2004年7月


2004年7月31日(土)
暑くていい気分。午前中洗濯、創作。お昼にまるいちで中トロ、めといか、いわしを買っておく。午後三時、新潮の矢野さんと阿部さんが自家用車でやってくる。まるいちで楽しみにしていたトコブシがなく矢野さん残念。今日は三崎に借家を探しにこられたのです。昨年、うちを訪問された際、三崎の風情と魚が、いたく気に入り、それ以来ずっと計画をたてていたのだとか。阿部さんは月に何度も三崎を訪れるフィッシャーマンだし、新潮関係者は三崎に縁があるのかな。三人でぞろぞろオーシャンフロントへ行く。ひと月ほど前に、話をもちかけておいたので、社長はもうすでに物件をいくつか用意してくれていた。なかでも東岡の平屋一戸建ての図面に、矢野さんの目が釘付け。「ここよさそうですね」「ああ、家見れば絶対、ぜーったい気に入るよ。俺はだいたい、わかるんだよ。その人見りゃあだいたい」と社長、ぼくのほうを向き「いしいさんも、この家見りゃあぜーったい悔しくなるな」。その通りでした。社長のライトバンで岡へあがり、細々した住宅地の路地をわけいっていくと、すばらしい平屋、そしてすばらしい庭があらわれた。ぎりぎり戦前くらいの建物だそうです。欄間や戸棚の作りがじつに凝っている。井戸のあと。石の池と橋。そして家の敷地よりさらに広い庭には、松の木が二本、しそや茄子などの菜園がある。「これは悔しいですね」「な、そうだろう」と嬉しそうな社長。矢野さんは座敷や庭をまわりながら、「いいなあ」「いいですねえ」を繰り返している。たしかにこんな庭のある家、普通に探したらぜったい見つからない。矢野さん、三崎へ着いて一時間足らずで即決しました。矢野さんは、社長のもらしたひと言「俺の仕事はよ、ひとに夢を売ることだからよ」に、いまどきああいうセリフを普通にいえるひとはいない、といたく感激していた。内金を払い、まるいちへ魚を引き取りにいくと、誰かが潜ってきたというトコブシが出ていて矢野さんさらに上機嫌。阿部さんもいれ三人で高野湯。風呂上がりにすぐ、ゴーヤ炒めと焼き茄子をつくり、トコブシ煮付け、いわし酢の物、中トロとめといか刺しとともに出す。矢野さん、ほんとうにおめでとうございます。あんなにいい家が見つかったのは、やはり縁があったのです。これからしばらく、同じ三崎の住人として、よろしくおつきあい下さい。などとビールを干しつつ話していると、のぶさんが「トナカイいねえのかよ」と一升瓶を提げて来られる。トナカイとは園子さんのことです。三崎に来てすぐ、トナカイを着て散歩したことがあるので、近所のひとにそう呼ばれている。一升瓶はたいへん高級なお酒でした。矢野さんが三崎で家を借りたときき、「なんだ、また変なの増えんのか」と、ビールのグラス片手に、嬉しげに笑っていた。のぶさん早々に帰る。矢野さん畳に寝転がり、にゅーたーにゅーた。阿部さんいわく、こんな夕方の時間に眠くなるのは滅多にないことだとか。ここしばらく、矢野さんはものすごく忙しかった。なので昼夜がもろに逆転していた。今後も、とても暇にはならないでしょうけれど、普通の時間に寝息を立てられる場所は、三崎に確保されたわけです。八時半ごろ、阿部さんと居眠り状態の矢野さんは東京へ、その帰り際に、まるいちのスグルくんが入れ替わりにやってくる。ふたりビールと焼酎を飲みながら、いろいろと最近の話をするうち、そのうち、スグルくん急にまじめな顔になり、「話そうかどうしようか迷ってたけど、いしいさんには今話しとく」といった。なんと、ついさっきまるいちに大きな変化が起きた。ゆうこさん、聡さんのご夫婦が辞められたのです。さっき来たのぶさんはまだそのことを知らなかった。「うちのおやじはああいう人だから、たぶん、すごいショックを受けてると思うんですよ」とスグルくん。「でも、逆に考えれば、いいチャンスかもしんないすよ。おやじの魚見る目、並べかた、じっさいすごいんです。オオバさん(三浦海岸店を任されている)は、全国いろんな魚屋を見て歩いてきて、ここが日本一だ、って思ったそうなんです。いしいさんもそういってましたよね」。そうだった。三崎に引っ越しするとき、ここで毎日魚を買えたらなんと素晴らしいだろうと思い、ぼくは引っ越しを決めたのだった。「おやじをもう一度、花板に立たせたいんです」とスグルくんはいった。ふたりでいろいろ魚のことなど話しながら焼酎を飲んだ。瓶はどんどん軽くなっていった。大阪へコンサートを見に行っているスグルくんの奥さんから携帯電話かかる。夜中を過ぎ、少し元気を取り戻したスグルくんは、夏の夜道に手を振りながら消えていった。明日は朝三時起きだそうです。三浦の店オープンから一年と少し、三崎のまるいちへ、スグルくんはもどってくる。完全なる家族経営。無論、たいへんなこともあるだろうけど、日本有数の魚の目利きと、あのおかみさんがいるのだから、結局はうまくまとまるはずです。なによりスグルくんのなかからやる気があふれている。大きな分岐点です。まるいちとスグルくん、そして聡さんご夫婦の今後に幸あれかし。

2004年7月30日(金)
好天に見え、ときどき雨がざっと降る、という、昨日とさほど変わらない天気。途中で晴れてきたので素早く洗濯と掃除。夕方までずっと創作をしていた。五時から、ものすごく久しぶりに、通り矢まで短いランニング。野球帽の頭がぐらぐらと回る。最近、正座だけでなく、冷房にあたるとてきめんに足がだるくなるのは、ずっと座りっぱなしで走ったり歩いたりが少なかったせいと思う。今年の冬はあまり走らなかった、それがおそらく影響しているのでしょう。磯は満ち潮だった。浜へ打ち上げられたような犬がいた。ヘトヘトと帰り、シャワーを浴びてまるいち。お昼に注文しておいた小鯛とあさりを引き取り、缶ビールをもらって、シルバーシートといわれる路上の椅子でながながと無駄話。おかみさんは、今日はあんまり人通りがなくて、気がふさいじゃうわ、といった。昨日は飯田橋の出版社まで、通信販売用にうちの魚はどうかと売り込みにいったらしい。世の理不尽を感じます。まるいちは世界最高の魚屋なのに。ただ、三崎のひとたちも、そんなにしょっちゅう地魚は買えない。今日の小鯛とあさりは、合わせて500円だけれど、ひとりの二食代としてはやはり贅沢なのです。そういう贅沢のできるひとは、妙な色つき割烹着おやじの和食屋にいくのでなく、まるいちのような魚屋で魚を買って、自分で料理して食べればいい。「いしいさん、毎日自炊ですか〜」と妙な節回しでいわれるたび、冷やのお酒を「常温」と言い直されたような感じがする。普通の風潮に早く戻らないものか。晩ごはんは鯛の塩焼き、あさりの酒蒸し、焼き茄子、おくらおしたし。足はやはりだるいけれど、座りすぎて疲れたときのようではない。黒田硫黄さんの「映画に毛が三本」をパラパラとめくる。粗大ごみとして出されていたのを、坐古さんがもってきてくれた、「NHK落語名人選」のなかから、三笑亭可楽の「らくだ」を聞く。

2004年7月29日(木)

早朝から創作。蝉と豪雨が交互にやってくるふしぎな天気。蝉は濡れながら雨が遠ざかるのを木の幹でじっと待っている。資生堂から果物のお菓子詰め合わせセットが届く。若林さん、ありがとうございます。午後も創作。夕方、油壺へ調味料を買いだしにいった。ツタヤの会員証もつくりました。未見の映画を二本借りた。それにしてもスッカラカンな印象の店なことです。帰ってきて風呂。松本で買った「ソーネチカ」を読了。これは「波」のクレストブックス特集で、沼野充義氏、関口くん、高頭さんらが推薦されていたロシアの小説。磨りガラス越しにのぞき見るような読書だった。晩ごはんは韓国風豚いため、ゴーヤ、そら豆、南京の揚げたの。夜になってもザー、ゴーと雨がふったりやんだり。

2004年7月28日(水)
朝起きて新宿へのバスに乗り、らもさんのことをいろいろと思う。幸い、隣の席には誰も座っていなかった。親しいひとの死はいつも突然やってくる。遠くの森や夏雲や家並みをただじっと見ている。毎年こういう景色を見るたび、らもさんのことを思い出すだろうと思う。暑気のなか三崎着。ニューバッカスの佐藤さん、戸外のベンチで足を投げ出して涼んでいる。「しんちゃん、納豆には賞味期限ってあんのか?」「どうでしょうね、糸引かなくなったら終わりじゃないですか」「じゃあ、だいじょうぶだな」。いったいどんな状態になった納豆だろうか。晩ごはんは、揚げ茄子の味噌和え、ラー油豆腐、あさりの酒蒸し。新潮より「波」が届いている。石垣島より7月のマンゴーも届いている。この世でいちばんおいしい果物。大城君、大城君のおかあさん、毎年毎年ほんとうにありがとうございます。坐古家にひとつもっていく。おとなの楽しみだよ、と教えると、遊びから帰ってきたるなとめいの目から、ゆみちゃんはマンゴーを背中へ隠した。三崎はあまりかわらない夏の夜。夜中に路上で、いっしいー、いっしいー、と叫ぶ声がした。酔っぱらいらしいその声は家の前の道をゆっくりと時間をかけ通過していった。

2004年7月27日(火)

朝から猿田さんの事務所へ行き、自動車の後部シートに自転車を積んで運んでもらう。昨日のぶどう畑あたりでおろしていたあく。近所にワイナリーや野菜の即売所があります。鍵を預かっているので、家のなかへはいり、いろいろな場所に座り、生活ぶりを想像する。いちばん角の六畳間が、話を書くには薄暗くてよさそうだった。ぶどう畑に面した十六畳は、明るすぎ楽しすぎて、ちょっと仕事には向かない。のんびり昼寝や、酔っぱらって夜の山を見るとするなら、こんないいところはほかにないでしょう。一階の工場へおりる。大工道具に木材のにおい。ものすごく高い天井をもつ立方体の空間。ここを何年も締め切っているのは、この道具や木に、申し訳ない気がする。大家さんの迷惑にならない程度で、ここに空気を通す使いみちを、いずれ考えたいと思った。自転車を置いて周辺を歩く。ぶどうだけでなく、他にもいろいろな果樹が立っている。畑の用水路にジャボジャボと水が走る。ものすごくでかい赤とんぼが頭をかすめていく。近所のおじさんに「捜し物かい」と呼びとめられました。「あそこにもうすぐ越してきます」「ああそうかい」。おじさんはこちらの風体をまじまじと見て、「あそこはいいよ。道具も揃ってるしな、あんたもすぐに仕事、始められるだ」。このときぼくはダボシャツに軍パンはいて、手ぬぐいを首に巻いていた。「ちがいます。ちがいます。大工じゃありません」。おじさんの話では、このあたりは「山を見る」にはいい。けれど「山を味わう」というわけにはいかない。「ほんとうの山は、登らなくちゃわからないだ」とおじさんはいった。夏は涼しく、春秋はほんとうに山がきれい。雪はほうきで掃くくらいしか降らない。「気温は?」「そうだな、マイナス15度くらいにはさがるな」とおじさんは笑いました。「夏と40度以上違うから、それに慣れるのがまず大事だ」。お向かいの奥さんが怪しげに遠目に見ている。ぼくは手を振り、「鍵、あずかってきてます!」「ああ」とうしろからおばあさんが現れ、「なんで自転車がとまってるかと思いましたよ」。戸締まりをして、自転車でうろうろ。おじさんに教えられた鎮守の杜へ。宮司さんらしきひとがライトバンを洗っていた。「暑いねえ。自転車、気をつけなよ」。薄暗い境内にはいり、パンパンと柏手を打つ。しばらくお邪魔します、しばらくお邪魔します。そのまま田んぼを突っ切り、川音のするほうへ向かう。夏の時期だから川水は少ないものの、しぶきが美しい。アルプスからの水。そのままのぼったりくだったり、国道をおりたり。途中で美ヶ原温泉まで行ってみた。意外に近かったけれど、これを歩いて帰ったら汗だくだなと思った。お客さんのことを考えても、やはり乗用車は必要です。園子さんは、ここしばらくツール・ド・フランスの真似をしているといっていたけれど、それでも、毎晩工房から長いのぼり坂を帰ってくるのは、ひじょうに剣呑だと思う。猿多さんの事務所に鍵を返し、アパートでパンをたべた。夕方、兄が推薦していたスパイダーマン2を、テアトル銀映へ見にいく。自転車で五分くらいです。ところが映写機がこわれていて、一時間暇をつぶしてきてください、といわれた。本屋や菓子屋をうろうろとし、夕方五時からスパイダーマン2を見た(客席には四組、六人くらい)。全編セックスの暗喩に満ちている。空飛ぶ夢のなかで何度も夢精する、暗い青春映画、という印象でした。園子さんは中劇再生のための会合に出て留守。ひとりで麻婆茄子をつくり、工房のトマトといっしょに食べ、夕方に買った本を読んでいる。留守番電話に返答の電話をしたら、昨夜、中島らもさんが亡くなったと知らされた。

2004年7月26日(月)

朝に少し創作。横浜の学校へ出かけ、クリストフ先生と映画「座頭市」の話。今日からしばらく学校を休むことにする。創作とか茶事とかお盆とか、やるべきことが山積しているので。新宿からバスで松本へ。まうしろの座席でおばはんふたりがえんえん喋っていて頭痛がした。先日の法隆寺館と同じ二人組ではなかったろうか。おりてみると、やはり高地だけあって陽ざしが強く、まるで虫眼鏡で首筋に焦点を合わせたかのようです。工房へ歩いていき、本郷先生らにあいさつ。今年はじめてのスイカをご馳走になる。種や皮は菜園のすみにぷうぷうと吹く。午後五時、不動産屋の猿田さんが迎えにきてくださる。生地の松本から大阪へ転居、しばらく過ごしたのちにまた松本へ戻ってこられた猿田さんは、「ふだんはずっと標準語ですが、大阪のひとと会うと、やっぱり出てしまいますわ」と途中から大阪弁にかわった。園子さんのさまざまな相談事に合わせ、絶妙な貸家を用意してくださいました。松本駅からまっすぐ、ゆるやかな坂をのぼり、自動車でおよそ15分。市街地を見おろす菜園のなかに、なんだか妙に背の高い二階屋がある。まわりは全部ぶどう畑。前庭には柿の木、松の木、ほかにもよくわからない草木がたくさんある。藤棚があり、ビニールハウスもある。ここは元来、大工の棟梁がご自分用に建てられたうちで、ずっとご家族で住み暮らしていた。しばらく息子さん夫婦のところへ移り住むことになり、もどってくるまでの5年間を、借家として貸し出すことにした。なので一階の大半は大工の作業場。木工の道具や機械が並ぶ天井の高い工房。だからふつうより背の高い二階屋だった。二階には一間廊下、8畳間が三つ、6畳間、ものすごく広い台所。男女別トイレ。庭に面したお風呂の窓からは北アルプスの山並み。奥の繋がった16畳は背景が全面ぶどうの葉。すばらしい家です。家としての実力がものすごく高い家という気がした。大工さんが自分のために建てたのだから当然でしょう。園子さんは「遊びに来たひとがものすごく喜んでくれそうな家です」といっていた。たしかにそのとおりでしょう。向かいのおばあさんにご挨拶。帰りも猿田さんに送っていただく。料理屋でのバイト経験をおもちの猿田さんは、そばを打ち、おいしいお好み焼きも焼ける、半大阪の信州人でした。松本の下町について詳しく書かれている本をいただきました。猿田さん、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。晩はヘトヘトの園子さんと裏町の韓国料理屋。すき焼きとチヂミ。冷麺を食べる。すると急に眠くなる。昔から冷麺を食べるとすごく眠くなる癖があるのです。ともあれ、松本で住むための家がこうして見つかりました。三崎に住むなら海と魚のそば、松本に住むなら山と果物のそば。これが園子さんの出した結論。全面的に猫も賛成。

2004年7月25日(日)
からだがとても重い。お酒か? 冷房のせいだろうか? 朝からのろのろと創作。昼にパンを食べ、まるいちでカマスを一匹買う。午後ももったりと創作。窓の下で佐藤さんが「サバ、サバ!」と叫びながらやってくる。フランス語ではなく、むろん魚のサバのことです。佐藤さん、いつもいつも、ありがとうございます! サバは二枚におろし、片身を味噌煮、もう片身を切って竜田揚げにしておく。夕方まで創作。晩ごはんはサバ竜田揚げ、カマスフライ、おくら素揚げ、トマトサラダ。今日はツール・ド・フランス最終ステージ、名物のシャンゼリゼ周回コース。気が付くと四畳半で倒れ伏していた。ゴールの瞬間を見届け四つんばいで闇の二階へとのぼっていった。

2004年7月24日(土)

東京の高層マンションは暑い。兄は朝からプールへ泳ぎにいく。兄推奨のホラー映画をもう一本見る。帰ってきた兄いわく、「いま公開されている映画のなかでは、スパイダーマン2を見なければならない」。ということで上野へ。ところが上野なのに、スパイダーマンただいま立ち見といわれ、しょうがないので国立博物館へ出かけます。ひさしぶりに法隆寺館。一階の菩薩部屋で、おばさんふたりが「不気味ねえ」「肝試しだよ」とささやきあっていた。たしかにそのとおりかもしれないと胸のうちでうなずく。外の噴水に出て、日陰に座って一時間本を読む。それから東洋館。二階のミイラのうつくしさに立ちすくむ。園子さんもいっていましたが、東洋館は一日、二日、三日いても時間が足りない。ぼくの場合それは、眠っているこのミイラによるところが大きい。名残を惜しみながらタクシーに乗り、浅草のギャラリーエフでビールを飲む。イズミちゃんと、いしい作の超短編「管」の英訳についてゲタゲタ笑いながら話しこむ。午後四時、会社時代の諸先輩がたとの毎年恒例「そばの会」。まずは並木の藪。ナラさんが玉と流れる汗を拭きながら合流。それから大黒屋。ここでの冷房さらにきつくクシャミを連発してしまいます。そばではなく、鍋をつつく会に変わってしまった。皆さん、すみません。禁煙のそば屋にもかかわらずレジにマッチが置いてあった。さらに西浅草のバーへと出かける皆さんと別れ、ひとり京急線に乗り三崎へ。昨日の晩からの冷害のせいでガタガタ震えている。猫を胸に抱きふとんに倒れる。玄関の戸が開けっ放しだったことを思いだし夜中にガタンと閉め直す。

2004年7月23日(金)
7時に目が覚め、8時から創作。足がとてもだるい。今年はぜんぜん走っていないからでしょう。ここ何日か、テレビの影響を強くうけ自転車でうろうろしているけれど、お使いの足じゃあロードレーサーが家出する。お昼まででわりと進みました。レース鳩の見分け方など、思い出しながらのろのろ。めいとみさが、空き缶回収の袋をさげてやってくる。「ないよ」というのに、「隠してるよきっと」といって、家じゅうを駆けまわる。定期的にこういう再生資源の回収レースを三崎ではやらせています。夕方、青山の子どもの城にてメタローグ主催の創作講義。相手は子どもとはちがって、うら若いお嬢さんやまじめそうな男性がたです。また、元ABCの高頭さん、篠原さん、それに梶原さんが観覧にきてくれた。いつものトークショーでやるより、自分が創作をするときのすすめかた、書いているときの感じなどについて直裁にしゃべった。頭の外側になにかがあるとか、熊を書いているとほんとうに熊が出るとか、外で聞いたら「だいじょうぶか」というような話。聴講者のみなさんには、いったいどれほど伝わったでしょう。終演後神保町で兄と合流。居酒屋へ行って文庫本を見せるとやはり「おまえはいつも、ほんとうに装丁に恵まれている」といわれました。ABCがなくなった話。トリツカレ男の秘密の話。晩ごはんはここで干鮎、茶豆などをたべた。出版社勤務の海さんが途中から合流。マオリーダーの佐藤さんに電話し、秘密の部屋へ訪ねていきますよ、と告げる。というのも都内某所に地下店舗を買って、みずから大改造を施し仕事場兼趣味の部屋にしつらえたよと、佐藤さんより連絡があったのです。いま思ったのですが、佐藤さんから連絡されて知ったのなら、秘密でもなんでもない。マオ部屋は赤坂のマンションの一角にありました。戸をあけたとたん映画好きの兄は、はじめてまるいちを見た猫のようなどよめき声をあげた。巨大プロジェクターで白壁にモノクロ映画が映し出されている。高い天井、上等そうなカウンターテーブル。すばらしい、すばらしい、と兄、ぼく、海さんの三人は手とことばで拍手。佐藤さん、ニヤニヤ笑いながら、ウイスキー水割りやカクテルを作ってくれた。どこでこういうの覚えたのか。きれいなデザインの食器類や、電子レンジ、酒やら冷蔵庫まで、わざわざ新しく、買いそろえたものだそうです。園子さんにいったら猫を率いて盗みにはいるかもしれない。まったく佐藤さんの頭のなかに座っているような、不安定な心地よさのある部屋でした。佐藤さん、おめでとうございます。また近々きっといきます。足を怪我していた海さんをタクシーで送ったあと、兄のマンションへ帰り、香港の短編ホラー映画「帰宅」を正座しながら見てひとりオイオイと泣く。

2004年7月22日(木)
朝から創作。暑さにみあった静けさが漂っている。ただし、外の道へ出るたび、洗濯機のとりはずされたコインランドリーを見て、いつ隣の取り壊し工事がはじまるだろうと思う。静かなうちにたくさん書きたいけれど、なかなか思うようには進みません。朝牛乳を買いに八百兵にいくと「やりかたわかんねえだから」ということでゴーヤをいただく。「いしいさん、暑いですねえ」といつものおばあさん。「はい、ただぼくは暑いのが苦にならないんです」「クーラーはつけないのかね」「うちにクーラーないんです」「ふうん」とおばあさんはにっこり笑い、「クーラーがいらないってことは、胸のなかが冷たい人間だってことだね」。のろのろと日中いっぱい机に向かう。坐古家に松本からの野沢菜とぶらんこ乗り文庫本とどける。カバーについているサワヤカな写真に、ゆみちゃん、めい、るなより爆笑された。「こいつが大阪弁しゃべってんだもんね〜」。お風呂へはいっていると、ニューバッカスの佐藤さんがいつもの声で、「ここへ皿おいとくかんよ」。あがってみると、上がり框に大トロの皿が。猫たちそれぞれ分業し猫メダルの彫刻にとりかかる。晩ごはんはゴーヤチャンプルー、おくらのおしたし、ラー油冷や奴、大トロ。口のなかがドロドロになる。猫たちもドロドロになって溶けている。フランスではアームストロング選手が三連勝。スプリンターでもないのに、最後はなんと、ゴールスプリントで勝った。世界じゅうのひとが脱帽でしょう。文句なしです。去年もたしか書きましたが、どうぞこのまま総合優勝してください。

2004年7月21日(水)
とても暑くて上機嫌。ニューバッカスの佐藤さんによれば37度くらい。午前中、少し創作。モノマガジン用のイラストを描く。まるいちへ出かけ、いさぎ、めといかを買う。細長い魚ほうぼうは「サービス!」とつけていただく。おかみさん、いつもいつもありがとうございます! 午後二時ごろ、新潮の須貝さん来られる。おみやげに石垣ラー油とおいしそうな味噌瓶詰めをいただきました。こういう洒落た調味料は、悲しいことに、三崎にはありません。なのでたいそう嬉しい。ちゃぶ台に焼き茄子とキュウリ中華和え、たこ炒め、いさぎとめと刺身。須貝さんは紙袋から文庫版のぶらんこ乗りを出して渡してくださる。すばらしい表紙。単行本の荒井さんイラストが「昼のぶらんこ」とすれば、霜田あゆみさんによる刺繍イラストのほうは「夜のぶらんこ」といったおもむきです。下絵などあらかじめ描かず、一気に針を縫いすすめてしまわれるのだとか。いつも大勢のかたにいわれることですが、ぼくは本当に、ほんとうに装丁に恵まれています。小雨の夕立を聞きながら、ずっとしばらく須貝さんと「夜のぶらんこ」を見ている。夕方まるいちへ出かけ、須貝さん、高級貝や高級魚を、野草を摘み取るようにごくなめらかに購入。今日は土用の丑なので、ぼくはうなぎと土用しじみを買いました。港のバス亭で須貝さんを見送り、あわただしくモノマガジンのイラストを発送。晩ごはんはお昼のあまりのきゅうり、茄子の味噌焼き、蒲焼きとしじみみそ汁。ツール・ド・フランスは今年の見せ場、名物ラルプ・デュエズの、個人山岳タイムトライアルレース。正直いうと、このコースは個人競技でなく、ふだんのような駆け引きを含めて見たい場所だった。アームストロング選手が昨日につづき連勝。見ながらふと、このひと来年、ジロ・デ・イタリアに出たらおもしろいのに、と思った。

2004年7月20日(火)
朝から調子よく暑い。祭礼の提灯をおろし、洗濯をしながらご近所にあいさつ。松本へ眼鏡を発送。本日、連載原稿の締め切りがふたつありました。モノマガジンには青山ブックセンターの思い出について書いた。ダヴィンチには、しょうろ豚ルルが出てくる短編を書きました。お昼はゆうべあまったトロを切って丼に。夕方までぼんやりと創作。玄関先から、紙やすりと雷がけんかしたような、ものおそろしい音が聞こえてきた。ととと、と下りていくと、坐古父だった。木遣りの歌いすぎで声が枯れていたのです。「だめだ〜、おれも〜、もう若くね〜べ〜」とかすれ声で笑いながら、神様へお供えした金目をおいていってくれた。いつもいつもありがとうございます、そして、毎年のことながら、たいへんお疲れ様でした。じゅんやもととと、と玄関先にあがってきて、障子に張ったままの来客リストを見あげた。「なにこれ」「お客さんの名簿」「こんなだけきたの?」「こんだけきた」じゅんやは驚いたように眼をむき、口を結んだまま外へ駆けだしていった。夕方の気象情報によれば、この日東京の気温は40度まであがり、野球場のグラウンド近くは50度近くまであがったそうな。おそろしいことです。来年あたりは東京じゅうシュワシュワ沸騰して蒸発してしまうんじゃないか。晩ごはんはネギトロ丼、焼き茄子、納豆、キュウリ。ツール・ド・フランス、アルプス初日はアームストロング選手、力業の一等賞。力こぶで周囲を威嚇する。

2004年7月19日(月)
朝の散歩に出た長薗さんによれば、園子さんとオトさんと議論は朝8時頃までつづいていたとのこと。ぼくは9時半ごろまで起きられず、朝のゴミ回収車を逃してしまう。きのうよりずいぶん強い陽ざし。祭礼の列は本日公園あたりから西浜のほうへとまわる予定。お昼前、園子さん、信子さんとまるいちへでかけ、風、サバ、アジ、いわし、磯玉を購入。内海さんにいただいた桃と松本のきゃらぶきをおみやげに渡しました。家に帰ってすぐ、加藤家のひとびとがやってくる。あずめぐ姉妹、すぐさま二日酔いのおとなたちに慣れる。家に詰め込まれたひとびとを残し、自転車を飛ばして昼食用の買い出しへ。毎晩ツールをみているというのに、日の出からの坂をのぼるだけで頭がクラクラする。たいへん情けないことです。風を運んできてくれたスグルくんと家の前の路上でチューハイを飲む。撮影途中で陽に焼けた写真家の森さんにもビールを手渡す。三人で道ばたに座り、ゲラゲラ笑いながら飲んでいると、めぐちゃんがやってきて「どうして、そんなとこ座ってるの、はだしで」とリズミカルにいった。台所ではまたもや園子さんが料理トランスにはいっている。昼過ぎまでに用意したのは、アジのなめろう、いわしの酢の物、叉焼といんげん、サバの塩焼き、風、ゆで磯玉、おくらひたし、たこのガーリック炒め、小松菜煮浸し、ミョウガきゅうりの和え物などなど。それから桃。写真家の森さん、モチクの佐々木さんにポートレイトを渡しにいく。昼寝中だった佐々木さんわけがわからず「あ? あ?」と繰り返し聞く。奥さんに茹でたてのとうもろこしを二本もらった。写真がとうもろこしに変わった! 森さんは別れ際にパチンと一枚、とうもろこしをもったぼくの写真をとってくれた。お疲れさまでした森さん、次回は京都あたりで会いましょう。いれかわるようにダヴィンチの関口くん、名酒獺祭をもってやってくる。砂にしみこむようになくなってしまいます。あずちゃんに「このひとはせきぐちさん。顔はこわいけど、悪者ではないよ」というと、喜びいさんで似顔絵を描いた。めぐちゃんは紙でかき氷をつくってはしゃいでいる。ふたりは横になったオトさんの顔に百円玉を載せて遊ぶという荒行にも挑戦していた。夕方五時前、祭はいよいよ最後の盛り上がりをみせはじめるというころ、うちの宴席は一足はやく解散。加藤夫妻、あず、めぐ、長薗さん、関口くん、波多野さん、オトさん、信子さん、森さん、園子さん、どうもありがとうございました。内臓とからだと、その他いろいろ、どうぞしばらくのんびりとお休めください。来年の祭礼では、日の出は獅子番、つまり本年番なのです。どうにかして参加を果たしたいものですが、まずそれまでは、さらば、さらば! みなさんが帰ったあと洗い物と掃除。祭のあとの寂しさもなく二階で倒れる。遠くでピーヒャラと笛の音がする。園子さん洗面台に眼鏡忘れている。

2004年7月18日(日)
曇りがちな晴れ。神輿のみなさんは炎天でなくほっとしているだろう。朝のうち、ゆうべ塩しておいたサバをシメサバにする。園子さんは東岡のヨコサンへ買いだし、ビールのケース手配などをすませ、早々に料理の支度にかかる。そこへ「園ちゃんかえってんの!」と、めいとるなが突入してきました。包丁を使う周囲で跳ねまわってはだめだと強く叱られていた。そのかわりに突飛な質問で園子さんをギョッとさせていた。正午過ぎ、第一陣のお客さん、文春の斉藤さん、山下さん、波多野さん、少し遅れて森さん。それからリトルモアの熊谷さん、スイッチの猪野さん(ふたりは夫婦)らが到着。園子さんの料理エンジンにいよいよ火がはいる。次々と完成する洋食、和食、酢の物や名のわからないもの。出来上がったそばから皿に載せ、二階へととと、と運びあげる。午後になり、うちの正面に祭の天狗、つづいて獅子、獅子の山車、さらに神輿、神輿の山車と、順々にやってくる。たいそう華やかなこと。ハッピも袴も日本髪も三崎の町並みにぴったりだ。じゅんやが太鼓を叩き、セイコちゃんが獅子の毛をすばやく手渡してくれた。神輿が商店街のほうへ曲がると、いれかわるように長薗さん、孝典が手をふりながら現れました。長薗さんはおしゃれなポン引きが着るような素敵なシャツを着ている。孝典はあいかわらず徹夜した外国人のような格好です。全員で二階へあがり、宴席の第二弾。ここまでで園子さんの作った料理はというと、揚げ茄子かぼちゃの西洋風炊き合わせ、かぼちゃの煮物、たこの酢の物、いんげんゴマ和え、ザーサイ冷や奴、ジャコ水菜サラダ、シメサバ、めといか刺、いさぎ刺、カマス塩レモンなどなど。さすが半分猫だとお客のみなさん感嘆。片端からきれいさっぱり片づけていく。太鼓がすぐ真裏から聞こえだすころ、市場勤めの松下さんがハッピ姿でやってくる。神輿を担ぎ疲れたのだとか。みなさん大歓迎。宴席ワイワイ盛り上がっているのを横目に、園子さんとともに、まるいちへたこを引き取りにいく。のんちゃんが塩をし、のぶさんがもんだたこ。ひさしぶりのまるいち店頭に園子さんすっかり猫顔。松本よりのおみやげを渡す。家にもどると、松下さんがたこのように酔っぱらっていた。乾いたからだへシャワーのようにお酒をいれたからでしょう。口に運んだコップからザーザーとこぼれる日本酒。長薗さんいわく「さすが三崎だ。最近ここまで酔っぱらうひとは東京では見ないよ」。中トロを切り、しめさば、たこの酢の物などを出す。松下さん、いったんフラフラと商店街のほうへ消え、十分後にまたゾンビ映画のように階段を四つんばいでのぼってくる。坐古さんが勇壮な身なりでやってきて、漁師のように松下さんをかっさらっていく。さらに入れ替わるように、今度はまるいちより、ものすごい差し入れ。いさぎやかますの刺身盛り合わせです。ほんとうに毎年ありがとう! ありがとう! ビバまるいち! 日が暮れてからも、園子さんはずっと厨房から離れず、春巻きを三種、納豆と挽肉のレタス包み、いなり寿司を黙々とくり出す。まさに独壇場です。最後の電車で文春チーム、波多野さんを残し、東京へ帰っていく。バイオレント竜宮城から陸へ戻っていく浦島太郎の気分でしょう。品川駅で一挙に転んだりしなかったかな。夜十時半頃、江ノ島でのライブを終えたオトさん、信子さんがやってくる。とっておいたお刺身やサラダ、シメサバなどを出す。さらに園子さん、冷やしトマトや水菜サラダ、納豆と挽肉のレタス包みなどを作って出す。ビールに日本酒、焼酎、ワインの瓶が転がっている。園子さんと信子さん、オトさんの三人は遅くまで話し込んでいる。

2004年7月17日(土)
朝から祭礼前の大掃除と洗濯。スプレーがけに雑巾がけ。昼までにけっこうヘトヘトになる。子どもらがぞろぞろとやってきますが、掃除中とわかり、玄関先で帰っていく。シャワーを浴びてダヴィンチ、モノマガジンの原稿にかかる。とても最後まで落ち着いては書けないな、と途中であきらめます。通りには早くもずらりと夜店が出ている。まるいちへ出かけ、明日日曜のための魚を大量に予約。いさぎ、かます二本、中トロ、たこ一匹、めといか三杯。家でさらに掃除をつづけていると、先月もいらっしゃった写真家の森さんが、「暑いっすね〜」と宇治の発音で笑いながら玄関先に来られる。入り船の詰め所や、西浜の裏道をいろいろと案内。「ここは去年かついでる最中、吐きそうになったところです」などと与太を飛ばしながら。帰ってお風呂と晩ごはん。焼き豚とネギを炒めたもの。豆腐チャンプルー。焼き茄子。坐古父がもってきてくれた祭の提灯を玄関先のひさしにさげる。眺めてみると町内はえんえん提灯がぶらさがっている。台所の床を拭き、明日以降の来客名簿を作って、なんとか準備終わり。ツール・ド・フランスは中盤の佳境モン・バントゥ。ものすごく安定したアシスト陣に引かれ、チャンピオンはグイグイ山をのぼっていく。そのうちライバルたちが歯の抜けるように脱落していく。勝つというより、まわりが勝手に負けていくような展開。一昨年までのレースに徐々に似てきた。結局、チャンピオンに押し出されるように、甘いイタリア顔のバッソ選手がステージ優勝。それにしても、ここまで黄色ジャージのヴォクレー選手には頭がさがる。真っ青な顔で立ち漕ぎする姿など、去年の神輿で吐きそうになった自分より苦しそう。母国のフランスではたいへんな騒ぎでしょう。夜にまた森さんがやって来たのでふたりでお酒を飲んだ。宇治の新茶をどうもありがとうございます。夜中の十一時頃園子さん猫たちとともに松本より到着。松本の探求の成果を写真でみせてもらう。完璧です。猫たちも前脚で拍手。松本で住む家はこのぶどう畑の家でおそらく決まりでしょう。

2004年7月16日(金)
午前中に創作。昼からお茶。濃茶に気泡がまじる癖がついてしまった。茶筅の振りかたがどうかなっている。これは無理に直すのでなく、直っていくに任せるしかない。路上ではほうぼうで虫が燃えている。新宿駅で山手線に駆けこもうとして、かばんだけ先に挟まれた男性がいた。黒いかかしのような服装をし、胸をはだけていました。何人かの女性が、プラットフォームに立ちつくす男の姿をカメラ電話で撮影していた。駅員が駆けつけ扉をこじあける。山手線が出ていったあと、男はフォームに立ってニヤニヤ笑いを浮かべ、周囲に一瞥もくれずまんがを読みだした。まったくおそろしい街なことです。三崎へ戻り、ゆうべの茄子麻婆をごはんにかけて丼。食後に青山ブックセンターの高頭さんから電話があった。明日から全店が閉鎖とのこと。愕然となる。ただ、誰よりもショックなのは、きっと書店員のみなさんがたのはず。青山ブックセンターとは、ただの店や場所でなく、あのひとたちのことだった。より正確にいえば、みなさんとのつながりのことだった。お店がいったんなくなっても、書店員のみなさんとは、関係をとりつづけていたいと切に思うし、みなさんも互いに、ずっと関係を保っていてほしい。そのつながりがいつか、新たな青山ブックセンターを生み出すにちがいないと思う。しかし、なんたることだろう。

2004年7月15日(木)
朝起きるとあぶら虫が燃えていた。蠅もしろありもみな燃えていた。むしあつかった。ダヴィンチの原稿をいろいろと考える。考えていてもせんがないので、ノートを開き鉛筆を落とすと、しょうろ、と書いていた。決まりです。今回はしょうろ、つまりトリュフを取る豚の話にしました。午後三時まで書いて、虫たちの炎にへたばる。ダンチュウのゲラ早々に戻す。掃除も洗濯もせずただ寝ころんでいる。NTTのひとが、隣家にかかった電話線を、うちのほうへ引き戻しに来る。つまり、いよいよ取り壊しが近いようです。工事はいったいいつからだろう。ずいぶん前に小野真くんにいただいた西谷啓治氏の「空と即」を読む。イメージと論理との絶え間ない響きあい。お風呂にはいって晩ごはんは、いわしマリネ、冷や奴、茄子麻婆。食後にツール・ド・フランス中継を少し見る。青空と坂と山林の南フランス。サンフルーからフィジャック。このあたりでもしょうろは取れたはず。あぶら虫が燃えさかるので、扇風機をもって二階へ移動。外ではスナックの女の人が駆けながら高い声で叫んでいる。

2004年7月14日(水)
フランス革命記念日。きもちのいい朝。パンとバナナを食べて創作。よく晴れてはいるけれど、空気は涼しく、外国にいるみたいな気候。家のなかではTシャツに青い上着を着ている。お昼にまるいちへ行きいさぎ。のぶさんによれば、三崎の夏はいさぎで始まるのです。昼ごはんの食欲がない、とこぼしていたら、 大阪の実家からまるいちへ届いていた細いうどんを、逆輸入のような形でいただく。午後も創作。不気味な冬の場面に息をつめもぐっていくような感じ。上のほうから光はさしこんでいる。と思ったら、階下からいきなり戸をあける音がきこえ、めい、るな、みさの三人がぞろぞろと上がってきた。「ねえ、することなくてつまんない」「なんかおもしろいの出して」。生憎うちの熊は九州方面に出払って留守。「こっちはすることがある」といって机に向かっていたら、めいは「ねえみんな、つまんないよ。外いこう」といって、妹たちを引き連れおりていった。たぶん気を利かせたのでしょう。めいちゃんありがとう。六時ごろまでのろのろとつづけ、まるいちへいさぎを引き取りにいく。風呂にはいって晩ごはんの下ごしらえをする。今日は少しフランス風にしてみた。ひこいわしをマリネに。いさぎをオリーブオイルと日本酒、バジルとにんにくで蒸し焼きに。そして昨日にひきつづきゴーヤをシノワきんぴらに。ツール・ド・フランスの中継は午後六時から十二時まで。今年最長のコース、七つの山岳ポイントがひしめく難ステージ。今年にはいってはじめての山岳レースでもあります。7月14日のコースは毎年特別な空気がある。フランスのレーサーにとってこの日の勝利は一生どころか代々語り継がれる栄誉になるのです。レースは早くから、ふたりの選手が逃げを打った。父を名選手にもつメルクスと、フランスのやんちゃ坊主ビランク。ビランクは去年モンバントゥのコースで、新庄選手のスチールのように、驚きに満ちた勝利を収めた(走る距離は一日十万倍以上だけど)、フランスでもすごく人気のあるレーサーです。この日に彼が勝てばフランスじゅう光にあふれるだろうな、と思っていたら、後続の集団から誰も追ってはいかず、結局最後の最後まで足も衰えず、栄えある記念日レースにとうとう優勝してしまった。おめでとう! おめでとう! フランスはどこもお祭だ! 三崎のお祭は四日後と五日後。それぞれの日に「行くよ」というひとびとからお便りが次々と届いています。なぜか類似点の多い三崎ことばと信州弁でいえば「行くだ」「行くだよ」。

2004年7月13日(火)
梅雨明けだそうです。とはいえ、いったいいつが梅雨だったのか。洗濯、掃除をして創作。お昼は納豆ごはん。まるいちへ行って、めごちと白ぎすを買う。天ぷら用です。おかみさんに「めといかの天ぷらもおいしいのよ」と教えられ、夕方まで外で干しておいてもらう。こうすると油が弾けない。四時半までそろそろ創作。暑いと調子がやはりいいようです。まるいちへ魚をとりに行く。のんちゃん経由でのぶさんからビールをいただいた。いつもいつもありがとうございます。夕方の商店街で、八百兵のおばあさんの自転車といきあった。「かっこういいですね!」と声をかけると、「かっこういいでしょう! 85には見えないでしょう!」とすれ違いざまにいって、ツーッとまっすぐ走っていった。晩はめごち、白ぎす、めといかの天ぷら。ゴーヤ。揚げ茄子の酢の物。トンカントンカンと金槌の音に、木遣りの声がまじってきこえてくる。夜を過ぎれば、お囃子の練習が隣り町から。海南さんの祭礼はいよいよ今週末。さすが梅雨があけただけあり、夜はこの上なく涼しげな風が、夜の海から吹き寄せてくる。

2004年7月12日(月)
朝起き、やけに涼しい、とおもったら四時だった。陽がのぼればやっぱり暑い。短く創作をして、十時に横浜の学校へ。宿題は「いちばん好きな小説のレジュメを書け」というもので、レジュメを書いておもしろそうな「木のぼり男爵」を選びました。マルク先生は読んだことがなかった。題名とカルヴィーノの名前を手帳にメモしています。お返しに今読んでいるというペーパーバックを見せてもらう。英国の作品だった。冒頭、犬の腹にフォークが刺さって死んでるところからはじまるらしい。「最初の6ページ、笑いっぱなし!」とマルク先生は腕を振り回していった。正午に朝日新聞社の矢坂さんと待ち合わせ。シェラトンホテルの昼食はカレーいろいろ取り放題というもの。ごはんの上に、豆カレーと鶏カレーをまぜこぜにかけた。矢坂さんのお皿は活火山のようになっていた。松本の家の話、手作業について書いたものはおもしろいという話。最近おもしろかった本をきかれ、「ウイリアム・ブレイクのバット」と「ホムンクルス」をあげておきました。矢坂さん、はるばるどうもありがとうございました。それにしても、冷房はつくづく疲れます。三崎へ戻るとからだの焦点がぼけた感じで、しばらく畳に寝ころび調子を整える。夕方少し創作。メリー・ゴーランドの増田さんに、文庫版解説のお礼の電話をかける。昨日のサバが今夜もある、今夜もある、と歌いながら猫たちはオペレッタ風に押入から顔を出す。塩焼きとシメサバ。揚げ茄子、枝豆、トマト。松本ではいま映画館問題が紛糾している。縄手通りにマンションを建てていったいどれだけの人がしあわせになるだろう。気分を変えるため、マルク先生に教わったフランスのことわざを園子さんに教える。フランスのひとはビールを飲むとき「自分はビールとならいつでも結婚する。ビールには姑がいないから!」というらしい。「あたしサバとならいつでも結婚するわ!」「八宝菜と!」「カレーと!」「腹にフォークが刺さった犬と!」。

2004年7月11日(日)
がんがんの炎天です。ただし日陰にはいると涼しい。三崎の夏はちょうどいい感じ。朝からダンチュウ用の原稿を書く。途中でまるいちへでかけ、小田急沿線から自動車でよく来られるというご夫婦にアカムツをお薦めする。ぺらぺらと余計にしゃべっていると、ほかのお客さんに「にいさん、このアジ、アブラのってんか?」ときかれた。ゆうこさんに薦められたのは、実にすばらしいサバ。縦と横がないくらい丸まると太り、まさに棒です。帰ってダンチュウのつづき。三時頃終わる。炎天のまるいちへビール差し入れにいく。何匹ものたこが大鍋でぐらぐらと煮付けられていた。サザエの壺焼きをひとつもらって、スグルくんたちと港のそばでビール。エッチな電話広告について話す。家にもどっていよいよサバを締める。二枚おろしを合わせると再び泳ぎだしそう。オールスターを見ながらシメサバのできあがりを待つ。新庄選手のホームスチールには大笑いかつ感激した。ずいぶん昔ですが「記録に残るほうはイチローくんに、ぼくは記憶に残る選手になります」といっていたのを思い出しました。記録にも記憶にも残った新庄選手は立派です。お風呂にはいり、晩ごはんはシメサバ。立て続けにサバ塩焼き。心臓がとまる。にやにや笑いの猫が二度命を失う。それからきゅうりの中華サラダ、枝豆、冷や奴。祭礼の木遣りが会館から響いている。シメサバはまだ半分残っている。祭の一週間前のすずしい夜。明日の語学学校の宿題をすませる。

2004年7月10日(土)
朝からとても暑い。銀色のボウルのなかに座っているような感じ。手早く掃除、朝から創作。休日なので玄関から子どもがのぞきます。アイスクリームちょうだい、といわれ、うちは菓子屋じゃないよと断る。お昼にまるいちへヨロヨロと出かけ、やせぎすのカマスを一尾買う。戻ってさらに創作。穴の底を掘り進む気分。じっさい書いているのもそういう場面です。夕暮れ、オーシャンフロントへ家賃を払いにいったら、社長とゆうちゃんにボロボロのズボンをほめられる。巻き上げた裾をおろしてみせたら、あまりのボロボロさに、ふたりは少しことばを失っていました。かますをとって帰ってくると、玄関先にコンクリートのかけらがひとつ、置いてある。その下に敷かれた紙に「いしいさん、この石あげる。じゅんや。いしいさんだから石」と書かれてあった。八百屋にでかけるとおばあさんが「髪の毛が素敵ですねえ、ひさしぶりにいしいさんの頭を見ましたよ」。晩ごはんはかますの塩レモン、かます塩焼き。夕方に雨。園子さんは書道の先生より果物の名前をいただいたそうです。園子さんは果物好きですから、いっそうめでたいことです。

2004年7月9日(金)
朝起きるとどんよりとした熱波。創作を少し。じゃんじゃん電話がかかってきますが、お昼前には出なければならないので応対が乱雑になる。たいそう失礼しました。おまけに、バスに乗り、京急に乗ったあと、園子さんに頼まれていたまるいち魚パックの手配を、忘れていたことを思いだした。目の前がセメントに塗られたような気分。お昼からお茶の稽古。お茶は精神の軸を安定させる作用があります。点前はやじろべえみたいにフラフラにせよ。帰りに紀伊国屋に寄って資料あつめ。伊勢丹で安売りをしていたので、長袖のTシャツと開襟シャツを買った。地下でうなぎの肝も買った。ひさしぶりに富士日記を読みながらウイング号で三崎へ。うっかりポコがいなくなる場面を開いてしまい涙があふれてくる。千葉さんより冷房についてのお便り。いま永平寺に修行にいっておられるのです。座って立って掃除して、のところ。晩ごはんはうなぎの肝どんぶり。三つ葉のおしたしと冷や奴。夜は窓を開け放すと涼しい。猫たちが窓辺に並び、ひげと尾を海風になびかせています。

2004年7月8日(木)
気温34度。けれど海からの風は涼しい。うちに冷房はなく、近所にもエアコンの室外機は見かけない。朝から新潮の雑誌「波」への、クレスト・ブックス推薦文。名品ぞろいのこの翻訳シリーズのなかでも、最愛のウォーターランドについて書きました。それから創作。鳩を飼っている巨大な女。昼過ぎ、るなとみさがあがってきて、ETの首をもいで遊ぶ。むごいことです。四時半に終えて酢蛸をつくる。以前も思ったことですが、タコと猫は、互いにどこか似ているような気がする。いったいどうしてだろう。国兼さんより「ふたご」四刷のしらせがあった。みなさん、ありがとうございます。ぐったりとしてきたので、牛を食べようと考えた。辛子味噌やネギ、いろいろと下味をつけて韓国風に焼く。晩ごはんは韓国鉄板焼き、酢蛸ときゅうり、冷や奴。原田さんよりかじきの曲ができあがったよとお便りをいただく。ツール・ド・フランスは選手たちにとってたいへんな天候がつづいている。去年は熱波で亡くなったかたがあったほどなのに、同じこの季節、北のブルターニュとはいえ、雹まじりの横殴りの雨が吹きつけている。

2004年7月7日(水)
9月半ばのようなじっとりとした暑さ。気温は34度。連日のよれよれ創作。その合間に、録画しておいたスヌーピーシリーズをDVDにダビングしようとしたら、十枚買ったうちの三枚が、立て続けにエラーでとまる。注意して国産のディスクを買ったのに、なにがいけなかったのでしょう。暑さで回転がよれよれだったのかも。ダビングは諦め創作をつづける。午後にめい、るなが自転車でやってくる。るなは台所にあがり、チューペットのふたをはさみで切り、緑の汁を床に飛ばす。土間に置いてある曲乗り自転車を調整する。自分だけ、空気入れをタイヤにはめられたことに、るなは少し驚き、すぐさま大いに自慢げになる。まるいちへ出かけ、とげとげの「風」を一個、めといかの干物を三枚、うねうねとうごめくタコをひさしぶりに丸ごと購入。塩でぬめぬめを取り、短くていねいに茹でる。晩ごはんはタコ刺し、割った風、キュウリの中華酢の物、枝豆、めといか干物をちょっとあぶったもの。これではごはんなんていえません。つまみです。流れた汗をお酒で補給。タコは途中で酢の物にしたりして、都合足を三本たべた。園子さんより探求情報とどく。今日見つけたのは、どんどん建て増しされていった昭和中期の二階屋。半分猫のひとなので猫ごころに任せさがせばいい。猫は家に慣れるものと太古の昔からいわれています。

2004年7月6日(火)

とても蒸し暑い。朝からよれよれと創作。暑いのは好きなので、よれよれは気候のせいじゃありません。気性のせいです。お昼にアジ叩きを食べようとしたら、昨日の今日でもういたんでいた。無念。アジごめん。午後も創作。文芸誌が何冊か届く。リトルモア社から猪本典子氏の「イロハニ歳時記」という本をいただく。ぱらぱらめくってみただけですが、とてもかわいらしい、平仮名や余白に風が吹き通るような本です。また、角川の松崎さんより、ピーナッツ日曜版の作品集が三冊届きました。みなさん、いつもいつも、ほんとうにありがとうございます。まるいちではいさぎを買いました。名店牡丹でいつもの叉焼も買った。お風呂にはいり、晩ごはんはいさぎ刺、塩焼き、冷や奴、ネギ叉焼、きゅうりもみ。佐藤さんが外で夕涼みをしている。食後は小川国夫氏の短編をいくつか読んだ。それからツール・ド・フランス第三ステージ。パリ〜ルーベの名物、中世の石畳がコースに組み入れられている。ものすごい緊張感をはらんだレース。というのは、石畳は、剣山の上を走るようなものだから。スプリンターのマキュアン選手がとりあえずの首位に立つ。転んだ選手たちはふとももから血を流してる。園子さんより松本の家さがしに関する電話がありました。足でさがしているうち、素晴らしい物件がいくつか見つかったとのこと。三崎に住むなら港の近く。では、松本に住むのなら、いったいどういうところがいいのか。園子さんの探求は明日もつづく。

2004年7月5日(月)
くもり空で蒸し暑い。気温は28度くらいまであがっている。今年の梅雨はまったく雨がふりません。しかし気候は真夏ではない。朝から洗濯し、横浜の語学学校。マルク先生に宿題をチェックされる。イギリスの医者の倫理観と医療テクノロジーのバランスについて。日本では、保険や医療情報をもとに家々をたずね、壺や印鑑を売りつける集団がいる、というと、マルク先生仰天していた。横浜でラーメンをたべ、漫画を買いに行くとたいそう疲れる。足下をみるとまるで棒こんにゃくのようです。よれよれと三崎へ帰り、ぶらんこ乗りゲラと草思ゲラ。おとついホテルに忘れてきためがねが宅配便でとどく。八重洲富士屋ホテルのかたありがとうございます。夕方、棒こんにゃくを机に載せて漫画を読む。ひとに薦められた「ホムンクルス」二冊。山本英夫氏の作品はどれも愛読していましたが、今回のはとくに、めまいがくるほどすばらしい。この第二巻(とくに後半)は、最近手にした本のなかで、もっとも感激し圧倒された読書体験でした。漫画で息がとまったのはいつ以来だろう。気が付くと夜になっていたので、お風呂にはいり、しりあがり寿さんの「地球防衛家のヒトビト」を読む。晩ごはんは、二日つづけてのゴーヤスルメ、まるいちでいただいたアジの叩き、しじみのみそ汁、トマトサラダ。南東隣の二階屋がとり壊されることに決まりました。コインランドリーはこの6月に閉店し、スナックもずっとしまっているので、これはもうしようがありません。工事にはいると、ガンガンとうるさいでしょう。とにかくうちはやがて、荒野に立つ保安官のように、東西南と吹きさらしになる。北は佐々木さんのモチクがあるだよ。

2004年7月4日(日)

朝方涼しすぎるように感じたのは、一昨日の晩から、強いクーラーに当たりすぎたため。下半身が疲れてなかなか動けず、寝坊したように思いましたが、それでも七時前だった。足を引きずり洗濯、のろのろと創作。お昼にまるいちへ出かけ、小さなアカムツと、肝入りスルメイカを購入。夕方家で仕事をしていると、「しんちゃあん!」。佐藤さんの友達が、冷蔵庫に「もの」を残していってくれたのだそうです。「もの」とはサバでした。目のまわりがゼリー状のなにかにまだ覆われている新鮮さです。「臓物とっといてやったからよ。味噌煮でもしな」。いつもいつもありがとうございます。もし足の痛みが通風だったらどうしよう。などとは考えず、すぐさま二枚におろし、半身は筒切りにして味噌煮、もう半身はシメサバ用に塩締めにして冷蔵庫へ。さらに創作。宅配便でゲラがふたつ届く。草思のエッセイと、ぶらんこのゲラ、そして文庫版解説です。ご執筆いただいたのは、メリー・ゴーランドの増田さん。うれしく恥ずかしく、おもわず猫顔になりそうな解説文。増田さん、ほんとうにありがとうございます。シメサバがうまくできあがったら、味を念で送ります。夕方まるいちでアカムツ、スルメをひきとる。のぶさんに「犬吠埼にいったら犬に吠えられた」というと、「ばか」と呆れられ、おまけに釣りアジを二本いただいた。無駄口がアジに変わった! 晩ごはんはサバの味噌煮、スルメとゴーヤの炒め物、アカムツ刺、ねぎのぬた、キュウリの中華風。猫も今夜は満足げに背を丸めにう。猫を起こさないよう、ツール・ド・フランスの第一ステージを見る。エストニアのベテラン、キルシプ選手がゴールスプリントでスッと勝つ。

2004年7月3日(土)
七時にロビーでダンチュウ編集者小野さんと待ち合わせ。総武線快速で銚子まで二時間。駅で写真家の伊藤さんと合流する。地方の電車で小旅行をし、ごはんを食べ、その感想などをエッセイにまとめるようにというご依頼です。千葉はさっぱり不案内ですが、港町らしい家並みは、やはりどこかしら三崎と似通っている。船大工がつくったような破風とか、鉄さびた海側の鉄骨だとか。歩きながらやたら犬に吠えられた。よそものの匂いをかぎ取るのかな。埠頭のスケールは、さすが全国に知られた漁港だけあって、三崎の十倍くらいありそう。ぽかんとしていると、小野さんから「すごく感動なさっていますね」といわれた。威勢のよいふたごのお姉さんがいる料理屋でいわし御膳、イワガキやハマグリをたべる。ぬれせんべいのご夫婦にすばらしい話をきく。それから大目的でもある銚子電鉄の古い車輌で終点外川まで。大漁旗のご家族に刷毛さばきをみせてもらったあと、犬吠埼灯台へ。とてもかたちのきれいな灯台ですが、上にのぼるとやはり怖かった。ここへ来る予定だったから犬に吠えられたのか。いろいろと散歩し、銚子電鉄で銚子駅へ。ビールで仕事あとの乾杯。総武線を東京駅で乗り継ぎ、横須賀線で横浜。京急に乗り換え三崎口、バスで三崎へ。スムーズにつながった復路は都合四時間。松本に行くよりよほど疲れたのは、乗り換えの多さと、人混みのせいでしょう。右の足首がぎりぎりとすごく痛い。しびれが切れたみたいにどんよりと重い。家の戸をあけるとイワシやハマグリの匂いをかぎつけたまぼろしの猫たちがギャーギャーと駆けまわった。うちは猫吠家と化している。

2004年7月2日(金)
梅雨はどこにもない陽気。洗濯をし、朝に少しだけ創作。お昼からお茶。初炭点前は、数週前にやったばかりなのにものすごくあやふや。九月に「飯後の茶事」の亭主をつとめることになりました。飛び込み台の上にいるような心境です。夕方に辞去し、何本か電話。いくつかの予定を変更し、八重洲富士屋ホテルに泊まることになった。これは明日が早いためです。夕方六時半、角川の松崎さん、滝澤さんとロビーで待ち合わせ。銀座の京料理店で、堀内さんも合流。秋につくる本と、これからの予定、生活と創作との共通点などについて十時半まで話す。それからホテルに戻り、夕方に買った平出隆氏の新刊「ウイリアム・ブレイクのバット」を読む。ホテルで読むのにちょうどいい空気感。一語ずつがもったいなくてそろそろと忍び足で目を運ぶ。それにしてもホテルの部屋はなぜいつもクーラーがつけ放してあるのか。スイッチを切ってもどうして冷え冷えとしているのか。涼しい夜なのになぜ冷房が必要なのか。

2004年7月1日(木)
真夏だろうというほど好天。そよ風が吹き、洗濯にちょうどいい日和。朝から細々と創作。お昼にパンを食べて、午後もそのつづき。子ども三人組を玄関先で食い止め、さらに話を進める。ゆうべの天ぷら油が残っていたので、今日はおいしい鶏の唐揚げに挑戦した。といって、漬けこんだ鶏肉を、卵にくぐらせて衣をまぶす手順を加えただけ。あとはまじめに素早く二度揚げする。枝豆、トマト、キュウリ塩もみなどつまみながら、阪神対読売の試合を見る。福原投手は、以前はハンマーをぶつければまっぷたつに割れる、堅い小石に思えたのが、とても大きな堅い岩に変貌しつつあるように見えた。読売打線を絶妙なコントロールでかわしていきます。いっぽう、読売の投手起用は惨憺たるものだった。八回の裏に高卒の新人を出し、ピッチャーの送りバントによるアウトひとつを除き、ヒット六本で六点取られるまで替えなかった。むしゃくしゃしたので浅草の曽田君に作ってもらった靴を二足ていねいに磨いた。磨き終える頃、ニューバッカスの佐藤さんがさらに、いか刺し、いかの肝和え、キュウリの酢の物をもってきて「ま、あまり飲み過ぎないように」と釘をさして帰っていった。猫たちは佐藤さんに猫メダルを贈ろうかと話しあっている。


ごはん日記でおなじみの
「まるいち魚店」
▼新刊 発売中▼

●「四とそれ以上の国」(文藝春秋)より発売中

いしいしんじ

【PROFILE】
作家。大阪生まれ。現在、三浦半島の三崎と信州の松本に在住。著書に小説『ぶらんこ乗り』『トリツカレ男』『麦ふみクーツェ』『東京夜話』(新潮文庫)『プラネタリウムのふたご』(講談社文庫)『ポーの話』(新潮社)『みずうみ』(河出書房新社)など、エッセイ・対談『その辺の問題』(中島らも共著/角川文庫)『人生を救え!』(町田康共著/毎日新聞社)などがある。お酒好き。魚好き。メカおんち。きれい好き。
【最近の仕事 12/9更新】
▼ 出版予定 ▼
●単行本
「四とそれ以上の国」
(文藝春秋)2008年11月下旬
●文庫
「ポーの話」
(新潮文庫)2008年9月下旬
「うなぎのダンス」
(河出文庫)2008年10月
「白の鳥と黒の鳥」
(角川文庫)2008年11月
▼ 出演・催し物など ▼


週間ブックレビュー
チャンネル NHKBS2
放送時間:12月20日(土)午前8時30分〜
再放送:12月21日(日)午後11時45分〜

●その場小説&Live Drawing session
いしいしんじ+市川孝典
日時:12月20日(土) 午後8時ごろより
料金:1000円+ORDER
Mail:TRAUMARIS @ my-an
住所:港区赤坂2-17-62 Hilltop Akasaka 1F
TEL:03-3505-3953
千代田線赤坂駅から2分
銀座線・南北線溜池山王駅から5分
地図はこちら>>

▼ 連 載 ▼
●「真夜中」にて長編小説「雪」
●「読売新聞」にて「本のソムリエ」(不定期)
●「クロワッサン」にて
 エッセイ「ああ驚いた」
●BAR FLOWにて小説
「みち子の叫び」(CLIPPING 310141)
スクラップブックを使った佐藤理との共同作品
「祝い酒」(POSTER 141310373)ポスターを使ったOSDとの共同作品
ほぼ、月一回連載中

BAR FLOW
港区赤坂8-13-19インペリアル赤坂一番館地下B102
TEL.03-5474-1885(18時から26時まで営業、日祝休み)

●「YOM YOM」にて
  ロングエッセイ「遠い足の話」


▼ 寄稿・書評・コメントなど ▼

●週刊文春9月11日号に書評 
「四人の兵士」ユベール・マンガレリ著・田久保麻里訳
●別冊文藝春秋四月号にて短編小説
「渦」
●芸術新潮4月号にて紀行エッセイ
「バルザックの家とフジタの家」
●考える人春号にて海外小説
ベスト10アンケート+ドストエフスキー『白痴』エッセイ
同人誌「イルクーツク2」に小説
「塩浄瑠璃」

●別冊文藝春秋1月号に小説「峠」
●芸術新潮12月号にエッセイ
「踊るきのこ 南方熊楠の菌類図譜」
●週刊文春12月6日に書評
「灯台守の話」 (ジャネット・ウィンターソン著・岸本佐知子訳)
●別冊暮らしの手帖
「わたしの好きなインテリア雑貨」
にてエッセイ「わたしと本棚」
●かまくら春秋11月号にて
エッセイ「野性のエレキ」
●エスクァイア12月号にて
エッセイ「ハワイをやる」
●新潮社「波」11月号にて
「ジョン・アーヴィング『また会う日まで』刊行記念座談会」
●「圓太郎馬車」(正岡容著・河出文庫)に解説
●本の雑誌8月号にてエッセイ
「私のオールタイムベスト10 ばさばさと「めくって」きた本たち」
●飛ぶ教室夏号にて
短編「リキテンシュタインの法律」
●「西の旅」夏号にて短編小説「船」
●「パピルス」8月号にて短編小説「小包
●「ナンプレファン」8月号にてエッセイ「自分でも呆れる思いこみベスト9」
●東京人6月号にて座談会
「作家と画家、街の歩き方」
鬼海弘雄×大竹伸郎×いしいしんじ
●銀座百点五月号にてエッセイ「タッちゃんとカッちゃん」
●新刊展望五月号にて対談「『みずうみ』の水面と水底」(デザイナー・池田進吾氏と)
●ビッグイシュー日本版
69号にてインタビュー
特集「わからないからおもしろい」
全国のホームレスが駅前などで一冊200円で売っています。110円が販売者の収入になります。 
●「パウル・クレー 絵画のたくらみ」(新潮社・とんぼの本)にエッセイ「オルフェウスの庭で」


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【主な著作】

●「三崎日和-いしいしんじのごはん日記2」新潮社より発売中
●「東京夜話」新潮文庫より発売中
●「いしいしんじのキューバ日記」マガジンハウスより発売中
●「いしいしんじのごはん日記」新潮文庫より発売中
●「雪屋のロッスさん」
メディアファクトリーより発売中
●「人生を救え!」
(町田 康 :いしい しんじ)角川文庫より発売中
●「人生を歩け!」
(町田 康 :いしい しんじ) 毎日新聞社より発売中
●「トリツカレ男」
新潮文庫より発売中

坪田譲治文学賞受賞作
●「麦ふみクーツェ」
新潮文庫


●「ポーの話」
新潮社

●短編集
「白の鳥と黒の鳥」
角川書店

文庫版「ぶらんこ乗り」は、新潮文庫の100冊にはいりました。
●『ぶらんこ乗り』
新潮文庫

●『絵描きの植田さん』
ポプラ社


●『プラネタリウムのふたご』
講談社


第18回坪田譲治文学賞 受賞作品
● 『麦ふみクーツェ』
理論社

●『トリツカレ男』
ビリケン出版)

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いしいしんじさんの著作本はこちら】


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