2006年-4月

2006年12月31日(日)

じゅうたん掃除していると犬が来る。そしてわざわざじゅうたんに乗る。お前は、お前は、お前は。掃除機の先端でつつくと名残惜しげにいったんは去るが、掃除しているとまた来てじゅうたんに乗る。お前は、お前は、お前は。台所では母と園子さんが並んで包丁をつかっている。「園ちゃん、あんた、鬼嫁やないの」「鬼嫁っていうより猫嫁ですね」。ヘーイ、メーンといいながら、重光叔父さんが手製の蕎麦をもってきてくれる。メーン。築地から蟹来る。猫だらり。松本から日本酒四本来る。父だらり。晩ごはんはたらば蟹のボイル、春菊のエスニック風サラダ、きゅうりとセロリとするめのマヨネーズ和え、そして蕎麦。犬にタマネギを食わせると毒になる。猫にはエビのしっぽを食わせると腰が抜ける。蟹はどうなのか。まぼろしの猫たちはつぎつぎと蟹の甲を噛み割っていく。孝典と園子さんがエイホエイホと息を合わせ蕎麦を茹でたり洗ったりしている。紅白歌合戦がついている。今年はふだんよりものすごく長く感じた。小学生の頃と同じくらいに感じた。それはからだが時々みえないほうへ頻繁に伸びていたからかもしれない。犬が掃除したてのじゅうたんに乗っている。来年はここにいる皆に、この日記につながる皆さんに、輝かしいなにかがロバの運びによってもたらされますように。闊歩闊歩ヒヒン。ハバ・ハッピーニューイヤー・オブ・猪ドスン。

2006年12月30日(土)

外凍ってますよう。ついに雪面がおばはんメイクに。雑誌、古新聞を集め、一階の巨大倉庫において、家じゅうに掃除機をかける。コードのゴムがうしろでニョロニョロ動いていたら物騒だな。まだ頭にニョロウイルスが。胃腸ではなく思考を破壊するウイルスかいな。晴れていて気温はおよそ零度。まあそんなもんですかいな。園子さんは台所を片付けたあと落語番組のDVD化に余念がない。午後から大阪。園子さんは薄着の上に少年のような黒いコート。ぼくはねばねばした布を全身に巻いてウイルスの格好で行こうとしたら松本駅の駅員に撃退され普通の服で帰ることになった。心斎橋に六時半頃着。恒例の寿司屋にいくと、店の戸口に父が手をかけようとするその瞬間だった。両親、孝典、克典とリエちゃん、その息子、三ヶ月の泉乃介、兄は三十分ほど送れてついた。激しく抱きすくめようとする父の腕のなかで泉乃介は暴れ激しく泣いた。そのすきに猫たち車海老、ふぐ白子焼き、トリガイ、焼き穴子などを平らげていく。父、ひれ酒五杯、初孫の甘き香りに酔いつぶれる。ジージという呼称を使える老人は幸いなり。

2006年12月29日(金)

どえらい雪ですよう。年賀状。背を丸めて描いているとうしろから園子さんの声に「かあいいじゃないですか」とあざらしのようないのししの図案を誉められた。よかった。午後から園子さんと郵便局、わさび漬け屋、酒屋。各方面へ年末の荷物おくる。気温急降下。めちゃくちゃ寒いですよう。脱力疲労し、温泉ホテルことぶき。ものすごく髪の薄い人がていねいにヘアドライヤーをあてていて胸が詰まった。そのあとチャイナスパイスへいった。レバニラ炒めと麻婆豆腐とラーメンというごく当たり前の料理がチャイナスパイスではチャイナスパイスでしか味わえない不思議なおいしさの料理になる。「正月はドウシマスカー?」と奥さん。「実家の大阪に帰るんです」と園子さん。「オーサカ! イイデスネー、オーサカのひとは、みな、ショウバイ上手ですねー」「そうでもないんですけど」と自分。「アーそうか。ショウバイ下手だから、本トカ書いてるノネー」と奥さん。マサリク。宵の口なのにマイナス五度ですよう。セイリングの映像みながら焼酎をのむ。今年もしょうっちゅう焼酎を飲んでいたなあ。

2006年12月28日(木)

年賀状。金ペンでいのししの絵。我ながらあざらしのほうに似ていると思う。段ボールの荷物がとどき何かと思ったらあんかだったイエーイ。上向きの細長いこたつのような機具で、机の下に置き、上に足を載せて使うと、極寒でも足もとは寒くない。つけてみるとすこぶる快調イエーイ。千葉さんより昨年につづきすばらしい玉子、ソーセージ、マヨネーズの詰め合わせとどく。鬼海さんよりべてるの昆布とどく。普通のこんぶよりいっそうおめでたいような気がする。電話すると、鬼海さんはこの夏、北海道のべてるの家の夏祭り、通称「幻聴祭」にいったらしい。キチガイに関する概念が音をたてて変わるんだよ、いしいさんもいかなくちゃだめだよ、といわれる。是非来年。園子さん幻聴をきいてニヤニヤ笑いながら帰ってくる。サーテ、と猫たち。猫祭り三夜目。しかし実はロバ祭でもあった。なんせ蒸し器で蒸しただけの南瓜がすばらしい。南瓜というと、松本が草間ヤヨイの故郷だということをロバは知っているのか! 知っていますよ。そうですか。猫祭りとしては漬け汁にひたしておいた太刀魚の網焼き、満を持してのキンメの煮付け。焼き厚揚げ、蓮根とピーマンつづき。アーッアーッ。魚の声が聞こえる。魚祭りはいつだいつだいつだ。イワシは群れているのでリエゾンでしゃべる。

2006年12月27日(水)

マンモスの雲が横切っていく。山はとがっている。千葉さんから電話。鬼海さんから電話。日記整理。三崎への郵便を転送してくれるよう申し込みにいった郵便局で働いている人は親切だった。バスで街へ。皮膚科、書店とまわる。たいへんにあたたかい日で、十度くらいはあったのではないか。バスで美ヶ原温泉。歩いて家へ。ぬるい夕方の空気のなか、園子さん工房の干し柿を腕につるし、工房の味噌に足をとられながら帰ってくる。サテ、と猫たち。猫祭り二夜目です。晩ごはんは、三浦大根とホタテのマヨネーズ和え、金目鯛のしゃぶしゃぶ鍋、巨大サザエ壺焼き、そしてキンメの塩焼き。猫合唱隊のようにパクパク。ロバすら猫化してむさぼる。キンメの塩焼きは、身が厚いためグリルの火に皮が近すぎ、三崎でやるといつも焦げ焦げになったのに、松本でうまくいくのは高地であるせいでなく園子さんの前脚、いや腕のせいだと思った。いちごは栽培がむずかしいそうですね。五回やって一回しか栽培が成功しないからイチゴというくらいだそうですね。ボンヤリとロバ首肯。

2006年12月26日(火)

えれえ寒いなあ。マイナス五度。えれえ溜まったなあ。日記整理。みずうみゲラとどく。広松さんより絵本「セーラーとペッカ」シリーズの見本とどく。スゴイ。爆烈。頭ちぎれて浮遊する。よくぞまあ見つけましたな。午前中指定のまるいちの魚箱を午後六時にもってきた飛脚に怒る。箱をあけると、巨大サザエの襲来に猫キャー。逃げまどう振りをしてグリルの上に誘いこむ。晩ごはんはわんやわんやわんやわんや猫祭り。サザエ壺焼き、太刀魚の塩焼き、おいしいたけ、白菜とネギと豆腐と卵スープ、シューマイ、蓮根とピーマンのピリ辛炒め。こういう寒い夜には、氷漬けになったマンモスのことを考える。考えるのが嫌になって寝ようとしたらそれはないだろうとマンモスが氷を割って立つ。

2006年12月25日(月)

ゴワーと昼まで寝。しんじさんも寝てて喋るのね、と義母にいわれる。頭が眠っていないのね。それは、ふだんから眠っているようなのでは。新宿で贈り物買う。衣紋かけかけ買う。弁当など買い、あずさ号でゴー松本。サラリーマンのふたり連れがチューハイを小気味よくあけていて、その勢いはまさに湖水をすくいとるペリカンのようで、諏訪でふたりがおりるとき園子さんは「ふたりとも五本ずつ、しかも顔色がかわってない、サラリーマンのプロですね」といった。マサシクと首肯。マサリクはチェコの人。山辺の家にタクシー。松本の乗用車よ、こちらが青信号の交差点でそっちから左折してくるのは何故だよ。帰ってお風呂。晩ごはんは新宿で買った弁当。駅弁をこうして家にもちかえり食らう人が多いというが、そういう場合、駅で買ったならまあ駅弁でいいか知らんが、百貨店で買って家で食べ、つまりどこにも駅が介在していないのに駅弁といえるものかどうなのか。ロバ出てきて、だからー、もともと駅で売っていた、っていうルーツがあればー、駅弁でいいじゃないすかー、駅伝でも駅なんか伝ってかないんだからー、といった。首肯。作り置きの肉じゃがに煮たらこ。こたつでスー。ふとんでグー。なにを喋っているかマサリクわからない。

2006年12月24日(日)

朝かるく掃除。まるいちで昼飯たべて、いってきます、といって東京都現代美術館。「全景」の最終日。午後遅くなのにチケット売り場に行列ができていて四十分待ちとプラカードに書いてある。券をもっていてよかった。人ごみを縫い、エスカレーターで三階にお進みください、といわれたのをはじめて聞かずにそのまま地下へ。「DJ景」という企画でレコードを回している大竹さんにドーナッツ盤をさしいれにいく。ダブ平の演奏終了後、おひさしぶりですと挨拶。「アーいしいさん、ちょっとしゃべんない?」ということで、いきなりステージでトークセッションをすることになった。こないだの十二時間ではまだ終わっていなかった。ふたりで椅子にすわってダラダラと談話。ステージ上で湯浅学さんにいろいろ支えていただいた。終了後、一階のエントランスロビーに戻る。入口から園子さんコートの端をはためかせながら走ってくる。園子さんは「全景」二回目。というか、「全景」を見るという体験はすべてひとつながりの経験としてあるので本当は一回、二回という回数であらわすことに意味はない。何度来ても一回目だし、一回で全体だ。エスカレーターで三階におあがりください。矢野さん、住吉さん、ロックバーのあんちゃん。住吉さんによれば、昨日、兄の康裕が「全景」にいったらしい。そしてダブ平のところで呆然としていると、肩をつつかれ、振り向いたら弟の孝典がいたのでさらに呆然とし、女神の自由くらいにまでからだが伸びたらしい。思いもかけない再会がフロアのそこかしこで起こっている。そういう驚きは現代美術の驚きと似ているというかほぼ同じことだ。園子さんも会社時代の大先輩と出会いからだが伸びていた。最終日はふだんより二時間延長され午後八時に閉館。ほとんどのお客さんがダブ平の前に集い、湯浅さんとダブ平とギターのセッションにからだを溶かしている。ギョワーギョワー、ギギ、わたし待つわ待つわ待つバホーン、ドドド、ドドドラドラドラドラ、わかっちゃいるけどガヒンガヒンガヒン。ウニョーン。「最後にひと言」と学芸員から画家がうながされる展覧会も珍しい。「全景2で会いましょう」と大竹さんはいった。喝采のなか全景は見えない場所へ遠ざかっていった。館内の会議室でビールの打ち上げ。非常に体格のいいひげの若者ふたりに囲まれ、脅されるかと思ったら本読んでますといわれ嬉しかった。六本木でイタリアンの打ち上げ。「今日はクリスマスの夜だからお洒落して立派な西洋料理の店に行こうか」「行きましょうか」「それから正月に向けてたこ揚げでもしようか」「しましょうか」というような若きしっぽりカップルがカウンターで互いにフォークを「あーん」とやっていたのに、数十人の大竹軍団がドワドワとはいってきて、どんどん隅に追いやられ、そして出ていった。その瞬間声音があがり、皆気を使って小声で話していたことがわかった。穴のなかのようなすばらしい料理店。湯浅さんはレコードをかけている。都築響一さんに鯛を薦められる。実はタイ。七面鳥とイノシシが出てきて猫ニヤリ。さつま揚げにロバヒヒン。大竹さんと園子さんとトーク。三時ごろ辞去しタクシーで尾久へ。えんえんと伸びたからだが背後にたなびいている。見えなくなるほど遠い全景のほうにまで。

2006年12月23日(土)

三崎で大掃除じゃ。軍手とゴム手袋を交互に使いわけるのじゃ。掃除機のあとは雑巾がけじゃ。昼過ぎに滞りなく終わったのじゃ。まるいちで魚物色。豆あじの干物、めざし、すると、たった今磯でとれたばかりのとこぶしがドドドッとじかにカゴで搬入される。虫取り網をもった夏の少年のように呆然と立ちつくす。刺身用におまかせで購入。家の二階でとこぶしになった気でいると、「いっしーさーん」という声がしてめいとるな来襲。めいに「毛伸びたね」といわれ「背伸びたね」といった。めいすごく背が伸びている。一方るなはぜんぜん変わらない。「そだよ、ぜーんぜん変わんないの」といって雨降りの楽器に耳を当てている。「あんちゃーん」と八百兵のおばさんが、巨大な三浦大根をもってきてくれる。夕刻まるいちでのぶさんとビール。ふたりで五本のむ。大阪へ送るまぐろのサクを注文する。皆さん今年もありがとう。晩ごはんは、とこぶしの刺身、猫ガクリ。豆あじとめざし、猫バクリ。ほうれんそうのしらす和え。ねぎのぬた。夜中は音楽かけまくり。酔っぱらう今年最後の三崎の夜。

2006年12月22日(金)

松本から新宿。岩波の、波のようにつながっていくよ対面は。岩波の岡本さんと対面して先々の本の相談。三崎へ着くとけっこう寒くて、西風がビョービョーと吹き巻いていて。猫がいて。天気がよければ掃除をしようと思っていたのが小雨がちにもなってきたので年賀状の宛名書きをした。まるいちへビールもっていく。この日記を見て、中華の名店牡丹にシューマイを買いにきたお客さんがいたらしい。それはよかった。シューマイもおいしいし、それに、ほぼ毎日昼過ぎにできあがるチャーシューのできたてを買って帰り辛子をつけて食べると、ショージ君風にいって「モー、ドーにでもシデクレー!」という感じになる。日暮れにのぶさんとビールを飲みながら江夏の話。晩ごはんはカワハギ煮付け、ほうれんそうじゃこ和え、オクラヤッコ納豆。佐藤さんは風邪ひいたらしい。警備の現場で歯をせせろうと思ってその辺に落ちてた枝を軽く洗って歯をせせった。そしたら腹のなかが大騒動になった。ニョロウイルスだ! 「しんちゃんも気をつけねえとな」といわれる。商店街の皆さんに「帰ってたのかよ」「死んだじゃなかったかよ」といわれる。トトトツー。

2006年12月21日(木)

各所へ連絡。本を送ったり。それだけで昼過ぎになる。なんでですか。グハー。メール便で腹燃える。というのは、クロネコの配達係の若いのに電話して、段ボールふたつ、メール便が七つあるので取りに来てほしい、メール便の伝票がないのでもってきてほしい、と告げると、今日は荷物が多いんで、営業所へもってきてくれませんかー、という。それは君の仕事ではないかね、というと、一瞬間をおいて、わかった取りにいくとこたえた。午後は荷造りと掃除。クロネコを追いたてながら園子さん自動車で帰ってくる。晩ごはんはもらいもんの鮎、ブロッコリーのカレー風蒸し、にんじんおかかサラダ、厚揚げの炙ったの、それからホワイトソースのほたてエビスープ。まぼろしのアザラシが手を振りながら近づいてくる。

2006年12月20日(水)

コンピュータと図書館でずっと高野山情報。来月、猫ちゃんの一周忌にタタタと行かなくては。理加さんより東京は本郷のパンとどく。これはこないだ園子さんが買い占めた長芋がパンに転じたのである。夜に園子さんと文化会館へ。茂山流狂言の会。生まれてからずっと狂言の家にいるうち本物になってしまう。今夜は駐車場からすみやかに脱出できた。家で本郷のパンの箱あけて晩ごはん。こしょうパン。にんじんパン。むらさきいもパン。緑色のよもぎパンをたべ、園子さんはロバ顔になり「やっべーよ、これぜってー何か、やっべーもん入ってるよ!」と若者口調でいう。ほうれん草とベーコンの炒め物。モッツァレラチーズとトマトとハーブのサラダ。ニョロニョロニョロ。それはハブ。

2006年12月19日(火)

たまっていた郵便や電子メールに返事。午前中で終わる。午後は簡単に掃除し、郵便局へ行く。火曜なのに休みかよう、と因縁をつけようとしたら窓口が閉まったあとだった。ノロウイルスのたたりなのか。まいどー、まいどー、といいながら園子さん帰ってくる。晩ごはんはちょい焦げめざし。関さんにいただいたへぎそば鍋。ちくわ、ネギ、油揚げ、鶏がおいしい。いくらおろし。長芋納豆。寝る前にうがいをしていて自分がずいぶんうがいが上手になっていることに気づく。

2006年12月18日(月)

朝から品川駅、ジャックナイフで新幹線。正午に京都駅に着。タクシーで河原町三条のロイヤルホテルへ。佐藤巧さんのお別れ会。写真を途端はっとなった。はじめて会う感じがしない。たぶん作品や佐藤さんの話に、巧さんの気配や空気はこめられ、それが知らぬ間に、こちらへ伝わっていたのだと思う。たぶんそのような気配、空気をもっている人だったのだ。その気配は、会場にいる人たちのそれぞれのからだに、多かれ少なかれ、溶けこんでいるように感じた。薄い光にあふれ、さざめきが遠のいていくような会だった。四時半に外へ。昔いった古書店を覗いてから、タクシーで京都駅。名古屋経由で松本。園子さんが自動車で出迎えてくれた。ロバよ、猫たちよ! シーン。れいざんで中華料理。シュウマイ、汁そば、麻婆豆腐。ニョロウイルスの襲撃を撃退した園子さんは大きく口をあけてシュウマイを食べた。

2006年12月17日(日)

クロワッサンには苦労せず。という俚言があるとおり、クロワッサンにはすぐ会えた。昼から三崎でクロワッサンという雑誌の撮影。まるいちの様子。八百兵の様子。「よ、しんちゃん」と、仕事から戻ってきた佐藤さんが元気そうでよかった。まるいちへ戻り、昼食風景を撮影。クロワッサンだけあってぎょうさん食ろわっさんなあかんねんなあ。刺身盛り、まぐろ丼、定食セットなど。午後から急に晴れてきた。バタバタと家に駆け戻り洗濯物を干す。洗うだけ洗て干してへんかってんなあ。アホ満点やんなあ。ニョロニョロニョロ。午後はゲラ。ノートに短編。簡単に掃除をする。夕方、まるいち食堂へ戻り、大場さん作のしめさばを食べる。グオーと猫吠える。限りなく生に近いこのしめさばは、魚屋でいま寝ている新鮮なサバを、歩いてとってきてさばいて使う、まるいち食堂でしか不可能なしめさば。どんな高級料理店でも味わえないような味。日曜にまるいちにいくお客さんはしめさば目当てにいけばよい。岸壁は西風吹きまくり。風にフラフラ揺れながら帰ったら玄関に鮭が。佐藤さーん。バッカスの戸をあけて二階に叫ぶと、「オー、しんちゃん。いい鮭はいったからよ。たれに漬けといただ。軽く炙って食いな。ま、あまり飲みすぎないように」。猫たち腹を見せて恭順の意志を示す。いつもほんとうにありがとう。晩ごはんは鮭の漬け焼き、ほうれんそうの煎りシラス和え、レタストマトサラダ、げそのネギ炒め。夜に松本の園子さんと電話がつながった。受話器からかすかに温泉の煙がまいあがった。

2006年12月16日(土)

ブルータスお前も蚊。誰の訳だったろう。十一時からお茶の水のホテルでブルータスという雑誌のインタビュー。音楽の話をする。西野入さんという名前は考えてみれば雄大な名だと思った。それから三崎。まるいちの魚はぼくの姿が見えると一声に口をパクパクさせえらを開いた。ヤリイカとカワハギを買った。家に帰りゲラ、ゲラ、ゲラ。ビール六本パックをもってまるいち食堂へ。胃腸の悪いひとが多いらしい。ノロウイルスほどでもないけれど下痢したり戻したり。「それはニョロウイルスのせいだ!」と思わず立ちあがる。のぶさん唖然としている。お前も蚊。晩ごはんはレタスとハムの中華サラダ。七色納豆。ほうれんそうおしたし。ヤリイカの刺身。カワハギの煮付け。カワハギははやはり俺のために生きていたのか。ウエー。パクパクパク。

2006年12月15日(金)

朝からお茶へ。すばらしいすり鉢。すばらしいすりこぎ。先生が襷がけをして鮮やかにする、すばらしいとろろ。ふくらんだとろろに、全卵を一個入れ、昆布とアゴでだしをとったみそ汁を、玉じゃくしで少しずつくわえていく。これは卵が固まらないようにするため。三人で、みそ汁二杯分くわえたら、デンと食卓に置き、海苔と刻みねぎをまぶした麦飯に、各自とろろをじゃぶじゃぶにかけて食べる。このとろろ汁が、先生のふるさとでは最高のご馳走だった。長芋はすりたてでなければならないので、お客にとっては、すりばちをする音からもうご馳走がはじまっていた。本日稽古じまい。初炭と袋だなの薄茶点前。三時半に辞去し、お茶の水のホテル。四時過ぎにマガジンハウスの刈谷さん。できあがったばかりのキューバ日記をとどけてくださる。ビールで乾杯。池田さんはロバに愛着があるのだろうか。表紙はもちろん、扉に描かれたロバの絵は、いったい何が描かれてあるのかわからないところがロバ的で、とても狙ってこんな風に描けるものではない。「ふたご」の熊の絵と並び、ものすごい絵だと思った。日記の日付ごとに登場する落書きのような絵は、ほんとうにぼくがキューバにもっていった手帳に描いておいた落書きで、池田さんはそれらをノートのあちこちからもってきてそれぞれの日の出来事に「関係がなさそうでありそう」な調子でレイアウトしていった。パラパラとめくると犬や馬やまぼろしの猫の写真が登場する。いつもながら恵まれすぎの装幀。池田さんありがとうございます。刈谷さんと話していたら日経の海野さんが来て刈谷さんフェイドアウト。日経の連載は五ヶ月つづいたのだけれど、会いましょう会いましょうといいながら、結局会えたのは連載の最終回が載る前日の夜になった。それでも会えたのだからよいことだ。これまでの連載でのハマムラや階段を落ちていく足や美人姉妹の話の話をする。毎週短い感想をよせてくれるのが楽しみだった。七時頃、海野さんフェイダウェイ。つづいて講談社の国兼さん、綾木さん、安藤さん。皆で浅草のフグ屋へ。国兼さんと家を建てる話。小説は関わっているひとの内側が互いに見えないところで響きあうという話。猫陰からふぐパクリ。おじやを食べ、吾妻橋まで歩いてギャラリーエフ。ウイスキー飲みながら音楽の話など。三人が帰ってから土蔵にあがり、イズミちゃん、山ちゃんに見守られながら、でかい紙の裏に、マジックで絵を描いた。エフで描いたのに絵筆では描かなかった。

2006年12月14日(木)

グイー。調子悪い。ノロウイルスか。しかしノロウイルスをもらうと普通ゲーゲー吐くという。自分のは、一般より毒の周りがのろいのかもしれない。ニョロウイルスかもしれない。そんなふざけた名のウイルスに苦しめられとるのか! こたつで上田秋成を読む。大岡昇平を読む。胃腸重い。よろよろとまるいちへ歩いていき、体調を告げると、美智世さんはザブリとキンメをもちあげ、半身ずつうちとわけよう、といった。ありがたや。家に帰り大岡昇平読む。晩ごはんは蒸しブロッコリーとハムのサラダ、納豆奴、きんめの煮付け。あたたかいものを食べると胃がましになる。

2006年12月13日(水)

胃腸重い。飲み過ぎましたかな。午後に新宿のトップスのトップで尾形さんと合流。サンドイッチでみずうみ完成の簡単なお祝い。さまざまな小説の話をあれこれとする。外に出ると雨。紀伊国屋書店で文庫本三冊買う。帰りの電車で日記の小説を読了。水曜日はまるいちは休みである。晩ごはんはいさぎの塩焼きにパセリとオリーブオイルとレモンをかけたもの、レタスとトマトとブロッコリーのサラダ。れんこんのきんぴら。胃腸やはり重い。

2006年12月12日(火)

ウイー寒い。西風強し。たからやのパンを食べ、午前中は日経コラムの最終回。三崎のことを「ほらふきマドロス」という題で書いた。昼にまるいちへ行くと時季はずれだけどとんでもなく立派ないさぎが一尾いた。午後は短編ひとつ。こたつが生き物としたら足をつっこんでいる箇所はどの部位だろうと考える。尻の間や脇の下かもしれない。うちのこたつは足が一本とれていてガムテープで留めています。日暮れにまるいちへ行き、大竹さんからいただいた激辛のお摘みとビール。のぶさん「かれー、かれー」といいながら摘んでいる。スグルくんもつまむ。帰りし、ディランさんよりまぐろの血合いをいただく。激辛がまぐろに変わるとは。台所に立っているとガラリと戸があき池田さんの手が伸びてきて「レンコンのきんぴら作ったよ、たべる」。オー、きんぴらが現れた。みなさんありがとうございます。晩ごはんはいさぎのカルパッチョ、新なまこの酢の物、血合いのレタス巻き、れんこん。焼酎のお湯割りをのむ。ウイー。

2006年12月11日(月)

目覚めると十時。ヒエー。風が吹いている。酒はフシギと残っていない。神保町で全身マッサージ。午後四時東京會舘。小島信夫先生のお別れ会。なにも食べない。スピーチは長く、どれも素晴らしかった。会場は明るかった。白々とした光が場内に満ちている感じがした。司会のかたが、小島さんの録音した声をいまから流す、といい、その声が流れだしたとき光量はいっそうあがり、ぼくは自然と目をつむった。小島さんの声が場内を満たした。そして遠のいていった。品川駅は千葉方面の線路が裂けたとかで混乱していた。振り替え輸送の乗客でアメ横のよう。三崎へのくだり電車も混んでおり金沢文庫あたりまで満員電車のようだった。家にたどりつきスーパー疲労。畳を這いずり、黒電話の受話器をとってポパイに電話。すみやかに湯麺と餃子がはこばれてくる。ゆうべの居酒屋からなにも食べていなかった。からだがゆっくりと溶けていく。ポパイよ今夜もありがとう。

2006年12月10日(日)

午前中かんたんに掃除。まるいち食堂で大場さんの丼を食べ、お茶の水のホテルへ。夕方、青山ブックセンターの控え室で大竹伸朗さんと顔合わせ。直島と全景と別海の話。そして午後六時よりトークショー本番。やはり直島と全景と別海の話。大竹さんはからだを揺らせながら言葉を散らす。そのリズムに合わせ、こちらのからだも動き、つい立ちあがって、右へ左へ歩きまわりながら話しつづける。絵を描くことと小説を書くことの合奏。ステージの脇で、ブックセンターの須藤さんが奇妙な動作をしているので、オー、合奏にくわわりたいのか、と思ったら、「もう時間切れです」とジェスチャーで示しているのだった。いつの間にかの二時間に驚き。大竹さんも呆然。お客さんたちの顔も驚いた人間の顔になっている。しかしトークセッションはこれで終わらなかった。サイン会、表参道の居酒屋、新宿のちりんぼう。えんえん話しつづけている。「いしいさん、ロックバー行こう。ロックバー」と大竹さんがいって、二丁目に足をむけたのがたぶん二時。そして着いたロックバーというのが、十五年前くらいから六年前くらいまで、ほぼ毎週かよいつづけたバーだったので笑い、大竹さんも笑った。さらに話す。そして吐息をつき、店の外に出て握手をし別れたとき、時計は朝の六時をさしていた。都合十二時間のトークセッションになったノエー。

2006年12月9日(土)

小雨ふっている。買ったビニール傘にはホテルの名前が書かれてある。三田線で三田。乗り換えて浅草線、京急線、三崎へ。帰り着くといっそう寒いですね。やはり三崎でもこたつですね。猫の後ろ肢の関節にはさまれていたいですね。ゲホンゲホン、オヤ、猫じゃらし。傘を開き、ぞろぞろとまるいち食堂。ビールを飲みながらのぶさんと高尚な冗談をいいあう。高尚すぎて誰もついてこない。家に帰ると園子さんから電話。明日こられず、残念かつ心配。ずっと胃の中のものを吐き通しだという。何が悪かったのだろうか。しばらく黙ったあと、「ごめんなさい、ごめんなさい」と園子さんはいった。驚き、「どないしたんです」ときくと、園子さんは、「こないだ・・・ユカちゃんと・・・生ガキを食べてしまいました」といった。うちは煮付け。晩ごはんはブロッコリーとトマトのサラダ。池田さんの豚汁。めばるの煮付け。三崎なのに寒い。オー、こたつが震えている、と思ったら、なかで足が震えていた。スイッチはいってなかった。

2006年12月8日(金)

お茶ですよ。干し柿もっていくと非常に喜ばれてよかった。唐物の茶器のあつかい。後炭。長板の薄茶。座り火箸に立ち火箸。最後に濃茶。四時半ごろ、あわただしくホテルへ。雑誌の家になどいろいろと電話。着替えて新潮社へ。須貝さんと寿司屋へいった。仰天においしい。寿司屋のイデアのようなお店だった。常連の人が注文していたおぼろがおぼろに心残りで、ふと見ると猫たちがその人の向こうずねに鼻をこすりつけていた。

2006年12月7日(木)

八時のあずさで新宿、湘南ラインで横浜、京急で三崎へ。四時間たらず、昼過ぎにはついた。サーテとほっかむり、マスクをつけ掃除。三崎の家はいまのところ掃除のテクニックを磨く道場のようになっている。冬場はダニー諸君が死んでいるので鼻がぐしゅぐしゅしない。しかし空はぐしゅぐしゅ。曇っていてけっこう寒いじゃないか。まるいちへ行くとみなに指をさされ、毛が伸びただなといわれる。指摘をうけてはじめて、三ヶ月ほど帰ってなかったことに気づく。海よりもみずうみだったのか。家に戻り雑巾がけをつづけていると、池田さんの奥さんが「兄ちゃん帰ってんの」といって、作りたての豚汁をもってきてくれる。ありがとうございます。夕暮れてからビールの六缶パックをもってまるいちへ。のぶさんとふたりで四本。まるいちは平日でも食事ができるようになっていた。もちづきさん、通称ディランさんが朝からカウンターへ入り、魚料理を出している。まるいち店頭の魚を隣へもってきて刺身にするのだから、これほど新鮮な魚が食べられる料理屋は他にあまりない。まぐろの血合いを甘辛く煮たものをおつまみにだしてくれる。滅法うまい。家に帰って風呂。晩ごはんはアジの刺身、塩焼き、トマト大葉サラダ、蒸しブロッコリー。この季節はアジですよ。池田さんの豚汁最高ですよ。

2006年12月6日(水)

午前中、短編をふたつノートに書く。午後は荷造り。猫、ロバ、園子さんらと肩を抱き合いしばしの別れにオイオイと泣く。すぐに離れこたつで寝たり風呂にはいったりする。真鶴読了。読んでいるあいだじゅう緊張感がつづいた。それは能や日本舞踊を見ているときの感じに似ていた。字で書いてあるけれど、その底で起きていることは、誰も踊ったことがない「真鶴」という沈黙の踊りにちがいないと思った。晩ごはんは豆乳湯豆腐。豚のキムチ炒めなど。灯りを消すとロバや猫が空中を浮遊している。真鶴がうつったのかもしれない。

2006年12月5日(火)

マイナス5度。マイナスイオンだね。ああヘルシー。イオーンとロバのように吠えてみても寒さはごまかせない。朝から日経コラム。昼に終わったので町へ薬を取りにでかける。文房具屋でペンを買う。風が吹くと桶が凍る。よくしゃべるバス運転手。ビバ、ロバ。園子さんマイナスイオンを振りまきながら戻ってくる。ハンバーグにはボージョーレヌーボであるからして。棒状の濡れた坊主についてしばらく考える。晩ごはんは蒸しブロッコリー、カリフラワー、ほうれんそうとトマトのサラダ、あさりのにんにく炒め、チーズ。仰天のハンバーグを食べる。鍋ぼうしにつづき驚いてばかりの食卓。猫やロバたちはみなハンブルグの思い出の歌をジョッキ片手に歌い始めた。揺れるまぼろしのジョッキ。マイナスイオンとはいったいなんの元素のイオンなのだ。

2006年12月4日(月)

指が詰めたい。は、それは男のケジメだ。そういうことでなく、ただ指が冷たいのだ。まだマイナス2度くらいなのに泣き言をいってはいけません。長薗さんに電話し「他人の時間」感想。出版社に電話。ところで「鍋ぼうし」についてひとこといいたい。これは先日ハンバーグとともに大阪の母から送られてきた調理道具で、キルティングの布構造が二枚、丸い座布団状のものと、上にかぶせる帽子みたいなものをセットでつかい、どのように使うかというと煮物に火を通した鍋をこの鍋ぼうしで包み余熱をゆっくりさます、すると味がすばらしくしみて絶妙な料理になる、ということだった。昼台所にいくとその鍋ぼうしがテーブルの上にでーんと置かれ、メモ書きには、園子さんのボールペンの字で、うちの鍋と鍋ぼうしはすばらしいタッグコンビじゃ、と書いてある。そのとおりだった。鍋ぼうしのなかの鍋のなかのぶり大根はこれまで食べた魚料理のなかでもっともおいしいといってもいいようなものだった。猫は二度死に三度蘇ろうとしたが慌てて四度蘇るほどの料理だった。ジャー、ラースタファーラーイー、鍋ぼうし。すごい道具だ。午後は「真鶴」を読む。ずれるずれる。いろんな人から「真鶴読みましたか」ときかれるたびずれていたかもしれない。園子さん猫帽子をかぶりニャーと帰ってくる。晩ごはんはオクラの芽のサラダ、ぶり大根、明太子、長芋納豆、つくねロールキャベツ。園子さんが長芋を注文した話。お歳暮に、山形村名産通称「神通川」というブランド長芋を毎年買うのですが、これはほとんど店頭に出回らず、ジャスコやスーパーの売り場から、農家に連絡してそっちから直接送ってもらう。とても稀少でとてもおいしい長芋です。園子さんはある売り場にいった。そして、これだけお願いします、と伝票を渡したら、青果担当の人が慌てふためき、いろいろかけずり回った挙げ句、いまお預かりしたぶんは手配いたしますが、注文はこれで最後にしてください、といった。私は長芋を買い占めた女です、と園子さんはいった。

2006年12月3日(日)

起きると雪化粧。ナチュラルメイクなので、陽が出るとフワフワ溶けていく。おばはんメイクのように凍りつくのはたぶん来月から。午前中は掃除。軍手をしないと掃除機の管が指にはりつく季節になりました。外ではむくどりが残った柿をついばんでいる。ベランダでは干し柿が揺れている。園子さんによると今年うちで作った干し柿は「サイコー」だそうでよかった。この世に干し柿が好きな人がこんなにいるとは思わなかった。午後に市街地へ本とレコードを買いにいく。温泉ホテルことぶきへ行き、晩ごはんはれいざんで水餃子、豚肉と野菜の旨煮、エビチリソース、骨付きの鶏の唐揚げ。猫たちクレークレーとオルフェウス。唐揚げパクリ。帰ってからすばるに載っていた「他人の時間」読む。ずれずれる。オー笑い。気がつくと四時。

2006年12月2日(土)

午前中、パウル・クレー原稿。午後からは浮き雲を読む。寒くならないでクレー。クレーといっておいた肉屋のハンバーグが大阪から届く。園子さん浮き雲に乗って街から帰ってくる。速攻で焼きそば。干物、厚揚げ、長芋千切りの明太子和えがそろう。ずっと浮き雲を読む。

2006年12月1日(金)

8時前のあずさ号。着いたらすぐ昼ごはん。すぐふくべの初炭。それから茶通箱。チェンジをするのは茶通箱と続き薄茶しかない。指がバラバラではなく生き物のように動かなくてはならない。四時過ぎに辞去し、あずさ号。駅前の気温は二度。家に帰るとうどんすきだった。鶏などのだしが最高だった。園子さんホホ。じゃこおろし。かぶの漬け物。どういうわけかチーズ。鍋を食べながらチーズをつまむとおいしい。