2009年-14月

2009年7月31日(金)

イヨイヨ7月終わり。けれどまだ梅雨。けれど今日は爽快な涼しさ。園子さんはしろくまを作りに北野のほうへでかけた。朝から創作。ウデーといいながら昼まで快調。昼ご飯、切り干し大根とおからハンバーグ食べ、午後は下の座敷で別の創作。ナーオ、よろしいやん。続木さんから電話で水ようかんの話。木村さんから電話でyomyomの話。夕刻バディ・ホリー、リッチー・バレンスのシングル。風呂はいってると園子さんニャニャーいいながらかえってくる。晩ごはんははも落とし、鮎塩焼き、ほうれんそう海苔和え、なめこ豆腐。池田さんTシャツ届く。ウワーええなー、とみんないうでひょう。食後ロイ・オービソンかけながら池田さんに電話。イヤー、イヤー。園子さんはしろくまがカワイイので上機嫌。

2009年7月30日(木)

朝から虫虫虫。手探りで創作。昼過ぎにわしゃーシャワー浴びたよ。虫ミナ飛んでかはるよ。三時に自転車で三分の京大会館。朝日新聞のおふたりが出迎え、しばらくして平松洋子さんやってくる。互いに本三冊、本三冊を薦めあって、その感想を対談で話す、という朝日新聞の2ページ企画。水の神戸の松本の砂漠の、貝ははさみのあるかえると思うのはかいのおもうつぼ、塩の道は終わった、子規も四季も寿司を握る手も言葉も、ポンプで日本を汲みあげてその隙間に経緯と誇りを満たす人、というような話でした。平松さんの話いちいちスバラシイ。今回が初対面ですが様々な雑誌や記事でたまたま隣り合うことが多く須貝さんから話もきいていたのでまったくそんな気がしない。一旦歩いて家にいき、お宅拝見ツアーやらかし、その隙に園子さんサッとマダム紅蘭に猫電話、折良くあいていたので、ひょこひょこ橋を渡り、五人で二階の座敷へ上がる。晩ごはんは、上品な八宝菜、ピータン、蒸し鶏ねぎソース、焼売、ごぼう青椒牛肉絲、豆腐と九条ねぎ、ハートランド、紹興酒。ここでも対談のつづき。ご一行はんは最終一本前の新幹線で東京へお戻り。家に戻ると造形大の展覧会にいった千葉さんからシスコ&スマ感激のイーメール。ヨシ。

2009年7月29日(水)

朝からダラ創作。10時にバス乗って清水道。珍皇寺通称六道さんの門前で玉木正之さんと待ち合わせ。この春三途の川の観光ツアーに出て無事帰ってきはった。ちょうどいい感じにスリムになっておられ、お元気そうでちょっとホッとした。ご家族と対面し、本堂にあがり、いろいろ話しながらお菓子いただく。寺のなかて涼しな。扇風機ほしな。ご住職は玉木さんと昔なじみで聞き惚れるような声のお経。木魚が巨大ですばらしく外で鳴っていて同時にからだの内側で鳴っているようにきこえた。お焼香。それからご先祖のお墓。ここでもお焼香。お墓に花はぜったい必要。線香もぜったい。香りで食べはるからネー、とご住職はいった。帰りしなにご住職さん追っかけてきはって、せっかく来てもろたんやからドーゾ見てください、ゆうて、宝物倉の鉄扉ガガガーと開けて、重文の薬師如来さん(平安時代)見せてくれた。きれかった。それからご家族のお昼に厚かましくも混ぜてもらったり。玉木さんの、一杯だけと決めてるビールの反応、はもの反応が素敵やった。みんなでぞろぞろと錦の有次。園子さんは小刀をカッタ。寺町京極の角で玉木さんらに手を振り、バスでいったん家へ。疎水沿いを歩いていく途中で釣りの親子ののうしろで魚がピチピチ跳ねてて、逃げてるで、逃げてるで、いうたら、子どもと思ってた人が振り向いてそれは背の低いおっちゃんで、甲高い声で、ええねん、ええねん! ブルーギルや、鳥のエサや! いうた。そういう考えもこの世にはあるよナア。さらに道を行くと、途中でミミズがくったりひからびて死んでいて、まわりの地面に湿気がブワーと広がっていた。蝉がやかましい。園子さんタオへ。アタイは京阪で大阪。ナイトビートで溜まっていたレコード引き取り、あわてて北浜。小野くんと合流。亀という名前の大阪の気軽なフランス料理屋へはいりビール乾杯。雅楽のこと、三崎のこと、宗教という概念は世俗に対して作られた一種の思考装置であることなど。ひと皿ずつがでかい。豚ペースト、きのこマリネ、茄子になにかいろいろなソースをかけたもの、巨大鯖の半身、黒いソーセージ、ホーボーキングなどをタベマシタ。京阪で帰りは正岡子規「仰臥漫録」ヨム。帰ったら12時で園子さん寝っ転がってテレビ見てはった。マタタビ酒飲んで寝まショ。

2009年7月28日(火)

朝から創作。たるたるに進む。園子さんは花摘みにいった先で猫好きの人に猫のかわいい写真を見せられて足止めをくってしまった。昼ご飯の焼きうどんを食べて、サー花飾り、と園子さんが腕をまくったたら電話があって取材陣が丸太町の駅に到着。ドヒー、アタイ時間まちがいていたヨ! 園子さんが大急ぎで家のなかを片付けるあいだアタイは取材のお三方を喫茶店にお連れし一席ぶって失笑をかったヨ。30分後、家に戻ると園子さんが猫を五匹使ったのかめちゃくちゃきれいに飾りなどしてあって驚いた。5時までインタビュー。家じゅう恥ずかしい写真撮られる。帰りはってからサッサと食事。鯛のかぶと煮、生湯葉、肉野菜炒め、ほうれんそうときのこ、もずくと長芋の冷やし汁。食べたら動けなくなって畳ゴロ。園子さん、期末試験が終わった日みたいとのこと。蚊帳のなかで平松洋子さんお薦めの料理関係の本を読む。

2009年7月27日(月)

朝から猫文字日記。もちろん直島銭湯のこと。昼過ぎに終わり、きただでカレーうどん。園子さんきざみ。ヤッパだしがおいしいからぬくいのが好きやな。たまっていた郵便物を整理してる間にレコードがぞくぞく届く。園子さんは掃除と片付け。人が来る度、風通しがよくなっていくね猫の汗。4時からタオ指圧。これまでもっともというくらい効く。タオはん、いったいどんなバット使てはんね。ちゃりちゃり帰り、大学の用事で京都にきてはる千葉さんと電話連絡をとり、7時過ぎに園子さんと自転車で御池を走り、高倉御池のお店で千葉さんと合流。はも落とし、ナスと冬瓜のあんかけ、黒豆枝豆、ほたてサラダ、豚生姜焼き、麩のオリーブ焼き、塩鯖、鶏の唐揚げ、などを三人でタベマシタ。仏教と歌舞伎の話。千葉さんはたいへんだけれど楽しそうだ。タクシー見送り、自転車で闇を切って家へ。蚊帳のなかで音楽の本ヨム。体温あがる。

2009年7月26日(日)

ネムネムで起き、園子さんと、朝ごはんバイキング会場にいったら大竹さんが手を振っていて、ご家族みんなと陽の当たるテーブルで和洋ごはん。ウメーネー、直島ののりは。アートと環境爆破について大竹さんと話。高松はどこの藩やったやろか。イッチキマース、と売店で大竹家に手を振り、雨の中、埠頭から犬島へむかうダッシュ高速船。斜めに振りしきる海雨、波を割ってアオーンと犬島到着。屋内展示は前と変わってなかった。足のことがあり精錬所は見ないで園子さんらを見送り、ひとりで待合室で創作してた。皆さん戻ってきはって祭寿司。じゃー島内を簡単に案内しましょうと、船着き場の前の店の前を通りかかったら、奥で誰かソーメン食べてはる、と思たら去年お世話になった在本さんがそこでソーメン食べてはった。在本商店港支店。あとで、あとで、ということで炎天下の集落をうろうろまわる。ヤッパいい島。子どもが海老で蟹釣るし。そして商店へ戻ると人数分それ以上の歓待ソーメンが用意されていて、すぐに腹パンパン。在本さんほんまありがとうございます。せっかくやしここで自己紹介、ということで商店の前で皆名刺を出すと、いろいろと互いに知り合いだったことが判明。まあそういうところが直島銭湯。高速船で戻り、まっすぐすぐに風呂に。えらい空いていて、ひとりになってフリップ&イーノの音楽に溶けていたら、脱衣所のドアのむこうに浮かびあがったシルエットがあり、ア、ともうそれで誰かわかった。入ってきた人に、都築さん、と声をかけると、アレー、と都築さんは笑って、いいところで会いますなー、といった。しばらくすると女風呂からキャイキャイの声。園子さんと、佳菜子さんはじめ猫目チームが合体したのだ。風呂上がって都築さん、園子さんと、港に面したスナックにビール飲みにいく。蔦の絡まるレーザーディスクの店。レーザーディスクカラオケは、以前ここにきた大竹さんが「これは捨てちゃもったいないよ、持ってたほうがいいよ」といってくれ、それで置いてあるのだとか。おばさんとそういう話をしていたら「今度この雑誌に出るんじゃが」といって差しだされた雑誌になんとなく見覚えがあって、エート、とめくってみるとアタイと在本さんのふたり並んだ写真が飛びだして驚いた。ちょうど一年前、去年の7月に直島、犬島にいった記事の載っている「西の旅」。ゆうべ寝れなかったのはそんな辻占だったのか。ドドーと猫目女性陣やってきてビール。港の花屋さんにいって花と線香とマッチ仕入れ、「はいしゃ」へ行くという猫目・都築チームとバスに乗ったら、バスの横に大竹さんがやってきて、人差し指を握るドロンのポーズをとった。で役場前。みんなはいしゃ、うちらはお墓。つまりちょうど一年ぶりの墓参り、自分らでいちばん頻繁に来てるお墓ダ。はいしゃまで挨拶にいったらみんなバス停についてきて、宮浦にいく我々を大声で見送ってくれた。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ! 銭湯にグッズ買いにいきそこで京都在住のカシオくんと連絡先交換。湯浅宅用にたらいとTシャツ牛。カウ。フェリー、高松駅から岡山、売店で天ぷらとままかり買ってのぞみでゴー。京都は雨ダッタ。夜更けにはさらに豪雨ナッタ。ツール・ド・フランス最終ステージ。晩ごはんはままかり、鯛ちくわ、漬け物、生湯葉。別府選手逃げに逃げて敢闘賞。うんまーこりゃスゴイコトダ。いろんなことをメデタイ気持ちになる夏の夜。

2009年7月25日(土)

起きたらもうオープニングセレモニー。東京新聞の稲葉さん、河出の尾形さん。会長、大竹さん、町会のおじさんら、宮浦の空き地にテント作ってスピーチ。今朝まで飲んでたアタイは早くI ラブ 湯入りたい。湯浅さんと手足のばして入ってると伊那製陶の職人さんがこれは、あれは、と嬉しそうに教えてくれる。I ラブ 湯がすばらしいのはいわずもがなだが新品の昼の銭湯ってこんなに気持ちのいいものか。音楽はえんえんイーノ&フリップのエブニングスター、そしてアストラッドジルベルト、選曲バーイ、大竹さん。湯上がりにうどん食べ、これがさすがにめちゃくちゃおいしく、からだが内側からつるっつるになった。船で帰る湯浅さん、尾形さんを見送り、晩ごはんはベネッセハウスのイタリア料理屋でサラダ、チーズ盛り合わせ、巨大ナスの詰め物、まながつおのお菓子みたいなん、ステークフリットをターベタ。ラウンジのぞいたけど誰もいなかったんで今夜は早寝する、が、なかなか寝られへん。去年もコーユーことたしかアッタ、ちょうど犬島いく前の晩に。

2009年7月24日(金)

園子さんと荷物もって京都駅いって新幹線乗ったら湯浅さんがいた。できたばっかの「湯浅湾」Tシャツ、紫のをいただく。岡山でマリンライナーに乗り換え瀬戸大橋を渡って高松。高松の「港」から大竹さんの銭湯へ入りにいくというのも縁のめぐりやんなあ。また、湯浅さんと一緒に浅い湯の場所に行くというのも。フェリーの窓に宮浦港が見えてき、集落のなかからポールがひょわと突きでて赤いネオン管で「ゆ」とあるのを見て湯浅さんとキャイキャイ中学少女のようにデッキで騒ぐ。着岸し集落を抜けてすぐに「直島銭湯 I ラブ(ハートマーク) 湯」。ドヒャーと見あげる。海底から地を破りこの世に出現した竜宮城。一目でこちらのからだも湯のなかに浮いている感じになる。大竹さん手を振ってやってくる。湯浅さん「やっちゃったね」アタイ「大竹さん、顔チガッテル」。画家というよりなにかこの島の、土地と深く関わりをもった人独特の土着感。現場の人。むかいの羽根田さんに大竹ヒョウタン見せてもらう。一番風呂は裏の100歳の女性で、工事中毎日やってきては完成を楽しみにしてはった。拍手のなか嬉しそうにのれんの向こうへ消え、十分後に現れたのは十代半ばくらいの直島の娘だった。100年近くの乙姫エキスを湯に吸いこみ、直島銭湯 I ラブ 湯は営業開始。大人500円、島の人300円、子ども200円。この銭湯はベネッセと大竹さんから直島へのプレゼントで、つまり売上は全部直島町の収入になる、そのかわり掃除も番台もかまたきも全部地元直島町の人が順番でやる。湯浅さんとアタイは男湯園子さんは女湯へ。のれんくぐった瞬間すばらしいものだらけでモウどこみていいかわからなくなる。なかでも洗面台とトイレの絵付けの陶器は、大竹さんの目と、INAXの火が、この世に焦点を結んだ、という感じ。INAXというより「伊那製陶」という名前のプライドを感じた。そして戸を開けてお風呂。もうこの世ではなくあの世でもなくこの場所と時間に全身が溶ける。目や耳やリクツやない。全裸で浸る大竹宇宙。美術鑑賞というより、生まれ出る瞬間の産湯と、死んですぐの死に水が、ここでは溶け合い、それでちょうどいい、いつまでも浸かっていたい湯加減になってる。途中から湯浅さんと貸し切りになる。女風呂のほうへお約束で「ソノコサーン」と声をかけると、「ゾウがいるー、タコもー」と園子さん。風呂場の奥は温室。何十という種類のサボテンが。天国それとも「I ラブ 湯」。本当にこんな場所があるというだけでアタイ生きてる気がする。上がってバスでベネッセハウス、レセプションパーティ。現場仕事のあんちゃんや職人さんらの顔をずっと見てた。会長が「夜もいいんだよ、じゃ、いまから夜の銭湯見に行こう!」と粋な計らい。夜はゾウのサダコがより妖艶に、外のネオンがよりパラダイス的に輝いていた。ホテルのラウンジで大竹さん、倫子さん、職人さんら、蜷川さん、湯浅さんらと。それから深夜までやってる直島のひとり家プロジェクト飲み屋。3時頃ホテル戻りそのまま女性陣と飲みつづけ、朝方蜷川さんと芝生をゴロゴロ転がって、部屋に戻ったのは6時の朝の薄光やった。

2009年7月23日(木)

創作。晴れると二階は炎熱でしんどいんで下へ。オヤ、園子さんは、と思っているとヒーコラ帰ってきて、イッキショー、たまってるマンガ古本屋に売りにいったら12時開店だったヨ! とのこと。昼は久々にきただへ行き冷やし中華、ヤッパええ店。隣のきむらも近々いかなあかんなあ。午後も下で創作。4時にスマートコーヒーで土井さんと20年ぶりにお茶。イヤー変わらしまへんな。裁判のいろいろな話は本気やったら小説でも音楽でも同じやんな。帰ってきて虫、虫、虫大行進。いしーちゃーん、と辻兄の声。酒屋いったらアメカジも火鉢も同じですわという話になる。やっぱなんでもそうやんなあ、虫。アイ。晩ごはんは、ピーマンとジャコの炒め物、海藻とトマトのスープ、マカロニサラダ、イワシのオリーブオイルガーリックソテー、ホタテと夏野菜の炒め物。自転車レースは個人タイムトライアル。昔インデュラインていう気持ち悪いくらいの選手がおりましたが今は結構常人の感じ。強い人もヒーコラの人も。横目で見ながら明日の用意スル。海越えてひとっ風呂!

2009年7月22日(水)

玉木さんから来週の誘い。年に一回寺でお清めのお経よんでもらうんやけど一緒に来ませんか、とのこと。六道さんは知ってるけど入ったことナイ。お清めのお経てなんや。たいへん興味有りますんで是非、と返事する。朝からクロワッサン。空気ドヨーンとしてるので身近なこと書く。タトエバ骨折トカ。二階の座敷でウロウロしてたら通り越しにお向かいの奥さんが空を指さし、ミエルヨ、ミエルヨ、というので何じゃろなと思って見あげたら薄雲のなかの皆既日食。曇りなのでかえって肉眼でよく欠けてる形が見えてはる。園子さんすだれ工事のあとタオへ。途中でえらい夕立。晩ごはんは、サンド豆のおかか和え、モロヘイヤのおしたし、きびなご、キャベツと豚の生姜炒め、マカロニサラダ。自転車レースはロバ兄弟イイ。でもうしろでじっと待つアームストロングの姿にまぼろしの猫を見た。アーン、パクッ。

2009年7月21日(火)

朝から断続的に豪雨。ミス女神の続木さんにまた助けを求め、タクシーで麩屋町の整形外科へ。11時にいってX線写真撮ったんはやっと12時半。みんなこの休みのうちぎっこんばったん階段から落ってはったか。折れてはないけれど一週間経って痛みが引かんかったらその頃に筋状にヒビが出てくることもある。2005年の春、あの日以来アタイはもう、自分の判断だけは信用しないてゆー癖がついたヨ、ゼッタイ。帰ってきて創作してるあいだ園子さん家のなかじゅう片付けてくれる。三時に京都新聞行司、その場小説や赤ずきんなどインタビュー。ふだんから味あるケド家にあがってもらったらいっそうな感じ。「親戚にいたら集まるのが楽しくなるような人」といったかたがいるが至言である。夕方シャワーという名のお風呂、ときどきサーと外もシャワー。土と草のにおい。晩ごはんは、枝豆のスープ、アボカドトマトサラダ、かわはぎ煮付け、牛肉と茄子の味噌炒め。自転車レースはスペインの勇気のある選手が抜け出して勝つ。レコード針をSPのに替えようとして深夜に毒づく。修行たりまへん。

2009年7月20日(月)

朝文学界原稿オワル。巨大なレコードの荷物とどき猫ら驚く。なにがはいってたかという大きさの段ボール箱で外見だけやったら50インチ盤とか入ってそうな箱。中身は7インチと12インチ。ただ枚数が。二階でチェックメイツをかけていたら電話もって園子さんタタタとあがってくる。Shin-Biの田村さん。木屋町の小学校でジム・オルークのグランドピアノの会があるからどうかというお誘い。ウーン、足がナー。それにしてもベランダに毛玉ていう名の猫が寝てて洗濯物とりこめへん。自転車で木屋町。グランドピアノフィードバック演奏夏の夜風に溶けて校舎をまわる。快感。それにしてもジムさんは汗だくでいつもカーディガンを着てはる。終演後ちょこっとアイサツし足がこんなやから打ち上げにはいけまへん。園子さんと自転車で寺町二条まであがり、ココハ、といって入ったスペイン料理屋さんんが結構すばらしかった。焼き茄子、今年たべたどこよりおいしい。夏野菜のサラダ、生ハムうまい、牛の内臓の煮込み、人間がだんだんダメになっていく味。黒ムツ焼き美味。カウンターでちょこちょこつまみながら赤酒とかよろし。又きまっさ。深夜にものすごい雨風。これ梅雨てゆわんで。

2009年7月19日(日)

わりと痛い。折れてるかもしれへん。後藤さんと園子さんと座敷で朝ごはん食べ、後藤さんはバスで大原へ女ひとり旅。アタイは文学界原稿やる。大幅に長くなりそうなので森さんに電話で断っておく。足が問題なくてもこの三連休なんてモウどこにも行けしまへんよ。暖めるのは怖いので風呂というよりシャワー浴び、それでも今日も着々とレコードは届く。ワーイハンク・ウィリアムスのSP。うちの唯一のオーディオ機器VESTAX HANDY TRACKSはプラッチックのポータブルプレイヤーですがなぜだか78回転がかかりSP専用針も別売りで売っている。カントリーが好きなわけでないけどこのシトとジョニー現金はよう聴いたなあ。晩ごはんは、にんじんと卵の炒め物、地産枝豆、チャーシューと大根の葉ときのこの炒め物、鯖の梅煮。夜は自転車レース。来るかな来るかなと思ってたらヤッパアスタナチームぶっ飛んできた。ギョロ目のあんちゃん今年初勝利。

2009年7月18日(土)

朝から文学界原稿。母午前中に帰阪。夕方バスでパルテノン神殿大学のギャラリーオーブへ。塔本シスコ、丸木スマ、石山朔展。6時から展示室でシスコの絵の話。シスコの絵の前でシスコの絵について話し、その絵のなかに描き込まれている賢一さんや研作さんらにその話をきいてもらうというのは、なにか宇宙的なうねりを感じる。しかもその賢一さんがアタイの映像を撮っているのだ。何十人かの人が集まってくれたが最後はなにかギャラリーのなかが特別な空気になった。シスコさんの感じだったろうか。「どの絵がいちばん好きですか」ときかれ自分でも意外なくらい即答で「いちばん最後の蛇に追いかけられてる絵。その絵ではなにかそれまでにないことが起こっている気がする。それがなにかは分かりませんけど」とこたえた。つづけて広い展示室で石山朔さんの話。レセプションでいきなり乾杯の歌、オーソレミオ、とつづいたのはスゲーナーと感じ入った。イイ展覧会だ。エルマガの後藤さん、園子さんとおおきに屋へ。もうちょっとおなかに入ってんねん、というともっちゃんアイヨといって、イワシマリネ、ぷにぷにの不思議なもの。うにのカッペリーニ、いつもの唐揚げマーボと自家製パン。ただそのあと女性たちに甘いもの攻撃。アタイにはベルギービール波動砲。大阪への電車の時間スギてしまい、急遽後藤さんうちに泊まることに。敷き布団抱えて闇の階段おりていったら、二段目から下に落下し、左の小指の付け根だけで着地し、家を揺るがす大音響が鳴りひびいた。園子さん、後藤さん飛んでくるが、マー、マー、といってとにかく布団敷く。座敷ちょっと冷やす。ウーンどしよ。マ、蚊帳つって寝るカ。

2009年7月17日(金)

曇り時々小雨。朝チョット創作。河原町御池まで母、園子さんと歩いてって巡行見る。ヤッパ角のところは人でも部屋のホコリでもたまるやんな、けどじっと同じところに座ってるより見よいんちゃうかな。小柄な男の大学生がふたり肩車してたのはすごいと思った。となりで連れの女の子がうち笑っていた。河原町通りをいったりきたりしてメジャーな山鉾が通りゆくのを見あげる。稚児の人形の太鼓叩き。母も園子さんも、こういう様子を見ていたら
祭て本来女の人に見せるためにやるんやないかと思う。南北観音山が無事に来はり、木屋町でちょうどタクシー拾て昼間のおおきに屋。三人三色のランチ。今日からはじまる造形大ギャラリーのシスコ部屋へいくと塔本家の皆さんが集合していて母に紹介する。うちの母も西日本やからかそういやどっか塔本家っぽい。絵好きな母わりと満足し、途中で雨。家でドヨーン。母、園子さんと、近くのちょうどいい料理屋さんはなへ。鱧落とし、鮎塩焼き、ずいきといちじくの胡麻ソース、海老とアスパラの白和えなど。ときどきコムスメな感覚を取り戻すのはきっと女の人はいくつでも大切なことだ。

2009年7月16日(木)

朝から低血圧といいながら創作。ぼんやりしてるぐらいがマーちょうどいいのか。11時に大阪のこじんまりした松竹座。両親はもう席に座っている。「十二夜」。芝居小屋に合わせ十二夜もコンパクトに締まった感じがし、新橋で見るより親密で、ギャグの調子がよい。みんなうまいのがよくわかる。お客さんのリアクションがいい。ヤッパ菊五郎、それに菊之助の、男が女が男が女をやる、という入れ子状の舞いはやはりエロかった。終わって天井の高い喫茶店。父は足はこの季節はましだ。今日宵山、というと母が急遽京都へ来ることになった。母はいったん用意をしに家にもどり、アタイと園子さんは長堀の手の店でのれんをかける棒を買い、見ろと命令する口調の服屋でチャコールの鳥のワンピースをモー。カウ。すぐそこが郁子ちゃんと「生活」の公開対談をやったところだが、そういうたらイベントのあと郁子ちゃんも急遽京都に来ることになったのだ、ナア。このあたりはそういう磁場が京都へ通じているのかもしれん。などと考えて御堂筋線乗っていると気づいたら梅田まで来てて慌てて淀屋橋へ戻った。母がなかなか待ち合わせ場所に来ないのでおかしいと思っていたら母も天王寺でバスを乗り過ごしていた。お京阪は通勤の時間帯でけっこうコンドル。河原町のイタリア料理屋で自家製賀茂茄子ピザ、モツのトマト煮込み、アスパラアボカドサラダ、よこわスパゲティ。母甘いもの。オマツリいかれるんですか、とお店の気のいいオニイサンにいわれ母ごきげん。これでもイ・ビョンホンをちょっと好きやったことがあるのだ。タクシーで烏丸丸太町そして地下鉄で四条まで。園子さんはゆうべにつづいて見あげ、母は何年ぶりかで見あげる山鉾。光の塔。

2009年7月15日(水)

朝からスペクター調査。園子さんはタオ。子らの声が夏はよく響く。早めにごはんということで南京煮、ミョウガと茄子、アスパラと牡丹チャーシューサラダ、かつお、トコブシ煮付け。薄曇りの夕方、ズルをしてタクシーで一気に烏丸御池。イヤーひさびさにみたけどキレイですな山鉾。一回生のとき祇園祭のフィールドワークで菊水鉾にはり付いたことがあった、ナア。えらい混んだなかを八幡山、子らの売り声がリエゾンに響いてうつくしい。園子さんは祭の夜の女の人の目を輝かせ光や太鼓やタペストリーを見ている。鯉山大人気。弁慶と牛若丸。長刀鉾も菊水鉾も月鉾もやっぱり立派で、20年ぶりというのを全然越えて、たえず新しい、若い波動みたいなもんが山鉾自体からまわりに発散されている。そしてベビーカステラの謎。なんでか知らんけれど蟷螂山のところのベビーカステラの屋台にえんえんと行列ができている。うまいんか?

2009年7月14日(火)

朝からフィル・スペクターのレコード。これは書き物に疲れはて音楽に逃避してるわけでなく文学界にスペクターの評伝を、シングル盤一枚ずつどんな音か紹介しつつ、そのときスペクターがどうだったか、という変な書き方で書こうと思ってるからデアル。チョットは逃避も。ベランダに毛玉という名の猫がまたいる。直島に電話。ほかにもいろいろマーかかってくるもんや。昼からチョット図書館。けっこうみんな避暑にきてはりますよ。目当てのスペクターのインタビューの本が貸し出し中でショック療法。3時に園子さんと自転車で梶さんのところへお茶会とおツマミ会。続木さんと一階見て回り二階の立礼席。お茶碗ほんまスゴイ。園子さんは小こーいやつ、わしのは抽象画みたいで、なんですか、きいたら、デグチオニサブロウ、と梶さんのご主人にニヤリといわれ、思わず取り落としそうになった。なんというもんでわしは茶をいただいておるのや、さらにウマイ! フーと息をついたら宇宙の香りが口もとでした。モウ一服、と梶さんにいって、園子さんの二碗目は、萩焼の正面が平らな田舎の美人みたいなお茶碗、わしのは、とある有名な骨董好き女性のお弟子さんのお坊さんが、比叡山で野焼きした、ススキの夜の野原みたいなお茶碗。野外でお茶いただいてる感じがした。別室で立食でいろいろなおつまみ。どれもえらえらにオイシイ。いとうさんがさっき汗だくで階段を下りてきはったのはそういうことだった。シャンパンは一杯だけで我慢してタオ指圧。が、カギをアタイがもってて園子さんがもってないことに途中で気づいて東大路と川端を追いかけっこ。結局三条京阪のところで追いついて渡した。汗だくになった。タオとてもキク。暑いでんなーという話になり、うち扇風機もないですしね、というと野本さんエ、と絶句する。そんなん京都でいしいさんとこだけですよ。四条のジュンク堂に麩屋町自転車でおりてってインタビューの本買いにいったら、四条がえっらい混雑でなんやなんやお祭かと思たら、ア、そうか今日宵々々山やん。帰ってそういうたら園子さん微妙な京ことばで、エエナー、うちイキタイ、うちイキタイ、といった。ホイ。晩ごはんは、かぼちゃ煮、サザエ焼き、チャーシューワカメサザエキュウリサラダ、ブロッコリーアスパラ半熟卵サラダ、アジよアジよ!オマエはなんでそんなにはちきれそうにうまいのカー! と八坂さんの階段を駆け上がりたくなるうまさのアジ塩焼き。今日はフランスは革命記念日で自転車レースは無線無しのノーラジオデー。

2009年7月13日(月)

午前中創作。イヤー暑いわ。12時過ぎに園子さんと京阪で樟葉へゴー。塔本研作さんと待ち合わせ、駅前に研作さんのお父さん、つまりシスコの息子さんの賢一さんが自動車で迎えに来てくれはる。アトリエにいくとはなっからモウ目眩。お祭の太鼓、女神シリーズ、猿、馬、丸山明宏シリーズ、ビン、人形、田舎シリーズ、キャンバスが足りないときシスコはこたつの天板にまで絵を描いている。キャンバスの表と裏も使っている。段ボールやチラシやカレンダーも画材。しゃもじも画材。猫版画一枚いただく。賢一さんの作った干支マグカップいただく。そうしてシスコが絵を描いていた団地のお宅へ。奥さんのひろこさん迎えてくださる。ここが何十年も朝から晩までシスコが絵を描いていた四畳半カー。実際にはしないかもしれないが油絵の具の匂いが残り香としてたちこめているようだ。仏壇にむかって手を合わせ、光と線で絵を描くのは人間の初めからやっていたことかもしれないと思う。諏訪湖の絵、馬を洗う絵、桜島、花。賢一さんはシスコが描いているときの映像をビデオに残していた。「赤いブレザーのパン軍団」の話は不思議だ。ブラックベリーヨーグルトおいしゅういただきました。気がつけばモウ5時過ぎてるやないですか。頭を下げて辞去。アーすばらしい午後だった。時計の時間とかはマー架空のことですね、本物は人間のなかにあるね。帰って酒屋へ行き、ご主人と丸い酒の話。まるいちから送った魚届いていて、晩ごはんは京都にいながらにして、サザエ、しったか、めといか刺、プルコギ、ほうれんそう、わかめとしらすの酢の物、そしていわし塩焼き「ウメー!」と平安神宮の空に叫びたくなるようなイワシのこのうまさ。続木さんに電話し、しったかを届ける。橋の上で授受。明日はどんな光が見えるだろうか。

2009年7月12日(日)

掃除してるとでかくなったるながやってくる。ほんとうにでかくなったのだ。坐古家はでかくなるものなー。掃除手伝い、除湿剤の交換手伝ってくれる。オーキニ。牡丹に行き来田さんのことを話したら奥さんのお母さんの主治医だった。ナント。今日京都へ、というとチョットコレ!といって出来たてのチャーシュー一本くださった。オーキニ。まるいちにいき、のんちゃん、じゅんくん、すぐるクンとTシャツ話。カギをまるいちに預けてバスで三崎口、京急で品川。隣の少女がハイジをうたっている。のぞみ、地下鉄と乗り継いで家について玄関で倒れる。顔をあげたら園子さんは顔が猫でそして手には生肉が握られていた。ニャ、ニャー! 園子さんは叫んだ。ソ、それは三島亭の肉やないか! ヨヨ。大竹さんと電話して風呂の話し、風呂にはいって、晩ごはんは、満願寺とじゃこ、からし豆腐、三島亭のプルコギ、牡丹チャーシュー。疲労回復肉。今年はじめてフランスの生放送みたけどエーモンでんな自転車レース。アームストロングが二位とか走ってるのがスゴイ。届いてたレコードの段ボールも巨大やしUSAの人はいろいろおもろい。

2009年7月11日(土)

イエー創作Tとシャツの話でぐるぐるまわる。昼は牡丹でねぎそば、夕方まで創作。8時頃矢野さんと音由。ヤスンタさん合流。もろきゅう、野菜サラダ、もろきゅう、麦いか煮、チーズはさみ揚げ、最後にラーメン。のときに来田さん合流。ラーメン食べる。もうすっかり地元感のある人になっている。それからうちにあがって軽く飲む。ニューバッカスにきのう行ったそうで、いろいろな話する。レニー・トリスターノより深く広くまわる話。この渦に乗って三崎もイイ流れになっていけばいい。

2009年7月10日(金)

朝から京急、山手線、京王線と乗り継いでお茶。草の点前。それからさざの半東。ジェットコースターの最前列で手放し運転してるみたいな。5時に辞去し、電気屋など見て、6時に待ち合わせの百貨店の角にいったら園子さんがいて、アー散髪してはった、とおもって近づいたらミギャー! と爪を剥きだしにして威嚇した。アタシは一時間遅刻していた。愕然。なにがしょんぼりするかといってアタシはこの遅刻ってのがいちばんしょんぼりするんだよショボン。園子さんは江戸ツコで引きずらないのですがこっちのほうがショボンショボンしてまう。近くの居酒屋の鼎におりていき、茄子と鶏、アスパラガス、きんぴら、鶏の竜田揚げ、サラダなど。ひさしぶりにゴールデン街。店の一階二階でレオのサーカスの展示。よかった。お客さんがタマタマあたいの本を読んではった。今週末京都ということでいろいろお店を教える。山手線、京急三崎へ帰る。なんやエラク疲労してるのを感じる。

2009年7月9日(木)

創作。スグルくん声ガラガラ。昨日の軽トラ事件語る。というのもこーすけと最後に浜へ軽トラで荷物を片付けにいったらそこで軽トラが停まってしまった。こーすけの自動車があって役になった、などとガラガラ声でいっているがガラガラ過ぎてわからないとこもあった。日の出を歩いてると、オーウ、読んでるよ、とばあさんたちにいわれる。日暮れまでレコード磨き。晩ごはんはまるいちでトコブシ煮付け、トコ刺、カマス塩焼きと刺身。めといかついてくる。宣さんのケイバストーリー。終わってから二階でカンパイ。Tシャツの話。美智世さんあいかわらず魚美人。

2009年7月8日(水)

朝ちょっと創作。お昼に横浜で岡さん、園子さんと合流。ガラスに映ったので、ちょっとヤバイかもという格好に気づく。スカイビルで手ぬぐい巻いて雪駄やもんなー。それでも岡さんと一緒ならフランチなミクニというところへも入れるの、ヨ。アメリカのこと、1984のことなど話す。ごちそうさまでした。そしてフジタ展にいくと、アーアー、ここでも雪に先回りされるとはネー! でもフランスのアトリエにはアタシらいったもんネー、と園子さんになれなれしくユッコ肩を組む。のみこみのみこまれつつ進むウロボロス。三時過ぎに岡さん帰られ、アタイも園子さんに手を振って京急線。三崎口駅前から電話かけて諸磯のバーベキュー会場へいった。スゲー風。こーすけに来田さんに鉄割メンバーに女の子男の子。ちいちゃい子らはテントのなかに避難。さっきまで戌井さんがいたようだが、彼が着いた瞬間空は暴風雨になり、帰った瞬間小降りになり風もましになった。いしいさんちょうどいい時間に来たよ、といわれ、昨日向かいの姉妹といっしょにやったレインツリーのこと、マンガの風船みたいにプワンプワンプワ~ン、と考える。パンうまかった。夜中まで片付け。しーかしジュンくんすごいわ。浜で明日の朝まで野宿して、朝大テント片付けて出社やて。

2009年7月7日(火)

晴れてメチャクチャさわやか。でもみんな暑い暑いといってる。京都がよっぽどなんか。朝からふき掃除、創作イエー。牡丹でねぎそば食べつつ鱧と暑さの話。帰ってクロワッサン、3時にはオワル。レコード磨きつづけていると夕方来田さん遊びに来る。モノラル大音響再生に破裂。驚いたときの来田さんの顔は目がピンポン球に目描いたみたいにナリマスネ。向かいの姉妹にレインツリー渡し、こうやって雨乞いしはんねんでといったらザー、ザザーとやっているのはるなやめいと同じだ。まるいちへ行き、豆あじ揚げてもらい、カマス塩焼き、カマス刺、アジ刺身。宣さんと阿呆話。美智世さん合流。わりとこのあたりは三崎でもよくなってるよね。来田さんが「宣さんに、真面目ダネーっていわれるたびガックリきます」。スグルくんは11時にジュンくんと合流して明日の下準備だそう。なぜ君らはそんなにバーベキューに向けて突き進めるのだ。帰って、ロイ・オービソンよ、なんで死んじゃったんダー! と酔って夜の海に叫ぶ。そうしたくなる声なのだ。

2009年7月6日(月)

薄雨の朝。園子さんと舎人ライナーから恋の山手線。歌舞伎座。前半、イヤー旅芝居やったネエ、といいながらお昼はうなぎ。アカリちゃんからアルプに返事。後半、エビさまの衣装似合ってる。ま、海の話やさかい。海老蔵はコメディアンとして自覚してはるとしたらめちゃくちゃおもろいですね。代役が長セリフの場面、ほんまに歌舞伎座ってえところはいろんなことが起きるのだ、バーカボン。終わってから、松竹のおされなビルの喫茶店、デカブリオとカントクのサインが椅子にしてあった。まるいちへ電話、銀行、郵便局。園子さんに手を振り、東銀座からまっつぐ三崎。まるいち前でのんちゃんと話し、ちょっと掃除に帰って戻ると、来田さん、こーすけが来て食堂で待っていた。晩ごはんは、久々のアカムツ焼き、めといか刺、とこぶし刺、アジ刺。イヤーやっぱし三崎の魚はとんでもなくうまい。いろいろ食べながら病院の話、絵の話。家出の話オモロイ。こーすけは13,来田さんは初めて自転車買うてもろたときが家出、どんどんどんどん先へ先へこいでいって、家から60キロ離れたところで保護された。メシ、ねむりはどうしてたのかわからない。そういうことアル。こーすけはみんなからねむりと飯は提供してもらった。そこがやばかったら教えてくれたり、温泉さがしにいったり。家に帰ってドイツ盤のステレオ試し聴き。どれもキョーガク。ザ・バンドはドイツ人やったのか。クリムゾンの宮殿がベルリンにあったとは。

2009年7月5日(日)

朝起きてスーツ。長袖でも暑くないのは僥倖ナリ。新宿西口で志村先生、廿楽さんと待ち合わせ、原宿の裏で高橋智瑛さんのご結婚披露宴。今はいろいろちゃうねんなあといちいち感心。鐘、ビデオのスタート、最初にあいさつするところとか。余興はマアいまも昔も。最後の新郎のスピーチをきいて立派な若い人だと思った。ただ、一個ダケ。ふつういちばん最後に新郎新婦がご両家のお母さんに花束を贈呈するという場面がありますが、私は一瞬自分の頭が、自分ではゼッタイそうはならないと思ってた状態に「いま、なってもうた」と思った。花束でなく、新郎新婦の腕には、熊のぬいぐるみが抱かれていて、それをご両家のお母さんに贈呈してはった。ぬいぐるみはそれぞれ新郎新婦が生まれたときの重さにしてあるんやそうです。まあ鉄アレイ手渡すよりは。楽しい式デシタ。タクシーで新宿西口、先生、廿楽さんと別れ、いったん尾久の家に帰り、湯浅さんと電話相談。晩ごはんは、園子さんと尾久の自転車二台で、鶯谷のよーかんちゃんのそばにある焼き肉屋へいく。カルビ、タン塩、ハラミ、上ミノ、焼きガツなど食べる。疲労回復肉。帰ってテレビで富十郎の精気、性気を浴び、大竹さんと電話、焼酎のみながらウィンブルドン最後まで見てひまう。放屁。ヘデラー。

2009年7月4日(土)

朝から「ウフフフ、ウフフフ、ウフフフ」の園子笑いが響きルルご機嫌。アタイは自転車で目医者、レコードなど荷造りし、家に挨拶して丸太町でMKタクシー。ルルらと新幹線。三席に三人。ルルはいったりきたり。「ウフフフ、ウフフフ、ウフフフ」。ルルいちごまみれ。品川で降り、ヨーコさんに迎えられ、その瞬間ボニーは車内にお土産を忘れてきたことに気づいた。呼びかけても届かないのぞみ。園子さん東京駅へダッシュ。アタイは荷物もって京浜東北線のホームでボニーとルルとヨーコさん見送る。そのまま歌舞伎へ。浪花鑑は、芸協の落語みたいやった。お寿司をタベマシタ。天守物語、玉三郎の空気をそこにいる全員で吸っている青い感じ。三人の女児スゴイ。さらにすごいのは玉三郎、海老蔵が目が見えなくなったあと登場する老人、一介の職人がナゼ! スッゲーナ泉鏡花。終わった後ライオンの店でブーツビールを飲む。こんなビールは口説きに使えるじゃないか! スッポン、と音がとてもおいしい。尾久の家で布団しいて寝る。

2009年7月3日(金)

朝続木さんに生湯葉いただき、昼前、本牧から届いたソーセージ持っていく。橋のたもとで「会いすぎですな」といって笑う。アタイは創作、園子さんとボニとルルはベビーカーで散歩へいく。園子さんの歌が鴨川のほうからきこえてくるヨ。湿気がドワーと垂れこめるなかタクシーで上終町について振り返ると学生時代住んでいたスーパーナカムラの上のアパートが重機でドシャー、グワー、とたたき壊される瞬間だった。しばし呆然と見守り、パルテノン神殿のような階段をあがって造形大の「人間館」、といって他に「犬館」「鶏館」などがあるわけではないようだ。シスコのギャラリートークのことで塔本研作さん、ギャラリーの方と打ち合わせ。学生の展示を見てまわり、干物が置いてあったのは気に入った。4時前に上の階へあがっていき、新元さんが重い物センターで会ってるときよりすごく先生らしく格好いいのに目を瞠る。ジャケット着てはる。わてなんてジャージに雪駄に頭は手ぬぐいまいてまんにぇんで。特別講義は200人くらい人が集まりこれまででいちばん多いらしい。まぼろしの猫らありがたや音頭。いちばんうしろに園子さん、ボニー、ルルも座っている。机を横に向け、新元良一は、と書きはじめて、主人公は新元さんになった。ニューヨークに住んでいる二十代の新元は本屋で文芸誌で新しい作家とみれば次から次と小説を読み会いに行きということをつづけているが、ある日ボストン郊外に、世界一の「ストーリーコレクター」がいることをきき、リムジンバスに乗って会いに行く。住所を便りにいくと、マーブルヘッドという港町の、埠頭に面した角にあるアンティークボタン屋にいきつき、入ってみてどうしてここが、とはじめは訝しむ。見ているうちだんだんと新元にもわかってくる、ボタンはひとつひとつ小さなビニール袋に入れられ、箱にレコードのようにぎっしりと縦に置いて並べてあるが、その袋には紙が一枚ずつはいっていて、取りだして読んでみると、米西戦争のときのスペインの大尉が着ていた軍服の第二ボタン、そしてそのボタンがどうしてここにたどりついたかという来歴が書かれている。ボタン一個一個でその話はもちろん違い、部屋は奥へ奥へとつづいていて、新元は何個あるのだろう、と目算しようとするが見当もつかない。数万個はあるだろうか。タイプライターが置かれた部屋に、透明なボタンが一個転がっていて、そしてタイプライターの用紙には新元の名が途中まで書かれ・・・・さーてどうなったか。題名は「ボタン」でした。ルルをあやすためにボニーと園子さんは帰宅、アタイは新元さん、研作さんらとそのまま吉田屋料理店に流れ、そうこうするうちシンビの田村さん夫妻とお子、村松さん、谷崎さんなど来られ、ボニーと園子さんルルも合流。尾崎さんも合流。まぼろしの猫はチヂミや焼き茄子など食べていた。ルルはどこにいってもさすが秋田美人。ビール、ワインのむ。

2009年7月2日(木)

寝起きのうちに下へおりると、ばたばたと手足動かしルル2階へ。適当に辞書とか引き抜いて本遊びと鹿。鹿は人気あるネー、ま、ほんものやから。昼前、三条通商店街にある、ボニーの友達の友達ランディさんの茶屋へ。歩いてたら後ろから「いしいさーん」と呼ぶ人があり振り返ると堺町画廊ののじこさんだった。ボニーはほんとうに人間磁力をもってはるなあ。途中まで歩いてのじこさんは去っていく。ランディさんは不在だったけどカレー、コーヒー。ルルがどこでもオールマイティな免罪符であることがここでも証明される。タクシーで先週お邪魔した続木さんの別宅へ。ボニー、ウワーと立ちつくす。そしてコケを踏む。コケもうれしそうだ。やわらかいものを踏むのが好きといってこれだけのものを踏むのはわれわれ今後たぶんあれへんでしょう。世界遺産の寺でコレやったら袋だたきなるし。トトロや、というたらルルはじっと見ていてたぶん見えてはるんでしょう。モミジ、コケ、ミドリミドリミドリ。きれいけど蚊が。やっぱうまそーな肉にはうまい血が流れてはるんやな。気づけばルルは赤い水玉模様の人形になってて、慌てて座敷へ。「ばびぶべぼ」しか歌詞のない園子さんの歌チョー受ける。亀クッションを連ねた電車もトーマス並に気に入る。いつかアンパンマン列車に乗る日がやってくるだろうか。乳母車に乗ってコケに挨拶。北野白梅町まで嵐電、あとはタクシー。帰るとルル急にこまねこに執心。歌のせいでこころが園子さん化しつつあるのか。晩ごはんはゆうべ仕出しを頼んどきました。ご主人ペカペカの笑顔で届けてくれはる。玄関をはいってきはった瞬間、目をこすったのは、なんか台所から料理もって入ってきはったように見えたから。京都は「うち」と「よそ」の感覚が絶妙だけれど、仕出しはそのちょうど中間にある、外食とうちの食卓が重なり合ったものだと思った。お店の大皿からうちの皿に料理を取り分ける。鮎塩焼き、はも落とし、ズイキの胡麻和え、賀茂茄子田楽、海老や海苔やらの天ぷら。味は、イヤーコリャーマー。絶句ですわ。ルルはヌードルタイム。こまねこが好きになる。大きな蚊帳を一回の座敷に吊してやったら「トトロ!」「トトロ!」と興奮しまくり薄い布のこちらとむこうを延々いったりきたりする。

2009年7月1日(水)

朝起きても稚内。そらそーだよねー。全力振り絞ったってより寝起きダカラ。東京駅からのぞみ号に乗り、品川駅のホームにボニー、ルル、ヨウコさん発見! 今日からボニー&ルルは京都三連泊、ヨウコさんは見送り兼荷物を持ってきてくれはったのだ。皆で手を振り、無事の合流を喜び合う。ルルはおとなしく寝ていたが、起きても園子さん、ボニー、アタイの間をくるくる回り、子ども銀行のゼニに物言わせ、アンパンマン、猫ちゃんがお気に入りである。わしで受けたのはTシャツに留めてあったバッジ二個で、ピンポーンのチャイムと、とビビーのブザー音をやったったことか。そしてジュースで水芸を披露してくれたピシュー。京都駅からタクシーで家けっこう涼しくてボニー的にはヨカッタ。ボニーはいちいち驚いているがルルは一瞬にして馴染みそして母子ともにずっとここに住んでるような感じになる。園子さんちょっと出ているあいだ、乳母車にルル乗せて鴨川縁をボニーと歩く。ドヨーンとした天気で、荒神橋を渡り、河原町を南下していく途中で小雨ふりだす。乳母車の荷台につっこんでおいた傘を開き、橋を渡り、コンビーニエントな店に寄り、冒険をしてきた感じで家に戻る。ルルはムーミン、トトロなどの映像を所望。しかしリアルまっくろくろすけをやってやったらそっちのほうにダッシュしてきた。続木さん明日の家のカギをもってきてくださり一瞬ルルとご対面。晩ごはんは、いんげんの胡麻和え、ほうれんそう、枝豆、切り干し大根の梅和え、ムロアジ塩焼き。ルルルルルル。みなみんなよだれまみれ。風呂上がりにボニー、横山剣の著作についている本牧地図に驚く。ア、ア、ア、アー、このケンさんが昔バイトしてたっていうGSの前にいまオカーサン住んでる! ア、ア、ア、ここオトーサンといっしょにいった! などなど本牧ストーリー乱発。口絵の写真がどこか横浜関連のところならボニーはもちろん全部キャプションなしで見分けることができる。なにより、クレイジーケンバンドの歌で有名な日米親善盆踊りのアメリカ側のリーダーが、ボニーのなめくじ父さんだった、トハ。驚愕。さらにヨウコさんが秋田生まれということも。「雪」はボニーの家族を含んでさらに透明な腕を伸ばしていく。