鉄、京都駅からタクシーで帰宅。ゆうすけ先生に教わったヤクザの映像をネットで見てみるとへそが渦を巻くくらいおもしろかった。園子さんは猫アニメの余韻に浸りつつウフフ、ウフフ、と寝てしまう。

2010年2月8日(月)

朝ごはん食べて8時から創作。園子さん重い物センターへゆっくり体操しにいくといっていたので、ウアー、ムニャー、と声をあげながら書いている。ダッテ今日は2・8、ニャーの日ダカラ。アメリカから段ボール、マディ・ウォーターズ二枚とハウリン・ウルフ一枚。昼までやってたら園子さんがロバ顔でふすまの隙間から顔を出した。「じゃーうどん行きますか」といったら「下にできてます」といったので驚いた。体操しにいったと思ってたらなんか寒気だったしニャーの日だったのでこたつに入って休んでたとのこと。中華風つけうどん、馬ーベラス。1時に電話するといってた人が電話してこないのは電話で「しません」と伝えてくるべきやないか。2時半に精華大で作っているという情報誌のインタビュー。左京区の特徴、「京都」という状態、行いについて話しあった。蓄音機の話がつい出たのでキャットフィッシュブルース一曲だけかける。猫魚最強。それからタオ指圧へ。ひさしぶりにいったらもと中日もと西武もと阪神の野球選手がえんえん素振りをしている、という指圧コーナーにはなっていなかった。非常によく効く。スヌーピーの生みの親、チャールズ・シュルツの話などする。帰って風呂はいり、レコード磨き。キューバの盤、今日とどいた三枚、こないだ届いたヴォキャリオンの7枚などつぎつぎと。晩ごはんは、水菜と里芋のお吸い物、納豆はさみ炙り揚げ、牡蠣とかしわのチーズグラタン、鯖の塩焼き。食後にブラウンズヴィックのレコード磨きだしたら園子さんは「サントワマミー」の替え歌で、「レコードとばかり~、戯れるアナ~タ~」と歌いながら、ヘーベルハウスのラムくんとともにまぼろしの三階にのぼっていった。うちは普通の町家で二階までしかあらしまへんのに。今日の磨き、オシマイ!

2010年2月7日(日)

朝ふつうに起きたら雪積もってた。すぐ晴れてすぐ溶けた。昼過ぎまで創作。そんで掃除。サーテ、と届きっぱなしでまだ開けていないレコードの箱をあけていく。78盤はエリントン楽団の凶暴なジャズ、カルメン・ミランダのチカチカブーン、ひたすら笑うだけのオーケエレーベルのラッフィングレコード。ひさびさに買った33盤はキャプテンビーフハートのプロモ盤とシド・バレットの海賊盤デシタ。橋越えて重い物もちあげにいくと新元さんとロッカールームで遭遇。互いの暮らしのことなど話して互いに重い物。今日はいろいろ5キロずつ増やした。5時過ぎに帰り、風呂に入り、風呂上がりにノアルイズで買ったキューバのスアトリスレーベルの78盤を蓄音機でかけてみるや絶句。やっぱしキューバ人のからだと声はよそのどんな国とも違ってる。三枚のうち一枚はあまりにも音がでかすぎて途中でびびってやめたくらい。家くらいのサイズの鶏のコケコッコーが多重録音されて入っている。園子さん風呂から上がり、レコードのじゅうたんに唖然。ハハハ、と笑いながら片付ける。晩ごはんは、豚肉と白菜の重ね鍋、ほうれんそうおしたし、炙り厚揚げ、いわしの梅煮、南京ときのこのチーズグリル焼き。

2010年2月6日(土)

モーローと起きると下から園子さんが猫顔で駆け上がって来、タイヘンタイヘンタイヘン、というので何かと外をみたら、薄く雪化粧の京都デシタ。雪というのに雪かきしなくていいのはフシギな感じ。昼まで創作、チャーハンを食べ、3時頃まで創作。晴れたり曇ったり雪ふったり、忙しい天気なこっちゃ。4時に園子さんと粉雪のなか歩いてロイヤルホテルの地下、白洋舎にセーターと浴衣だし、また降ってきたのを突っ切って京都MOVIX。「かいじゅうたちのいるところ」。園子さんがネットの予告編だけでオイオイ泣いた映画。出だしの犬すばらしい。「かいじゅうおどり」は完璧やった。とにかく走り回り跳ね回るところがよかった。あれは全部なかに人が入っているのやとある映画監督に教えてもらった。紀伊国屋で園子さん漫画、僕は歌舞伎の劇評の本を買い、7時半くらいから木屋町でもつ鍋。最近ホソボソとホソづいている。鍋が沸騰し終えるとともに、知り合いのカップルの話題が沸騰。歩いて帰るつもりだったのにベチャベチャの雪が強くなってきてタクシーに乗ったら家の前で停まった瞬間にスーとやんだ。

2010年2月5日(金)

8時半から捜索。おまえはどこだ。実は創作。「雪」が降らない町で「雪」ばかり書いているけれどこちらの「雪」はよく降ります。園子さん午前中重いものセンターのオリエンテーションへ。一緒に聞くはずの入会者が遅刻してろくろく説明は聞けなかったそうだ。午後4時まで創作。どないやねんと重い物センターを覗きにいく。今日はスタジオというところでオリジナルバレエがあり終わったあと地味に華やかというかみなお喋りしてはった。暮らしに華やぎを入れるのはええことやと端から思う。國田屋さんにお酒買いにいくとヨウコさんが5センチくらいに縮んではった。ここは表からオープン状態なので寒いのはそら寒い。かわりに人がスースー、風が通るみたいに入ってくる。まあ考え方やけど、こっちのほうがホンモンぽいな。一升瓶ぶらさげて帰ると向かいの奥村さんの奥さんと会い、いま奥さんおいしいもんつくってはんねんな、といわれ、ハイ、とこたえた。風呂にはいり、蓄音機。JBルノアーの音にガックシ。園子さんも後ろで「これ、イチバンの爆音じゃないですか」と髪を音圧になびかせて笑っている。ボブ・ディランがエレクトリック時代に入ったばかりの歌唱法を、はるか十何年前、ブルースシンガーJBルノアがバリバリにやっていたとは。明らかにディランはルノア節で唄っている。でもルノアはルノアでもこの時期のルノアなのだ。プレスティージのマイルス・デイヴィス五人組は500円で買って擦り傷だらけだったのが、聞いてみたら目の前にトランペットのラッパがあってブキャーと叫んだ。こんなピアノの録音きいたことない。ヴォキャリオンの初期盤のマリンババンドの音に情念がこもっていてコワイ。そのまま盤ごはん、マチガエタ、晩ごはんは、春菊のごまあえ、再婚の葉のおしたし、里芋と大根と白みそ汁、塩もみキュウリ、ホタルイカの干物、北海道の健康な牛たちのプルコギ、葉っぱで包む。朝青龍がきのう引退宣言したのを園子さんともども一日おいて知った。理事とかに詰められたらしいけど、若手が自殺したり、貴乃花問題があったりで、八つ当たりというか電車のなかで大人がマナー違反の中学生を鞄でぶん殴るみたいな、イヤーな感じの対応だった。横綱て神様でっせ。横綱やったらなにやっても合法くらいに法律を改正しんなあかんにゃろ。

2010年2月4日(木)

8時半から創作。園子さんとバケツリレーやって洗濯。行司さんから電話。大津行きのこと。昼にパン食べ、3時まで創作。下におりるとギョエと目をむくほどレコードが届いている。ヴォケリオンの78が12枚新品同様で、とか。そして、こないだ大人気だったキューバのスアリトスレーベルの78盤が三枚新規で届いた。これは来る24日のイベントで使う爆弾。午後4時に園子さんと重いものセンター。園子さんを持ちあげるわけでなく、こないだ入会したので、オリエンテーションの予約を入れにいったのだ。インストラクターに早口の専門用語で説明されて園子さんカラス顔。それからバスで寺町京極の入り口までいき靴屋で運動用の靴を買った。運動靴にも冬と夏とで品揃えがちがってくるとは知らなかった。錦市場の橋の靴下屋で先日園子さんは絹のスパッツを買い、それがたいへん気にいってまた買いにいったら、二度目なのにご主人はマイドおおきに、といった。それから、最近パンツがほとんで全部はきすぎてダヨダヨになってきたので、百貨店にいって新しいパンツを四枚買ってもらった、これは僕のパンツ。烏丸のビルの地下のとんかつ屋に入り、普通のとんかつと塩とんかつを半分ずつ食べた。隣にとんかつをよく食べてそうな母娘が座って店員のだんどりの悪さに文句をいっていた。7時過ぎにシンビにあがり、8時から大友さんの映画KIKOEを見た。最初バーッと遠くにあった映像が途中から共鳴したりこすれあったり増幅しあったりして最後は異様に感激した。ものすごい音場だった。うちに帰ってコンピュータで「悲しき六十才」の映像みる。泣く。

2010年2月3日(水)

節分。ふくわうちをふくうちわと間違って口ずさんでいたことがあった。午前中ヨムヨム随筆カク。11時過ぎ、東山七条のハイアットで東京の信太郎くんと合流、近くのお好み焼き吉野へ。差し向かいでビールで昼飯て10何年ぶりやろか。レバ焼き、スジ焼きそば、ホソお好み焼き。信太郎と食べるのはこういうところがちょうどよかった。修学旅行生がタクシーの運ちゃんに連れられて来て「よかったなあ、ええとこ来れて」というたら「ハ、ハイ」と東北訛りでお辞儀した。信太郎が、かっこいいお寺に行きたいということなので、深草まで下って石峰寺へ。五百羅漢が冬の日に照らされてキレイ。節分にここへというのもちょうどよい感じでした。京阪で丸太町まで戻り、信太郎を河原町まで送っていって帰宅、夕方まで創作。5時過ぎに橋を渡って重い物持ちあげ観音。ひさしぶりだったのでウオーウオー声を漏らしてしまう。帰ると出先から戻った園子さんが台所でなにか炊いてる。風呂にはいり、風呂上がりに落ち武者の真似をやっていたら、園子さんが来て「しんじさん、忘れてました、豆をまくのを! どうしよう、どうしよう!」。いやいや、まだ3日やからいまからまけばええでしょう。玄関、居間、庭、渡り廊下、台所、階段、二階の四間それぞれにまき、それぞれの外からまき。京都は豆まきやらんとほんまに来るからね。晩ごはんは、春菊胡麻和え、きんきの油揚げ炙り、かしわとにんじん青梗菜の煮物、白みそ野菜汁、きゅうりと蕪のあっさりサラダ、いわしの塩焼き、落ちてた豆。

2010年2月2日(火)

今日は節分の前の日やから大晦日。皆さん今年もありがとうございました。来年もよろしゅうお願い申し上げます。いいながら9時過ぎに寺町京極で園子さんとモーニング。有次で包丁研ぎの講習会がある。およそ半年前に申し込んでようやっとこの日に順番がまわってくる。京都のうちから菜切り包丁、有次のペティナイフ、三崎からは講談社の横川さんにもらってしばらく手入れとかしなかったら可哀想にジクジク錆がついてしまった、関東では有名なところの柳包丁をもっていった。有次のおっちゃんも、「今日はおもしろい包丁がいろいろそろた」と喜んでいる。滋賀の男性ひとりと計三人で、砥石の水加減、包丁の角度、「カエシ」の見極めなど習う。砥石セット購入。終了後、園子さんと錦ブラ。有名なうどん屋で園子さんは鍋焼き、アタイはきつね。帰って創作。園子さんに猫のことばで耳打ちされる。猫のことばだがよくわかった。だから、よくわかったのかもしんないね。湯浅さんから電話あり、イベントの相談、ビートルズSPなどの話。風呂に入る前に蓄音機で、ナツメグスのストーリー・アントールドを聴いてしまい、感動して動けなくなる。でも風呂だ。晩ごはんは、錦で買うたきずし、がんもどきみたいなの、白みその野菜汁、ほうれんそうおしたし、ふかし芋、煮干しと昆布の和え物。園子さん文芸誌少女。

2010年2月1日(月)

風がゴゴゴー。バスで三崎口、京急で東銀座、歌舞伎座。武田さんと合流。園子さんがあと100日を切った電光掲示板の前まで駆けてくる。先代勘三郎追善興行。シカンさんの口上がとてつもない宇宙を作りだした。先代を偲ぶ口上の最後に、ごく自然に歌舞伎座の話になった。たぶん、勘三郎、歌舞伎座、そして自分の、滅びということを深いところで触りながら話はつづく。シカンさんは舞台の中央でものすごく小さく見えた。それは、シカンさんが歌舞伎座に対してもっているスケール感が、そのまままわりの空気に滲み出ていたからかもしれない。歌舞伎座の改装に「納得いっていない」と最後までいっているのはシカンさんなのだろうか。先代勘三郎にはじめて会った日、現在までに立った全ての舞台、そして新しい歌舞伎座の舞台に立っている自分、といったあらゆる時間が、シカンさんのなかにいったん飲みこまれ、そして声として、それらを発露していた。「歌舞伎座が壊れること」は「中村シカンが壊れること」だよ、それをわかってるんだろうね。「シカン」とは人間でなく、歌舞伎座の舞台上の空間と時間に結晶化した現象であるから。そして2時過ぎに退出し、タクシーで赤坂アークヒルズ。タイの漫画家タムくんと初対面。タムくんタムくんといろんな人から聞いているので初対面にもかかわらずタムくんといってしまう。そして亀の背中に字を書いた人の話をしてしまう。妙に重いコーヒーを取り落とし新聞にぶっかけてしまう。タムくんまったく驚かず。「ぼくもそれさっきやったから。だからびっくりしない」。どんなことも二度目は縁の兆し。打ち合わせがすんでタクシーで東京駅。園子さんと合流し、猫雑貨の店を覗くがなんにもなく、指定席をとっていた新幹線より40分早いのぞみの自由席の列に並ぶ。なんとかふたりがけの席がとれたのは、1号車の2番のDE、つまり運転手さんを除けば先頭から二番目。タムくんの話をし、まるいちスピリチュアルの話をした瞬間、うしろのほうに何かふたりくらいの気配を感じ、なんもいわずに立ち上がってスイスイスイと歩いていったら、1号車のうしろのほうのC席にマサコさんがいた。わかってた、だからびっくりしない。マサコさんは初めてなのでむろん驚き、僕はマサコさんを連れて前のほうへ歩いていき、僕の座っていたD席にいきなりマサコさんが座ったら、初めての園子さんはむろん驚きマサコさんは驚かなかった。新幹線はそういう感覚を乗せてまっすぐ西へ走り続ける。京都駅でマサコさんに手を振って別れ、タクシーで家に帰り、小雨のなか、近くの最優秀料理屋はなへいった。うにともろもろ野菜の白和え、牛すじ大根、牡蠣と蕪と白菜の蒸し物、ぐじのかぶら蒸し、自家製豆腐、ペンネからわがままいうて変えてもろたスパゲッティアラビアータ。どれもこれもそれもウマイ。熱燗がうまい季節がだんだんと薄れてくる。しかしわしは燗酒をのみつづけるでごめす。