2007年-13月

2007年7月31日(火)

朝から日本橋エッセイと書評。七時に送る。昼まで東京新聞の短編。ブワー変な話や。午後は重い物をもちあげ、贋自転車で自分に嘘をつく。気分爽快。外でニールヤングをききながら、工事現場とか出入りするおばちゃんとか青空を見ていた。なかなか来ない園子さんが自動車事故に遭っていやしないかとおもった。遭っていなかった。渋滞しちゃっててー、ごめんなーさーいー、と園子さんはオペラ調でいった。晩ごはんは、ホタテ野菜炒め、焼き半平、きゅうり、明太子、ほうれんそう。テレビの衛星チャンネルでウッディ・アレンの映画を放映している。園子さんはダニー・ローズの告白ですか、といった。正解。ガラスカチャン。カーチャンという洒落でっか。伝記よむ。もったいないもったいない。

2007年7月30日(月)

グワー十時起き。朝昼兼用のごはん。日記整理、各方面へ連絡しているともう午後。辺りでは草刈り機がグワーと回っている。諏訪から戻った園子さんと電車の切符を買いにいく。久しぶりにレコード屋にいき、トラベリング・ウエルベリーズ、アイヌの歌、ポルチュガルの歌、アン・サリーという人のCDを買った。園子さんは地下の本屋で最近の細菌の漫画と山登りの漫画を買った。晩ごはんはほうれんそう。アボカドとトマトサラダ、おぼろ豆腐、タマネギとピーマンと鶏肉のソテー。このソテーという言葉を最近よく書いているが、見れば見るほどスッカラカンな中空にみえる。テー、と伸ばすところがより空だ。ときどき、ソテ、とも書いてみよう。鶏肉のソテ。蛙肉のンラ。矢野さんと夜のやりとり。デュシャンデンキよむ。

2007年7月29日(日)

朝から荒井さん書評。園子さん掃除。庭掃除もしている。裏山の森に、残った餌のネットを外しにいくと、昨日蹴ったクヌギにクワガタムシが一匹とまっていた。どことなくさびしそうだった。昨日の片割れかもしれん。戻って書評を終え、昼過ぎまで創作。午後、トシくんとユカちゃんが巨大スイカをもってきてくれた。トシくんの家は信州でもブランドスイカを産する村で、園子さんによれば、トシくん自身スイカの味にはきびしいということで、園子さんのもっとも好きな食べものは、たまにマンゴーであり、桃であり、そしてスイカである。よかった。夕方、庭の草取り。晩ごはんは、マッシュポテト、茹でいんげんのつけ合わせ、焼きかつおのごまソースサラダ、そしてチーズ。ツール・ド・フランス最終日。園子さん途中で一度ねる。周回コースになると起きている。去年も、一昨年も、来年は現地で見ましょうと園子さんといっていた。今年もいった。来年もいうだろうか。

2007年7月28日(土)

六時に起きて、朝日のなかを、アズ、メグと裏山へ。いるかなー、いるかなー、とメグは期待を高めている。山十さんとしかけた餌の、最初のところを見ると、なにやら食べ尽くされてスッカラカンな感じ。アズとメグはおとなしく、わりと平らなところでこちらを見ている。くぬぎの幹が、なんとなく、スッカラカンでないような感じがし、右足を振りあげてズン、と蹴ってみる。ぱらぱら葉っぱや木くずが落ちるなか、黒い粒のようなものが落下し、積もった落ち葉のほうへズズズと滑っていくと、それはクワガタムシだった。軍手にいれ、アズとメグのところへ戻り、ムシを渡すと、シンバルを与えられた猿のようにふたりはよろこび、キャー、ワー、ノコギリクワガタじゃーん、とそのまま山の斜面を転がってしまうかとおもった。よかった。帰りのみちみち、メグは「やっぱ、カナブンだけじゃ、ちょーっとさびしかったもんねー」といった。朝ごはんを食べ、三人で、山十さんちへ御礼にいく。そして自動車に乗り、松本駅へ。駅の土産売り場を跳びまわり、ふたりはお菓子、そば、ハンカチなど買っていた。土産物で売られているそばに、そば以外のものが多く混じっているのを知って驚いた。こんなんうどんやん。そして定刻出発のあずさで、アズとメグは手を振りながら帰って行った。午後から創作。園子さん諏訪の病院。窓を開け放して家の中を風だらけに。アズ、メグ、母と父から電話ある。無事着いたそうでよかった。風呂にはいり、晩ごはんは麻婆豆腐、丸ごときゅうり、茹でとうもろこし、エリンギのソテー。自転車レースは、天ぷらそばを食べていたら知らぬ間に天ぷらが盗まれてしまってそばだけになった感じで、ディスカバリー・チャンネル・チームの、眉の太い若者がズルズルと優勝。

2007年7月27日(金)

六時起き。これでも夜は明けているのでもう遅い。園子さんと、メグを起こすと、モーロー体の顔でゆらーりと起きて長袖長ズボンに着替えた。まずは、昨日きいた工場のそばの林へ。ムー、いてはれへんなあ。クヌギやコナラの幹に、靴の裏の泥がこびりついていたら、それは地元の小学生が幹を蹴ったということで、虫がいそうな木だということ。泥はこびりついているが虫はおらん。陽ざしは早くもくわんくわん照りである。学者口調で、学者村のほうへいってみる。おった。トンカラトントン。と頭のなかで無意味な音が出るほどに。オー! かぶとむしおったやん。バナナこびりつかせたところに身をこごめるように潜んでおる。メグを呼び、自分でとるよういう。軍手の手を伸ばし、とった。虫ケースの天井あけてなかへ収めた。よかった。メグ大興奮。宿の裏の雑木林にはなにもかかっていなかったが、途中で迎えにきたアズは「すごーい、すごーい」と跳びはね、キャンディー、かぶとむしシスターズはかぶとむしの衣装をつけて安曇野の森に飛びあがるかとおもった。スズ吠えている。チェックアウトのときおかみさんが出てきた。知らないうち、ゆうべ飲んだビールやジュース類は、すべておかみさんのサービスになっていた。ありがとう、おかみさん、くれぐれもお大事に。メグが虫ケースを肩からさげ、歩きながら、ガンガン揺らしているので、そういう風に揺らすとかぶとむしがすぐ弱る、と教えてやると、スパイ映画でニトログリセリンを運ぶ人のようになった。そしてちひろ美術館。ちひろが男でなく、女だと知っていたかどうかはともかく、アズは絵を描くのが芯から好きで、いずれ絵本の作者になりたいと思っているときいている。一枚一枚、ていねいに見ている。にじみやぼかしの技法が、絵の飾ってある途中に、壁に解説されてあるので、こんなん見たら描きたいやろ、というと、うん、といっていた。すると、ワークショップというのか、実際に絵の具や水で、いわさきちひろや芋虫の絵を描いたひとの技法を教えてくれる、というコーナーがあり、教えてくれるのは美術館の人と、近くの学校にかよう中学生である。ちひろの技法、芋虫の技法をアズもメグも両方ためし、それぞれ描いた絵をもとに、家へのオミヤゲとして、本の栞と缶バッヂをつくった。透明なシートに描かれた虫や花の輪郭に、自分らの描いた絵を切り抜き、張ってゆく、という共同の作品も作った。シートを描いたのは中学生たちだそうで、美術館は、絵を見るだけでなく、こういう風に絵にはいっていける風にできるのが、ほんまはおもろいと学者のわしは思うたわ。ムシムシー。剥製が置いてあることで有名なそば屋でざるそばを食べた。国道を南下し、曲がりにくいところをクネッと曲がって、松本の、アルプス公園についた。園子さんもわしもここへ来たのははじめてである。あかんがな。しかし、園子さんはここに「巨大滑り台がある」という情報を入手していた。どれくらい巨大化というと、最初から最後まで、全長640メーターあるごたる。そらキョダイばい。滑り台といいながら、ひとりのりのゴーカートのような橇に乗り、ブレーキを調節しながら、高速ですべっていき、いちばん下までおりたらケーブルでドワーと引っぱりあげてもらう、というもの。アズとメグが乗った。滑っていき、五分くらいで、登ってきた。興奮している。もう一回、というので、もう一回。アズとメグ、そして園尾さんも乗った。滑っていき、五分くらいで、登ってきた。興奮している。その興奮を岩登りにぶつけたまえ。ワー、といってロッククライミングの岩場に、アズが駆けていき、メグも駆けていく。園子さんは駆けていかない。日陰に座って、アー、と背を伸ばしている。すぐそばで、あきらかに日本人の女の人の声が、ジョルジュー、ホワーンー、オジェー、などと呼ぶのがきこえた。ヒンズー教らしき家族が丘を越えてのぼってくる。たいへん暑い。ロッククライミングの次は、ボールにぶらさがって、物干し台みたいなもの二本のあいだを、ツーーー、と滑空していく、というアスレチックをやりはじめ、どこかで見たことあるな、と思って、あ、とおもいだしたのが、九州の展望台でぐるぐる巻きになっていたのび太だった。四時半に集合。最後の滑り台。ふたりがどちらが先に滑るかで少しもめる。ジャンケンで恨みっこなしで決めることにする。メグ勝つ。さあ乗るという瞬間になって、メグ、お姉ちゃん先に乗りなよあたし後でいい、と譲る。アズ滑っていきながら大きく振り返りアリガトー、と叫ぶ。帰って、風呂上がりの宿題。アズはちひろのワークショップとカブトムシの詳細な記録をつけている。メグはヘラクレスなんとかの絵と文章をかきながら、今朝とったカブトムシもスケッチしなくちゃ、しなくちゃ、といっている。終わったら晩ごはん。豚肉アスパラニンジン巻き、豚肉きのこ巻き、大根わかめみそ汁、野菜サラダ、とうもろこし、きゅうり、トマト、オニオンソテー。皆満腹。朝から動き詰めに動いていたメグずるるるとダウン。園子さんは領収書などの整理をはじめ、僕とアズは台所で、色鉛筆やマーカーを駆使して秘密のサイン本をつくった。とても喜んでいるようだった。よかった。そして姉もするすると布団へ。自転車レースさらに驚愕。

2007年7月26日(木)

朝から小雨。メグ、園子さんと、山十さんとしかけにいった罠を見に裏山へ。途中で雨強くなる。園子さん自動車をとりに家へ四つんばいで駆けていく。猫なだけに。そして途中で追いついてくる。上り口に園子さん、メグを残し、根や蔓をつかんで、道のない山の斜面にはいっていく。雨の日はかぶとむしとか出ないヨー、と常識を知っているユッコ。なめくじとか蛭だヨー。一個目にも二個目の罠にもかぶとむしはかかっておらず、しゃあない、と帰りかけたら、カナブンがいた。なんもおらんよりましでしょう。メグにあげたら礼儀正しく有り難うといったあと、「なんにもいないよりいーもんねー」と図星を当てられユッコぶるっちゃった。家ではアズが宿題をしていた。朝食を食べ、アマガエルを田圃へ逃がし、自動車でゴー。途中、いつも通る道へ右折したら、そこにふてくされた顔の男がいて、交通整理棒を振りながら、ホラ、こっち行けないからあっちいけ、と命令口調でいうので、園子さんは怒り、あっちってどこも行けないでしょう、あたいはこっち向いてるんだから、というと、男は、すごい面倒そうな、唾を吐いたあとのような顔をして、先でUターンするように、身振りで示した。ところが先へ進むと、別の男が、快活に交通整理棒を先のほうへ振っており、こっち、こっち、と招いていて、つまりこの道は別に通行止めではなく、最初の男がどういうつもりで、右折してきた自動車に「あっちいけ」といったのかはさっぱりわからない。園子さんは「かわいそうな人だね」といった。そのうち、メグが気持ち悪くなってきて、アズはがんばれ、がんばれといって歌いだし、そして僕とアズとメグと三人で、虫の名前クイズをやった。これは、カード式になっている世界じゅうの、かぶとむし、くわがたの写真をアズがみせ、メグと僕が、ミケネコ大クワガタ、などといってこたえる、というクイズ。ミケネコ大クワガタなどという虫は存在しない。ヘラクレスなんとかというものや、ニジイロだとか、ネプチュンだとか、もちろん日本の、ミヤマ、ノコギリ、オオクワガタなどと、写真を一瞥してはこたえていくのが、小学二年の少女である。スゲーナー。あたいイッコもわかんなかったよ。そしてアルプス安曇野公園。ちょうどいま「かぶとむし、くわがた、イン・ザ・ワールド、エーンド、信州」というような催しをやっていて、自力で取れないので、イベントに頼ったのだった。そしてイベントは想像以上だった。さっき自動車で、次から次とメグが当てていった写真の、その実物の虫が、ホラ、そこにもホラ、個別のケースに何十匹も、ホラ、生きたまま展示されたある。わしでも興奮するわ。鷲が鳥やということではないわ。メグ電気が走ったような感じになって、ヘラクレスなんとかのケースの前にしゃがみこみ、うわごとのように「スケッチ・・・スケッチ・・・」といって、猛然と鉛筆を動かしはじめた。目玉と右手しか動いてない。集中力すごい。指導員の兄ちゃんが、世界でもっとも重いかぶとむしをケースから出し、特徴、触り方などを説明しはじめる。アズ、メグのそばへ駆けよって、「触らせてくれるって、メグ!」。はじめは、絵に集中しきってそちらを向かなかったメグが、不意に顔をあげ、指導員の兄ちゃんのほうへ歩みよっていく。取り囲んだ子供の誰もおじけずいて触らない。メグ自然に、世界でもっとも重いかぶとむしを猫のように撫でてじっと見入る。それから指導員が、次は金色の、とか、虹色のとか、いちばん珍しいの、などといいいながら、そのケースのほうへ近寄るたび、メグは「なんちゃらオオカブト」「なんちゃらクワガタ」と、本物をネタに、虫の名前クイズにこたえていく。指導員、途中から、ケースからとりだした切り株のかぶとむしを、じゃあちょっとこれ、といって助手扱いして、メグに預けて持たせていた。指導員の解説が終わっても、メグのスケッチはつづき、アズと園子さんが公園内の施設をぐるぐる巡っているあいだに、十枚近くの虫のスケッチをメグは完成させた。スゲーナー。付帯の食券そば屋でラーメンやそばなど食べ、自動車に乗り、ひさしぶりに穂高温泉の常念坊へ。いってみると児玉さんは山へいっていて日曜まで戻らんそうだ。「どの山へ」「さー、山としか、きいてないでね」。後部座席で熟睡したメグを棒の先に吊し、アズ、園子さんと二階の部屋へ。メグがまた布団の上で大回転。どころか、半睡したまま床の間に足を引っかけ、上によじのぼっていく。かぶとむし好きなだけに。そのまま寝ているので、園子さんと、宿の周囲でかぶとむしの来そうな木を物色しにいった。宿の人にきくと、しばらく南へいったところの寺には、わりといるそうで、また、製薬会社のそばの林にも、近所の小学生が集まって、懐中電灯などで見あげているそうだ。それでも取れないという。ウーム、きのこならいくらでも生えているのに。ヤバそうな色だけど。常念坊の裏の雑木林は、クヌギなどはまだ若い木で、あまり虫が来そうにない。適当なのを見繕い、バナナをちぎってすりつける。道路を渡り、「学者村」なる奇妙な集落に近づいてみると、こぎれいな別荘がもう建っていたり、建てられつつあるようなところで、学者村の村長はやはり地下に核シェルターなど作っているのか、などと考えながら、適当なクヌギの幹にバナナをすりつけてワインをかけた。帰ると園子さんはアズ、メグと風呂にいった。僕はひとりでかぶとむしが角を挙げて右往左往する真似をしていた。外では警察犬が吠えている。ここで、犯罪捜査が進行中なわけでなく、山へいった児玉さんが調教しているのか、と思っていたら、何年か前にもいたシェパードのスズだった。晩ごはんは、大人はヤマメ塩焼きや信州牛、行者にんにくの餃子にオヤキなど、アズとメグは、ハンバーグやエビフライ、目玉焼きなどだった。ごちそうさま、と厨房をのぞくとおかみさんがいて、オー、と皆でいった。前にあったときよりよほど体調がよさそうだった。夜は、もう八時くらいに布団を敷いても、寝られるわけもなく、鬼太郎の本を、一話はねずみ男、二話は目玉おやじの読み方で読んでやり、三話目は子泣きじじいで読んだろうと思ったら、三話目はなかった。それでも、灯りを消すと、アズ、園子さん、という順番で眠りについていった。昼間寝倒したメグは、入り口の灯りの下で、なにかブツブツいっている。ユッコ耳をすましてミマシタ。「・・・ヘラクレス、リッキー」「・・・ニジイロ、クワガタ」。昼間のカードを見ながらメグは、真夜中過ぎにひとり、虫の名前クイズにはげんでマシタ。

2007年7月25日(水)

曇りの朝。創作の芽。虫ケースのなかを見たらどうやって逃げただろう「栄養失調」の姿が消えていて驚いた。実はたいへんパワーフルな虫だったか。それともからだ自体失調したのか。十二時半、松本駅のプラットフォームでしゃがんで待っていたら、あずさ号が滑り込んでき、十号車のドアの窓から、アズ&メグの顔が正面に見えた。かぶとむしシスターズ、本人たちによれば、アズの「ア」とメグの「メ」をとって、キャンディーシスターズ到着。浅草演芸ホールの漫才師でんな。大荷物を自動車のトランクに入れて、そば好きなふたりのために、田舎屋へいく。いきなり、黒犬、そばの花、石臼のミニチュアなど、都会の小学生が興味を引かれるものがずるずる出てきてさすが田舎家だと思った。ここでふたりのお土産のすばらしいお絵かき帳をもらった。田舎家の大将は、厨房からわざわざ出てきてふたりにそばができるプロセスを説明していた。アズはそばの花の写真を熱心に撮り、メグが出しなにいった「ごちそーさまー、宇宙いち、おいしかったー」というひと言を、大将はしばらく忘れないのではないか。大人殺し。それから松本城。ゲゲゲの歌をうたいながら日陰を歩く。城にはいると、ふたりともさすが小学生で、また、山登りやキャンプ、さらにバレーで鍛えられていることもあり、はしごのような急な階段をヒョイヒョイのぼる。アズは宿題で、この旅行中「動物の求愛行動」を観察したいと思っていた。その機会は意外にはやくきた。天守閣の最上部までのぼり、ふとメグが窓の外を見ると、すぐそこの瓦屋根の上で、オス鳩とメス鳩がくちばしでつつきあっている。「おねーちゃーん、鳩、鳩、キスしてるー」。ちょうど登ってきたアズはこれはキスでなく身体をくちばしでついて求愛しているのであり、オスがメスの上に十秒くらい乗れば交尾はすんでしまう、という内容のことを教えてくれ、そのうちオスがメスの上に乗った。おりた。飛んでいったオー、自然観察。まだ残っていたメス鳩の横に、すばやく別のオス鳩が舞い降り、我々四人が注視するもので、他の観光客も窓の外を気にしだし、メグが「もうすぐだよ、もうすぐ、上に乗るから」というと、観光のおっちゃんとおばはんは「オー」「マー」といった。天守閣の上から見る濠の白鳥や鯉はじっさいの縮尺より巨大にみえた。家に移動。まず庭に驚き、家のまわりすべてが、ぶどう畑なのに驚く。ちょうど折りよく、ぶどうの葉が海原のように繁っていて、ふたりは目を緑色にして見つめている。ジュースを飲み外へ。アズが西村さんのぶどう畑の地面に、緑色の小さなものが、ひょこひょこ無数に飛んでいるのに気づき、しゃがんで追っかける。それはアマガエルだった。メグも追いかける。たちまち両手いっぱいになり、メグが家からもってきた虫ケースにどぼどぼいれる。入れすぎ。「これはすぐ死ぬから横の田圃に逃がしてやれ」というと、逃がしはじめたが、メグが一匹だけ、明日の朝まで、といい、田圃の水と藻と石をケースのなかに移植することにした。西村さんの小学生の娘さんが、畑の際に立ち、不思議そうに見ている。思えば、このあたりでは夏休みは次の金曜からなので、「この子ら、学校さぼって、うちの畑で、なにやってんだろう」と思っていたかもしれない。風呂にはいり、メグはダボシャツのような服装で、戸を開け放した玄関先で巨大な団扇で仰ぎながら、冷えたお茶をたてつづけに三杯のみ、「マー、あのネー」、と田中角栄のようなだみ声をあげ、アズはその様を見て「村長」と命名した。村長は低い椅子に腰を載せ、畑や、もやった山のほうを、ゆったりと見ている。園子さんは台所を駆けずっている。晩ごはんはハンバーグ。野菜サラダ。茹でいんげん。蒸しとうもろこし。きゅうり丸一本。具だくさんみそ汁とごはん。めんたいこ。四人いるとちゃぶ台に載りきらない。メグはとうもろこしを二本分はたべた。まだとろうとするので明日もっていき、とアドバイス。それから布団を敷き、私は鬼太郎の本を、ねずみ男の声で朗読した。難しい。アズは寒がり、メグは暑がり。台所でアズと園子さんは秘密の話。メグは半睡しながらドタン、バタンと動きまわる。布団を外れて回転しているのを、団扇で仰ぎながら自然観察。オー。マー。深夜の自転車レース愕然。またもや薬がらみ。

2007年7月24日(火)

朝から日本橋エッセイかく。昼まで東京新聞用の創作をする。外国のニュースみて驚愕。カザフスタンのヒーローがドーピング検査陽性。チームごとレース撤退。血液ドーピングというのは、自分のとっておいた血か、他人の血を、体内に輸血して、赤血球を増やすことで、より多くの酸素をからだにとりこむ、というやりかたで、たしか、輸血した段階でなにかそれを示す反応が血中に残るので、検査すればそれとわかる。カザフスタンのヒーローが。といって、三年前からイタリアのヒーローやドイツのヒーローやスペインのヒーローやアメリカのヒーローがつぎつぎとドーピング陽性になってレースから弾かれている。園子さん掃除している。庭の草むしりをする。こいつめ、こいつめ、こいつめ。イヤーンそれユッコの三つ編みだよ。晩ごはんは、鶏とししとうといんげんと茸の煮物、きゅうり、めんたいこ、香草と挽き肉のサラダ、豆腐。マクドナルドの品物をひと月食べ続けるという映画をみてたいへんだなあとおもった。チェーホフよむ。

2007年7月23日(月)

朝、向かいの大和さんがガララとやってきて、「いま獲ってきたよー」といって、茄子、トマト、きゅうりなどをくださる。いやはや、ありがとうございます。私の好きなクレストブックスのアンケート。創作。午後二時、山十さんの家を訪ねると、もうすでにプラムとバナナとハチミツと黒酢で、かぶとむしの餌の仕掛が準備万端整えられていた。山十さんとは、本当は大和さんという名字だが、この町内には大和さんばかりなので、区別して、家紋が山に十なので、山十さんと呼ばれている。かぶとむしの餌は、ネットのなかに、熟しすぎて崩れたプラムと、ハチミツ黒酢に浸したバナナを入れ、麻縄で縛る。これで完成。山の神様の登り口まで坂道をのぼり、道もなんにもない森のなかへ、ざんざんはいっていく。地元の小学生なら、ここいらに生えているすべての木を一本ずつ把握しているかもしれない。落ち葉のたまった斜面を、枝や根につかまってのぼり、降り、結局五つの餌を、クヌギの根元や、幹に縛りつけた。帰り、最初にしかけたところをふと見ると、顎のまっすぐなくわがたが早くも一匹寄ってきていた。山十さんによればこれはこのあたりで「栄養失調」と呼ばれている。栄養失調を軍手に入れ、森を降りる。家でプラスティックの虫ケースと、自家栽培の野菜をたくさんもらった。いやはや、ありがとうございます。納豆挽き肉大葉レタス包み、カブの漬物、ししとうと茄子の味噌炒め、かつお刺、きゅうり、自転車レースは、またしてもカザフスタンのヒーローが、昨日の自分とは別扱いの足。よりきつそうな山岳なのに、我慢強い走りで先頭集団で進み、最終の山で飛びだし、そして区間優勝した。超級山岳と川の谷底を、ひとりで行ったり来たりしているような調子。チェーホフよむ。

2007年7月22日(日)

お国旅行。とは、町会の各戸からふたりずつ、マイクロバスに乗って近所の温泉にいき、料理をたべ、酒をのみ、風呂にはいる、という毎年恒例の行事で、日帰り行楽ともいう。ぶどうの収穫が、いよいよ近づいてきたんで、皆さん、気合いいれなおして一丁がんばんべ、といったような意味合いがある。うちはぶどうないけどね。というより、毎年もらいっぱなしですねんけどね。鹿教湯温泉の広い宿。向かいには、たしか一昨年の春、足を折っていることを知らずに湯治、湯治といって歩いて入りにきた公衆浴場がある。マイクロバスのなかで一本、風呂の前に一本の発泡酒。向かいの大和さんにタクシーの素晴らしい話をきく。西村さんの家と、うちの家の境に出没する白猫は野良らしい。西村さんの家の猫の餌をときどき食べていく。どっから降りてきただかねー。風呂をあがって宴会。明後日から、東京の加藤家のアズメグ姉妹がふたりだけで遊びにくる。妹のメグちゃんが、かぶとむしにとりつかれているらしいので、かぶとむしシスターズ、あるいはかぶとむし隊と、我が家では命名している。そこで、宴会の席で、「みなさん、近所だとどこでかぶとむしが取れますか」ときいてみると、騒然となった。つまりみんなそれぞれのかぶとむし捕獲スポットを子どもの頃からもっているからで、ただ、普通かぶとむしは、梅雨が完全にあけてからうじゃうじゃ出てくるので、今週いっぱいはまだ厳しいかもなー、という話になった。明日、山十さんに、かぶとむしの罠を仕掛けに裏山へ連れて行ってもらうことになった。帰ったら四時。胃腸ぐったり。日が暮れてから晩ごはんは、昨日の夏野菜サラダ。おじさんからのそうめん。自転車レースでは、ピレネーの山で、カザフスタンのヒーローが絶不調。昨日の自分とは別扱いの足。眉毛の太い若者が危険な仕草で山を優勝。クルト・シュビッタースの画集みる。

2007年7月21日(土)

朝ごはん食べ、園子さんと田端駅へ。改札を抜け、ホームへの階段を降りていると、すらりとした女性が歩いているのがみえた。僕のすぐ前を、背筋をすっと伸ばし、軽やかに歩いている。僕は後ろから「千葉さん」と声をかけた。千葉さんは「あら」といった。いまからお茶だということで、山手線のなかで、古典芸能やお茶にまつわる話をした。いしいさんに勧めようと思ってた本があったのよー、名前が出てこない、と千葉さんは上を向いた。新宿駅でおりるのを忘れそうになった。十二時発のあずさで松本。十日ぶりの帰宅。各方面へ電子メールなど送り、気を抜くと、フラフラたおれる。園子さんは台所でバッタのように跳びまわっている。晩ごはんは夏野菜サラダ、さつま揚げ、春巻き、ざる豆腐。十日ぶりに見る自転車レースは予想外の様相。痩せたバッタに似た選手が黄色いジャージを着ている。カザフスタンのヒーローは体調が悪かったらしいが、この日は、他の選手とは別扱いの足で、タイムトライアルを優勝した。岩野泡鳴よむ。

2007年7月20日(金)

お茶。桑小卓の薄茶点前。サザエの蓋置きはお尻(とがったほう)を自分のほうへ。午後は唐物の真の手前。午後四時半ごろ辞去。日暮里の改札で、園子さんと合流。団子坂下のギャラリー人というところへ、早川純子さんの個展をみにいく。受付で悪いところは、ときかれ、園子さんは頭が、僕は口が、とこたえた。早川さんはゴロリとした絵柄の診察券を発行してくれた。今回は鹿が多い。そして皆、ゴロリ、ゴロリとしている。ひらひらと壁でひるがえっている紙の作品を二枚買った。ギャラリー人の人が、となりのお店もおもしろいですよというので覗きにいくと、服屋と、道具屋が一緒になった、というような、たしかにおもしろい店で、園子さんも後追いできて、目が猫なめずり状態になり、いろいろと物色した結果、でかい朝鮮の皿と、オランダの水差しを買った。園子さんは、家の近所にこんな店ができてありがとうございます、と店の人に礼をいった。近所をさらに見てまわろうと、道に出て、これから妙なことになった。まず、道の向こうから、小柄な女性が歩いてくるのが見えた。脇目もふらず前を見てまっすぐに歩いてくる。通りすぎざま僕は「ヨシモトさん」と声をかけた。芳本さんは「あっ」といった。いまから早川さんの展示を見に行くのだという。あとで僕も戻りますから、といって、そのままそれぞれの方向に進んだ。そして園子さんとまた歩いていると、道の向こうから、中くらいな女性が歩いてくるのが見えた。黒っぽい服を着て、足を小刻みに動かし、まっすぐに歩いてくる。通りすぎざま女性は「いしいさん」といった。僕は「あっ」といった。三崎で僕を取材してくれた雑誌社の女性だった。いまから早川さんの展示を見に行くなら、点数がたくさんあるから急いだほうがいいですよ、早く、早く、と僕はいった。女性はそうした。園子さんと裏道にはいり、財布屋や靴屋など、いま風の店ができているのを見ながら、なんだか裏原宿みたいな、裏谷中に、いつのまにかなってますねー、と園子さんはいった。ウワー、いかにも裏谷中という感じの、あやしいネオンのついた、東南アジア風料理屋があった。ギャラリー人へもどり、徐々に人が減ってくるのを見まもり、そして早川さん、芳本さんと、四人で、晩ごはんを食べにいこう、ということになった。裏谷中のあやしい店はどうだろう。ふたりを連れて、裏道へはいった。店内をのぞき、ふたりとも、少し躊躇する感じ。芳本さんは以前谷中に住んでいた。どこかおすすめの店はないですか、というと、そば屋さんなら、という話だったが、早川さんはそばアレルギーで食べると危険なことになる。どうしよう、まあ、この裏谷中でいいか、サーネー、と四人で角のところで話していると、細く、薄暗い道の先から、小柄な女性が歩いてきて、「いしいさん」といった。僕は「あっ」といった。新宿のルミネ2に以前青山ブックセンターがあり、数年前、いろいろあってブックファーストになった。そのとき、青山ブックセンターで働いていた四人が三崎の僕の家に来て、残念会をやる、ということがあり、そのうちの一人カジワラさんは、そのまま新宿のブックファーストに勤めることになった。東京から松本へは新宿発のあずさ号で行くので、ちょこちょこ店にいき、話などしていたが、ここ二年ばかり会ったことがなかった。歩いてきたのはカジワラさんである。カジワラさんは、家に帰るところで、歩いている途中人の声がきこえ、なんだか、いしいさんの声に似てるなー、と思った。近づくにつれ、本人だとわかった。昨年結婚し、このギャラリーの角のすぐ近くに引っ越した。驚きがおさまると、全員、自己紹介をしあった。そして全員で食事にいくことになった。僕がネオンの店を指さし、ここどう、ときくと、カジワラさんは笑みをつくり、激しく顔を左右に振った。よかった。カジワラさんは家に駆けていき、待っていたご主人を連れて、また戻ってきた。日暮里のそばの焼鳥屋でダニの話きく。オー、もろい。外に出ると雨が降っていた。尾久の家で就寝。

2007年7月19日(木)

朝ごはんをたべ、ヒタヒタ号で湧水へ。宿で見やすい地図をもらったのでまったく問題ない。一個目の湧水地では話し好きな近所のおじさんが湧水の由来や、くみかたなど教えてくれた。タンクに入れる場合、先端が直角にまがったプラスティックの筒を、じゃんじゃか湧いている石のくぼみにいれて、即席の水道をつくってくむ。さらに奥へ。田圃のなかを通っていった先に、川のように、水があふれている場所があり、自動車をおりて、さらに水の流れてくる茂みの奥へ、奥へと進むつれ、明らかに空気の感じがかわり、水音をたよりに、そちらのほうへ歩いていくと、光とともに、水が見あげるほどの崖の上から、さんさんと流れ落ちてくる場所についた。鳴滝という、その名の通り、光と音にあふれている。神懸かり感がある。柏手をうち、水をすくってのみ、一礼して離れる。農家の生け簀では川魚が跳ねている。ヒタヒタ号で、竹田市街へもどり、武家屋敷のところへいく。隠れキリシタンのお堂にいくと、猫迎えがあった。園子さんについて離れない。かとおもうと、石段の上でえんえん股のあいだを舐めている。あんめんじんす。明治期の、画家の家でひと休みし、さー行きましょう、ということで出発。大分自動車道の九重インターをめざし、高原の道を過ぎていく。途中、道の駅のようなところで、馬車をみながらのむヨーグルトのむ。博多につき、中州で遅い昼ごはんを食べようとしたら、もう昼休みだったガクリ。腹減ったし、暑いし、どないしよ、どないしよ、と園子さんとゾンビ状に歩いていると、一軒、灯りのついた店があり、はいってみると若者たちに、「らっしゃいませい!」といわれた。喜んでらっしゃることにした。暗い店内は、見たところ、若い会社員むけの居酒屋である。ここで午後三時にたべたもつ鍋うまー。といって馬のもつではない。一昨昨日の、水炊きとおなじくらいうまかった。ホテルへ、忘れ物の服とりにいき、Uターンして空港へ。充実した土産物コーナーで、めんたいこ、さつま揚げ、ちくわなど買う。六時前の飛行機で離陸。サヨナラ、サヨナラ博多! また会いまショー、ヒタヒター! 飛行機ではずっと寝ていた。園子さんは黒い雨を読んでいた。どうしてそれを、ときくと、夏だから、とこたえた。羽田には定刻に着陸。モノレール、山手線で尾久の家に帰り、靴を脱いで、遠足は終了。チャー、疲労している。

2007年7月18日(水)

朝起きて散策。掛屋の大店、広瀬さんの家。草野さんの本家。チャリン。ドドド。グシャッ。それは擬音祭。日田では毎年祇園祭がある。その由来と、どういった祭かをきいて、非常に驚いた。江戸時代に京都にのぼった日田のひとが祇園祭をみて、ア、あれ、やりたい、とおもった。そして日田でもやるようになった。山鉾の一箇一箇が、人形や、小物や、背景などで、歌舞伎の演目をあらわしていて、しかもその趣向は、毎年かわる。九町会あるそれぞれの山鉾が日田の町を引かれていくとき、昔の若者やおっちゃんや婆さん、爺さん、子どもは、歌舞伎の筋を話し、せりふを真似し、飛んだり跳ねたり、見得を切ったりしたのである。スゲーナー。明日、日田の駅前に勢揃いして、明後日から引いてまわる。明日かえるやんか。また来年こようとおもった。ヒタヒタ号でひたひたと南東をめざす。途中で、日本一の見晴らしの展望台というところにいった。丘の上で、のび太のような少年がロープにからまって叫んでいた。大分の南東をめざしたのは、そもそも、竹田の湧水地というところをみたいとおもった。どういう場所かさっぱりわからないが地下水がひたひたと地面から湧いているのをみるのは面白かろうとおもった。竹田市にはいるとどこにいるかもわからなくなった。市の庁舎にとびこみ、煙草吸っていたおっちゃんに道をきくと、そのおっちゃんもわからず、市の職員が地図をくれた。ありがとう。それでいってみると、湧水地のひとつはみつかったが、それは一見、園子さんが軽く鼻の横をかく感じの、ただの池だった。しかし見ているうち、だんだんと偉大さが湧いてくる感じがし、明日の朝、ほかの湧水群もまわってみることになった。それにしても、竹田郊外の棚田はこの世に浮きあがってみえるほどうつくしい。人間はこんなところにも田圃を作るのか、作るのか、ギョエー、マジですか、と首をねじまげて驚く偉大さ。日陰のうつくしさ。市街を抜け、温泉地にむかう。猫の出迎え。それは金属の板だったが、すぐに生身の白猫になった。そして宿のおばさんになった。藤森照信氏の設計した外の風呂場へいく。ここはラムネの湯と呼ばれている。炭酸の温泉である。湯船にはいると、腕や腿の産毛にミョワーと泡が付着し、自分のからだがまるで金属のようだ。動くとすぐショワショワショワー、と雲散、じっとしているとすぐミョワー、と付着。湯につかることがこんなに愉快な場所は他にない。宿の晩ごはんは、ちょうどいいくらいの量で、しかもすべておいしい。園子さん湯にはいりすぎてミョワーとふくらんでいる。浴衣の隙間から炭酸がはじける。

2007年7月17日(火)

十一時頃、大竹さんと合流、昼飯は五目タンメンと焼きそば。レンタカーを借りだし、美術館へ。新たな仕事へと旅立つ。大竹さんは長崎へ。われわれは大分へ。サヨーナラ、サヨーナラ! 地図を開き、方向をさだめ、まっすぐ通りを進んで高速道路に乗った瞬間、ア、服忘れてきた! と園子さんはいった。そのまま九州自動車道、日田というところでおりる。YOMYOMの木村さんに教わっていたのはオンタ焼きという焼き物を作っている村の話で、日田の町から十五分くらい離れたそこへまずいってみる。地面の底を叩くような、深い物音がふしぎなリズムで響いていて、なんだろうと川へ近づいてみておどろいた。巨大な木製の、鹿威しのような構造物。一端の桶に川の水が注ぎこみ、ゆっくりとあがり、ジャーと流れると、もう一端の重そうな槌の先が、あり地獄状になった土の中央へ、ずーんと振りおろされずーん。ずーん。焼き物用の土を作っているのだ。唐杵というものであることはあとで知ったずーん。ずーん。川水の音と唐杵の音とぱちぱち爆ぜる音がするのは窯に火がはいっているからで狭い山村の暮らしがオンタ焼きをつくるというただ一点に集約されている、その形が唐杵のように途方もなくシンプルで偉大な感じがした。園子さんは高台の高い皿を買い僕は鹿の背中のような模様のコップを買った。町へ帰る途中で湧き水スポットで水をのんでみたらまだ雨水の味だった。日田の街並み。豆田町。歩きまわるとだんだんただの町でないことがわかってくる。直島と同じく、ここも天領だったが、特産品を商うというのでなく、大名相手の掛屋だった。疎水沿いをえんえん歩く。軒先に造花がくるんと引っかけてあるなど、大きな屋敷から掘っ立て小屋まで、ずいぶんきれいにしてあって、それも観光用というのでなく、自分の住んでいるところに伝わってきた流儀でやっていたら、そのままきれいになっている、という印象があり、直島でも同じように感じたけれど、もしかして、天領であったことが関係しているかもしれない。酒屋の前を通りかかると、おばちゃんが、いやーん、と笑った。こないに目が悪ぅなったんかと思たー、といった。園子さんキョトン。おばちゃんは園子さんのもっていたカーディガンを指さし、それ、服やねー、わたし、今それ、犬かと思たんよー。こんな陽気なんに、ぬくないんかしらー、と思て。アハハ、と笑って園子さんはカーディガンをなでた。おばちゃんは笑った。酒屋にいくとまた別のおばさんが焼酎をジャンジャカ出してきて、これ飲みなさい、次はこれ、これ飲みなさい、次、次これ飲みなさい、と飲ませてくれた。どちらから? 松本です、というと、エエー! とか、アアー? ギョエー! ドヒー! といったような激しい反応を、日田のひとはするが、このおばちゃんもそうだった。エッエー! マツモトってあの、長野の? と叫んだ。日田は九州の各地や東京、大阪などの大都市から人が来るような場所で、日本のほかの地方都市から来る人は少ないのかもしらん。大分の焼酎を二本買った。遅くまで日田の住宅地を歩きまわり、立派な日本家屋が多いこと、またそれらの多くが空き屋になっていることに、あらためて驚いた。とある医院の建物のまわりや、その周辺など、園子さんは真剣な顔で歩きまわり、日当たりや庭の広さなどを目で見て計算している。晩ごはんは宿に隣接した、酒蔵を再利用してつくった料理屋でコース料理。スープうまく、魚うまかった。部屋にもどり、岩野泡鳴よむ。今回のレンタカーの名はヒタヒタ号。

2007年7月16日(月)

朝の飛行機。馬が走っている。なんだか狭い気がするね。ひさしぶりの博多たい。雨ふりよるばい。天神まで地下鉄でいき、ホテルまで濡れて歩き、大竹さんに電話して、博多に着きましたよ、といったら、そのホテルの部屋にいたので驚いた。三人で近所にあるにらそば屋にいった。有馬記念。馬かった。歩いて美術館へ。蓮の池がすごい。蓮の花がすごい。その間に亀が浮かんで死んでいる。万年目に立ち会ったのかナムー、と、大竹さんと感興。ところで美術館につづく道路の角にある、美術展の看板がかっこいい。大竹さんが、「これ見せたくて、こっち通ってきたんだよ」といったくらいで、行く人は、これを見逃さないようにしないととおもった。会場に入ったところで大竹さんと別れ、全景のときのように、ノートを腰だめに、鉛筆を握りながら横ばいに、作品を見ていく。途中、怪しんだ美術館のひとに「アノー、模写は・・」と留められたが、これこれと事情を話したら、じゃ、ちょっと待ってください、といってタタタと消え、タタタと戻ってきて、これつけていれば大丈夫ですから、といって美術館の腕章をくれた。ありがとうございます。作品数は600点と、全景の2000に比べて少ないようだが、多くの作品を入れ替えたため、初めて見る作品、しかも大きなものが、そこいらに目立つ。スゲーナー。閉館間際にようやく最後の作品にたどりついた。園子さんはダブ平の前で踊っていた。カタログスゲーイイ。手ぬぐいを、のぶさん用に一本買う。大竹さんと合流し、三人で、中州のオシャレーなカフェーへいき顔面偏差値の話。やっぱサー、なんだかわからねーオンナ連れてるおっさんにはサー、なれねーよナー、というような話をする。いったんホテルへもどり、鍋屋の場所をたしかめてから、また三人で、鶏の水炊き屋へいく。タクシーの女の人が「よう、わからんばい」といいながら、近くまでいき、歩いていくうちに、見るからに水炊き風のおばあさんが、おたく、いしいさんねー、と声をかけてきた。老舗の水炊き屋だったけれど、先だっての地震で建物がこわれ、もっていた土地をマンションなどに売り、去年ようやく新装オープンした。ビール、焼酎。スープ絶妙。舌の上の夢。うどんを食べ、スープをかけるごはんもたべる。タクシーでホテルのそばにもどり、大竹さんの知っているバーへいこうとしたら、しまっていた。浴衣のオネーちゃんがちらしをくれた。階段を上っていくバーへ。ここで、プードルをインターネットで買った話、目たばこ、耳たばこの話などする。爆発。園子さんは先に帰り、ふたりで近くの屋台へ。明太卵焼き、餃子など食べながら焼酎をのむ。なんでサー、博多はこんなに、いいっていうひと多いんだヨー、と博多の屋台のあんちゃんにきく。それからロックバーを求め親不孝通りを歩いていると、自転車で通りかかったカップルが「あ、大竹さんだ」とつぶやいた、その縁で、近くに音楽のかかってるバー知ンネー? ということで、案内をしてもらう。親切なカップルよありがとう。グルグルグルと歩き、遠回りして、四時頃ホテル着。

2007年7月15日(日)

朝ごはんを食べ、ひとりで竹橋へ。不気味な風が吹くなか、カルティエ・ブレッソン展。ヴィンテージのプリントがすごかった。空間に浮きあがってみえた。それから銀座へ。ゾディアックという映画をみる。書類とか、手紙とか、紙がかっこいい映画だと思った。尾久の家に帰って、天気図をみて驚いた。雨雲は東北のほうに抜けて見える。これなら明日から三崎はよく晴れる。よかった。鰆大場さん味噌漬け、酢蛸、むつのあら汁、まぐろ刺身、サザエ壺焼き、とこぶしの煮付け、おかひじきと油揚げの和え物、ほうれんそう、いんげんのごま和え。明日に備え寝る。

2007年7月14日(土)

フランス革命記念日。ヘー、だからふらふらしとんのか。ちゃう、台風やから。雨のなか段ボール箱、九州と東京に送り、掃除をし、雨戸をしめ、まるいちへ。これほど買ったことがあろうかというくらいの数の魚を買い込み、夕方、尾久の家に避難する。途中ときどき雨足つよまる。版ごはんは、かます塩レモン、たこ刺、むつ刺、サザエ壺焼き、むつのホイル蒸し焼き、ほうれんそう、夏野菜サラダ。猫は台風とともに踊り狂う。

2007年7月13日(金)

朝から若者事務所設営。昼過ぎ、お祭りの延期決定。グアー。台風は季が違うておるがしょうがない。季が違うておるがしょうがない。しょうがないしょうがないいいながら事務所撤去。虫燃えている。園子さんくる。坐古さんちへオミヤゲもっていく。夕食は宵宮で、唐揚げ、餃子など食べた。明日祭がないとわかっている宵宮。皆で台風の話。ゴゴゴー、風が呼んでいるゴゴゴー。べつに呼んでへんて。カラオケのある飲み屋ダンディーにいく。恋人という飲み屋にもいく。家に帰ると園子さん布団の上に複雑なかたちで倒れている。

2007年7月12日(木)

かだら重いすな。あたらしい本のための創作。午後はあっちゃこっちゃ。まるいちにいき、とこぶしといさぎ。夕方国木田独歩よむ。日暮れ頃、まるいちで大場さんのタコ実験。なかなか湯が沸かない。そうこうするうち矢野さんくる。かつお談義。純文学談義。たこつまむ。猫になる。皆さん、たこと猫はどこか似ているとおもいませんか。私は思います。そうですか。ビール腹。ではさらば、と家に帰り、とこぶしを煮る。晩ごはんはトマトパセリサラダ、おくらおしたし、いさぎ刺身にあじまぐろがついてきた! いさぎを焼き、オリーブオイルをかけ、レモンを搾ったもの。とこぶしの煮付け。猫マツリじゃーん。独歩よむ。

2007年7月11日(水)

松本は今日も雨。朝に創作、荷造りをし、11時のあずさで新宿、横浜、三崎口。途中で納豆そばを食べた。そば屋のおばさんが厨房に「納豆、アイスでー」といったのにはぎょっとした。おかげでアイス買うてもうたやないか。三崎の家は樟脳とカビのにおい。マスクをして、ソロソロソローと掃除機をかける。前回、畳にノズルをつっこんで薬を噴射しておいたので、無数の目にみえないダニーがそこらで死んでいるのだ。この場合のダニーはブルックリンのダニーとは関係がない。仕事道具がとどいているはずなのでまるいちの家のほうをたずねると「ヨー」と風呂上がりののぶさんがノーパンででてきた。タオルは巻いていました。パンツをはいてきたのぶさんと食堂でビール。三崎は今朝方、これまでにないくらいの大雨だったらしい。道理でさっきから息がくるしいとおもった。水のなかでしゃべってたのか。美智世さん合流し、まるいちの魚をつかっている料理店へ。びんちょう寿司、天ぷら、中トロなどたべる。地名の縁。最近眠くならないという美智世さんに寝酒の話をする。外へたばこ吸いにいったのぶさん一瞬の通り雨にふられる。家に帰り、アイスと焼酎をもって坐古家へ。めい、るな、ゆみちゃんがいた。犬が吠えていた。いしいさん猫くさい、とるなが鋭いことをいった。帰って国木田独歩よむ。寝酒。坐古父がとおりかかって祭のこと教えてくれる。

2007年7月10日(火)

小雨小雨。水田の緑で目を洗う。ずっと創作。長くつづけると出てくるもんやね。キョシキョシ高浜虚子。だんだん寒くなってくる。そういうときに限って風呂ぬるい。ちゅん。晩ごはんは、モロヘイヤとホタテときのこのスープ、鯖の味噌煮、豚のチヂミ、にんじんのたらこ和え、セロリ。自転車レースはものすごいのんびりしたレースで、地元を通った選手が家族や友達と抱き合ったりしていた。立ちションうつってた。電柱にする犬のようだった。

2007年7月9日(月)

曇り。創作。園子さんは伝票の名前と住所と電話番号かき。グワー。たいへんだ。税金のためにそうしなければならんのだ。税金をもらいよる側がなんでわしらにこげな労苦を強いるのじゃ。ショーロービョーシー。晩ごはんは、近鉄百貨店から届いたハンバーグ。きのこソテー。つるむらさきのごま和え。タコとトマトのサラダ。木綿豆腐のニラソース添え。自転車レース。男前のボーネン選手、勘違いで二位でガッツポーズかとおもったら、勘違いじゃなかった。

2007年7月8日(日)

起きたら驚いた。パンツはいてなかった。下半身いつのまに丸裸になったかまったくわからない。こういうことは物心ついていらいあったことがなかった。始まったのか。園子さんに、パンツ、パンツだいじょうぶですか、などといわれつつ、朝ごはんを食べる。エッセイをかく。昼に終わる。創作をする。夕方薄川散歩。川に足をつけて草枕よむ。帰ると園子さんがコンピュータを叩いていた。壊しているのではなかった、でも、壊したかったのではないか。晩ごはんはとうもろこし、厚揚げ、豚しゃぶサラダ、鰆の西京焼き、モロヘイヤ納豆。フランスではじまった自転車レースをテレビでみる。頭突き大将おどろきの勝利。文句なしでロバもイエー。

2007年7月7日(土)

尾久の家ですばらしい朝ごはん。父母は秋田県にいってきた。そこには日本でもっとも古い芝居小屋があるらしい。おもろそうな。ひとりで松本へ帰りエッセイをひとつ。番茶を一杯。雉を一羽。ケーンケーン。園子さん夕方もどる。大和さんがもってきてくれたきゅうりとサニーレタス。鳥。冷や奴。鯛と夏野菜の酢の物。肉じゃが。チェーホフちょっとよむ。七夕はツールだね。途中で寝たらあかんやないの。松山嬢成田くんおめでとう。

2007年7月6日(金)

起きて朝ごはん。お茶。薄茶点前。大名棚。濃茶の茶入れのまわしかた。表参道の店に駆けこみ、原さんに、髪の毛をまったく短くしてもらう。あいかわらず別嬪さん。この店は別嬪さんが多いのだ。店の更衣コーナーで、ジャージに着替えて出ていったら、「アー、ヤットふだんのいしいさんになった」といわれた。よかった。それから赤坂。沖縄料理屋さんで、集英社チーム、森さん、長崎さん、池田さんと合流。閉鎖された薄暗い静謐な空間という、沖縄料理屋の常識をくつがえすお店だった。そしてすぐ近くの、佐藤さんのバーに。オープニング記念パーティ。大盛況。入ったらいきなり兄がいた。そして信太郎がいた。オー久しぶり。佐藤さんはじめお店のひとびとは、オリジナルデザインのシャツを着ていた。もちこんだバー機材と新しいデザインと空間の感じが自然になじんだ、シャツのようなお店だという気がした。この店で連載する小説が二本とも、すばらしいかたちで掲載されていた。ひとつは本、ひとつは壁。ありがとう佐藤さん。十二時頃あまりに眠くなり失礼する。みんなあれから飲みにいったのだろうね。

2007年7月5日(木)

朝から草刈り機グワー。あずさ号の道中、園子さんとパンを食う。東京へダーガー。原美術館。ひさしぶりに岡さんと会えて嬉しかった。三人でダーガーを間近に感じながら喫茶コーナーでいろいろと話をした。きみ、シャンパンはあるかね。いーえ、カバならございます。バーカボン、カバは飲むものではなく乗るものなのだ。ウワー、すごいねー、パパー。というようなことは話さなかった。そのままタクシーで銀座へ。ソニービルで園子さんと保険の話をきいた。分譲とは家を買うことだとはじめて知った。というのも、保険の説明係のひとが、分譲、分譲と頻繁にいうので、きみ、分譲とは土地を分けてもらうことかね。いーえ、家を買うことでございます。それは、マンションとかもかね。ええ、マンションとかもです。バーカボン、壁と天井と床でかこった空中の場所も家なのだ。ウワー、すごいねー、パパー。というようなことを話した。園子さんはさらに話をきいていた。僕はそしてマガジンハウスへいき、公園で撮影をし、喫茶店でインタビューやった。紅茶のおいしい喫茶店だった。ダーガー、そして都築さんの作ったダーガーの部屋の写真集の話。ダーガーズ・ルームという写真集はヘンリー・ダーガーの住んでいたアパートの部屋を撮った写真集で、めくっているうち、自分の背後にダーガーの部屋の壁が立っている感じになる、空間のかたちを知らずに変える力をもった本で、この部屋を分譲することはできない。そこにいる、といいながら、からだの内外に、無数の部屋の層を感じてそこを出入りする。バーカボン、ただいまー。といって銀座教文館。園子さんと合流し、お茶の水のホテルにいき、すぐ、天ぷらを食べた。頻繁に天ぷらを食べている年だなー。ダー、ガー、と眠る。

2007年7月4日(水)

アメリカ独立記念日だ。ヘー。だからアメなのか。ちゃう、梅雨やから。ずっとアメ。ずっと創作。兵隊になったことがないのは事実である。ほんとうか。昼頃、エッセイを書こうとするけどツルリと失敗する。三時から、重いものを持ちあげにいき、自転車をこぐふりをした。虚しい。帰ってきて、なんやかやと用事。晩ごはんは、つるむらさきおしたし、エリンギの網焼き、めざし、肉じゃが、あなたは本当のムググ納豆オクラ。三日間のための荷造り。梅雨時でしかもお茶としかも打ち上げとしかもオープニングパーティがはいると荷造りは難しい。ふつうに着替えなはれ。世情気よ永遠なれ。ロバート・フランクを長々とみる。

2007年7月3日(火)

朝体操。そして創作。園子さんは家のなかの掃除をはじめる。ときどき力仕事を力なく手伝う。午後も創作。少し片付け。夕方、文春の波多野さん、谷村さん、中本さんを松本駅で出迎え。園子さんの運転で、そのまま家にあがり、別に自動車で家にあがったわけではないが、座敷でいろいろと話す。山のこと、酔って話しすぎる取材相手のこと、チェーホフのこと、ロバート・フランクのこと、小島信夫のこと。日が暮れるころ、以前、三谷さんに教えてもらった料理屋へいく。注文は自分で紙に書く。それぞれの献立ごとに絵を描いて渡したら、店のひとに、イラストはいいから数書いてよ、といわれる。ちゅん。常念坊揚げ、鮎の一夜干し、エビまんじゅう、焼きアスパラ、焼きそら豆、刺身盛り合わせ、馬刺しなど豪華。献立のなかにあった、アイコおしたし、というものから、アイコ談義がはじまる。あなたはいまどの「あいこ」を思い浮かべましたか。浅草のストリップ小屋に出ていたロシアからきた、ケリーという名前の踊り子の話。かたことの日本語で、BGMにあわせて歌うらしい。いつもでているわけではないが、そのかたことがいい、ということだったが、ケリーという名前がとにかく絶妙だとおもった。電車が好きなひとたち。帰ってわしゃーシャワーはいって寝ただよ。

2007年7月2日(月)

ぽそぽその雨。どんな夢みてたんですか、と園子さんにきかれる。ずっと、信じられへんわ、といっていたでしょう。思い返してみると、お寺とホテルが合体したような宿で、仏像が横を向いて、うしろに犬、猿、雉を連れているという仏壇が地下にあって、もうそろそろこの地下はええわ、外いきたい、と思っていたら父が「キーもっていけ」と、部屋のキーを渡す、という夢をみていた。信じられへんわ。朝から創作。昼から園子さん工房。四時から田圃の道を走りにいく。そういうたら走るのは今年初めてやんけ、ウワーイ、と走っていたら腿が痛くなったよユッコ。帰ってフランクの写真集を見てクールになった。八宝菜、小松菜のおしたし、ウニ? おいしい蒸しかぼちゃ。シリアへ避難したバグダード市民のテレビ放送をみた。園子さん裸足でウロウロしている。いうたら、お、わしも裸足やんけ。チェーホフ読む。

2007年7月1日(日)

曇りの朝、園子さんは工房へいき、創作をしていると、黒猫がしっぽに箱をくくりつけ階段をあがってきた。箱には日本とロシアのもっとも底のぬけた小説家のそれぞれの全集がはいっていた。オー嬉しい。昼まで創作。園子さん緑の棒振りまわしながら帰ってくる。イテテ。叩かないで。四時まで創作。園子さんはアメシロ、つまりアメリカシロヒトリの幼虫のついた葉を枝切りばさみで切っている。どうしてこう頭に何かついたときのはさみはばさみという風に濁るのか。はさて置き僕はそれらを庭で燃やす係になった。よその焚き火には苦情をいうくせに自分の家だとどうして嬉々として燃すのか。はさて置き、灯油と雪かきのへらを使って、よく燃えた。幼虫にいま手を合わす。晩ごはんは夏野菜グリーンカレー、モロヘイヤの粒マスタード和え、本郷のきゅうり、トマトサラダ、蒸しとうもろこし、ゆでアスパラ。黒田さんのご両親から電話ある。チェーホフ読む。