2007年-16月

2007年4月30日(月)

シクシク、ユッコ宿題かたづけるよ。ゴールデンウイークにはいったのに、その前にしなくちゃいけなかったよ。ということで朝から文庫本の解説というか小さい旅についての随筆。午後には終わってスッキリ。そういえば、さっき届いた雑誌の表紙には「スッキリ収納ルール」と書かれてある。園子さんせんべいをかじりながらいわく「デモサー、ルールに縛られないってのが、我が家のルールじゃん?」 いけないよセンパイ、それ、いけないコトだよ! 晩ごはんは、シューマイ、アジの塩焼き、新タマネギのバルサミコソテー、ほうれんそうの生麩和え、いか納豆、キムチ、ごぼうと蓮根とちくわのピリ辛いため。おいしいおかずは我が家のルール。アレクサンドリア四重奏よむ。

2007年4月29日(日)

グラリと起きると頭痛ずいぶん軽い。けれど時計は十時でドヒー。寝ているあいだ、時間を感じとるのも自律神経なのでしょうか。寝坊の言い訳、あたい、リリツ神経がシッチョー中なんれす。新宿一時発の電車なので園子さん、私が帰ってこなければ次の電車とおもってください、といい残し、百貨店の食品売り場へダッシュ。先にあずさに乗り込んで座っていたら、ゼロゼロナインの加速装置のようにシュッと戻ってきた。途中、富士実験。これは以前、新宿への上りのあずさ号の「左」の車窓に富士山が見えた、といったところ、園子さんが「そんなわけない」といい、ぼくも「たしかに」とおもったのだが、たしかにずっと見えていた気がして、韮崎と小淵沢のあいだの下り電車の「右」の車窓、つまりあずさが進んでいく方向からしたら北側を見じっと見ていた、したら、見えた、富士山。山梨のこのあたりで中央線はグネグネとまがり、だから見えないと思っている側の窓に富士山が見えるのだろう、という結論になった。富士山が見える見えへんいうのがそんな大事かね。わしは目白の鳴かせかたのほうが大切じゃ。ひとソレゾレですな。明るいうち、十日ぶりに家にはいる。一瞬書き割りのように見え、すぐにスッと奥行きが生じる。やはりまだシッチョーしているのか。宅急便の母の荷物。矢野さんから吉田健一集成。スウェーデン大使館より手紙。各方面から雑誌・単行本。ボロボロになっていた合成繊維のランニングが、母の宅急便から出すと新品同様になっていた。ミシンのあとわからないほどスゴイ手際。晩ごはんはシューマイ、ホタテサラダ、そら豆、ごま豆腐、鯛の子の煮こごり、アジの刺身。園子さんとロバ、猫たちと食卓を囲んでいるうち、ユッコ宿題忘れてた! ガーン! と箸を取り落とす。

2007年4月28日(土

オワー寝過ぎ。頭ボヤボヤで熱っぽい。けれど風邪にしては、頭以外問題ない。背筋のばして山手線、東高円寺の生協会館。大学生協の「読書のいずみ」のための、学生さん三人とのインタビュー。ときどき手長猿のようなことをいって後悔する。と、終わり頃、周囲の空気がビュンビュンふるえはじめ、アキラー、来なくていいよー! ツートトツート。だから来なくていいってー! ユッコとして必死に無言の叫び。嵐が来ちゃうよー! ・・・・おいらはダルマ、やくざなダルマ、オイラーが叩けば嵐を呼ぶぜ、って、手ないから叩かれへんちゅうねん、などと腹鼓のようなことをいっているうち、きたきた、ほんとにきた。風速五十メートルの大嵐。上空を数え切れないほどのダルマが吹きながされていく。雨の幕がカーテンのように風に乗って揺れ動く。ギョエー。タクシーに乗るだけでびしょ濡れ。からだモーロー体。高円寺につく頃、頭ボヤボヤのボヤをきわめ、立っていること自体つらいので、夕方からいくつもりだったエフのパーティは泣く泣く諦め、新宿で園子さんと合流し、お祝いの鯛焼きだけエフまで届けに行く。頭グラングラン。透明なダルマの両手に左右から殴られているよう。コレハ、と園子さん。自律神経がシッチョーしていますね。ヨロヨロと二葉の座敷に転がりこみ、晩ごはんは、鮎、唐揚げ、酢の物、揚げ出し豆腐、酢豚など。柳川もたべると、頭少し軽くなった気配。ドジョウは自律神経をくすぐるのかもしれない。浅草寺にお参り、タクシーで尾久へ。まだ早いのに眠い。眠くないヨーン、と八百八尾のドジョウが闇にうごめく。

2007年4月27日(金)

午前11時、新大阪で西の旅後藤さんと待ち合わせ。小説原稿をお渡しする。かわりにふしぎな大阪名物いただく。ブルーノ・タウトが見たこともない細長いおにぎりに変わった! 大阪うまれなのに大阪に無知な自分。その大阪をぐんぐん離れ、東京駅経由で浅草橋。尾久の家で、テツの犬注射をすませてきた園子さんと合流し、柳橋にいこうと歩いていたら秋葉原のほうへでてきて驚いた。駅から逆方向にあるいていた。反転し、駅を過ぎたらルーサイトギャラリーがすぐあった。上がり口のところですでに園子さん目が猫。ソレハソレハ。米山さんはニューヨーク育ちだった。テーブルの上の小さな花瓶やぐい飲みや茶入れを見たあと、茶室に前の通り飾られてある器の前に案内する。米山さんの説明をフンフンときいていたら、小学生のまことちゃんが現れた。ふしぎなセーターを貝殻のようにかぶり畳の上で時折物象化している。あのセーターほしいなー。二階のベランダは隅田川に張りだした河床。ここで野外パーティなども開かれるらしい。また来ますといって辞去。園子さんは器の紙袋を四つ脚で抱きかかえ歩いている。中央線でそのまま三鷹。晩ごはんは、商店街の端あたりの四川料理の店で、麻婆豆腐、スープ二種(こじゅけいの足がはいっている)、そらまめとふきのとうとエビの炒め物、春巻き。ウー舞アルよ。文化センターめざし歩いていたら当の演出家の山内さんとばったり。きけば、開演まで散歩中とのこと。ワーワー話ながら会場にいき「若い夫の素敵な微笑み」みる。深浦さんすごい。初音さんすばらしい。見終わって外にでて寒くなる。ガタガタふるえておりまする。三鷹から新宿、西日暮里からタクシー。お義母さんも倒れてはる。義姉は風邪引き。お義母さんのは馬肉によるニョロウイルスかもしれん、とのこと。馬肉を食べたのは三日前だけどニョロはニョロだけあってニョロいのだ。

2007年4月26日(木)

なんということですか。昼に起きるとは。しかしゆうべ帰ってから原稿を書いていたことがわかった。感心して東京に電話し、なんの気になしにプリントをみると、書店まわりの時間をまちがえていてガクリ。あほや。あわてて電話し誤りをを平謝り。まず梅田のブックファースト、ここは高卒でしばらく働いていたデザイン事務所のすぐそばの巨大ビルにあった。地下道を歩いているとそのときの感じが波のようによみがえった。それから紀伊国屋。大学の頃はしょっちゅう待ち合わせたり時間を過ごしたりした場所。本屋というより自分にとったら代々木公園という感じですな。ヨヨヨ。サイン本作りは早く終わってしまうとシエーですな。紀伊国屋で文楽の本買い、なんばのジュンク堂でブルーノ・タウトの本さがす。あった。高島屋で三日連続酒かう。今日は父のために日本酒です。電車と万代池でブルーノ・タウト本読了。帰りつくと父は晩ごはんをたべていた。奥の部屋で、西の旅のためのブルーノ・タウトの短編を書く。二時間後完成。まぼろしの猫ら食卓に集まり箸を打ち鳴らして待っている。晩ごはんは鰆の塩焼き、麩のおしたし、ほうれんそう、ふきとしいたけなど。父も飲んでないのに買ってきた日本酒あける。寝床で文楽の本二冊よむ。

2007年4月25日(水)

雨だんねん。心中だんねん。いやー浄瑠璃すごいなあ。人形すごいなあ。というのも、文楽劇場の午前の部で心中宵庚申をみたのである。園子さんと大阪で合流し、両親と四人でいくはずだったが、松本で体調キリキリ舞をおこし、園子さんは来られなくなった。かわりに重光叔父さんを呼んだ。重光叔父さんは文楽劇場の会員で、父と叔父さんは、劇場売店の社長さんと知り合いである、ということはおいて、ものすごい人形浄瑠璃だった。蓑助さんがお千代、勘十郎さんが半兵衛だった。場内もなんかいま特別なことが目の前で起きてることを感じ取っている様子だった。両親モーロー体で地下鉄堺筋線。叔父さんは道具屋筋にいった。なんばジュンク堂でガバガバガバと小説を購入。そして高島屋の酒売り場。ウイスキーやジンのミニボトル御本購入。入院している友達へのお見舞いなんですわ、というと、ソムリエのおねえさんに、昨年手を折った話される。それでコルクを抜くとき変な手つきになるんです。ホーウ。猫の話でつながる人の輪。ニャーン。四天王寺病院。502号室。ベッドにおらへんやんけ。立ちすくんでいると相部屋のおっちゃんたちが、散歩いってるんちゃうかなあ、四天王寺さんのほうに叫んでみよか、オーイ、と叫ぶ真似をする。椅子にすわって待っていると、松葉杖の上田登場。「お前、歩いとるやないけ」というと、「お前ここでなにしとんねん」という。以下上田くんの説明。大阪城に梅林あるやん。あっこに二月、梅見にいってん。石垣の上にのぼってな、弁当食うとったんや。ほんなら、下におるやつらがな、飛び降りい、飛び降りい、て笑うんやんけ。よっしゃ、おもて、体操の鞍馬みたいに勢いつけて飛び降りたったらな、着地した瞬間、両足の踵が「ぐしゃ」いう感じがして、あれ、いうて、それで立たれへんかった。お前、坊ちゃんか。上田はこうして両足の踵をつぶし、およそ1ヶ月身動きできず車椅子、最近ようやくギプスがとれ、松葉杖で外へ散歩に出られるようになったのだ。「お前、あほやろ」「そやなあ」「城の石垣から飛び降りるて」「いや、しんちゃんが思てる石垣とたぶんちゃうで」「なにがやな。高さは」「ウーン・・・2メートル」「へ?」「俺は2メートルて思てんけど、救急車で来た人ら、書類に、1メートル50て書いとった」。上田くんの骨は年齢でいえば七十歳ぐらいの強度だと判定がくだったそうな。あほや。ガバガバガバ、と小説本をベッドにぶちまけ、これでしばらくはもつやろというと、今月いっぱいで退院やから読みきれへん、という。ミニボトルは窓際へ並べる。入院中、二度飲酒が見つかって、今度見つかったら強制退院やねん、といっていた。晩ごはんは外出許可をとり、松本から来た、ということで、天王寺の居酒屋へ。もずく、だし巻き、軟骨の唐揚げ。ビールと焼酎。八時頃病院に電話し、外泊届け。「オーシ。飲みにいこか」ということでなんばへ。それからは高校のころのような泥の酔。家に帰ったのは四時ごろだった。とても原稿を書ける状態ではなかった。上田は逆立ちして歩きながら昔の家に帰っていった。

2007年4月24日(火)

ぐらつく頭。ときどきずれる。目をあけてガバリ。車掌はん、ここはあずさの車内でっか。カカカカ、ちゃうちゃう、のぞみだんねん。シエー! と大いに驚いたけれど、ガクリ、と席に座りなおし息をついた。合っていた。今日から松本でなく、大阪にいくのだからのぞみでよいのだった。シエー! 新大阪から大阪駅。旭屋本店にいきサイン本づくり。大阪なのに東京夜話をみんな読んでくださっていておおきにありがたいとおもった。ジュンク堂本店では書店員さんたちに囲まれながらいろいろとおもろい形式のサイン本をつくった。カバーを取らんとわからんとか。近々大阪でもなにか催しをせんならんとおもいましたな。天満のはりま屋は狆に噛まれましたな。なんば高島屋の酒売り場で母土産ワイン買う。夕方までエッセイ。八時半ごろ父帰る。晩ごはんはコロッケ、ひじきなど。ワイン好評。ビールも好評。ビールは先だってからザ・ホップというのをわりと飲んでいるYOイエーイ。それはヒップホップ。

2007年4月23日(月)

小雨っぽい薄曇り。玄関先を掃いて、八時過ぎに鉄のクロネコに荷物をくわえさせ、三崎口から東銀座。新橋演舞場で千葉さんと合流。『桂春団次』という芝居をみる。藤山直美は子どもの頃からジュリーの大ファンだった。舞台上には幸福な光が煙のようにたちこめていた。前回みたときは春団次役はいまの勘三郎で、発音もふくめ軽すぎるとおもった。ジュリーは肥え気味だったけれど、芸人のただれた感じ、そこからにじむ阿呆さかげんが、勝手に発散されていてすごいなとおもった。本当にすごい。それから浅草橋のルーサイトギャラリー。ここは千葉さんの最新の著作『古いものに恋をして』で取りあげられていた骨董品のギャラリー。この本は東京や名古屋や京都の、女性主人の骨董屋ばかり千葉さんがまわってインタビューしていて、非常に外は雪。オンモ白い。それらの骨董屋にいまにも行きたくなってしまう。ということで案内していただいた。ご主人の米山さんに探しているものの感じ、というより、自分と園子さんがだいたいどういう感じか、ということについて、とりとめもなく話すと、米山さん、ヒラリヒラリと店の奥から、土器や鉄器などの花瓶を、こんなのありますけど、こっちはどうでしょう、と、ごく自然な感じで客間へもってくる。その様がリズミカルで、古い物と現在がごく自然にいまここでつながれている気配が部屋の空気ににじむ。茶室の棚にあった李朝の器に目がいく。灰色で豊かな刷毛目がついていて、形は算盤玉というらしい。お店をはじめる前に買ったものなんですよ、と米山さん。ほんとうは手放したくないはずだけれど、見ているうち、アーこれだなという感じがして、茶室で礼をして譲っていただく。そうこうしているうちに小学一年の娘さん小学校から帰ってくる。今週末また来るので、器は茶室に飾ったままにしておいてもらう。外は薄ら寒い。銀座へ行きすばらしい居酒屋樽平。千葉さんと燗酒をのんでいると、関さん、長薗さんの順に到着。歌舞伎の話に涙ぐむ。関さん、おめでとうございます。そして居酒屋を出て、広い高級な店で、位田さんも合流。皆ふかく飲酒。アカシアの雨。ジュリー。そして、ズンズンズンズン、あの娘をペットにしたくって、ニッサンするのはパッカード。キャー、アキラー! ユッコもう内股だよー! 昔奥村さんと遭遇した店へいく。パッカード状態でお茶の水のホテルへ。トヨタのタクシーで。ヨタヨタで。

2007年4月22日(日)

大強風。午前中創作し、まるいちへ行こうと歩きだしたらからだが吹き飛ばされ。八百兵のところまであわてて取りにもどるビュヒー。のぶさん、安いタイヤねえか、安いタイヤねえか、とくりかえしてはひとりゲラゲラ笑っている。これはマンボンギョン号の乗組員に売りつけるつもりでなく、以下のような事件が前日に起きたから。まるいち店頭に、たいへん背の高い人、あきらかに西欧人の人がやってきて、のぶさんにベララララ、とまくしたてる。このとき、まるいちは非常に忙しかった。美智世さんは接客、スグルくんは刺身、ゆうこさんも接客。のぶさんはひこいわしを割きながらフンフン、とまじめに相手をしてやった。そしてスグルくんに、「オーイ、このへんに安いタイヤ売ってんとこ知らねえか?」。スグルくんは一瞬、おとうは何をいうてはるのやろう、と、大阪弁ではないにせよおもった。「安いタイヤ?」「オウ、この外人さんがよ、さっきから安いタイヤねえか、安いタイヤどこだ、ってよ、なんべんもよー!」。スグルくんは忙しいのに一瞬考え、その背の高いお客をみて、もしかして、と思った。「おとう、それ、矢野さんの奥さんのことじゃねえ?」。東岡に家を借りている矢野さんの奥さんはオランダの人です。そしてその名前は、たしかに「安いタイヤ」と、きけばきこえなくもなく、スグルくんがその人の名を試しにいってみると、それまで不安そうだった外国人のお客はパッと表情を輝かせ、「イエース、『安いタイヤ』、イエース」といってうなずいたのだった。のぶさんヨロレヒホ。午後は単簡に掃除をし、夕方、矢野さんとまるいち食堂で合流。「安いタイヤ」事件については、「ずっと英語で喋っていて、そこだけ『安いタイヤ』って日本語でいう時点で、もうそんな人いないじゃないですか」と冷静に苦笑。ビールを飲みながらみずうみの話、ゴールデン街での「まるいちナイト」の話。これは、新宿のゴールデン街のとあるバーで、その場で炙ったまるいちの魚を食べ放題、飲み放題、という特別な夜が設けられる、という催しで、この週末二度目の開催がある。ちょうど東京に出ているので、是非そこで会いましょう、ということになる。話しながら食べたのは、大場さん特製のアジ南蛮漬け、石鯛とめといかの刺身、スーパー固いなまこ、なまこはこの時期もう終わっているのに、よくまだ獲れたよナー、という話で、だから当然ピキピキに身が固い。そして巨大ブリカマ焼き。大場さんの焼きの腕が冴えている。これに加えぼくが買っておいたトコブシを刺身で、ひこいわしを酢の物で。最後にあら汁。フツーこんなには食べまへんな。ふたりで食とるからですな。自動ドアのところでは、まぼろしの猫の侵入をのぶさんが鉄鈎で阻止してはる。

2007年4月21日(土)

朝からパズル雑誌のためのエッセイ。自分でも驚く思いこみベスト9。午後から版画芸術のインタビュー。早川純子さんの作品や版画と小説の似ているところについて話したり。写真撮影は家のなか。家がひさしぶりなので緊張している感じがした。それにしても奥歯の歯茎がはれているのだ。それでなぜ君はトコブシを買うのだ。それは漁師のあんちゃんがたったいまもってきたからだゴロゴロゴロ。家に戻りエッセイつづき。日暮れに終了。晩ごはんは鯛の塩焼き、トコブシ刺身、鯛カルパッチョ、せりのおしたし、おくら奴、そらまめ。歯の左の部分だけをつかって食べていると、ガラガラと戸があき、坐古さんが「ヨッ、飲みいくんべ」といった。市役所にのぼる坂の途中のおかめという店。ゆう、めい、るな、由美ちゃんもいた。つる床中村さんはいかバターを注文した。岩野さんに薬の注文の話をきいた。今年もソワソワと祭の気配。それにしても君は奥歯が晴れているのになぜ二時まで飲酒しているのだ。

2007年4月20日(金)

すっからかんに晴れたね、とユッコ寝坊。ふだん5時起きだからさー。ゴミ収集のおじさん待ちブセだよ。ゴゴーと運転してきた野球帽のおじさんに、女子高生がゴミ出しかよ、苦学だねー、といわれテヘ。八時半のバスで三崎口、京急とJRで新宿へ。お茶の稽古。今回で炉はおわり。吊り釜で逆勝手の薄茶。からだがねじれて背中で点てているような感覚。それから旅箪笥の濃茶。濃茶なのに薄茶のお茶のはき方をしていてユッコガーン。あーダメだー、ダメだよー。三崎口からまるいちへ電話。めととアジをとっといてもらう。食堂では三合のんでしゃべって帰るおばさんがいた。のぶさんは大漁だったアジを大量にさばいていた。晩ごはんはアジ刺し、めといか刺し、アジの塩焼きオリーブオイルレモンパセリ和え、納豆、おくらのおかか和え、カブのレモン酢。ラジオで阪神対読売の野球中継をきく。延長戦の最後まできき小声で六甲おろし。サテ洗い物しなくっちゃ。リンゴ箱で重力のデザイン。

2007年4月19日(木)

曇りだね、とおもっていたら、あずさ号で新宿に向かう途中、甲府を過ぎたあたりで雪がつもっていておどろいた。ユッコぶるっちゃった。湘南ラインで横浜、京急で三崎口。三崎にまずついてしたことは酒屋にはいること。のぶさんに土産ビール。美智代さんに土産オカシ。まーまー、と瓶ビールをごちそうになり、家に戻って掃除。マスクのユッコはたきをもって登場。ノートに創作をし、夕方まるいち食堂で、ディランさんに木曜島の話きく。オーストラリアのダーウィンの北にある孤島で、明治時代から、日本の漁師が素潜りの腕を見込まれて移民していった。素潜りでなにをとるかというと真珠を取るのである。アーそこな、と、ビールを傾けるのぶさんも知っていた。今日は木曜日だった。ひさしぶりに三崎の箱状の風呂にはいり、晩ごはんはクロの塩焼き、サザエ刺身、おくら納豆、パセリとレモンとカブのサラダ。はっと振り返ったら誰もおらず、ちゃぶ台にもどったら猫サザエパクリ。クロー! ちゃぶ台で重力のデザインという本をよむ。デヒーおもももい。重白い。

2007年4月18日(水)

曇り空。園子さんに自動車で送ってもらい、図書館でブルーノ・タウトについてしらべものをする。結局いつやったんですか、あすこにいったのは。ユッコはさー、図書館で勉強とかしたことないんだよね。苦学生だから結局りんご箱なんだよね。隣の部屋から物音がきこえてくるんだよね。帰って創作。夕方、荷造りをしていたら、あちこちから電話かかる。ふと手をとめ、あちこちという人について考える。リーンリーン。はいもしもし、ハア、ハア、あなた、あなた、あちこちさんからお電話ですよ。くしゃみ。あんた猫やったんですか。晩ごはんは、挽き肉納豆竹の子炒めのレタス包み、うどのきんぴら、豆腐の明太子餡かけ、蒸しブロッコリー、鶏の園子さん風照り焼き、竹の子ごはん。竹の子ごはんを一口食べ、園子さんは、料亭じゃ、といった。よかった。園子さんが応援する東北の野球チームの、野球好きの男の子が初勝利をあげた。野球帽を被った園子さんユッコと手を合わせイエーイ。ロバダンス。

2007年4月17日(火)

朝から西の旅短編、を書こうかとおもったら銃撃のニュースにたいへんおどろく。午後は美ヶ原屋内運動場で重い物をもちあげる。帰ったらブルックリンから小包が届いていたワーイ猫のディズからだ。ユッコときどき本物の猫とまぼろしの猫の区別がつかなくなるんだよね。小包には手紙がついていました。「こんにちは。ボニーとダニーはふたりでベルリンへいっています。ベルリンではベルがリンリンと鳴っています。ブルックリンはとても寒く、猫がブルルッとふるえ、クリンと丸まったからブルックリンというのではありません。あちらこちらで見つけたハニーなものを送ります」というようなことが書いてあり、なかには生蜂蜜、プラスティックの細長い棒チューブにはいったひと飲みよう蜂蜜、聖書に出てくる食材だけでつくったというケーキの欠片、ホットドッグのかたちのマシュマロ、そしてTシャツがはいっていた。Tシャツの背中に書かれた字はボニーの詩だった。ブルックリンではやっているハンドメイドの店のクッキーもはいっていた。園子さんパクリ。そして、ディズィは猫だけれどたいそうブルックリンらしい贈り物を選びますね、といった。ありがとうディズィ。晩ごはんは、こんにゃくきのこ、まながつお煮付け、サラダ菜サラダ、もずくトマト。もずくがおいしい季節になりましたなあ。ハア? ダニーとボニエルまちがえたボニーとダニエルがベルリンに行っているのはダニエルのお父さんが八十歳の誕生日を迎えられたため。みずうみにも漏れてきてくれたお父さん、おめでとうございます。

2007年4月16日(月)

園子さんは朝から諏訪にいってしまった。パンを食べる。東京新聞の短編をかく。昼前におわる。そして別の短編のことをかんがえる。ブルーノ・タウトはあんパンを食べたことがあっただろうか。日がなく風が強いのでとても寒く感じる。園子さん、パパンがパン、パパンがパン、と大声でうたいながら帰ってきて、ブルルッ、とロバぶるえする。晩ごはんは鰆のつけ焼き。鰆はきのうのさよりに春の魚としてライバル心をもやしているのかとおもった。それぐらいよくやけていた。若竹煮はさらにおいしかった。長芋納豆。肉豆腐。雪の下にんじんサラダ。アニメーションをふたつ見る。カエルのもの、カップラーメンのもの。こたつで小川国夫よむ。

2007年4月15日(日)

勤続疲労。たーへん疲れたからだを引きずって新宿駅。電話をかけると園子さんの声も疲れているようだった。猫仕事をしていたのかもしれない。午後一時のあずさ。うしろのおじさんが靴下押しつけてきてユッコムキャーってなっちゃったよ。園子センパイは元気で自動車でお迎えしてくれたよ。タライマ、センパイ! 家に帰るとそれほど多くの郵便物は届いていなかった。晩ごはんは春の魚さより。豚しゃぶサラダ、麩の卵とじ、トマトのタマネギマリネ、菜の花のまぐろそぼろ和え。園子さんのイタリア語が少しずつ進化していた。ボナ・セーラ、ボナ・セーラ。こたつで後藤明生をよむ。そんなところで寝るのんは吉野大夫。

2007年4月14日(土)

午前中創作。昼から新宿に出、ジュンク堂でトークショー。生活団や直島の大きく引き延ばした写真を見せながらみずうみの話をした。そしてサイン会。一個ずつ絵の希望をきいていたらタイヘン遅くなってすみません。最後まで残っていたお酒好きの男性が三枚LPレコードをくれた。なかにサボテンブラザースのサントラがアリバ! ラララララ! 同じく最後まで残っていた十代の女の子はビデオ屋にたどりつけただろうか。ご来場のみなさまありがとう。終演後、控え室に遅れたお客さん登場。孝典も登場。孝典と河出の野沢さん、尾形さんと新宿南の居酒屋へいく。季節のお刺身、たけのこや山菜、芋の煮っ転がしなど食べながらおいしい焼酎をのむ。いちおう今回でみずうみツアーの打ち上げという感じ。野沢さんに出版社の倉庫の話、昔の書店の話など、ただの話ではないような深い話をいろいろとうかがう。ありがとうございます。八時頃店を出、孝典と麻布十番のバー、ナンバーへ。ここは兄の同胞川田さんから案内があったバーで、たまたまカウンターで働いているのが、高校時代の数少ない友達上田の従妹であり、上田くんはバレー部のエースストライカーでキャプテンで苦み走った男前で長身で、性格も明朗だった。高校二年のとき高校の下駄箱のところで、二日酔いで昼過ぎに登校したら、バレー部の顧問の教師と上田くんが話していて、なにを話しているのかと物陰で聞き耳をたてると、顧問は上田くんに「上田、いしいなんかとつきあったらあかん。ダメになってしまうぞ」といっていたのだ。その従妹はやはり明朗で頭の回転が速いしかも美人だった。上田くんも実は大阪で親子でバーテンダーをしている。麻布十番のカウンターから大阪のバーのカウンターに電話をかけたら懐かしい声がきこえた。それは上田ではなかった。上田の父さんだった。「しんちゃん、ひっさしぶりやねー」とおやじさん。どうもどうも。それはそれは。上田くんはいま受難していた。ほんとうにダメになっていた。きくところによるとそれはあまりに自業自得かつ情けないダメになりかたなので、再来週大阪へいったとき会いにいこうとおもった。酩酊しつつ六本木トラウマリス。ついた時点でもう深夜だった。孝典はここで本気の飲み方をはじめ、僕も同時に本気で飲んでしまい、やってきた住吉さんをふたりでたがいに腕でもちあげたりした。頭シャボテンブラザーズ。住吉さんは笑っていた。

2007年4月13日(金)

朝からお茶。唐物の真の点前。行の点前を見学。花月をならった。先輩がたにおいしそうなお酒をいただいた。これはみずうみを先週さしあげたため。みずうみから酒瓶があらわれた。お前のなくしたのは、金の酒瓶、ガラスの酒瓶、いったいどっちだね。ウーント、女神はん、瓶いらんから中身だけはよのましてくれまへんかな。ビーンビーンビーン。五時に下北沢。待ち合わせ場所とおもっていた喫茶店が工事現場になっていて驚いた。ヘルメットのひとに、わてここで人と待ち合わせてまんね、入れてもらえへんと困りまんがな、と詰め寄ろうと思っていたら、うしろから孝典に羽交い締めにされた。晩ごはんはふたりでうなぎ料理屋でうなぎ。ヤホーイと猫たち登場。うなぎが出るのをウナかウナかと待っていたのか。それから鉄割アルバトロスケットという劇団の芝居をみにいく。路上にぶちまけた石灰。オンモ白い。終演後感想をビデオで撮られた。なにをいっているのかわからなかった。駅前で孝典と別れ、新宿からお茶の水へ。ホテルの湯船でガクリ。

2007年4月12日(木)

ぼんやりの状態で午前中須貝さんと代官山の喫茶店で待ち合わせ。その場所に向かっていたら路上で会った。野ざらし喫茶の奥のテーブルでコーヒーを飲みスパゲティを食べながらみずうみの話をした。ありがとうございます。昼からNHKにいき週刊ブックレビュー。他のお二方は吉野朔美さん。前田知洋さん。吉野さんは以前「プラネタリウムのふたご」という僕の本をこの番組で紹介してくださったご縁があり、さらにその本はマジックの本でもあるので前田さんともご縁があったことになる。前田さんが今回紹介したのは手について大勢のひとが書いた肉筆原稿を本にしたもの。吉野さんは柴田元幸さんが編んだ英米作家の短編集。ぼくは「東京夢譚」でした。控え室にもどると永江朗さんがいた。永江さんもラジオでちょうど「東京夢譚」を推薦してきたところです、といっていた。お茶の水のホテル。晴れているので久しぶりに古書街におりて、小宮山書店で後藤明生、小川国夫、田村書店で西脇訳の荒地をかって、整体にでかけたら、整体士のヒューヒューいう鼻息でユッコかえって寒くなっちゃったよブルリ。しょんぼりして家に帰るよ。晩ごはんはホテルの地下で中華定食。夜は創作。

2007年4月11日(水)

曇っている春の松本。近所の農業関係の人たちの動きがとてもいい。軽やかに畑を踏んでいく。やはり春ですの。日中は創作。午後から荷物をつくり、松本駅前で園子さんと涙の別れ。サヨナラー、サヨナラーセンペーイ、ア間違えた、センパーイ! ユッコとしてぱりぱりセンベイを食べながらあずさ号。新宿、渋谷経由で代官山の兄宅へいく途中雨が降ってくるではないかいな。シエー。傘買うて食らはい。表参道の美容師の原さんは自分の髪を短く切っていて軽やかないっそうの美人だった。鍼をうったり石を転がしたりすることについて話した。ゴロゴロゴロ、と坂道を転がってのぼり、らせん状のホールでロシアのパイプラインの傑作な写真展をみた。踊っているパイプ。眠っているパイプ。すましているパイプ。さらに角川春樹事務所の原さんと待ち合わせ。本日お二人目の原さんですな、とはいいませんでした。渋谷のいい居酒屋へいく。佐賀料理。はんぺんにちくわ、蛍烏賊など。連歌の話。映画の話。ソーと帰ると兄はもう寝ていた。

2007年4月10日(火)

脳梗塞のような頭痛から脱却している。春でんなあ。届いた封筒の裏に短編。午後は運動施設で重いものをさまざまな器具でもちあげる運動。どうしてコンクリートの塊や砂袋でやんないの? とユッコ。そんなん屋外の工事現場になってまうやん。ア、そだねー。まるいちの美智世さん、千葉さん、須貝さんら偉大な女性たちから電話。兄からも電話。受話器を置くとバーンと食卓ができあがっていて園子さんフフ。晩ごはんは菜の花とえのきの和え物、新タマネギとわかめのサラダ。サバの味噌煮。おくら納豆。ホタテのグリル。でかいホタテの殻で猫たちが寝ている。園子さんも寝ている。書評用の本を深夜までよむ。

2007年4月9日(月)

薄曇りの晴れ。昨日の夕方からだが冷えたせいで頭痛。寒気。まさか風邪ではないわいなー。モーロー体の頭で短編のことを考える。爆発する牛の地球。雲のような犬の群れ。頭痛ひどくなる。昼はぶっかけうどん。午後も短編考える。ドングリで破壊ができるかあ。孝典の家には殿様が住んでいる。その流れで夕方に兄と電話でやりとり。晩ごはんは、鯛のカルパッチョ、赤ピーマン黄ピーマンのマリネ、カレーライス、グリーンサラダ。この近所の野菜は味が濃厚で、こういうのを食べていれば脳梗塞にはなりにくかろうのう、とおもう。テレビに安藤忠雄でていてそのうちに直島がうつる。オー女神よ!

2007年4月8日(日)

朝は一日一作。昼にジュンク堂イベント用の写真をえらび、午後書評用の本をよんでいたら窓の下でグワーと水汲みポンプ。今年も農耕のシーズンがやってまいりました。座敷では園子さんひたすら書道をすすんでいる。終わったころを見計らい、手製の本をプレレントする。ノート一冊分の長編。今日は園子さんの誕生日です。夕方、軽食堂みたにへ。園子さんはじめは自動車で来たし私飲みませんといっていたのが、ワインの表を見ているうち、代行たのもうかな、という。飲みなはれ唄いなはれ。他にお客さんがいるので唄たらあきまへん。それは地元の両親に、息子が結婚相手を紹介する、というおめでたい席だった。飲みなはれ唄いなはれ。出てきたものは、かじきまぐろとズッキーニ、アスパラや豆や鴨のオレンジソースサラダ、古代麦のスープ、リングイネ、豚のすね肉のソテー、りんご焼きパイ。どえらいおいしかった。大阪のおっさんとして一応園子さんに「ナー、これは家でできへんのか」ときいておく。帰ると急に寒くなってこたつにもぐる。そのまま熱を保持し布団にう。

2007年4月7日(土)

朝少し創作。昼前から密かに本作り。昼ごはんをはさんで夕方までずっと作る。風呂にはいり、晩ごはんは鶏のバルサミコソース焼きサラダ風、ふきみそ、ゆでアスパラ、はんぺんのバター焼き、れんこんのきんぴら。作りたてのふきみそは食べ過ぎるとキモチわるくなりますよ、と園子さんにいわれる。今年はじめて阪神タイガースの試合をテレビでみる。とても長く感じた。書評用の本をよむ。こちらは短いものをたくさん集めた本。ゲイリー・スナイダーよむ。

2007年4月6日(金)

朝少し創作。十一時にお茶。今日は吊り釜。炭所望の亭主、薄茶。総飾りをすると春らしかった。午後三時に辞去し、いろいろと買うものをそろえる。紀伊国屋の南口店でコーヒーの本、ゲイリー・スナイダー、浄瑠璃の本、文庫本数冊。五時のあずさに乗り、松本まで梅崎春生よむ。園子さん自動車で居酒屋に近い場所で迎えてくれる。風呂にはいり、晩ごはんは、タレを味わう牛しゃぶ、野性のセリ、ほうれん草はいっている。さより刺身、かあさん大好きよ。届いていた考える人よむ。からだカユイ。ボニーから電子メールとどいている。ニューヨークのライブスポット「トニック」で、ボニーとダニエルは、Kiiiiiiiのライブを見た。ニューヨークのおっさんたちは若いさよりのようなガールズに恋しているようだった。ボニーとダニエルはノリノリで飛びはね、終演後四人で写真を撮った。その写真が電子メールで届いている。レイコちゃんと並ぶボニー、ダニエル。闇に浮かびあがる音楽家。とてもみずうみ的。

2007年4月7日(土)

朝少し創作。昼前から密かに本作り。昼ごはんをはさんで夕方までずっと作る。風呂にはいり、晩ごはんは鶏のバルサミコソース焼きサラダ風、ふきみそ、ゆでアスパラ、はんぺんのバター焼き、れんこんのきんぴら。作りたてのふきみそは食べ過ぎるとキモチわるくなりますよ、と園子さんにいわれる。今年はじめて阪神タイガースの試合をテレビでみる。とても長く感じた。書評用の本をよむ。こちらは短いものをたくさん集めた本。ゲイリー・スナイダーよむ。

2007年4月6日(金)

朝少し創作。十一時にお茶。今日は吊り釜。炭所望の亭主、薄茶。総飾りをすると春らしかった。午後三時に辞去し、いろいろと買うものをそろえる。紀伊国屋の南口店でコーヒーの本、ゲイリー・スナイダー、浄瑠璃の本、文庫本数冊。五時のあずさに乗り、松本まで梅崎春生よむ。園子さん自動車で居酒屋に近い場所で迎えてくれる。風呂にはいり、晩ごはんは、タレを味わう牛しゃぶ、野性のセリ、ほうれん草はいっている。さより刺身、かあさん大好きよ。届いていた考える人よむ。からだカユイ。ボニーから電子メールとどいている。ニューヨークのライブスポット「トニック」で、ボニーとダニエルは、Kiiiiiiiのライブを見た。ニューヨークのおっさんたちは若いさよりのようなガールズに恋しているようだった。ボニーとダニエルはノリノリで飛びはね、終演後四人で写真を撮った。その写真が電子メールで届いている。レイコちゃんと並ぶボニー、ダニエル。闇に浮かびあがる音楽家。とてもみずうみ的。

2007年4月5日(木)

朝からあずさ号。お茶の水で荷物置き、神奈川県の書店まわり。横浜ルミネの有隣堂、ビレッジバンガード、川崎の有隣堂、あおい書店。そして赤羽へのぼっていき、ブックガーデン赤羽店。店先の新刊の台が僕の本で占領されている。各所で感謝のサイン本をつくった。皆さんどうもありがとうございます。ラッシュ時の京浜東北線下りを青い顔で眺めながら上りに乗り、お茶の水のホテルで尾形さんと天ぷら定食をたべた。尾形さん、上着を脱ぐと、Tシャツとはおどろきましたな。部屋で少し創作。一階のバーカウンターの隣の親子が幸せそうだった。親子といっても、飲食業をいとなむ女性とその娘婿の男性。男性はこの日、義理の母親を、うまれてはじめて東京ドームに連れていってあげたらしい。女性のまわりにはオレンジ色のジャイアンツタオルやら散らばっていた。奈良へ旅行する、といういい話をしていた。男性のほうは日帰りでいこう、旅行ってのはさ、日帰りがいちばんおもしれーんだよ、といっていて、お母さんののほうは、えー、あたし疲れるから泊まりでなきゃやだよ。まかせとけって、日帰りがおもしれーんだって、車出せば奈良なんてえのはすぐだって。終電車の三十分前義理の親子は帰っていった。女性はバーテンダーに向けオレンジ色のタオルをひらひらと振った。ダイキリ二杯でにう。

2007年4月4日(水)

ボンジョルノ、ボンジョルノ。朝は陽が出ていたが昼から曇り。近くの畑で、ブオー、ブオーと焚き火があがっている。午前中は一日一作。そろそろ燕がくるころだろうか。午後は自転車で美ヶ原温泉までくだり、施設ではじめて屋内運動クラブ。体力測定をする。コンベアの上で走る。重りをもちあげる。三種類のやりかたで。キョヘー。腕オイモイ。自転車ユラユラでたどりつくと園子さんがヨーグルトを食べていた。園子さん会心の沢○椀、お土産の宮崎地鶏、油揚げとおかひじきの和え物、ちくわの穴にチーズ、ホタテと野菜の紹興酒いため。千葉さんと電子メールやりとり。ビッグイシューとはいい雑誌だという話。

2007年4月3日(火)

ボンジョルノ、ボンジョルノ。と園子さんは台所で声をあげている。これは別に口ひげをはやしたでぶの兄弟が急に訪ねてきたわけでなく、ラジオの語学番組に口を合わせているのである。昼をはさんで、一日一作が二作になった。京都方面から猫にまつわるグッズがとどき園子さんヨロリ。わさび漬け八百源でお返しを買う。美ヶ原温泉のプールに入会申し込みをする。趣味の欄を書くところがあって、ウーンウーンとなやんだ。「わからなければ無理に書かなくていいですよ」といわれ、忸怩たる思いで、「本と音楽」と書いた。自分も盆栽やハンコ作りやプラ模型やらひとに「趣味です」といえる趣味をもちたい。あ、プール(予定)、と書けばよかったのか。帰って書評用の本をよむ。ドワー、紙粘土の犬。尾もろい。晩ごはんは、新たまねぎと水菜サラダ、もずく酢、ブリあら煮、豚キムチ炒め。園子さんは食後のこたつで諸星大二郎をよんでいる。ストーブついてまんね。井伏鱒二よむ。

2007年4月2日(月)

家は普通。午前中日記。午後は一日一作。太田先生、大竹さんに葉書を書く。エリアーデよむ。庭にはまんさくの花が咲いている。梅も咲いている。近所では水仙が咲いている。土地にウィンウィンとエネルギーが充填されている感じがする。明るいうちに風呂。園子さんは早く出てきた。えらい早いですな、といったら、本が終わっちゃったから、と園子さんはいった。本本位の入浴。晩ごはんはまだあった干でびら、湯葉水菜鍋の鯛しゃぶ、かいわれ大根、えのきとえりんぎの牛肉巻き。電子メールってむずかしい。実家の母が父に手伝ってもらい旅行の感想を電子メールで送ってくれた。ところが「添付ファイル」というのがどうにも開かない。出版社からのでもよくある。実家に電話すると父は「それマッキンやろ。マッキンやからやろな」と新しいことばをいった。テレビでも新しいことばをおぼえた。寿司のことをいま東京では「シースー」というらしい。シースーキマー手。シースーシラー散。庄野潤三よむ。

2007年4月1日(日)

家が爆発した。家財道具がすべて吹っ飛ぶか丸焼けになり、今日から縄文時代の暮らしか、と立ちすくんでいたら、猫が皮になって服となり食物になった。猫肉屋のマシューよ! カラーンカラーンカラーン。午前中は一日一作。午後は陽が射してきた。エリアーデ、夏目漱石をよむ。夕方園子さんヒー、ヒーと涸れた声でかえってくる。大荷物をかかえているのは一週間ぶりの帰宅のため。昨夜は八王子の友人なおちゃんちにとまっていた。「しんじさんが取材やトークショーで喉が痛くてハチミツをぬるきもちがよくわかりました襟裳岬」と森進一のような声で園子さんはいった。それはなおちゃんの家で子どもに大歓迎されたからで、ゆなちゃんだけでなく、しおんくんも姉とともにおおはしゃぎで、その歓声やネーネーのすべてに園子さんは猫として立派にこたえたから。晩ごはんは外食でいいでありますか。無論であります。チャイナスパイスでラーメン、エビとトマトいため、レバニラ。きのうから、今年はじめてずっとストーブつけてない。