2009年-22月

2009年6月30日(火)

昼まで創作。午後に園子さんとのぞみ号でほぼ日帰りの東京へ。品川、渋谷乗り換えで青山へ。こちらも湿度100パーの空気のなかをウワウワ歩いていくとこーすけの一団がいた。今日はこーすけの個展の最終日でそれでその場で小説を書きにきたのだバーカボン。ギャラリーに挨拶し、だんだんと人が増えてきたので、向かいの手料理レストランに行くと鉄割メンバーがパクパク食べてた。晩ごはんは、サーモンフライ、豆腐サラダ、ナポリターンスパ、もずく。隣に戌井さん来る。8時になったので外に出ると湯浅さん、郁子ちゃん、鉄割軍団、見覚えのある人がそこにもあそこにも。ボニーとボニーのお友達も。まず戌井さんが生ギターで暑い演奏と歌。湿気あがるなー。それから鉛筆けずってこーすけの小説。いしいといぬいがコビト漫才の練習中いぬいの飼い猫にもてあそばれて死んでしまう。葬式の席でこーすけは立ててある線香を取り自分のからだに穴を開けはじめるがそれは次第にいしいといぬいとこーすけが囲んだ三崎のまるいちの宴席の記憶の風景画になっていく。いぬいの飼い猫も葬式に来ている。猫はじっとこーすけを見つめる。ア、猫も悲しいのか、と思うが猫はそんなことはない、というような話。題はなんやったかな、穴か。それからマーだらだらと皆で話し、適当な時間にみんな帰っていくが、帰り際に見覚えのある顔がと思ったらZAKさんやった。湯浅さんと爆音小説の話。

2009年6月29日(月)

ケッコ涼しい。園子さんタオ指圧にいき、その間に猫文字日記書く。小説ゴリラのこと。12時に終わる。小雨と日照りといういっちゃん虫燃え地獄の歩道を新京極の映画館まで歩く。待っていると透明なぬるま湯といった空気のなか園子さんタオタオしながら自転車で来る。そばの喫茶店でパンを買い、かじりながら上映を待つ。ミラクルスーパーラブストーリー。麻生、松山、大友。マー全部この映画のためにまわってる。ふつうサントラは映画に音がつくが、これは音が先で映像がそれによって浮かびあがったように見えた。スゴイ楽しい映画。帰って風呂にはいり、サンのプレスリーのリプロきく。晩ごはんは、仁尾の海老せんべい、ほうれんそうおしたし、さっと炙りきびなご、三色納豆、すっぽんスープにこごり、豚と茄子と玉ねぎの味噌炒め。大友さんからいただいたサントラCDきくとそのあたりの空間がミラクルスーパーに変わる。

2009年6月28日(日)

朝から創作。昼にはハラハラ虫燃える。そんななか本牧の双子持って橋を渡っていくアタイ。続木さんにソーセージ渡し、そのまま虫とともに堺町画廊へ。ムシムシムシ! 山極さんのゴリラレポートはもうはじまっていてお客さんはぎっしりだった。何十年ぶりに会う山極さんを認識するや顔も態度もその当時の子どもに帰ってしまったという老ゴリラの話はたいへんに深い。ポポフの活動について。それから携帯ゴリラ。終わってから山極さんにサインを求める格好いい爺さんがいた。いしいさん、早くアフリカに来るべきだ、と山極さんはいった。晩ごはんは韓国料理屋で海鮮チゲ。味に深みなし。ウーン残念。三条イノダにいってホンモノ感味わい、帰ってホンモノの映画人ジュールズ・ダッシンの「男の争い」。見終わった後、園子さんも猫らも一斉に立ち、ダッシン=いそむらさんに大拍手。

2009年6月27日(土)

ハラハラハラ。めっちゃアツイ。午前中日記整理しつつ頭ボー。昼から自転車滑らせて堺町画廊へ行くと大きな蔵のなかは日陰で涼しいの。会場内の設営を手伝い、お宅でコーヒー、うろうろ歩きまわる、ゴリラのように。そしてその場小説「ゴリラ」。題名だけでも予め決まっているのは初めてやし。主人公は山極寿一。京都で大学の仕事がいそがしくなかなかアフリカに行けず悶々としてはるが、しかし鴨川縁を歩いていてガボンの森のそよぎをきいたり、コンゴの湿地の匂いが講義中にムワッと襲ったり、祇園囃子のなかにゴリラのドラミングを聴きとったりする、そしてこの9月に用事が済んでいよいよガボンに行き・・・とつづいていく。最後は山極さんらしい終わり方になった。終わってから山極さん前に出てきて「イヤー、はじまったときは逃げようかと思った」とのこと。最後まできいていただけて嬉しかった。しばらくふたりでゴリラや裸足や言葉やハディシの話をする。終演後、明日もゴリライベントはつづくので席はそのまま。そしてこの場で度肝を抜かれる出会いがあった。痩身のインテリっぽい男性がなにか見覚えのある紙をもって立っている。それは去年川口で衝撃を受けたシスコ、スマ、朔展のチラシだった。エ、と目を瞠って立っていると男性は照れたように笑って、アノー、トーモトデス、といった。アタイの頭んなかレジスターみたいにガッチャンガッチャンまわって、トーモト、トーモト、トーモト、エ! 塔本! ソー、男性は塔本シスコのお孫さんだった。そしていま京都で設計事務所をやっている。そして京都造形大のギャラリーオーブで川口でやったシスコ、スマ、朔展がほぼそのままで7月と8月にやってくる、とのこと。びっくらこいた。塔本さんは昨日堺町画廊にそのチラシを置いてもらおうとやってきて、明日、いしいしんじの小説イベントがあると知り、そして以前ぼくがシスコ、ナンバー、ワン、と日記に書いていたのを知っていて、わざわざこうしてやってきてくださったのだった。エライこっちゃ。会場しめて近くのおいしい料理屋で宴会。香川の今瀧さん、エルマガの後藤さんも参加。宴の半ば、同じテーブルに男前のゴリラとチンパンジーが見えて酔眼をこする。

2009年6月26日(金)

虫燃えているね。ボー。朝から園子さんはヨーガあるからヨーガ。アタイは家でレオナルドからの注文小説「サーカス」書く。オワル。いい蚊帳が来た。つづけて本牧から双子がきた。その名もソーセージ。ボニーが送ってくれたのでアール。タイガくんソンナ自転車ぶっつけたらあむないで。箸渡って重い物持ちあげにいき、まぼろしのバレエ集団を見る。夢のようだった。帰ってきて風呂はいって夜風うけて酒屋へ雪駄引きずって。一年寝かした日本酒抱いてカエル。晩ごはんは、レタスといんげんとハバノリサラダ、アボカドとトマトとかのサラダ、時ジャケ、生湯葉、干しキュウリの中華酢漬け、夏野菜カレー。ヨー食った食った。と思ったら河瀬さんがテレビ出てはって見入る。イヤー、光。そして影。電子メールで写真おくる。蚊帳吊って。睡眠はスイスイ低空飛行。

2009年6月25日(木)

朝から山極さんから電話。非常に暑い。クロワッサン溶けそうなとき松本のマリちゃんからクール便とどく。中身は冷凍されたパンだった。SP盤プレスリー届く。コケに関するクロワッサン原稿午後3時までかけてようやくデキル。アチカッタ。コケ踏みたい。園子さん暑い中涼しさのもとのひとつ簾買って戻り暑さのあまり前のめりに倒れる。簾も丸めて何本ももつと重いんでっせ。二階のベランダにさげてもうこれで二階でどじょうすくいやフラメンコを踊っていてよそかららだで見られるということはない。日が暮れて自転車でスーッと山極さん宅。ビールとお酒、写真集みながらごちそうになる。ゴリラの話、裸足の話、敦賀の小学生の字の話、週末のイベントの話。ゴリラとずっとコミュニケーションをとってきたからか、元もとそうだったからゴリラとも通じ合えるのか、山極さんほどの話し上手、聞き上手は他にいない。一緒に住んでるかしこそうな猫が涼しいところに寝そべりじっとこっち見てはる。

2009年6月24日(水)

クロワッサン書いているあいだ今日は園子さんがタオ指圧。昼前に、ギラギラ光る陽ざしのなか自転車に乗って橋を渡って続木さんにとうもろこし持っていく。そこでした立ち話の流れで、急遽衣笠のご別宅を訪ねることに。続木さんは先に行かれ、僕は家で園子さんを待ち、合流し、バスで白梅町、嵐電で天龍寺、駅から歩いて五分の坂の途中に続木さんが出てくれてはって手を振っている。すばらしい庭と苔。目に心地よく突き刺さるモミジの緑。裸足で踏んで歩くスギゴケの感触はまったくちくちくとせず足首までやわらかくくるんでくれるようだ。このやわらかいものを踏む感触は生まれてこのかたはじめて。子宮の内壁を踏んでいるのに近いのかもしれない。お座敷で水出しの煎茶、老松、宝石のようなさくらんぼ。空間と時間の豊かさを堪能した。ここはなにか大きなものの中心にちがいない。片付けをして帰られるという続木さんにお辞儀し、ちょっとまた素足でコケを踏み、商店街で胡麻豆腐を買い、嵐電、市バスで家に帰った。しばらくボーとなり、風呂にはいり、晩ごはんは、ごぼう酢、野菜と牛肉のらっきょうソース、イワシの梅煮、胡麻豆腐、生湯葉、冷やしトマト。ボー。夜の闇はコケに似ている。

2009年6月23日(火)

園子さんヨーガへ。どーして? そこにヨーガあるから。午前中猫目文集。林さんと皆さんが来られてアメリカの州を挙げていった夜のこと。昼からは創作。思いついたことがあって図書館へ。京都府立図書館はえらいきれいになっていて雪駄で階段をおりるとぺったんぺったんつるぺったんと音が響いて真剣にお勉強の皆さんにワルイ。これとこれと、と借り出す本を選んだのにカード持っくるのを忘れる阿呆者。そんなだからタオにバットでしばかれに。イーヤーイーヤー。指圧の道はタオに通ず。自転車で帰ると、いしいちゃんとは夫婦のことであったと判明。というのも園子さんが家の外を掃いていると、タイガくんがいしいちゃーん、と呼んだそうだ。あるいはわれわれの肩に乗っているわれわれの目には見えない別のものか。晩ごはんは、へしこ(炙り、生)、小松菜ときのこ、肉じゃが、赤ピーマンと豚肉と玉ねぎの炒め物、満願寺唐辛子とジャコ。体温アガリマス。

2009年6月22日(月)

朝からマリ・クレール原稿、西脇順三郎の失われた時について。湯浅さんからノーコン2号届いていて、ほしさんの「団地妻」大傑作。ほしさんの語るストーリーはいま世界一の段階に達しているなあ。加えてこけし手紙、さらに赤ずきんポストカードと、午前中にほしさん関連のものが三種類とどくトハ。昼に食べたとりたてとうもろこしうますぎ君。固形物と思ったらとうもろこしってジュースやったんやんね。その後に園子さんがウシシと出してきたさくらんぼもマタ。午後は創作。日記整理。湯浅さんとイベント相談。晩ごはんは切り干し大根のなます、ごぼうの胡麻和え、豆腐と水菜とトマトのサラダ、カレイの煮付け、海老チリ炒め。最近アメリカから段ボール箱が毎日とどき開けるとそこにドイツプレスのレコード盤がはいっているというのが恒例になってまふ。

2009年6月21日(日)

朝ののぞみは空いている。名古屋で降りると混んでいる。近鉄で四日市、増田さんが迎えにきている。メリーゴーランドでレクチャー。本を書く話をする。皆さんCDとかお菓子とか牛とかさまざまなものをくださる。遠くから来てくださった方も。ありがとうございます。終わってから増田さんいわく変な寿司屋へ。炙りトリガイは焦げるまで炙らないとうまくないのだった。ツブ貝、うちわ海老、土瓶蒸し、はもの照り焼き、サンマのわら焼き。日本酒すすむ。最後に、うちいちおう寿司屋だから、くらいにお寿司。馬対狸。馬カッタ。それにしても駅のホームまでダッシュして帰るトハ。夜ののぞみは混んでいる。夜の京都駅は空いている。ツール・ド・スイスはスイスの怪人カンチェッラーラ勝つ。この小さい「ッ」がアルプスを飛びまわるコトリみたいだ。

2009年6月20日(土)

尾久の朝。ひとりで昼の歌舞伎座へ。特別に監事室に入れていただき、油地獄再見。暗闇でひとり、自分のためだけにやってくれているという空気を吸う。この日の仁座衛門は一生忘れない。滑稽で、腹立たしく、最後に花道を逃げていくところでは、なにか、変なことが起きていた。人間の関節はこんな風に曲がらないという風に曲がり、不気味で、そして途方もなく美しいものが人間の前を駆け抜けていく。あれは。頭はもうフラフラ、外に出ると灰色の曇りで。久々に教文館にいったら以前もそうだったけどさらにスバラシイ品揃えの本屋さんになっていて、目をスカウターの形にして、歌舞伎の本、クレーの本、建築の本など買っていると、なんか知ってる顔の人がいて、向こうも気づいたらしくて、同時に声をあげたのがZAKさんだった。神出鬼没。さすが怪人。というわけでなくてZAKさんの家は東京である。ワシのほうが怪やんけ。来週のイベントのこと伝え、再会期して手を振る。4時に銀座の角に座る猫科の動物の前でリトルモアの熊谷さんと合流。どっか手近な喫茶店、と考えを回していたら、あそこの教文館の上が喫茶店アリマスヨ、ということで、行くときは日に何回も行きまんなあ。「雪」今回の話とゲラのこと。電話や電子メールでなくこうしてじかに会って話すのがいちばんモリアオガエル、ん? モリアガル、だよね、ヤッパリ。エド風鈴、そこで売っていたオカシ、お土産にいただく。銀座から丸の内に移動し、尾久の一家でイタリアン料理屋。園子さんがネットで調べ見つけた店。注文したものは、オードブル、チーズ、生ハム、アスパラ、桃のスパゲティ、うにのパスタ、アジときのこのバジリコスパゲティ、いさぎ、肉。グラスワインをえっらい飲ミマシタ。千鳥足で足が人間の膝はこんな風に曲がらないという風にクネ曲がる。

2009年6月19日(金)

朝からお茶。奥の物そして炭点前。4時に辞去しダッシュで品川へ行き駅で園子さんと合流。通勤の人でいっぱいの東海道線で川崎へ。ケーンと園子さん鹿化。というのもクラブチッタで今夜クレイジーケンバンドのライブがあるのである。きっと長いカラー、といってウロウロ探し、チッタのすぐそばにイー感じに時代がかったラーメン屋発見。こーゆう店は中華料理屋じゃなくてあくまでもラーメン屋。餃子と野菜炒めでビールすぽすぽ飲む。気合い入れてチッタ行き、園子さんTシャツ買い、皆立ち見の会場へ。アタイはモーチろんヨコワケハンサムだシ! バンドの演奏、間合い、時間、あらゆるものが螺旋状にクルクルクルクル舞い上がって川崎の空に飛んでくというライブ。アンコール。二曲。アンコール。二曲。ケン氏ひとりで銀色の円盤もって出てき、8月に出る新しいアルバム、GIRLS!GIRLS!GIRLS!の試聴会やりまショー、ということになった。イヤー曲すごいし、ジングルすごい。いちばん最初の曲名がVIVA女性ですシ。最後はいつもの曲でシメ。モーローとなって外へ出、たまらず簡単料理屋にはいり、ヒコイワシと野菜の酢漬けで白ワイン。園子さんスカパン顔でニャーと乾杯。

2009年6月18日(木)

11時歌舞伎座で昼の部。正札附根元草摺はコロコロ転がる。双蝶々曲輪日記の相撲場。もうラマンチャのなかのラマンチャ。蝶の道行は、福助スゴカッタ。ヌレチャッタジャン。そして仁左衛門の女殺油ジィーゴォークゥウウウー。二階席から見おろすとやはり形が抜群にかっこいいのがよくわかる。最後には何か光と、その反対のものを同時に見てる、と見ながら思った。日比谷図書館いったらなくなってた。ここで過ごした時間ごとどこかにもっていかれてしまったようなショック。ここで原稿書いてて左官の兄ちゃんみたいなのにウルサイ!ていわれたこともあったナア。あれは頭から字がこぼれ落ちてたんかな。鼻歌やったか。黒海図書館、ウワー、えらいもん泳いでるナー、チョウザメだっか、ちゃう、国会。入館チェック厳しい。機会いじってるだけで係の人がすっとんできてモウ貸し出しはお済みですか! とか胸ぐらとって脅すみたいにキク。国会てついたらそんなエライんかい。隅の台の上でノーコン原稿「うみうし」書く。千代田線でノアルイズレコードにいき代金精算。千代田線で尾久の家に帰りお風呂、晩ごはんは、牛肉とキノコ炒め、いんげん胡麻和え、おぼろ豆腐、枝豆、かつお刺、挽肉カレー千切り野菜サラダ。ルルは本牧でガチョ~ンばかりやっているらし。

2009年6月17日(水)

朝起きて朝食、昼過ぎに石川町。ボニーとルルルルル。本牧の家から乳母車押してやってきた。園子さんとボニーは久しぶりなのでキャイキャイ騒いでる。ルルはあいかわらず見ているいまにも膨らんでいっている。元町の端のお茶の店で昼ごはん。一歳半のルルはどこへでも歩いていき自分のこども銀行の金も持っている。エエカ、この世は、ゼニや! という言葉教える。身振り付きのガチョ~ンも教える。灼熱の港が見える丘公園。夜に酔っぱらって上がってくるのとは別のオホホな顔。ジャー又来週、といってボニーとルルに手を振って京浜東北線で有楽町。歌舞伎座へタタタと歩いていって四時半から夜の部。連獅子はラマンチャと染五郎と金太郎さんの初舞台。吉右衛門の幡随院長兵衛は湯殿があっさりしてた。梅雨小袖昔八丈。ラマンチャの新三はやはりラマンチャでござる。フヘーと息をつき、秋田料理の店で刺身、ミズおしたし、立夏野菜の煮物、キスメゴチ天ぷら、ガッコ、カニクリーム揚げ食べてイースカと園子さんはいった。じゅんさいうまいなー。あて大きなったらじゅんさいナリタイ。

2009年6月16日(火)

千葉さんと新谷さんが作ったマリモのすばらしい本の帯書いて送る。午前中ちょっと創作。出発がギリギリギリになってしもて12時過ぎのぞみに飛びこんで地味な駅弁食べる。おにぎりと柿の葉寿司やった。松竹ビルの喫茶店で中日新聞インタビュー。雲が流れ、雨降るカナーと見あげて演舞場に向かっていると園子さんと自然に合流しさらに声をかけられハッとふり返ると遠藤さんがいた。新橋演舞場は小屋というよりヒルズ的なキレーな空間に改装されていた。蜷川「十二夜」。園子さんと最前列の席に。まず「鏡」、そして菊之助の変わり身に場内驚き。見ているうちだんだんと菊之助が愛らしく見えてくる。二幕目の幕開きでの踊りがすごかった。菊之助は難破船でうちあがったお姫様の役で、そのお姫様が男装して奉公にあがり、その奉公先の主人を好きになる。そして主人の前で「女装して」踊るという舞踊なのだが、男が女が男が女をやっている、そのなまめかしさ、生々しさ、からだの内側と外側と凹凸。入れ子の隙間からたちのぼるエロス。そうかこの踊りは何重にもの凹凸のひとりセックスか。うみうしさんか。菊五郎が楽しそうでよかった。外へ出ると土砂降りの十二夜。タクシーひらって有楽町のせいちゃんの実家サイゴンにとびこむ。揚げ春巻き、パパイヤサラダ、牛とゴーヤ、ガーフォー。有楽町から西日暮里まで帰っても雨降りやまず。

2009年6月15日(月)

いま猫が! 朝から創作。昼過ぎ「雪」第五回終わる。ウワー、て感じ。園子さんと気合い入れて荒井さんの個展見にバスにのって千本今出川。が、月曜ダッタ! もうひとつ見に行こうと思ってた個展も、月曜ダッタ! 園子さんとともに空気抜けたようにシュワーと縮む。しかし千本通りを外れたり北野のほうへいったりして西陣の感じを歩くのはおもろかった。前に来たポルノ映画館がまだあった。夕方に戻って重い物ビルへ。新元さんと終わりの時間を合わせ、雪駄鳴らして酒屋へいったら、またガスがなくて生ビール飲めんかった! 月曜はそういうこと多いネ。冷えた缶ビール一本ずつ買って河原の草に座って飲むのもエーヤナイカ。帰って晩ごはんはひりょうずと長芋とおくら、洋瓜のおかかきんぴら、なす田楽、こまつな胡麻和え、鶏おから和風ハンバーグ。かしわのどの部分ときいたら園子さんは、エ、全身のミンチとこたえる。

2009年6月14日(日)

朝から創作。日曜で外で子どもらの遊ぶ声が。頭ドヨーンとしてるけど手元はスカスカ進む。午後3時頃終わり日記まとめ。ピンク・フロイド1ドイツ盤。六時半にメトロへ。入ったところで山本精一さん、石橋さんと立ち話。以前山本さんの本「ゆん」を書評番組でお薦めしたことがあった。今日は耳栓つけといてや、とのこと。メトロの運営をしている林さんとアイサツ。今夜のプログラムは山本さんのソロ、大友さんとインキャパシタンツの合体バンド。山本さんはソロはソロでもドラムソロ。その出番までちょっと晩ごはん、と夢屋で塩やきそば、夢焼きを食べたら、こんなでかかったか、と呆れるくらい巨大だった。ナニモカモガ。腹パンパンで苦しがってメトロに戻り大友さんもきていてやきそば話。ジワーンと場内の音が変わり、ア、はじまる、と皆でゾロゾロゾロフロアへ出て行くとギュワン! とドラムがなんかすごい音がして空気に殴られて後ずさる。ドギャン、ゴケプドジン、ジン、プダドエー、エー、エーーーー!!!!8分くらいで燃焼して山本さんのドラムソロはオワッタ。それから大友良英とインキャパシタンツの破壊合戦。ズーバズーバ太字の音バショウに捧ぐ。イヤーええもんミタ。ビール片手に家に帰って風呂。自転車レースのドーフィネ・リベレ最終日、そのままツール・ド・スイス中継につながる。

2009年6月13日(土)

朝から創作、エライ虫燃えてまんな。ドイツ盤ツェッペリン1届きよかった。午後に重い物もちあげにいったら新元さんが溌剌と持ちあげていた。帰って7時からおおきに屋で兄一行と合流。兄はえらい久しぶりだそうな。つきだしはイワシ、トコブシ、海老、赤こんにゃく、長芋となんかの練り物、そしてウニのムース、はも落としと梅そうめん、茄子のトマトソース、生ハムといちじくのバジルソース、ぐじ唐揚げ、たこゴーヤアボカドのカッペリーニ、牛タンの根っこの部分と玉ねぎのムース。フー、ここで一服するヨ、アーターイー、プーハー。サテ。唐揚げマーボと自家製パン、すっぽん肝、リンゴとにんじんのシャーベット、鯛のアラだし、きす寿司、鯖寿司、赤かぶ寿司、自家製生キャラメル、コーヒー、パパイヤゼリー寄せ、グレープフルーツの濃厚ソース、ココナツアイスばんかんソース。まだ終わんナイヨ。ドリアンアイス、みなづき、小山園の濃茶、ほうずき、締めはベルギービールのMALHEUR。腹が球形になっている。兄は連夜のいそむらをつもっていたのだがモウ無理、といっていた。毎日こんなもんばっか食べてたら三月で死ぬワナ、罰当たって。

2009年6月12日(金)

朝ドイツ盤ニール・ヤング到来でよかった。すっと創作。園子さんは墨染、といって作務衣姿になったわけでなく京阪の駅の名前。そこへヨーガあっていった。ずーっと創作してて時間がヘン。ソーメン食べ、4時まで書く。酒屋さんで一升瓶と引き替えにお酒と焼酎を買い、そして地下鉄を乗り継ぎ有名なギャラリーへいった。なんか東京な。バスで四条高倉まで上がり園子さん大丸へ、アタイはプラモデル屋で日本陸軍の本、そのままタオ指圧へいったらコンタフレックスが受けた。よかった。歩いて家帰り、風呂はいり、晩ごはんは、にんじんとたらこ和え、蒸しアスパラ、ほうれんそう、昨日のおあげさんの再現、時ジャケ塩焼き。サー、ネルか、て思たら電話がかかり兄からで、いまいそむらにいるとのこと。自転車でチャーッと五分。えらい酔っぱらって同じ話を繰り返すめずらしい兄。それはふたごのノロイなのか。

2009年6月11日(木)

創作、クロワッサン。咸新小学校のことをカキマシタ。午後に家ギリギリに出て予告編で入る。グラン・トリノ・スゴイ。名作を芯でぶれずに最初から最後までやる。美智世さんがこの映画を宣さんの映画だといった意味がよくわかった。多かれ少なかれ誰もがそういう感じがする映画だ。タカタカ歩いていってマサコさんと高島屋で待ち合わせ。喜幸でビール飲んでたらご主人のタカオカさんも合流。乾杯。喜幸は川魚料理の店、といってもただの川魚でなく、ご主人が鴨川で早朝に釣ってくる。その鮎の背ごしに仰天、そして鮎の肝。カウンターの皆猫化。おあげさんを炙ったの、豆腐、ともに味が鍾乳洞のように深い。ジュンサイ、汐サバ、はもの落とし、そしてタカオカさんが、ごはん炊いてはる? とおかみさんにきいたら、アルヨー、と答えがかえり、新しょうがごはん、ギョエーうまー。からだの内外を川の清水で洗った感じのする食べ物屋さんどした。どんぐり抜けてひとみちゃんの店でワイン。そしていそむらへいき、グラン・トリノ報告。映画村、勝さんの話、歌舞伎の話。ジュールズ・ダッシンのDVD貸していただく。午前一時過ぎに解散。次はホタルの会か。グラン・トリノの歌口笛で吹きながら帰る。

2009年6月10日(水)

旅人の朝食。えらい風とパラパラの雨。営業の人の自動車で咸新小学校。6年生は25人ひとクラスで、アタイがこの日の3時間目と4時間目を受け持つ。放射線の計測値は72にあがっている。小学校の教室というのはたぶん30年ぶりに来たけどなんか空間がなつかしくて新しい感じですね。皆が理科室にいっているあいだ編集の人らと教室にはいり、机をうしろにずらして、そこにさまざまなものを持ち込む。自転車、扇風機、トランク、CD,まくら、メガネ、デジカメ、鍋、鳥かご、ダンベル、携帯電話、中国茶セット、カーテン、鏡、ビニールシートなどなど。黒板にはあらかじめ「黒板」ていう短い話を書いておく。図書室で待ってると子ら帰ってくる声がきこえ、ワーとか、なんやこれー、とかいって、いろいろ探ったりしてる様子。先生らと入っていき、紹介をされ、エートアタイ、ふだん紙に小説書いたり、ノートやコンピュータに書くこともあるし、こんな風に黒板にも書くケド、でもこんなとこにもカケマス、といってペンで窓ガラスに「窓」っていう話を読みながら書いた。オレは世界でいちばん固いガラスだ、とこの窓ガラスはいった、誰がバットで叩いても絶対に割れない。と書きだしたその瞬間、子ら全員アッと口をあけて、揃って先生の顔を振り向いた。そしてまたこっちを見たときはさっきまでとは違う顔になっていた。窓ガラスはある朝粉々に砕けていて、教室じゅうのみんなが頭をひねってそのわけをいくら考えてもわからなかった。実は隣の窓に告白してふられたのだった。という風に別に窓に書いても壁に書いても机に書いてもかまへんねん。子らはもう自分らがいまから何をしていいのかというのがわかった!という顔でうずうず見あげてる。ジャーいまから水性ペン配るから取りに来て、という終わるより早く池で麩にたかる鯉のようになった。トランクやまくらや教室の壁や廊下やドアに皆、好きなように話を書いた。3時間目と4時間目の休憩時間とかカンケーなかった。ちびちび紙のマス目に字を書くんでなくて、好きなサイズに好きなところに字を書くとき、その字はからだ全体を動かす動作になって、「お」はおの形に、「空」は空の形に、全身がうねりながら進んでいくという一種の踊りになる。言葉ってそういうとこアールヨネー。ユッコ、チラシの裏にギッシリ派だけど。4時間目が終わる前に皆でアルコールで教室中の話を消した。教室は帰って前よりきれいになった。終わって魚市場で丼。敦賀産の鯖を使ったへしこを買う。サンダーバードに乗り込むと雨強まってくる。京阪丸太町から濡れもって帰りつくと園子さんネットに引っかかって気づかない。バンカンもって続木さんに。そのまま運動へ。晩ごはんはクレソンがはいったと連絡があったいとうへ。ウニコンソメ、アスパラ蚕豆いんげん、ブロッコリーと鯛のサラダ、そしてとれたて本物クレソンと鶏白子とフォアグラ。脳内にクレソンと白子のカンタータが流れる。イサギ、ホワイトアスパラアカザエビソースとバジリコソース、タンシチューか近江モーステーキ。オレはこのクレソンや牛の価値にかなうことをいったい最近したことがあるか? ウーンと考えている隙まぼろしの猫パクリ。

2009年6月9日(火)

午前中創作。二時過ぎに家出て、京阪、東福寺でJR乗り換え、一時間ほどで敦賀駅プシュー。敦賀には雪のこともあって近々来ようと思っていたのだが今回はそうでなく、敦賀の咸新小学校の六年のクラスに小説の授業をやりにきたのだ。といって教員免許も、教えることも持ってないので、明日ドウナルカ。小学校へ挨拶にいき、校長先生、担任の先生に挨拶する。廊下に放射線の計測装置があるのが敦賀ということか、計測値は65.といってもこの数字は発電所とかでなく近くのドジョウの、マチガエタ、土壌の放射線の値なのだそうで。校長先生に立派な神社に連れて行っていただいた。門が閉まっていてそれ越しにお参りした。敦賀の商店街はなんかミョーな顔の銅像がたくさん並んでいるなあと思ったら全部、宇宙にデゴイチが走りだして、睫毛が触手みたいになってる女性がちびの男性にいろいろなことを教える、というマンガのキャラクターだった。あの漫画家はたしか男おいどんで九州のヒトだったと思うケードー。あの宇宙機関車は原子力エンジンで間に合うのか? ホテルでヨムヨムゲラ。8時過ぎに取材班と合流し魚料理屋へ。女性ふたりはこの前にお好み焼き屋でお好みとビールを食べていた。若いってサ、飢えだよネ、タマシーのサ。刺身盛り合わせ、ほたるいか、へしこ。サバの塩焼きに敦賀の誇りを感じる。ホテルで旅人の湯。湯船で滑って溺れそうになる。

2009年6月8日(月)

朝から猫文字日記。昼過ぎにオワル。法然院のカエルのことカキマシタ。ビバ蛙。ビバ鹿威し。午後に山極さんと連絡、行司さんに連絡、夕方までに新潮の短い原稿をまとめて矢野さんに送る。イヤー、今日もオワッタ、オワッタ、ユッコ縁側でスイカ食べてたら、ポパイのライバルの雑誌から、締切すぎてまっせと連絡アル。あのー、アタイ、ミョウガ食べ過ぎたカラー。晩ごはんは、いんげんとかまぼこ煮、大根の葉っぱ、白菜と豚の重ね鍋、茄子とミョウガの味噌和え。エ、まだミョウガ食べはんのかいな、ミョウガないなー。

2009年6月7日(日)

朝創作。昼過ぎに園子さんと自転車で京都府庁の旧庁舎。門のところで新元さんと合流する。野菜やらハチミツやら、京都産のものの青空市場が青空のもと開かれている。しかし昼過ぎに来たのではもうけっこう売り切れていて露店を片付けているところも多かった。露店の宇治茶おいしい。煎茶と玉露両方買うてみました。続木さんと遺跡発掘するご友人とばったり会い、新元さんも含めて立ち話。続木さんにトマト、こんにゃくなど分けていただく。園子さん自転車でサーッと街中へ買い物に。アタイはスーと家に帰り創作。いつの間にか日が暮れていてアラーとユッコ感慨。晩ごはんは鯛のアラー、ミョウガとキュウリ。ミョウガ食べ過ぎたカラー、というのは阿呆のええ言い訳でんな。こんにゃく刺しがものすごい味だった。水分の生き物のようにツルツル喉に滑り込んでくる。ワシ一緒になるんやったらこんにゃくみたいなヒトがええな。ハ、とこんにゃくくわえた園子さんふり返る。

2009年6月6日(土)

朝創作。ほんまは今日は神戸で本の話をする予定だったのがシンガタインフルエンラで中止になった。昼過ぎに京阪電車に乗って大阪の船場へ。ドアーズという雑貨屋の喫茶店で原田郁子ちゃんと公開対談。松本以来久しぶりに会って、まず最初にしたのは向かいの難波神社へお参り。清潔な店のなかをウロウロしながら、わしらにイー生活のこと話せというのはマー無理やね、というような話をふたりでする。本売り場にミンガーリング・マイク画集があったので郁子ちゃんに強力に薦める。午後4時に対談スタート。お互い生活について話すとあまりに地味で地味で。質疑応答で、心がけていることはなんですか、と問われ、神社が目に入ったらお参りするとこたえた。最後に郁子ちゃんが「赤ずきん」をゲハゲハ笑いながら朗読してくれた。アラスカの白猫。尾も白かった。終わってすぐ一緒に京都いかへん、と聞くと、一瞬考えて行く行く! とうなずく。そして京阪でおけいはん。出町柳からタクシーに乗って法然院へ。大友良英さん、ハラカミレイさん、ZAKさんのライブ。方丈の障子を開け放し、まわりは全部庭で、照明のない大座敷にぎっしり聴衆が集まって座っている様子は、釈迦涅槃図にどこか似ている。ZAKさんは郁子ちゃんの録音エンジニアでもあり、この秋の「トリツカレ」芝居のエンジニアでもあるという縁。タクシーのなかで郁子ちゃんに「ZAKさんて外人?」ときいたら「エ、怪人?」と聞きかえされ、あんたそれ耳よすぎやで、という話になったが、ZAKさんはもともと大阪の人である。着いたら大友さんの演奏は終わり、ハラカミさんの演奏がはじまるところだったが、そこで起こった超絶的な出来事については、京都新聞に全力で書いたのでくり返しは書かない。ただ、ビバ蛙、ビバ鹿威し。終演後郁子ちゃんも一緒に打ち上げに参加。京都の尾も気持ちも真っ白な人らが集結している。三日つづけて京都のえらい深いところを、まったく別のトンネルから入って触っている。打ち上げの席になったのは昔よく行っていたバーでそれが改装されピカピカになっていた。にんにくの効いたペーストや蒸し野菜、パスタなどタベマシタ。大友さんと映画話、赤ずきん話。重い荷物階段から持って降りて皆タクシーでサンサンゴーゴー。

2009年6月5日(金)

朝創作。雨が急に強くなる。猫が濡れながら塀の上を歩いていく。園子さんタオ指圧と高島屋へ。雨の降るなか花屋さんが花届けてくれる。キーター、と口をあけていいながら園子さん戻り、昼過ぎに太田さんのお宅で三七日。ナツさんの生前のお話をたっぷりうかがう。歌のお友達がお祭の日に十何年ぶりにお見舞いに来られた話。2月19日の朝ほたほた笑ってはった話。香港の思い出。歌の話。写真も見せていただく。気がつくとすっかり暗くなっており、ナツさんがすぐそばで一日じゅう過ごしていた庭は竹屋町の家の庭と合わせ鏡のように印象が似ていた。考えてみれば太田さんのお宅にも厚かましいようだがもう何度も訪れているような安心感、くつろぎを感じ、それはいま園子さんと住んでいる家の空間が結ぶ縁だろう。家に人間が招かれるというのは絶対にある。6時頃辞去し丸太町の重い物センターで汗。晩ごはんは大根とかしわ、鯛の頭。灯りを消し家のなか見渡し目を瞑る。

2009年6月4日(木)

朝創作しているとフアンフアンと電話なり続木さん。午後に日仏会館でフランス料理の出店とワイン飲み放題会がありますがというお誘いでイキマスイキマスと舌を垂らせて返事。2時まで創作し、京大病院の裏を通って日仏会館へ。一回生のとき三週間だけ通ったことがあった、ナア。そして続木さんと初対面。ほんとうにいろいろ、文字通り命を助けていただき、ありがとうございますと頭を下げるとイエイエと手を振る。お友達の梶さんご紹介いただく。日仏会館は内も外も記憶よりかずっときれいになっていて、紙皿を一枚渡されてそれを持ち、一階の広い部屋にいくと、名だたるシェフらがそれぞれの店の前菜風のものをヒョイヒョイ乗っけてくれる、という趣向。庭では何人ものソムリエがずらりと並ぶブースが出来ていて、アノー、ロバにも飲みやすいのはドレデスカ、というとあーワカリマシタ、と栓を抜きワインを注いでくれる。後から合流された磯部さんの似顔絵話に皆感心。井上さんの郵便話にノックアウト。入り口を間違えなければ、深みへ深みへとつぎつぎにカーテンが開く。間違えるとすぐオシマイ。続木さんのご主人来られアーあそこで、とお見かけしたことを思い出す。一見して忘れられない印象を残す人や物事というのはある。梶さん続木さんと、このまま帰るのもオシー、ということで、梶さんご近所の「いとう」へ皆でワインのみにいく。梶さんは娘さんの誕生会が夜にあるのでそれまで、という話で、会場は丸太町焼鳥屋とりとという二十四時間一周の縁。「いとう」には日仏会館から流れてきはったお客さんが他にもいてワイン飲んではった。われわれもビール、白ワイン、梶さんのご主人も来られる。いとうさんが出される野菜はカラダが霧に浄化されるといった感じの香味があり、なかでもアスパラは白も緑もすごかった。来週クレソンつみにいかはるということでまた来ますと約束。家に帰ると、大竹さんからハガキと「しん園歌謡CD」、文春の森さんから手紙、ケンTシャツ届いていた。

2009年6月3日(水)

朝創作。7時半に一階の食堂へおりていくとざっと見渡したところだいたい十カ国分くらい人がいる。朝食はよくあるビュッフェ形式で和食コーナーと洋食コーナーに分かれているのですが皆それぞれ独自の食べ方を発明していて勉強ナル。白人のおばちゃんはごはんに洋食のスクランブルエッグをどっさりかけケチャップをかけぐちゃぐちゃにかき混ぜて食べてはる。黒人の兄ちゃんらはオカユにどっちゃりフルーツ入れて混ぜて食べてはる。昼まで創作し、11時半に文春のロビーでボニーとお友達と合流。昼ごはん食べながらゴリラや絵や一休さんの話、ハロウィーンの着ぐるみを作る父の話、ナド。午後2時に千代田区放送会館へいって週間ブックレビューの収録。推薦したのは残雪「暗夜」松本健一「海岸線の歴史」湯浅学「あなのかなたに」。佐藤良明さんは「カバに会う」星野博美さんは「不干斎ハビアン」。カバが出るとその場のすべてはカバに食われてしまうことが判明。収録時間が長引き3時過ぎに終わるかとおもったら4時前で、カーサブルータスの取材チームにお詫びし、近くの喫茶店でインタビュー。ほしよりこさんとの絵本「赤ずきん」について。朝からずっとしゃべっていると顎がゆるーいカバみたいにカクカクになる。タクシーで東京駅。のぞみ道中吉田司再読。少し創作。京都の家では家じゅうの障子を自らの手で張り替えた園子さんが暗い廊下で倒れていた。ふたりでフラフラと丸太町焼鳥屋とりと。カウンターでは会社のセンパイコウハイといった男女がどちらともなく「決めてやる、今夜」という感じで身を寄せ合って話し料理にまったく手をつけてない。猫ペロリ。ブルーノ・タウト日記。ポータブル・プレイヤーでドリフターズ、マリアンヌきく。歯磨いてネル。

2009年6月2日(火)

朝から創作。イヤーまいりました逃げ水ならぬ逃げ雪。昼にきびなごと青梗菜、こんにゃく炒めなど食べ、午後も創作。YOMYOM原稿おくる。外で園子さんがタイガくんに、いしいちゃんはトーキョーいくねんで、というてる。三条のタオ指圧で出てきたら6時半。8時前ののぞみで東京へ。残雪「暗夜」再読。えらいすいている夜の新幹線は棒になって闇へつっこんでいく感じ。京都で買った駅弁食べつつヌルハチ。新橋経由で青山一丁目のアジア会館。フロント、エレベータはアマーイ香り。ロビーには半ズボンのアメリカ人がネットネットネット。新聞コーナーにはハングル漢字アラビア文字アルファベットが散乱している。部屋にはいったらどこかのドアが開いているのか修学旅行の女子生徒のような笑い声が廊下を転がってき、じきにミナミの島のヤモリみたいなケケケケ、ク、といった笑いに変わった。早くネル。

2009年6月1日(月)

朝から創作イー天気。昼からはYOMYOM原稿。アツイ季節にはアツイ本ということでメジャーでアツサを計りながらカキマシタ。夕方に歯医者。吉田寮の学生に聞いた話。とある古い部屋で自ら命を絶った学生がいて、その部屋を整理していたら、遺品というか、生前のものが出てきた。歯医者さんが、そんなん遺族に渡してやったらええやん、というと、そうもいきませんねん、それ壁ですねん、壁に、よう見たら赤い字で、俺はもうだめだ、て書いてありますねん、とのこと。三条京阪に歩いて向かう途中、白人の背の高い男性と日本人女性のカップルが先を歩いている。女性はなんかものすごい早口で大声で元気にしゃべりまくっている。と、白人が立ち止まり、向きなおり、オ、なんやラブシーンか、とおっちゃん歩調ゆるめて聞き耳立てた。女性もびっくりしたらしく、ナニヨ、てなことドギマギして立ってるその顔に、白人はすっごい真剣な口調で、アイム、アフレイド、オブ、ユー、というた。園子さんと三条京阪で合流し二階建ての列車で大阪へ。心斎橋のナイトビートレコードでレコード引き取る。店の人にこのへんにメチャクチャおいしい食べもん屋どっかないですか、ときいたら、道頓堀の前の「空」いうホルモン焼きがめっちゃうまいですよ、と教わり、ヒョコヒョコそこへ。5才くらいの女の子と金色の靴がおそろいやと褒めあう。カウンターの端に座って自分らで目の前の網で焼く形式。ミノが食べられる歯になってホントーによかった。テッチャン、ミノサンド絶品。効くナー。九条のシネヌーヴォでルーベへの道見る。最初はインタビューばっかしでツライかと思って見てたら最後にちゃんとレースシーンがんがん出てきて走ってる気になった。よだれふくようなヨユーはなかとです。