2006年-4月

2006年8月31日(木)

朝は気温が18度。ふすまを閉めきっておいたせいか起きたら八時だった。日中ずっと創作。西荻の鹿とトランクとどく。身長よりクレストブックスとどく。ほうぼうからぶどうのお礼状がとどく。あるひとが、「夏の最後を楽しんで」という文面をたぶん書き間違えて「最後の夏を楽しんで」と書いてあったのがびっくりし且つ愉しかった。夕方は草との戦い。途中から砂利との戦いにもなった。ガシ、ガシと鍬を持つ手がジーン、ジーン、ケリー。園子さん左朴全のようにズビズバした足どりで工房から帰ってくる。そして台所で、今度はカニとの戦い。ハナサキガニをむくのはトゲが痛いので非常に困難。二匹開けてしまって園子さんコンパイセグンド。風呂に入ってほとんど液状化している。晩ごはんは、焼き厚揚げ、蒸し鶏ときゅうりの甘酢和え、蟹、蟹味噌、甘唐辛子のおかか和え、焼きエリンギ、鶏レバーの八角煮。「ふくらすずめ・・・」といいのこし園子さん布団へ。猫たち心配してぞろぞろとついていく。

2006年8月30日(水)

オー涼しい。陽が出ていないとほんま秋ですな、ま、栗でもおひとつやとくなはれ、モグモグモグ、あ、イガのまま食たら胃のなかズタボロでっせ、などとつぶやきながら午前中創作。昼過ぎにりんご電話相談室に電話。東京の巨大なカメラ屋で買ったりんご製オーディオ機が突如壊れたので。電話口で状況を説明。「オーディオ機に音楽プレイヤーを差しこんだとたん、スピーカーがブーというのです、いやガーかな、ドヒャーだったかな」などといっていると、「もういいです」といわれ、明日取りにきて修理してくれることになった。以前と比べたらほんとうに手早い対応だけれどなんとなく不気味な気もする。そして蟹。北海道にいっっていた父から蟹が届く。しかしこれはなんという蟹だ。いまが旬の毛ガニではないし、もちろんタラバガニでもない。殻のほうぼうがとがってトゲのようになっており、不用意に触るとそのトゲが手に刺さる。心に蟹をもつ少年。これは今朝栗のイガをのみこんだ祟りなのか? 装幀家の池田さんよりひさしぶりに電話、芳本さんより旅報告の電話。日暮れ時、庭で草ハンティングをしていると、蟹のように横ばいに歩きながら園子さん帰ってくる。「カニ、カニ、カニ・・・そういえばしんじさん、今朝すごい変な夢をみたんですよ」「どんな」「大阪のお母さんがものすごく忙しそうに出かける準備してるんです。園ちゃん、はよ行かんならん、はよ行かんならん、今日はお兄ちゃんの映画の初日やで!」へえ、兄ちゃん、映画撮ったんか、と、夢の話ながら感心すると、「そうらしいの」と園子さん、「私もびっくりして、うわあ、よかったですね、で、なんていう題名ですか?、ってきいたら、お母さんひと言『ふくらすずめ』って・・・・」。ふくらすずめとは、どんな映画だろう。園子さんによれば「そのときに受けたイメージは、なんか秋津温泉みたいな感じで」ということで、いっそうわけがわからない。自動車のトランクに缶ビールの段ボールがはいっていた。この言葉いいね、缶ビールの段ボール、段ビールの缶ボール。階段をのぼり、台所に運ぶと「しんじさん、私が今日、どうして缶ビールを買ってきたかわかりますか」と園子さんがいうので、しばらく黙ったあと「勘で」とこたえたら、「そんな駄洒落をいうために、私がわざわざ重い目をして買ってきたって、本気で思うんですか!」とミギャーと怒った。そしてカニ検分。ハナサキガニ、というカニらしい。冷蔵庫に入れておいたのが、まだ凍っているのでパスということで、晩ごはんは、にんじんとごぼうのきんぴら、茄子とおくらと大葉の甘酢和え、厚揚げ、トマト大葉サラダ、シュウマイ。皮をむいた南京豆のような見た目の野菜。「アピオスという栄養価の高い芋で、アンデス地方ではしじゅう食べています」と園子さんはいった。アピオスとアンデスは駄洒落のようだと思ったけれど黙っておいた。勘ボール。

2006年8月29日(火)

爽快な日の出。早起きし、日経の原稿、七時半に終わる。涼しいうちに掃除、と思ったけれど、地面の下でたき火しているかのようにジャンジャカ暑くなる。洗濯物など十時前には乾いています。汗を流しながら雑巾がけをし、荷物をまとめ、クロネコの背に縛りつけ、坐古家に家の鍵を返しにいくとめいがTシャツのヘソあたりに染みをつくっていた。「いしいさーん」とるながサッシのところでずっと手を振っていた。まるいちに行き、ツケを支払おうとしたら銭がおまへん。金もキャッシュカードもクロネコに預けてしまったのでした。美智世さんは上品なので、「ほな、からだで払てもらいまひょか」などということはもちろんいわず、次に帰ったときでいいわよ、といってくれた。すみません。十二時のバスで三崎口、横浜から新宿経由で西荻。エフの社長の実家である邸宅を見学にいく。しかしアー遅れた。西荻の改札で、いずみちゃん、園子さん、山ちゃんらと合流。歩いて家に行き、その途方もない居やすさ、開かれた空気に驚く。あなたはここで生まれたんですよ、といわれても「やっぱりね」と納得してしまいそうなほど。来ていたみなさん、タオルを首に巻き働き出す。園子さんも僕も、片付けを手伝いに来た、という発想をもたずに来てしまったので、邪魔にならないよう、アワワとそこらを逃げまわる。気にいったものなんでももってっていいわよー、といわれ、園子さんおずおず「しか」といった。玄関先に巨大な木彫りの鹿が置かれてある。「いつからここにあるのですか」「いやー、私たちが物心ついたときからあるわよねー」といずみちゃんの叔母さん。それはたいへんな値打ち物ではないのでしょうか。「いいわよ、もってってー」といわれ、本当にいいのかと恐れ入りながら鹿を段ボールに梱包。角は本物の鹿の角だった。トランクいっぱいの昔の着物の端切れ、アイビーの鉢植えもいただく。手を振る皆さんに見送られながら、「邪魔をしにいったのか、物をいただきにいったのか、わかりませんね」と園子さんは恐縮しながらいった。。晩ごはんは、新宿駅の近くで塩気のきつい中華料理。焼きそば、餃子、エビチリ、野菜炒めなど。あずさ号のなかで山田風太郎読む。園子さん木彫りのように寝ている。松本はどえらく涼しく、オー涼しいなあ、と深呼吸しながらひさしぶりの家に帰ると、まぼろしの猫たちが角をつけて踊っていた。

2006年8月28日(月)

雲で蓋をしたような曇り。非常にからだ重い。からだじゅうにダニたちがたかっていて体重が五キロ増えているのかもしれない。アレルギーで鼻ぐしゅぐしゅ。ダニ集めシートをもってくればよかった。園子さんによれば、敷いているだけでそこいろじゅうのダニが勝手に集まってくるというからダニホイホイだ。いまは僕の膝から下がダニホイホイになっている。日経の原稿、無理に書いている感じがしてやめる。テーブルの周りにはティッシュペーパーの花畑、鼻畑か。くしゃみのたびにペーパーが舞いあがる。有名な無声映画のシーンを思いだしてヴィゴ先生すみません。昼間に乾燥剤買いに出たらのんちゃんとばったり出くわした。「ヨー、清水から帰ったんやな」「うふん、そうだね」「まるいちには出ないの?」「う、行かない、ていうか、行けない・・・そういやさあ、いしいさんさあ、なんかいい本書いてるらしいじぇん、がんばんなよなー」と激励してくれた。夕方、けったりー、けったりー、と三崎弁で呟きながら外に出て、ビールのパックを買い、まるいち食堂でのぶさんとけったりー節で一献。スグルくんも加わってすぐ、アレヨアレヨという間にビールなくなる。景気をつけるため、奮発し、とこぶしとアカムツを買う。風呂にはいっていると、しんちゃん、しんちゃあん、と呼ぶ声がきこえ、佐藤さんだ、とザバリと湯船から立ちあがると、窓のすだれの向こうから佐藤さんが「ヨウ」と手を挙げ、「かつお切ってやったからよ、あとツマミも作ってやっただ、あまり飲み過ぎないように」。デラウエアを渡してデラウエア! ぶどうがかつおに変身だ! 猫が佐藤さんにとりすがりヨヨヨと泣いている。本当にありがとうございます。風呂をあがると玄関先に、かつおのぶっとい刺身、南京豆の煮たの、手製のいかのしおからが置いてあったイヤーン、ユッコ飲みすぎちゃうよー。ということで晩ごはんはかつお刺、とこぶし刺、アカムツ煮付け、しおから、南京豆、焼きトマトとブロッコリーのチーズ載せ、ゲフー。ホラ、ダニの諸君も食べなさい。私らは満腹になったあなたの血をいただきます。そうですか。あー、そうですか。

2006年8月27日(日)

虫燃える東京の朝、きのうと同じく馬に燃えるひとたちも集まっている。同じところでパンとコーヒー。京急線に乗って昼前に三崎へ。鍵があいている。窓が開いている。空き巣でなく、坐古家のひとがあけておいてくれたのです。ありがとうございます。今回も鍵を忘れてしまったのでした。坐古家あってのいしい家でございます。まるいちに出かけると、店内の食堂に、文庫本の日記を読んで、わざわざ東京からやってきたお客さんがいらっしゃった。たいへんありがとうございます。これからも三崎まるいちをごひいきに。届いていたデラウエアと文庫本を町内のひとへ届け、汗だくで掃除。マスクをしていなかったことがあとで響くとは知るよしもなかった。オー、いつかこの「知るよしもなかった」という言葉を使ってみたかったのだけれど、まさか家を拭き掃除することで使うとは、知るよしもなかった。園子さんが買ってくれた、ダニ獲りシートをもってきていなかったことも、のちのち悔やむことになります。坐古家に本をもっていくと、事前に送っておいた家族それぞれのサイン本の、めいの本の宛て書きが、ものすごく複雑に間違っていたことを指摘され、ワーと頭をかかえた。坐古家に新しく加わった四女犬ラブの複雑な似姿を描いてめいに謝りました。夕方のぶさんとビール。といって、時計はまだ四時前で、四時が過ぎる頃、矢野さんが合流。まるいち食堂は順調に定着しつつあるらしくめでたいことです。のぶさんによれば「板前が喋れんからよ」とのことで、たしかに、ふだん三浦海岸の店にいる板前のオーバさんは、魚について話すのが好きで、それをお客さんがきいて食べ、おいしい、おいしい、といってくれるのが、なにより嬉しいという感じの喋れる板さん。我々のテーブルにも、なまり節、しめさば、とこぶしなど、「ちょっと作ってみた」といって、サービスで運んできてくれるアリガトウオーバさん。お客もたのしかんべ(三崎弁)。日暮れ頃、天ぷらまで出てくる。ビール頭を揺らして家へ戻り、矢野さんにぶどうひと房さしあげる。佐々木さん、佐藤さん、池田さん、八百兵に文庫本。みな近所の写真を嬉しそうに見てくださる。ほんとうに、三崎あってのいしいでございます。風呂に入り、久々の台所で調理していると、しんちゃん、しんちゃあん! と佐藤さんの声。ガラッと木戸をあけると、「新さんま入ったからよ、煮てやっただ、寿司作ってやろうかと思ったけど、とりあえずこれ」と日焼けした顔が笑った。ぶどうがさんまに化けた! 佐藤さんいつもいつもありがとうございます。晩ごはんはさんま煮、めといか刺、いわしの塩焼き、納豆豆腐、茹でブロッコリーとトマトのボンジョルノサラダ、いんげんのごま和え。二階でセリーヌを読んでいると、ミシミシとからだ痒くなってくる。オー、ダニー。目に見えない虫たちの静かなる侵略。三崎の夜は風が涼しい。風のなかでダニと猫たちがマイムマイムを踊っている。輪に入ろうとするとキッと睨まれ拒絶される。

2006年8月26日(土)

虫燃える東京。窓から外を見下ろすと、隣の建物の前に、すでに馬目当てのひとびとが集まっている。場外馬券を買うひとは皆「いま、ここ」という気配を漂わせている。ホテルを出て、馬の色のパンをパン屋で買う。午前中創作。昼に、浅草に住んでいたころのように、教文館に立ち寄り勝手にサイン本作り。柳田国男の文庫本を買った。三時に高田馬場で馬の訓練でなく文学レクチャー。話しながら、自分の書く文章は、その前に書いた文章の反射だ、という当たり前のことに気づき、いま気づいたそのことについて話しながら、つまりね、こんな風に書いていくわけですね、うわあ、そうかあ、などとひとりでいっていると聞いている人たちは当然、きょとんとするか苦笑しているかだった。たいへん失礼いたしました。六時に末広町のちゃんこ屋、ここは関取が開いた古い店で、ぼくはいちばん乗りだったので席取りをし、するとすぐにつづけて関さんがやってきたけれど、主人はもちろん、関さんを取っていこうなどとはしません。つづいて沢田さんと理加さん、千葉さん。ひさしぶりの乾杯。ちゃんこ屋なのに、刺身の新鮮さにまず驚く。甘エビ、ほたて、まぐろなど舌がもつれるほど美味。枝豆は少しかたいくらい。ちゃんこは残さずに、ちゃんこ食べないといけません。燗酒のお銚子が森林伐採のようにあいていく。九時頃場所を移し、芸大のひとが集まるという地下のバー。降りていくうち、十年くらい前、この同じバーに来たことがあるのを曖昧に思いだす。どんな醜態を見せたかは思い出しません。乳白色のゼリーが、店じゅうに詰めてあるのかなと思ったらそれは煙草の煙で、みなで洋酒を飲みながら、本の話、茶の話など、頭にゼリーが詰まっている感覚で長く長く話した。12時頃、フラフラとタクシーでホテルに帰る。タクシーを降りて、ホテルの建物がまだ建っていることに軽く驚く。

2006年8月25日(金)

陽が出ていても涼しくなってきた。いいねえ。早朝にせっせと荷物を作り、昼まで創作。途中、西の都から、鹿の絵が二枚届いて感激。添えられた手紙にも感激する。園子さんは仕事にいっているので、帰ってきたとき驚かせようと、床の間のディスプレイに工夫をこらす。午後二時のあずさで上京。銀座のヘナヘナな新しいホテルに荷物を置いて、お茶の水の山の上ホテルへ。対談相手の荒井良二さんは昨日まで仙台にいて体調不良だった。ふしぎな線と、字などについて九時過ぎまで話すうち洗いさん元気になる。ちょうどよく流れる対話は体を内側からかきまわし表面を徐々にちょうどよく整える。対談が終わり、それから別館の、和食も洋食も出る料理屋で遅い晩ごはんを食べました。料理が運ばれてくるのを待ちながら、「小学生のころ奈良に出かけた遠足で、かえるの卵を食べましたよ、ずるずるっと」というと、かえる嫌いの編集長は大いに驚き、「卵はだいじょうぶです! おたまじゃくしもだいじょうぶです! かえるだけが!」といった。「おたまじゃくしがどうなればかえるだと感じるんですか?」「手が出たら」。ぼくと荒井さんが共に注文したスープには、かえるの卵のような透明な丸いものがはいっていた。スパゲティ二種、いさぎにたこ、コンソメスープ、酢の物などなど。食べ終えるころ急激に眠くなる。ロビーへ出ると急激に雨が降っている。十一時ごろから吉祥寺へ行く、といっていた女性たち。銀座のヘナヘナホテルに帰ってペナペナに寝る。

2006年8月24日(木)

日が出ていないととても涼しい。朝は24度。この気温を涼しいと感じられるのはたぶんあと数週間だけ。午前中、朝日新聞の連載を書いて、午後からは創作。地味な一日だよ。ジミー時田のような派手な風貌になりたいよ。昨日より少し遅い時間に園子さん様々なひとの名前を暗誦しながら帰ってくる。そのままテーブルについてぶどう配送のリストを作っています。風呂に入り、晩ごはんは、生ラムの野菜ジンギスカン、きゅうりのみそ漬け、ほうれん草のシラス和え、キムチ。テレビでビリージョエルが派手な動作で唄っている。ピアノを叩く彼の姿を見ながら、「私の三大できないものは、楽器と外国語とスポーツです」と園子さんはつぶやいた。けれど果物を食べるのは得意。ホッホホー、と唄いながら、川中島白桃をむくと、色がまったくちがう二種だったので驚いた。梨のような風味の残るおいしい桃。少し固めですね、と首をかしげ、「指で皮が全部ペリリリ~ってむけるのが私にとって理想の桃です」と園子さんは宣言した。

2006年8月23日(水)

涼しくも晴れたいい天気。32度あるけど。午前中創作。途中でクロネコが川中島からの伝令をもって駆けてくる。ホラ貝がプオーと鳴り響くなか、箱をあけると、川中島白桃がはいっていた。園子さんはマンゴーと同じぐらい桃好きです。昼過ぎ、郵便局のものすごく緊張した顔の配達夫が速達便をもってくる。ゲラゲラと笑いながらゲラ受け取る。三時半ごろ、階段がダン、ダン、ダン、と鳴り、さて今度は、弛緩した乳牛でもくるだろうか、と思ってみていたら、玄関をがらっと開けて入ってきた園子さんだった。普段の帰宅より二時間くらい早い。本郷先生が別の仕事で外出してしまったので早く帰ってきたとのこと。昨日につづき、庭の草刈り。およそ三分の二くらいは土だけになった。しかし昨日掘ったところからもうすでに草が生えてきていてたいしたものだと感心した。晩ごはんはタイの野菜グリーンカレー、挽き肉とトマトとレタスサラダ、枝豆、きゅうりの梅肉和え。連夜のスイカ。昔のスイカはカブトムシの匂いがしたけれど、最近のはあまりしませんね。夜はブルースハークの音楽。窓を開けると周囲の闇からぶどうの匂いが押しよせる。ピオーネにはまだ早い。

2006年8月22日(火)

涼しい曇り。30度あるけど。午前中やっと普通に日経のコラム書く。それから夕方まで創作。雨が降った、しめた、と雨上がりに草刈り。庭を覆う夏草をがりがりと鎌で削り鍬で掘り熊手でかき集めていく。日が西の山にかかるころ、ユッコだんな精が出るねえ、と園子さんが腰を曲げた状態で帰ってくる。草刈り作業を切り上げ、階段をのぼると、すでに猫の手で風呂のお湯が張られていてデラウエア。古レコードのリストを見ながらゆっくりとお湯につかる。晩ごはんはめとげその生姜和え、工房のセロリとトマト、あぶり厚揚げ、わさび漬けの板わさ、そして甘鯛の一夜塩漬け、そしてメイタカレイの煮付け。ここは三崎ですか。まぼろしの猫たちは海南神社を探してきょときょとしている。甘鯛などの水気の多い魚は塩をしてひと晩おくとものすごい味になる。この調理法に行き着くまでにいったい何尾の甘鯛を食べたでしょう。贅沢なこっちゃ。食後は皆でスイカ食う客となる。スイカ甘いか。

2006年8月21日(月)

虫燃えてるよ~、と叫んで、新聞配達が日経新聞を置いていく。たしかに燃えている。後頭部を板井の手が締めつけている。早朝から、配達人にうながされて日経新聞コラム。二回分書いたけど、なんだか変な感じで、もう一度書いてもやはり変でなのやめる。まるいちから魚箱とどく。猫クルル。注文したものより、いっそう豪華な魚が残暑見舞いに入っていてギャビー。午後は創作、からだどんどん重くなっていく。園子さんが、ユー、ユー、ユッコのオタンコナスー、とうたいながら帰ってくるとき、ユッコの身はもう畳にめりこんでいたよ。からだを摘んで外に出してもらったよ。晩ごはんは、酸っぱいつるむらさき、アボカドとトマトとタマネギとカイワレのサラダ、瓜の浅漬け、これからがすごいからね、カマス塩レモン、ホウボウ刺身、アジ刺身、めといか刺身、アジのなめろう、ホウボウの塩焼き、ホウボウのあらのすまし汁。魚不足を一気におぎなう強烈な献立。猫一列になりコマコマイだよ。

2006年8月20日(日)

6時起きで河原掃除。町内会の男性が集結していたけれど、僕はまったく戦力にならなかった。地下足袋で疎水のなかをいったりしたりしていただけだった。大和さんの旦那さんに「顔見せることが大事なんだ」と慰められる始末だったシュン。勢いあまって7時まで庭の草刈り。午前中は朝日新聞の短編。昼前、園子さん運転の自動車で、町へ酒買いに行く。午後はジム・キャリーの映画の映画をDVDで観た。脇役もみなジム・キャリーがやっている、という感じの映画だった。カポーティ「叶えられた祈り」トーマス・マン「詐欺師フェーリクス・クルルの告白」読む。夕方まるいちへ電話したら美智世さんに「入院したかと思ったわよ!」と叱られたスミマセン。晩ごはんは、挽き肉レタス包み、ナスやみょうがや鶏肉のサラダ、枝豆、サバのにんにく炒めトマトソース和え。ナスとみょうがとてもおいしく、まぼろしの猫たちクルルと啼きながら寄る。大和さんがもってきてくれたデラウエアを食べる。デラウエア、デラ! ウエア! としつこく驚くほどやはり今年もおいしい。ぶどうの日々が今年は少し遅れてはじまった。

2006年8月19日(土)

暑い晴れの朝。園子さんは今日お客さんが来るからよろしくといって出た。午前中、創作の途中、クロネコが来た。クロネコは北海道の子羊を顎にぶらさげていた。お客とはこれですか。そういえば、もう二年近く冷蔵庫の左に「生ラム」の通信販売の記事がマグネットで留められてあったことを思いだした。西日ぎりぎりまで創作。夕方、筒井康隆「壊れ方指南」読む。純白の王国。王も白い。ラジオからは頻繁に、コマダイトマコマイという言葉が聞こえてきます。音の響きとして、とてもよくできている。ときどき少しずらしてトマダイコマコマイといってもいいでしょう。山に日が落ちるころ、草刈りしていると園子さんがシュワシュワドヒー、シュワシュワドヒー、と唄いながら帰ってきて、オヤマア可愛い子がいる、といったので振り返ると、大和さんちのに遊びに来ている夏休みの子どもだった。晩ごはんは、ゴーヤ、ヤッコ、つるむらさき納豆和え、冷やしトマト、刺身こんにゃく酢味噌和え、そして、生ラムを使ったジンギスカン。さすが北海道直送。コマコマコマコマイといいながらまぼろしの猫たち生ラム食い尽くす。

2006年8月18日(金)

朝から晴れ。雨の翌朝なので涼しい。園子さんはごはん、僕はパン食。チンプンカンプーン! と手を振って園子さん出ていく。午前中創作。千葉さんから電話がかかり、ありがたや節を踊る。猫たちも出てきて共に踊る。午後も創作。三時半ごろ西日に耐えられなくなり、川本さんから送っていただいたカポーティの翻訳「叶えられない祈り」を読む。オーすばらしく純白の犬。園子さん帰ってきて、チンプンカンプーン! と叫ぶ。そして千葉さんと電話。あーりがたやありがたや。カレンダーの今日の日付のところに書かれた「8じ ラジオ」の文字を指摘すると、園子さん途端に、サイボーグゼロゼロナインのように加速スイッチをいれ、放送が始まるときには食卓が完璧に整っていた。園子さんがどうしても聞きたかった放送とは「いとしこいし」でした。漫才を聞きながらの晩ごはんは、カリフラワーのカレー酢和え、豚しゃぶサラダ、いわしの梅煮、焼きナス、いか納豆。浪曲に気分悪くなる。いい浪曲は、あんなにも晴れやかなのに。松鶴のひとり酒盛り。こちらもリアルひとり酒盛り。

2006年8月17日(木)

午前中は晴れ。午後から曇り、ときどき雷雨。家のなかでずっと創作。この上なく地味な一日。石のような雨粒のなか、手ぬぐいを頭に載せたひとが自転車で走っていく。オー寒そうだ。庭の草はよく抜けそうだ。晩ごはんは、ウリのソーメン風、わさび漬けの板わさ、トマトとワカメと豆腐とブロッコリーの芽のサラダ、めざし、ゴーヤと豚肉味噌炒め。ギュンター・グラスのBBCニュースに驚く。

2006年8月16日(水)

板井、いや、痛いくらいの陽ざしの松本の夏の朝。早朝に創作。昼前、園子さんについて、巨大スーパーへ行った。レンタルDVDを三枚,雑誌を三冊。家で冷やし中華を食べ、DVDの自転車の映画、ロバがでてくる映画を見た。ロバは意外によく映画に出てくる。馬だとまじめな感じがするけれど、ロバは阿呆役として使い易いのではなかろうか。晩ごはんは鶏レバー、ずいきと油揚げ、つるむらさきとしらす、たこのマリネ、和風トムヤムクンスープ。新しいトマトをスープに入れると酸味がきいて辛さと中和。ロバはそのまま食わせてと泣いている。今日で園子さんの夏休み終了。

2006年8月15日(火)

七時起床。晴れているけれどマア涼しい。朝から日経原稿。旅行嫌いについて。それから創作。猫が出てきて驚いた。やはり尾も白い。終戦記念日ですねというと、園子さんは、じゃあお昼はちょうどいいですね、といわれた。昔の人の食べていたようなものっぽいから。昼から一気に暑くなる、それは仕事場が西に向いているから。三時に町へ降り、海賊映画を観る。巨大イカが出てくるたび、まぼろしの猫たちげらげらと笑い、スクリーンにとりついて巨大吸盤を食いちぎる。イカだけでげらげら笑って満足していた僕は子どもイカか。イカ? イカのあとは牛だった。いつも混んでいるけど接客がすばらしい焼き肉屋明月館で、向かいに座った兄ちゃんに31センチの靴を見せびらかされ悔しかった。僕の足のサイズは27センチ前後だけれど靴をはいたままその靴を履けそうだった。昔、31センチくらいの靴は履いていそうな、板井という相撲取りがいたことを思い出す。前も思いだしたような気がする。でかい人を見ながら腹がいっぱいになると思い出すのかもしれません。腹板井。

2006年8月14日(月)

ホテルのビュッフェ朝食。納豆ごはんを食べたいので日本食にした。切り干し大根がおいしかった。昨夜の料理は、外人がつくったような別館のフルコースと、本館のビュッフェ方式の二種類から選ぶというものだったけれど、これならビュッフェのほうでもよかったんじゃないか、と思った。ロバや猫の写真をホテルの前で撮って出発。大町の「酒」博物館へ。当然父はよろこんだ。当然父は試飲した。母も弟も漏らしていたとおり、予想以上におもしろい施設だった。堀金村の農協へ寄ると、女性たちは野菜を買いたくてしかたがなくなり、「最近トマトとか高くて買えへんやん」とこぼしていた弟も野菜を買いたそうにしている。犬の学校を通ってわさび漬けの店。父母たちの買い物を店内で手伝っていると、ガラス戸の向こうで、園子さんが自動車ごとバスに圧迫されるのが見えた。わさび漬け店の話では、店の前に自動車を停めていい、という条件で、家の脇にバス停を置くのを許可したので、あんな風に圧迫するのはひどい、とのこと。弱肉強食トラフィック。夕方から東京で仕事という弟を駅に送り、両親と木曽屋。田楽や柳川を食べる。一旦帰宅し、両親座敷グアー。マリアカラスをかけているとカラスが寄ってきたりしませんか? うちはします。クロネコも寄ってくる。夕方五時過ぎ、ブルース・ハークのメロディを口ずさみながら両親大阪へ帰っていく。園子さんのおかげでいかにも夏の家族旅行という感じの家族旅行になった。夕方の畑ではお盆なのに働いている人が多い。旧暦で過ごしているのかもしれない。胃腸へとへとの晩ごはんはきゅうりの梅肉和え、枝豆、トマトと大葉のサラダ、仁尾町のえびせんべい。座敷にゅーた。園子さん起きたら駆けだし、眠ったら寸とも動かない。ひとがときに動き、ときに動かないという不思議。

2006年8月13日(日)

朝食の座敷に黒猫が出た。かつぶしをうまそうに噛んでいる。10時の電車で兄、仙台へ。父、母、弟をうしろに乗せた自動車は園子さん運転。猫に引かれて善光寺参り。とても晴れています。園子さんはずっと、「善光寺であの、真っ暗ななか歩くのをやりたい」といっていたので宿願がかなう。地下道に入れるまで、40分かかる、といわれたけれど、本堂の欄間にある彫刻など見ていたので飽きる暇がなかった。金色の、楽器を鳴らしながら飛来する観音像は、音楽を音楽以外のものであらわした表現として、世界最高だと思った。そして戒壇巡り。暗闇の現代美術。両親はそれぞれ善光寺に来たことがあるようだった。何も見えない地下道を通り抜けたあと父は、「イヤ~、階段おりる前に、途中で鍵を触る、いうの教えてもらわんかったら、ただ何もせんと通り抜けてしまう人、いてるやろなあ」といったので、もしかして前回ここへ来たときの父がまさにその人だったのではと思った。父母と園子さん、仲見世でそばアイス。そのままそばに引かれてそばの村へ。戸隠というところへ行きましたが、なんですかあれは。川へ落ちた子鹿に群がる歯の鋭い小魚のように、そば屋、そば屋、そば屋に自動車と人間の行列がひしめいている。怖いので少し放れた鬼無里へ行く。みな空腹になってきて、車内に痩せた猫の沈黙が漂いだしたので、奇妙な店構えの「おに屋」というそば屋にはいった。はきはきした女性が丁寧に「いまそばがなくなったので、お待ちいただくことになりますが」。ええです、ええです、というころで席につくが、十分二十分、三十分経ってもでてこない。骨と皮だけの猫の沈黙。暇つぶしに寄せ書きノートをめくっていた園子さん「どのページにも、ここは長野でいちばん、これまでこんなおいしいそばを食べたことがない、とか書いてありますよ」「フーン、それは同じ筆跡でなくて?」。そしてようやく運ばれてきたそばを皆ですすった途端、今度は、羽根が生えて笛を吹きならす黄金の猫の沈黙が広がった。ノートにいつわりはなかった。他にもそういう店はあるのかもしれないけrど、少なくとも自分たちがいったそば屋のなかで、ここが一番うまいかもしれん、ということで、五人の意見は一致しました。いちばんおいしい田舎家のそばに匹敵。さらに猫に導かれていった、白馬樅の木ホテルもすばらしいホテルだった。木のスキー、木のストック。長野オリンピックで優勝したスキージャンプチームのサイン入りスキー板が立てかけてある。外国のホテルのような空気からして、オリンピックのとき、ここに外国の選手や取材班がおおぜい泊まっていたのかもしれない。和室と洋室のついた部屋と、三つのベッドがついた部屋のふたつにわかれる。父はマッサージ、園子さんは整体の電話予約。母と弟と、ロッジの点在する森を散策する。きれいなロッジのおばさんに「ここへ入ってくるな」と脅されユッコ怯える。ホテルへ帰ると、「私のからだなんて、どうせ誰ももんではくれないんですよ」と園子さんが世捨て人のようにつぶやいた。つまり予約が一杯だった。露天風呂にはいり、同じ敷地内にある、離れた立派な建物でイタリア料理。ワインにこくが足りへんね、と母。かさごのフライ、オリーブや、まぐろのカルパッチョ、地物の豚ロースト、アイスクリーム、コーヒー。外人が外人のために作ったような料理。食後はワインと焼酎。父ダウン。母起きている。

2006年8月12日(土)

涼しい朝。園子さんと市街へ降りていき皆の泊まっているホテルでトースト。十時に出発、自動車で北信地方へ。兄と弟は人数オーバーなので美術館へ行き電車を乗り継いでくることになった。長野道を一時間ほど走って松代着。学校好きな父は佐久間象山らがいた藩校のあとに山のように興味を動かされる。そのうち雨が降る。小雨かと思ったらどしゃ降り。雨の城下町はきれいだけれどとても寒い。ブルブル震えていると園子さんがまんじゅうをくれた。だだっぴろい剣道場で母は「なあ、ここ丸ごともらったら何にする?」と大阪の主婦らしい問いかけを発しています。真田家ゆかりの宝物館は宝物の写真が飾ってある場所だった。松代の蕎麦はおいしかった。生糸業を営んでいたひとの古い家を観覧。ここ丸ごともらったら何にしようかと思った。三時頃、渋温泉着。宿の前に浴衣を着た若いゲイカップルがいるなあと思ったら兄と弟だった。二百五十年前から営業している温泉宿「金具屋」。木造四階建ての建物の前でおおぜいが写真を撮っている。アニメ映画の風呂屋のモデルになった場所なので。ステンドグラス風のロマン風呂や岩風呂、船の形の風呂など、宿のなかに無数の変わった風呂がある。また風呂だけでなく、階段や手すりや床や天井、窓の桟など、あらゆるところに江戸デコというか、独特なセンスの装飾が施されてあり、なんというか、日本文化にとても詳しい外国人が、外国の家族に温泉宿の楽しみを説明しようとして描いた夢の宿といったような感じ。浴衣に着替え外湯めぐり。途中で、お堀から引き揚げられたばかりの土左衛門のような、びしょ濡れの兄と出くわし、いったいどうしたのか訊ねてみると、モーロー体の台詞で、九つある外湯のうち八個まで制覇し、いま最後の「大湯」にいくところだ、といった。弟はすぐうしろで半分硫黄に溶けていた。坂をのぼり、「目洗湯」にはいってみる。ものすごく熱いお湯だけれど肩まではいると熱くなくなるのが不思議。三つまで入ったところで宿にもどった。途中にあった「関西ストリップ」の看板が気になった。兄の意見では、ストリップの舞台において、「大阪」「関西」というのは、なにかの演出の方法とか、特定のジャンルを示す符丁ではないか、ということで、渋谷の「道頓堀劇場」もおそらくこれに当たる。いずれ確かめてみようと思った。歩いてまわると、渋温泉というここの街は、ほんとうにいいところだとわかる。縁もゆかりもないものが、気づくとつい引っ越してしまっているような、陽気さ、生活の確かさ、歴史への誇り、大人な感じが色濃くある。作られたような、訪問客に合わせて自分を見失っているような場所が、温泉街はじめ多くの観光地には多いけれど、渋温泉はそういうのとまったく正反対だと思った。路上カラオケ、神楽、夜店。園子さんと、営業していない商店の窓ガラスを覗いたりした。晩ごはんは土瓶蒸しや鱒の刺身、なめこ汁、山菜など。部屋で父、孝典は焼酎を、母と園子さんはワインを少し飲んでいる。兄は夜半過ぎに帰ってきて、温泉街のひとたちと、スナックで飲んできた報告をしはじめる。すでに渋温泉に体半分溶けている。

2006年8月11日(金)

涼しい朝。けれど日なたに出ると暑い。午前中は創作。昼から田舎家におりていき、東京から来た兄と弟と合流。今日から三泊四日の家族合同温泉旅行がはじまる。蕎麦を食べ、三人で家へあがり、チェコビールを飲みながらキューバ写真を見たあと兄とふたりで松本駅に降り、名古屋経由で大阪から来た両親を出迎える。やはりチェコビール。母の名はチエコですが父はビルではありません。はじめ涼しいを連発していた父、だんだんと暑い暑いとつぶやきはじめ。やにわに着替えをはじめる。そんなパッチはいてたら暑いやろ、というと、パッチていうな、といった。着替えても外見変わらない。日暮れ頃、市街に降りていき、いつものホテル花月にチェックイン。ロビーにものすごい数の子どもがいた。サッカーチームということですが、優に三十人はいた。ボールを蹴るひと磨くひと、そのまた雑巾しぼるひと。それだけでなく、松本の市内は自動車があふれていて、排気ガスのせいでたぶん気温が三度はあがっている。両親、兄と弟、園子さんとともに軽食堂ミタニ。またビールで乾杯後、すばらしい赤ワイン。レタスのスープ、野菜の前菜にカルパッチョと牛タンスモーク、カルボナーラハナマルキ、アラビアータいいかげんにしなさい、イカにもスミません、というような三種のスパゲティ。すっかり日が落ち、自動車も巨大なホウキで履き飛ばされた静かな市街地をホテルまで歩く。園子さんと家に帰り、明日のルートを調べる。気がつくと園子さん布団でアルデンテに眠っている。工房も今日から夏休み。

2006年8月10日(木)

朝から畑ショリショリ、ショリショリの音が座敷の外から聞こえる。時計を見ると朝の5時。今日はものすごく暑くなりそうなので、みな早めに畑に出て仕事している。こちらも早くから創作。午後も創作。強烈な西日の照りつける三時くらいまで。それから家のなかを掃除、大阪からの荷物ほどき、庭の草刈り。刈りというよりもはや狩り。からかいながら逃げていく夏草を鎌をもって追いかけていく。ベーロベロ、ほら刈ってみな、おしりペーンペン。揺れるペンペングサにユッコ激怒。ウキャーと叫びながら鎌を振りかざしていたら横溝正史のような老人が遠巻きに見ていた。老人の顔がめきめきと割れ、なかから園子さんがはみ出てきて階段を駆け上がる。やけに早く晩ごはんを作るなと思っていたら今夜は花火だった。薄川花火。トマトとアボカドのサラダ、ゴーヤ、長芋千切り、牛焼きそば。食べている途中、ドーン、ドーンと音がしだす。園子さんたまらなくなり玄関を飛びだしベンチに座って猫のように見つめる。ドーンドーン。窓から覗くと、今年は風がないせいか見事な同心円が描かれている。ドーンドーン。庭のエノコロやペンペン草も立ちあがって見ている。

2006年8月9日(水)

台風はこなかった。三崎より松本を避けていくのか。午前中創作。午後は朝日新聞の短編。気温34度まであがるけど過ごしよいのは一体なぜだろう。台風が湿気など含め吹き飛ばしてくれたのか。夕方から草刈りをはじめ、日暮れ頃になってもぜんぜん終わらない。ユッコとして泣きながら草まみれになっていたら、まっぴらごめんねえ行進曲を唄いながら園子先輩帰ってきてゲッハッハと笑った。地下足袋の女子高生ユッコ風呂に入る。晩ごはんは、トマトサラダ、かつおの叩き東南アジアのどこかの外国風、つるむらさきおしたし、モロッコいんげん、ラー油冷や奴。荒井良二さんとまた対談をすることになった。飛ぶ教室という雑誌。飛ぶ教室という話をずっと非行少年の話だと思いこんでいました。飛行するので。

2006年8月8日(火)

ラジオによれば今日は屋根の日。やーねえ。その前に立秋でしょう。いや、その前に結婚二周年だった。朝から創作。またも窓の外でたき火。どうして煙ばかり起こすのですか。それでも八月八日の創作は淡々とつづけられる。やーねえ、やーねえ。昼過ぎにゲラ直し、さらに夕方まで創作。まぶしい西日のなかを園子さん半分溶けながら帰ってくる。まぼろしの猫たち不気味がってつついている。風呂にはいり、薄闇でアラン・トゥーサンの音楽をかける。アラン! 父さん! やーねえ。この三人の関係はいったいどういうものか。考えながら風呂にはいり、晩ごはんは、キュウリと梅のサラダ、枝豆、焼きトウモロコシ、レバニラ炒め、餃子入り野菜スープ。昨日みた自然のテレビ番組を見る。自然にう。

2006年8月7日(月)

朝から虫燃えている。オヤ畑も燃えている、それは野焼き。ギャヒー。なんで朝から焼きますか。午前中、朝日新聞原稿を書いて送り、日経新聞原稿書く。お前は新聞の分身か。午後は創作。ノロノロ進め、午後四時にへたばる。ひさしぶりにストーンズを聴きました。ユッコ感激のあまり内股になっちゃいました。玄関の廊下で踊ってたら帰ってきた園子先輩に「ユッコそれぼんぼん?」ときかれた。ぼんぼんは土曜日に終わったよー先輩! 今日は忙しいのよユッコ、と園子さん淡々とまな板に向かう。夕方また家の前で火が焚かれ、猫たちが茶色い薫製になった。晩ごはんはトマトサラダ、枝豆、エリンギ網焼き、モロヘイヤおしたし、いわしの梅煮、大阪名物の平たい餃子。自然のテレビ番組を見る。夜十時にふと鼻が鳴り、まさかと思って西側の窓をみたら、オヤ畑が燃えている。ギャヒー。なんで夜中にも焼きますか。

2006年8月6日(日)

あまりに燃えさかる虫たちのため、昨夜は寝たのか寝ていないのかよくわからない。しかし、朝ごはんのあとに寝たことはたしかです。外は変わらずジリジリと虫燃える。正ちゃんでなく、「EとM」と不思議な名のたこ焼き屋でしょうゆ、ソースのたこ焼きを買い、四人で食べた。昼過ぎにまた肥後橋のギャラリーへ行き、喜多さんの友人が結成したバンドの演奏を聴く。虫の火その間は消えている。キューバで出会い、喜多さんに手渡したマラカスの夫婦が活躍しいていた。演奏のあと、勝本みつる氏の緑の音に陶然。豊かな三日間だった。みなさんに見送られながらタクシーで新大阪。名古屋経由でしなの。途中で駅弁とつまみ天ぷらを食べた。園子さんは天ぷらだけ食べ頭グーラグラ。駅の外に出て、夜の信州の涼しさを実感。爆走タクシーで家へ。まぼろしの猫たちドヒーと息をつき、まるで毛を剃られたようだ、という顔で階段を跳びあがり、列をなして家のなかへ入っていく。

2006年8月5日(土)

午前中お坊さん。トランペットのような声音による般若心経。読経のあと、本の話になる。若い頃、渋澤龍彦の本が好きで、鎌倉の家にまで行ったんですよ、夫婦でヨーロッパいってはって会えへんかったけど行ってよかった、などとお坊さんは懐かしそうに打ち明け、さらに、中島らもさんも好きやったですねえ、と口を滑らした瞬間、父の目がキラと光り、らもさんか、ああらもさんな、うちに泊まりにきたことありますよ、と胸を反らしすぎないようにして父はいった。坊さん驚愕し、ホンマですか、ホンマですか、どこに寝はったんです、と釣られたエビのように前のめりになった。父ニヤリ。坊さんの去り際のひとことは、あ~、バタイユ、アポリネールも好きやったですよ~、だった。園子さんは大阪の坊さんは皆あんなにおもしろいんですか、とあとで両親にたずねていた。昼前に生根神社へいって祈願。帰ってすぐ、近所の正ちゃんへいってしょうゆとソースのたこ焼きを買い、四人で食べた。夕方、肥後橋のギャラリーへ喜多順子さんの展示を見に行く。実物の描線や色を見るのはこれがはじめて。虎、白熊、フラミンゴ、そして鹿。どの動物の絵も、人間の脳が動物として識別する直前の、見えた、あるいは、そこにいる、という感覚がして、それは輪郭線が無く、色の塊によって描かれたからだけでなく、喜多さんが描くとき、ほんとうにそんな風に見ているからだと思った。こういう絵は見たことがない。現代を共に生きているからそう思うのかもしれない。堪能したあと、タクシーで千日前までくだり、園子さん、喜多さんと一緒に、町内会的かつ素晴らしい寿司屋錦へ行きました。刺身盛り、毛ガニ、サバの棒寿司、穴子寿司など。園子さんも喜多さんもまぼろしの猫もみな猫の神髄を極めたものとして正しくすべてを平らげた。錦の魚を食べ尽くすような勢いだった。巨大化した猫の喜多さん、十五歩で京都の家へ、園子さんは三歩で大阪の実家へ帰った。ぼくは南海電車でノロノロと帰った。家の二階にあがるとなんという数の虫の夜だ! まぼろしの猫たち、あまりの虫の暑さに、毛を剃ってくれとほうぼうで剃刀を振りまわす。燃える虫ハラハラと切れて落ち、いっそうジーと燃えさかる。

2006年8月4日(金)

黄緑色の晴れ。8時から外でたき火をやっていて嫌んなっちゃうよ。午前中無為。昼から丸ノ内病院。園子さんに送ってもらい、連れ帰ってもらい、身支度をして、松本駅から六時前のしなの、晩ごはんは途中で餃子やレンコンサラダ、キッシュなどプラスティックの容器にはいった様々な、かすかにプラスティックの味がする食物を口に入れ、噛み、すりつぶし、のみこんだ。名古屋経由で新大阪。実家に着いたのは十時ごろ。犬のパチが、両親から冗談交じりに「もう年寄りになった」「もう何年生きるんやお前は」などといわれていて驚いた。パチが飼われるようになって七年も経つそうです。父は非常に疲れており焼酎のグラス持って頭グーラグラをやる前に寝てしまった。これにも驚いた。筑摩の文学で古典思想家集を読んで、二階にあがると蒸し風呂のようでここは外国かと思った。そこらじゅうで虫燃えさかる。闇のなかでジワジワ燃えている。

2006年8月3日(木)

オー、どえらく晴れはったんやね。九時の時点で30度。午前中朝日の短編。題名だけ決めて、なにも考えずに書いていくうち自分が驚いた。午後は創作。夕方に「建築は詩~建築家吉村淳三の言葉」。園子さんがまっぴらごめんねえ節を唄いながら帰ってくるころしみじみと読了。つづけて片岡義男「音楽を聴く」を再読。園子さん台所で悲鳴をあげる。まぼろしの猫脱水される。晩ごはんは冷やしトマト、枝豆、つるむらさきのおしたし、甘唐辛子と焼きナスの甘酢和え、白鯛の塩焼き、サバの干物の半身。美智世さんありがとう。園子さん遅くまで押し入れでごそごそやっている。夜は「音楽を聴く2」を読む。

2006年8月2日(水)

オー、晴れている。園子さんの朝のひと言は「おかちめんこ」だった。オカメインコに降りかかる苦難とその果ての栄光について考える。ずっと創作。まるいち荷物届く。昼過ぎに驚く。夕方まで創作。ラジオ、煙、犬、そしてぼんぼん。ぼんぼんの歌はほんとうにつらい。頭を床にぼんぼん打ちつけたくなる。気散じに内田百閒「東京焼盡」読み返す。園子さんぼんぼんをものともせず帰ってくる。晩ごはんはあじ刺、めといか刺、あじのなめろう、レタスなどのサラダ、キュウリの梅肉和え、マリちゃんのパン、ボルシチ。チェコビールがよく合う。十時過ぎに父から電話。その五分過ぎに弟から電話。オカメインコは病気だ。

2006年8月1日(火)

いや、えらい晴れてますな。ほっといてくれ!いや、はげてます、なんかいうてえしまへん、シュワシュワシュワ・・などとつぶやきながら朝から創作。晴れの日にずっと家にいると独り言が多くなる。外の気配が内側に注ぎこまれてくるのか。午後も地味に創作。園子さん、帰ってきて、まぼろしの猫の悪ふざけに激怒。猫怯え。座敷で内田樹「私家版ユダヤ文化論」を読む。晩ごはんは、南京の煮物、アボカドの柚子胡椒和え、トマトサラダ、豚と青菜の炒め物、かまぼこ、ばら寿司。園子さん9時半に就寝。まぼろし猫がつぎつぎと掛け布団に乗る。「私家版ユダヤ文化論」は体がねじれていく読書。ねじれすぎてできた裂け目から言葉が出てくる。読み終え、夜中に今西錦司「自然学の提唱」読み返す。