2005年-2月

2005年10月31日(月)

寒い朝。気温は低く、体温も低い。それはまちがいなくお酒を飲み過ぎたせい。きのこごはんとみそ汁の朝ごはんを食べて孝典東京へ帰っていく。昼前からそろそろと創作。そのまま夕方までつづけました。園子さん、落下傘兵のような服装で帰ってくる。お風呂になぜ、泡の立つ風呂薬をいれるのですか。気休めです、と自問自答。頭はまだモーローとしている。晩ごはんは中トロ、肉じゃが、きのこ汁、牡蠣とベーコンの炒めもの、セリのごま和え。食べているうち元気になってくる。猫ちゃん、猫ちゃん、と園子さんは台所で歌っている。葉を磨いている最中、「大惨事なイカ、大惨事なイカ」とラジオニュースでくりかえしていたので、イカ釣りの船が燃えたのかと思ってよくよく聞いてみたら、第三次内閣がどうのこうのといっていた。

2005年10月30日(日)

とても晴れている。ススキ川、田んぼ道などテクテク走ってアルコールを飛ばします。孝典は散歩に出て、道にまよい、ワンワン泣きながら家に帰ってきた。わざわざ松本まで来てくれたのは、昨年の三崎につづき、われわれと猫たちの写真を撮影するため。一年に一枚ずつ、撮ってもらうことにしたのです。ぶどう畑の真ん中に立つ。孝典は二階の窓からレンズを向けている。去年はふたり(プラス猫たち)だったのが、今年はさんにん(プラス猫たち)になった。写真には目に見えるかたちで写ってはいないけれど、ここにはたしかに猫ちゃんがいる。自動車に乗り、さらに撮影のため安曇野へ。ちひろ美術館の原っぱ、剥製つきそば屋の青山山荘、そして常念坊。いつもの素晴らしいお湯にはいり、井戸水でいれたコーヒーをごちそうになる。ホカホカと帰ってきて、晩ごはんは湯豆腐、小松菜と油揚げの煮物、大根のあら炊き、焼きしいたけ、まるいちのまぐろ中トロ。さらにきのこごはん、これにはしめじ、くりたけ、しいたけ他のきのこを炊き込んだ、園子さん入魂の作。驚きのあまり猫たちの頭からポコポコときのこが生える。孝典の肩から、カメラのストラップから。これはまぼろしか。ベニテングダケもはいっていたのか。きのこのかたちになった園子さんにう。孝典とふたりでアメリカで撮ってきたデジタル写真をスライド形式で観覧。また深酒。孝典の頭のきのこを時々つまむ。

2005年10月29日(土)

薄曇り。少し創作。園子さん病院へいって帰ってくる。「ここへ座ってください」といって白黒写真を見せた。まわりの空気が一皮むいたように別の色になった。まじまじともう一度よく見る。まだ、5センチほどだそうですと園子さんがいった。とはいっても、5センチもあったらもうそれは、「それはもう生き物ですよ」というと「当たり前です」といわれた。うちはいうまでもなく猫信仰の家で、そのうちいちばん偉い猫神様は、今年の正月以来、住吉神社で買ったお守りをずっと首に提げています。だから、御利益があるのは当然ですが、それでもほんとうに驚いた。驚くとはこういうことだったのかというくらい驚いた。あるいはこれまでにおぼえた驚きとまるで質のちがった、どんなことばもぴたりとは当てはまらない人間の驚き。電話をすると尾久の家でも大阪の家でも驚いている。まぼろしの猫だけは当然という顔をしています。園子さん、昼から自動車で工房へ。寒いのにだいじょうぶか、と早速心配になる。夕方まで創作をつづけたあと、市街に髪の毛を切りに行く。鏡を見ると驚いた顔のままなのでさらに驚く。六時前、孝典を迎えに松本駅にいく途中、駅前の駐車場で「ホホウ、えらく駐車の上手なひとがいるな」と思ったら、必死にハンドルを回す園子さんだった。撮影機材を抱えた孝典を出迎え、いったん家に帰り、これこれこういうことになったと孝典にも報告。孝典ドサリ。そしてガバリ。それから温泉。風呂上がりの晩ごはんは焼き肉の明月館。いろいろと焼き肉を食べて帰宅。園子さんはむろん一滴もアルコールのまない。そういえばここしばらく、一滴も飲んでいなかった。微熱もきっとこのせいだったのでしょう。帰ってから川の字に布団を敷き、園子さんすぐに就寝。孝典とふたり、ぼんやりと飲むうち、焼酎の一升瓶をあけてしまう。昼間に園子さん、まぼろしの猫たちと協議した末、いまだ目にみえない、けれどけしてまぼろしでないその素晴らしい存在を、今後しばらく「猫ちゃん」と呼ぶことになった。こんにちは、猫ちゃん。

2005年10月28日(金)

たいへんな好天。朝からほうぼうを掃除。キーボード使えないのでコピー用紙にえんえん原稿を書く。布団干し、玄関掃き、ちょこちょこ雑巾がけ、段ボール類を畳んで、掃除機をかけてたらもう昼前。ヨーヨー麺という取り寄せ物の昼食を食べて、午後はみずうみ。園子さん、ホイ三河屋ですといいながら帰ってくる。ご用聞きはいつも三河屋という名前なのね。マガジンハウスから雑誌のハナコとギンザが届いていたので、「ひさしぶりにこういうものが読める」と猫なめずり。風呂にはいり、晩ごはんは、野菜スープ、ブロッコリーの芽とレタスときゅうりのサラダ、アサリの白ワイン蒸し、キノコソースをかけたポークソテー。園子さんはハナコ熟読。

2005年10月27日(木)

かなしみの二日酔い。しかし天気はよく、創作ははかどる。失恋した夜においしいきつねうどんを「ああ、ああ、おいしい!」とズルズル食べてしまう女性の心境とはこんな感じだろうか。夕陽の落ちる場所が少しずつ南に寄っている。仕事ははかどっていくものの、最近微熱気味という園子さんの体調が少し心配。こちらがずっと微熱がちだったのがうつったのでしょうか。晩ごはんは、じゃこを混ぜた納豆スパゲティ。茄子の味噌炒め。茹でブロッコリー。食後はリチャード・ブローティガンの関連本をいろいろ読む。キーボードの上にに水をこぼしアワアワ。キーボードもアワアワとなる。ケーブルをコンピュータにつなぐと、何も触っていないのに「zzzzzzzzzzzzzzz」と画面上にえんえん打ち出される。眠っているのですか? ひょっとしてそれはこちらが呆けているという皮肉か?

2005年10月26日(水)

朝からけっこういい天気。創作つづける。午後は日記を整理。園子さんまぼろしの虎に鞭を入れながら帰ってくる。晩ごはんは、蟹のお吸い物、イシモチの塩焼き、ほうれんそう。それでも阪神が駄目です。豆腐のみそ漬けを食べてもじゃこを食べても駄目。まぼろしの猫たち回りに集まってきてゆっくりと首を振る。虎はガムを喉に詰まらせ息絶えた。

2005年10月25日(火)

大阪の実家から松本の家まではなかなか複雑な経路をたどります。チンチン電車で天王寺、天王寺から御堂筋線で新大阪、新大阪から新幹線で名古屋、名古屋からしなので松本、松本駅からタクシーで帰宅。だいたい三時間半。帰って創作。新潮ゲラ。それにしても、庭に自動車と自転車が両方あるのは変ですよ園子さん。いったいどうやって工房にいったのですか。日暮れごろ園子さん、手足をカクカクとさせながら帰ってくる。朝、自動車のエンジンをかけようとして、ウンともスンともいわない。電池切れだった。「なので今日は、歩いていきました」。オー。家から工房まではほとんど一本道でくねくねとくだっていくだけだけれど、歩いたら片道一時間以上はかかりますよ。電池切れにならないか心配だ。ところで日本シリーズは甲子園に移った。さて阪神は。ああ、阪神は。晩ごはんは天ぷらのはいった鍋焼きうどん。アスパラガスの柿ドレッシング。天ぷらだけのけて、天抜きうどんにしてみた。それでも阪神負けた。ぷらぷらぷらぷら・・・。

2005年10月24日(月)

快晴。四日市駅で昨日の参加者のかたから声をかけられました。まぼろしの素振りをしたり、リア王のセリフを暗誦したりしていなくてほんとうによかった。園子さんと名古屋へ向かい、とあるひつまぶし屋にいこうとしたらたまたまの休日。園子さんの顔ズボン! と音をたてて抜け猫がむきだしになる。そのままでは危険なので、名古屋在住の弟克典に電話をし、別のひつまぶし屋を教えてもらった。「めっちゃ混むから早めにいったほうがええで」「猫はどうかね」「猫はあかんやろう」。園子さんの顔をもとに直し、いわれたとおり早めに店へ。着いた途端、通勤電車のように混んできました。肝焼き、野菜サラダ、ひつまぶし。うなぎを食べるたび園子さん盛大に猫踊り。高島屋で鱒のペーパーバック購入。「百万びきのねこ」も購入。ねこだらけだ! 改札で猫まみれの園子さんを見送り、こちらは新幹線で大阪へ。着いたらみなたいそう地味です。ああ、そうか、千葉の霧がここにまで立ちこめてきたのか! ずいぶん古い話ですが、十年くらい前の大阪は、ちょうどこんな感じだった。新庄の空振り、安藤監督の渋面、亀山の派手なスライディング。霧のなかに様々な風景が浮かぶ。家につくと、猫や虎でなく犬騒動。飼い犬のパチが太股に股間をこすりつけてくる。夜は父が行きつけの寿司屋へ両親と行く。すばらしい刺身、すばらしい土瓶蒸し。マーブルヘッドのジェリーの店で買ったお土産をようやく手渡すことができました。母にはエナメルのアンティークボタンを使ったネックレス。父へは犬の柄がついたアンティークボタンのキーリング。このリングが呼び水となって、鍵騒動が勃発しました。満腹を抱えた帰り道、三人で法善寺あたりをヨロヨロ歩いていると、偶然も偶然、父が会う予定だったかた二名と出くわした。「先帰っといてくれ」という父をミナミの繁華街へ残し、母とぼくはヨロヨロ帝塚山へ帰ってきた。「あ、鍵ないわ!」と母。「お父さんがもっていってしもた!」。公衆電話から、お向かいの「かみやさんのおばちゃん」に母が電話。高校生時分、毎晩のように、鍵をもたず閉め出されてしまったぼくは、このおばちゃんの戸を叩き、「ほんま、アホ!」と怒られながら、自宅の鍵を拝借することが多かった。その同じことをまさか母がするとは。戸を叩いてすぐ、現れたおばちゃんは「アホ!」とは無論いわず、にこやかに家の鍵を渡してくれました。「しんちゃん、あんた、ほんまに変わらへんな」と呆れ顔。ちがいます、ちがいます、鍵をもってなかったのは母のほうなのに! とにかく、親戚以上にお世話になった、かみやさんのおばちゃんに挨拶できて(夜中に迷惑だったろうけど)、思ってなかった喜びを味わいました。おばちゃん、いつまでもお元気で。ガリガリと鍵をあけると、やはり犬騒動。騒ぎのなかで、両親が最近いった韓国の写真を見る。一時間ほど経つと、さらにガリガリと音をたてて父が帰宅し、今度はCDRに入れてきた、ニューヨーク、ボストンの写真を両親に見せる。そのうち三人の頭がなめくじになる。二階にねばねばとはい上がりねばねばとにう。

2005年10月23日(日)

やたら寒いと思ったら5度以下だった。ウールの上着を着てあずさではなくしなの。つまり名古屋方面へむかって電車は走っていく。四日市のメリーゴーランドで、三年つづけてやっているレクチャー。去年は喉が痛くてハチミツに頼った。名古屋駅で電車を乗り換えるとき、読者のかたから声をかけられました。奇声を発したり、獅子舞の真似などしていなくてほんとうによかった。レクチャーは二時からはじまり、前半の一時間はアメリカにいったときの話、後半の一時間はポー、それにつづけて小説を書いているとき、読んでいるときの照応のような話をしました。話がどんどん理解しにくい方面へそれていくのが話していておもしろかった。たなびく狼煙のような感じでした。それからサイン会。終わって控え室へ転がり込むと荒井良二さん、中川ひろたかさんらが来ていて、ギーギーコロコロとギターを弾いていた。本日は二部構成です。夕方六時から、荒井さんの受賞お祝いパーティ。これで何度目だろう、何度でもおめでたい。スウェーデンの映像。歌と演奏。終演後、ふだんの閉店時間を過ぎてから、中華料理の店で打ち上げ。ヨーロー、ヨーロー、と間延びして酔っぱらう。薄暗いホテルの部屋で、角のベッドに寝ていたら、突然、両側の壁が真上から落ちてきて、呼吸が苦しくなる。背中に温湿布を貼り、枕に腰掛ける格好でベッドへ。壁はもとの場所に戻っていた。よく見ると猫とろばが前足で押さえていた。お前は今日しゃべりすぎたと猫の親分に真顔で注意された。

2005年10月22日(土)

まったく考えがおぼつかない。小説の周辺をうろつき、遠のき、さらにうろつく。周囲にははやくも冬の気配がたちこめ、朝方は石油ファンヒーターをつけないと足がかじかんでつらいです。来年以降のため、あるいは引っ越してくるかもしれないひとのために記しておくと、松本の10月は崖のように気温がさがっていきます。一気に20度くらい落下する。晩ごはんはこたつの上で鶏鍋。野菜は寒くなるといっそう旨みを増してくる。ごぼうとか水菜とか。野球の日本シリーズを見る。霧に巻かれたタイガース、まぼろしの虎となる。

2005年10月21日(金)

早起きして創作。そして、あずさ号に乗り、ひさしぶりのお茶、というのも呆れるほど、つまり、足を折る前からだから、半年以上ぶりにお茶の稽古へいきました。風炉の初炭、薄茶。まるで斜めにちょんぎられたスクラップ記事のようにばらばらになっている。断片を集めるより、とにかく新たな気分でつづけるほかない。晩ごはんは、帰りの電車のなかで五島の鯖寿司。とてもおいしい。そのいっぽう、とても疲れてきます。隣に座ったニキビ面の柔道少年は実は少年でなく、背の低いおっさんだったことが、途中でやってきた会社員の態度でわかる。おっさんは上司で、缶ビール買ってこいと、会社員にぞんざいに指示していた。諏訪で降りるまでに五本くらい飲んでいた。園子さんが駅前で迎えてくれる。家についてお風呂。焼酎をのむ気力もなくダウン。

2005年10月20日(木)

朝からモー。気づくと午後になっていた。そのまま朝日新聞の書評。中山康樹氏の音楽本と、たぶん今年最高の翻訳文学、リチャード・ブローティガンの『不運な女』を取りあげた。夕陽が沈み加減なのを見て、庭掃除。興奮気味の頭を無意識に鎮めるつもりだったのでしょうか。ブルックリンより段ボール箱が届きました。ボニーが出してくれた船便。大量の本と、なぜかきりん。首の短いきりん。「園子さんの忘れ物。ディズが見つけてくれました」と書かれてある。日ぐれてから、四つんばいで駆けて帰ってきた園子さんに渡すと、「ああ、ボニー! ボニー!」と涙ぐんで抱きしめます。きけば、ニューヨークについた直後、ふたりで散歩をしていたときこのきりんに出会い、ほしいと思ったけれど、生き別れになったろばのことを思うと気がしょげて踏み切れなかった。その後、ボストンでまぼろしのろばと再会を果たし、ニューヨークへ帰り、東京、松本へと日常がつづくうち、忘れてしまっていた。「ああ、ボニー、ボニー!」。ボニーはそれをおぼえていてわざわざ買って送ってくれたのです。ほんとうにほんとうにありがとう。晩ごはんはさばの味噌煮、プチトマト、カリフラワー、キノコ炒め、野菜のごったに。ところで、きりんとろばは仲がいいのか。ニューヨークではきりんの首は短くなるのだろうか。

2005年10月19日(水)

だんだんと晴れてくる。創作。午後からは風があるものの晴れ。夕方、バスで図書館へ行く。一日のうち七本走っている。運賃240円。書店ではあまり目にしない小説本が、松本市の図書館にはたくさんあります。借りたのはドラゴスラブ・ミハイロヴィッチ、ボリス・アクーニン、アレクサンドル・グリーン、ケルテース・イムレ、ドン・デリーロらの作品。外国人ばっかりだ。書評した本の影響をもろにうけている。それから長谷川如是閑、小林秀雄の講演テープ。古今亭志ん生がラジオ出演したときの録音も借りた。図書館にいるうち頭がぼんやりとなってきた。帰りは園子さんの運転でスイスイ。薬屋に寄ってもらい、温湿布や葛根湯など大量に買い込みます。晩ごはんは鍋焼き力うどん。すごい文字の取り合わせ。アンコール、鍋焼き、力うどん。それから、ほうれんそうとしらす和え、きのことげその中華風痛め、長芋の千切りと納豆。日本酒を飲む。小林秀雄のテープは学生のときたくさんききました。かすれた金属音めいた、志ん生のような声で、話している内容はもちろん、その声をきくこと自体が爽快だった。昔の文学者はみな話す声がすばらしくいい。こないだのドン・キホーテ朗読のときもそう思った。アー、イーと部屋で自分の声をだしていると、まぼろしの猫が近づいてきて、うつむいたまま左右に首を振った。

2005年10月18日(火)

とても寒いカモ。書評原稿つづき。どんどん寒い。原稿もどんどん進んで昼に終わる。「200X年 文学の旅」という文学エッセイ集で、柴田元幸氏と沼野充義氏のパートが、往復書簡のように交互につづく。多くのすばらしい本について書かれたすばらしい本。紹介されている小説を端から読みたくなってしまう。夕方まで創作をし、日暮れ頃DVDで買った無声映画「サンライズ」見る。変態美術。撮影現場の様子を想像すると気が遠くなる。以前映画館でできなかったことをやってみました。すなわち、するすると早送りし、めまいを起こしそうな場面だけを、スローモーションやスティル画像であらためて見直す。気が遠くなる。寒気を覚えてこたつにもぐりこむと、その底からエンジン音を響かせ園子さん帰ってくる。晩ごはんは、レタスとわかめのサラダ、茹でモロッコインゲン、 秋野菜と鶏のカレー。デラ、デラ、ウエア、ウエア。世界中の文学者にも是非食べさせてあげたい味。「園子さん、これはものすごい味ですな」「隠し味はすり下ろした梨です」。猫みな満足。ロバは草食動物なので鶏をよけて食べている。

2005年10月17日(月)

少し寒い、とおもってたら小雨。庭の草木に水をやる必要がない。朝から書評原稿を書いていたら、鬼海さんよりじきじきに電話があった。ウー、感激。「ぺるそな」の感激を伝えることばが見つからない。しばらく写真を撮りにトルコに行かれるそうです。おからだどうかご自愛ください。通信販売の食材がつぎつぎとやってくる。鴨や乾燥麺や雑煮など。その荷物に紛れ、箱入りのかっこうで園子さん帰ってくる。熱めのお風呂。晩ごはんは冷や奴、めばる煮付け、ほうれんそうとしらす、そしてデラウエアな鴨ロース。琵琶湖畔の有名な販売店から取り寄せたもの。ひとくち食べるや興奮のあまり、家じゅうみんな曖昧なものいいをするようになった。「もう気絶するカモ」「こんなうまいのははじめてカモ」「美智代さんから電話カモ」。カモではなくほんとうに電話があった。三崎のことについて少し話しました。日本一の魚屋まるいちがあるのだからまったく問題ない。野球はロッテ球団が優勝した。虎がガムをかみつづける、というと、「エルマーとりゅう」のエピソードを思い出す。喉に詰まらなければいいのですが。プレーオフで二年連続敗退した王さんの表情はシェイクスピアの描く王様のようだった。

2005年10月16日(日)

寒いけれど厚着でしのぐ。朝から創作。園子さん掃除。ふとみると布団の上でピオーネ。そろそろと床を歩きそろそろとキーボードを打つ。夕方、まるいちの大荷物を、ぶどうをいただいた近所の皆さんにわける。猿田さんへはしゅうまいを届けた。晩ごはんは、カマス塩レモン、めといか、カマスの塩焼き。オーここは三崎ですか! うつくしくおいしいひじき。きのこ炒め。通信販売で買った豆腐のみそ漬け。オーお祝いだ。お祝いだ。さすがお守りつきの猫だ。あかんあかん、冷や酒を飲みすぎてしまうやないか。豆腐のみそ漬けは悪魔の手のかたちをしとうやないか。

2005年10月15日(土)

おさまっていた。十時にNHKの高橋さんと面会。来年からはじまる新番組について、あれこれと好き勝手なことを思いつくままに話す。高橋さんしばらくポカンとしていた。たいそう失礼いたしました。ところで東京は、昨日きょうと虫が燃え、Tシャツあるいは長袖Tシャツのひとが多くいましたが、さらに半ズボンのひとまでいるのには驚いた。しかも時間を追うごとにどんどん増えてくる。このままでは東京じゅう、半ズボンのひとだらけになってしまうではないか、アナタタチ、イッタイドウイウツモリデスカ! 口のなかでつぶやきながら、新宿にむかい、高島屋の地下で、園子さんよりくだされたミッションを完遂する。すなわち、煮干し、ボンレスハム、しゅうまいの三点を買うこと。煮干しをえらぶのに思わぬ時間をつかい、あわてて午後四時発のあずさ号に乗りました。近所の席で航空関係会社の女性三人と上司が談笑していてやかましかった。松本は雨。迎えにきてくれた園子さんに「半ズボンのひとがたくさんいました」というと「東京のひとは季節感関係ないから十月でも半ズボン」といった。ズボン。晩ごはんは牡蠣と鶏の鍋。おいしいめざし。何気なく園子さんに、きのう上海蟹を食べましたよといったらズボンと畳の上に箸を落とした。猫たちはかばんの残り香をかいでミギャーと怒っている。部屋のすみにジリジリと追いつめられたそのとき、まるいちから魚の箱が届きあやうく難をのがれた。大量の干物。かます。あかむつ。いさぎ。猫たちデラウエアダンス。

2005年10月14日(金)

ドンキホーテ! といっても、安売りの口上を述べにいくわけではない。昼まで創作、それからあずさ号で新宿、新潮社クラブでひと休みしたあと、須貝さんとスペイン大使館へ向かう。「ドン・キホーテ」新訳本のリレー朗読会です。大学の先生、作家、俳優、女優など、50人くらいで5分ずつ、ステージにあがり、指定されたパートを読んでいく。ぼくは作家のひとりとしてまぼろしのロバを連れてステージにあがった。ドンキホーテ効果で客席からドンキーは見えていた。ロバはロバとしてその役をまっとうした。読み終わるともう気楽です。訥々と声を出すひとがいるいっぽう、騎士と従者になりきり、朗々とセリフを読み上げるひとがいる。そんななか、加賀乙彦氏の朗読にとくに感銘をうけました。ひとがわざと声色をつかってする朗読でない、まるで自然物の本が、自分でしゃべっているようだった。滅多にはいることのない大使館のなかを散策していたら闘牛に追われた。ギャラリーに展示された本の挿絵はとてつもなく本物だった。須貝さんと新潮社方面へもどり、牛込北町のすばらしい中華料理屋で上海蟹、卵のフワフワ、冬瓜のスープ、麻婆豆腐など。この店になら、猫やロバとなって飼われてみたい。牛もうなずいている。クラブでお風呂にはいりグーグーと睡眠。微熱が収まりそうな予感がする。ドンキホーテ!(熱を下げる口上)

2005年10月13日(木)

朝から創作。昼に体温はかるとやはり微熱ある。ピオーネ・・・(この場合は落胆の気持ちをあらわす)。昼ごはんはさんま塩焼き。午後もモーローとしながら創作。鬼海弘雄さんより写真集「PERSONA」の普及版「ぺるそな」が届く。ここ数年撮られた写真を加え、順番も組み替え、判型が小さくなり、価格も安くなった。2300円で買える世界最高峰のポートレイト集。もとの「PERSONA」に比べると、鬼海さんの鉄のようなユーモアが、より軽々と、読み手の前にたちのぼってくる印象がある。写真にしかできないこと。また、写真にできうる限りのこと。そのぎりぎりに見える狭間を、鬼海さんの写真はどれもふっと広げている。その感覚は、この世にほんとうに「人間がいる」感じ、ということで、つまり真の、何千年、何万年も前から共通の「ユーモア」というのと同じことになる。園子さん帰るやへたりこんで熟読。ブルックリンのボニーにも送る手配をしておきました。デラウエア! きっと驚き衝撃をうけるはず。晩ごはんはぶり大根、長芋の千切り、納豆と挽き肉炒めのレタス包み、千枚漬け、めざし。日が暮れると微熱おさまる。つまり、外気や食べ物の温度に従い、体温が乱高下する。ペルペルペルペル・・・。

2005年10月12日(水)

朝から創作。昼までやって、ぼんやりとしているので、体温計を脇につっこんだらまた熱があがっていた。なんですかこれは。こたつで少し寝て創作。園子さん帰ってきたので、これこれと事情を話し、薬局へつれてってもらう。痩せた薬剤師さん。目がぎょろり、でもおだやかな笑み。彼にも事情を話すと、あーなるほど、なるほど、と深々うなずき、「実は、ぼくも同じ体質なんです。朝起きると平熱だけど、だんどん熱があがってきて、夕方にはフラフラになるんです。医者にいったら、こういう体質なんだからしようがない、といわれました」。葛根湯と温湿布。二週間つづけてさらに微熱が出るようだったら医者にいってください、とアドバイスをくれた。「風邪」という自覚はありません。たぶん、体温を調整する体内の小動物が食い合いをして減っている。よりたくさん、ぬくいものを食べて落ちつかせなければならない。てんで、たらと豆腐と水菜鍋。しゅうまい。つるむらさき。わかめサラダ。めざし。日本酒をすすったあと、十時半には床につきます。湿布がきいてしばらく眠れない。睡眠誘導剤がほしい、ほしい、とつぶやいているうち寝ていた。

2005年10月11日(火)

きのうほどは寒かない。早朝から少しずつ創作。昼にドンキホーテの書類とどく。といっても、安売りするわけでなくて、週末に東京でやる新訳ドン・キホーテのリレー朗読会について、順番や割り当てなどが書かれてある。午後、猿田さんが新米を届けてくださった。少しのぞいてみると透明感があってたいそう美しい。いつもありがとうございます。夕方、NHKから電話。教育テレビで計画中の番組について、会って話したいとのこと。では週末に、と約束をしました。しかし、10月にしてこたつを出す松本の山で、アカムツが食べられるとは。豚汁がおいしいとは。豚汁はふつうか。厚揚げをあぶって大根おろし。大根漬け。おくら納豆。急に寒気が強まってきて早く寝る。夜中に何度も起きて水をのむ。

2005年10月10日(月)

さむい天気。朝から机にむかいながらずっとブルブル下半身をふるわせている。日暮れ前、ついにこたつを出しました。出してもぐりこんだとたん、安堵感より先に、負けた、という気分にとらわれ、さらに深くもぐる。猫は黙ってニヤニヤうなずき、次から次へとこたつのなかへはいっていく。園子さんからの電話もこたつでとる。孝典からの電話、岡さんから丁寧な電話も、こたつで話しています。たいへん失礼いたしました。園子さんが帰ってすぐ、中華料理の○山へ。豆腐と蟹のスープ、鶏と野菜のうま煮、そして具を別にのせるラーメン。どれも美味。あったかくて安心する味。戸外で若者の自動車が退路を断っていた。ボンネットや屋根をふんでやろうかと思ったけれど、自分がもはや大学生ではないことを思いだしました。帰って体育の日にちなみ、野球漫画を見る。ジャコメッティの散文集。小林秀雄の対話集を読む。

2005年10月9日(日)

尾久の家でゆっくり寝坊。目が覚めたらなんと10時になっていた。料亭のつづきのようなすばらしい朝ごはん。そして電車で恵比寿。首都という名前の服屋さんで、毛布とか帽子とかいろいろ買いそろえる。デニムのつなぎの尻が取れたような珍しい服に園子さん液状化。駅で別れ、こちらは紀伊国屋書店で小林秀雄、中山康樹、茂木健一郎の新著。高島屋では、パンときのことお酢を買った。晩ごはんは電車のなかで焼き鳥丼をたべた。着いたら松本寒い。電光掲示によると16度、それよりよほど寒く感じます。タクシーで農道をのぼり、真っ暗ななか家の外階段をしみしみとのぼると、玄関先に傘地蔵のようにぶどうの袋が置いてあった。デラウエア!(種類はピオーネだけど、ピオーネ! では驚きの感情がうまく出ない) 家にはいって自転車レースを見る。油断するとマツタケと勘違いした猫たちに耳や鼻をかじられてしまう。

2005年10月8日(土)

「もう、イヤ!」という悲鳴で目が覚める。焦って起き、すみません、すみません、といってペコペコ頭をさげました。しかしそれは園子さんの寝言だった。いったいこれは、安心していいのかどうなのか。園子さんが洗濯、台所掃除などしているあいだ、ひさしぶりに風呂にはいる。今日は上京して贅沢をするのです。午後に園子さんとあずさ号に乗り込み新宿へ。途中のおばさん騒音で、だんだん熱があがってくる。着いたときにはもうヘトヘト、青山で真っ青になってしまう。待ち合わせの時間まで喫茶店でうつむき体調を整える。その間園子さんは猫用品を買いにいっている。六時、須貝さん、孝典と合流。タクシーで赤坂、うろうろと迷った末、ようやく菊乃井発見。四人でカウンターにつき、いつものすばらしい料理はじまる。朦朧となってすべてを書ききれないのは微熱のせいでなくあまりにおいしかったせいです。子持ち鮎。はもとマツタケの土瓶蒸し。明石の鯛に伊勢エビ。少し炙ったまぐろの刺身。なんでしょう、なんでしょう。ワタリガニの茶碗蒸し。マツタケごはん。アーッ、アーッ、と四人で頭を振りながらさけぶ。もうイヤ! とは菊乃井の興奮を予感した、嬉しい悲鳴だったのか。まぼろしの猫たち須貝さんの前で実体化する。ロバさえ現れ、マツタケをもらっている。今年はじめに家族でここへ来たとき、孝典だけが仕事でロシアにいっていて来られなかった。なので連れてきたわけですが、当の孝典は、カウンターについたまま、真っ白な灰になってしまい、ドレスアップしてきた白シャツと顔の境目がわからなくなっています。それは我々全員にいえることで、世界一の土瓶蒸しにうっとりとなるあまり、からだがだんだん、黄金色に液状化していく。猫ニヤリ。猫舌ですべてなめとる。ごちそうさまでした。

2005年10月7日(金)

日の当たる居間でずっと寝ています。その間、かかってきた電話も、心配してあがってきたという大和さんの声もまるっきりきこえなかった。昼休み、園子さん様子見に帰ってくる。夕方までまたピオーネ。昨日に比べたら、陽が出ているせいもあってずいぶんとぬくい。しかし、首と手首はスースーします。なるほど、自ら命を絶つとき、道理でこの二箇所を攻めるはずだ、などと益体のないことを考えていると、園子さんフフーン、フフーンとごきげんで帰ってくる。今日から三連休なのです。工房にはそもそも土日という概念がないので、二日つづけての休みさえ珍しく、それが三日となれば、これはもう夏休み並みの長さといってよろしい。昨日より熱はさがった感じ。晩ごはんは、鮭とごぼうなどの具だくさんみそ汁、麩とキノコの卵とじ、ほうれんそう、茄子と豚肉の味噌炒め。そのまま寝ようとするものの、昼間ピオーネづくしでは、さすがになかなか寝付かれない。園子さん遅くまでドラマを見ている。モーローとしたまま寝返りを打っていると、「ちぇっ! 損しちゃった」といいながらテレビを消し、隣の布団にはいった。すぐにスー。

2005年10月6日(木)

朝から創作。とても寒い。昼寝してまた書く。夕方熱をはかると微熱あり。イヤーンと内股でしゃがむ。むきだしの布団に寝ていると園子さんかえってきたので慌てて起きる。しかし猫の目は、微熱のあることなど簡単に見抜いてしまいます。ということで、晩ごはんは牡蠣鍋。風呂もお酒もなし。早々に就寝。真夜中にふと目をあけると、隣で園子さんが寝ていない。どこだろうと探しにいくと、玄関先の広い廊下に布団を敷いて寝ている。ハハハン、これは熱のあるときに見るまぼろしだな、と気づき、トイレにいって戻ると、園子さん通常の位置にもどっている。自分の布団にもぐりこんでしばらく経つと、廊下の方から床を五本爪でカツカツ、カツカツとひたすら叩きつづけるまぼろしの音が響いてくる。

2005年10月5日(水)

朝から創作。六時頃だと山の稜線がうっすら見えるようになった。つまり寒い。小雨ふっています。午後、「お客さん、このタクシー、ちょっと変なとこあるんだけどわかりますか?」「アルピコバスのチョロQってあるとおもいます?」などと問いかけてくるタクシー、つまり小説にも書いた「なぞタクシー」に乗った。ちょっとうるさかった。図書館にいくと、ショックなことにしまっていて、そのまま美術館の図書室にいき、書き物をつづけた。五時から病院。ぜん息の検査。肺活量はまったく問題なし。いっぽう血圧は84と60といわれた。よく知りませんがけっこう低いんじゃないでしょうか。晩ごはんは、サバ味噌煮、野菜たきあわせ、湯豆腐、さんまのひらき、大根おろし。阪神の最終戦は猫たちに愛される投手下柳が先発。ふつう6回、7回で交代するのに、最多勝がかかっているこの日は同点のまま9回表まで投げきり、裏に打席がまわってきたので「ああ、代打か。でも、まったく猫っぽい、すばらしいピッチングだった・・・」と感心していると、デラウエア! 下柳投手がヘルメットをかぶり打席に立っているではないか。そして10回表まで投げきり、その裏に、鳥谷選手のサヨナラホームランが出て、今シーズンの最終戦がおわった。10回を投げぬいた下柳投手は、ゆるゆるズボンのベルトをひきあげながら小走りでベンチから飛び出してきた。

2005年10月4日(火)

朝から創作。八時半ごろ猿田さんから電話。三崎からさばやまぐろが届いたと興奮気味。「握ってもっていきます」という電話口の声に猫たちざわめく。みずうみを昼頃に終え、カレーをフカフカと食べ、夕方までモー。昨日と同じだ! 書き写しだ! といって、小説まで前の日のを書き写していたわけでない。そうだったらすばらしい涅槃の境地です。午後うちにもまるいちからまぐろやさばがとどく。さばは酢で洗いしめさばにしておく。園子さん帰ってきて魚に気づきオーソレミオを歌いだす。そして猿田さんがお皿をもってやってくる。鯖寿司とまぐろの握り。デラウエア! どうしてこんな上手に握れるのか! 猿田さんありがとうございます。晩ごはんはお寿司、しめさば、みそ汁、大根サラダ、まるまるこえた茄子田楽。満腹の猫たちふとんに丸まってピオーネ。

2005年10月3日(月)

朝から創作。みずうみを昼頃に終え、カレーをフカフカと食べ、夕方までモー。またもや日記の日付が、時代から大きく取り残されていて愕然となる。園子さんは疲労顔でユラユラと帰ってくる。晩ごはんは豚肉の澄まし汁、鮭としめじのホイル焼き、庭のトマト、さやいんげんのごま和え。田口犬男氏の詩集を見せると園子さん半分猫なのに犬顔になる。器用なものです。

2005年10月2日(日)

早朝に起きてまた掃除機。荷物をとりにきてくれたハマちゃんに、シャワー上がりの裸を目撃される。京急バスでゴー。ひさしぶりに青山なる場所にいくと女のひとがきれいでおどろいた。田舎のねずみです。螺旋状の喫茶店で朝日新聞の矢坂さんと面談。それから青山ブックセンター再会一周年記念のイベント。本屋さんに関する話を一時間ばかりした。途中から自然に、マーブルヘッドのジェリーの話になっていったのは我ながらおどろいた。とにかく一周年はおめでたい。他に出店計画が控えているとききましたが、いいことも面倒なこともふくめ、本好きのかたが本関係の仕事をつづけられるのがなによりだと思う。渋谷まで歩き、新宿から中央本線。左右に揺られているうちだんだん疲れてくる。中央本線はへたなボブスレーに乗っているくらい揺れるのです。松本に着く頃ついに、声がアウアウとしか出せなくなってしまいアウアウ。園子さん猫と遠目から見守ってくれる。家に帰ると、もうお風呂に湯が張られていて感激。アウアウ。湯上がりの晩ごはんは、カレーライスとトマト、アスパラ、ブロッコリーのサラダ。まぼろしの猫はリュックのにおいをかぎ、オイ、というふうにこちらをにらんだ。カレーおいしいですアウアウ。

2005年10月1日(土)

とてもとてもいい天気。掃除だ! 掃除機と、畳と板間の雑巾がけを交互に。その合間に洗濯、防湿、防カビ剤の入れ替え。柱と壁拭き。玄関、家のまわりをホウキではく。そしてジャムくばり。万事正午過ぎに終了。へとへとに疲れはて、窓を開け放してサンマの開き、大根おろし、ネギ焼きとビール。モーローとした頭で岸壁を散歩。好天の十月一日、おおぜいの釣り客が埠頭で笑っている。三崎はやはりいいところだ。モーローとまるいちへむかい、トビウオ。のぶさんと咲太郎にいきカウンターで瓶ビール。いつもありがとうございます。家に帰り、阪神の勝ち試合をききながらフフーンと調理。トビウオ刺しにはレモン汁。とこぶしに味が浸みている。いわしの酢漬けもいい感じにできている。揚げ茄子。おろぬき。焼きトマト。家のなかの空気が羊羹のように落ちついている。