

|
2008年4月
2008年4月30日(水)
薄曇り。ときどき霧雨。朝から創作。園子さんはレースにこっている。といって競艇の専門誌や「馬」をめくっているわけでなく残念ながらヒラヒラした布のほう。万車券ッてたれや。昼は牡丹で園子さんはタンメン、あたいは焼きそば。まるいちに挨拶にいくと大場さんが帰ってきたところでのぶさんがおりてきて「マ」「マ」というふうにビールで乾杯した。荷物を米屋さんにだし、京急バスにのり、京急線で園子さんはそのまま品川へ、あたいは横浜で乗り換えて代官山へイッタ。ミズマ・アート・ギャラリー。鴻池朋子展「隠れマウンテン&ザ・ロッジ」。イヤー、無言。一度ではなにもいえないしいいたくない。もう一度見にいこうというそれだけはおもう。この「はじめて」と「もう一度」の間の溝とそれを飛び越す関係てーのはホントなんれすかねー。坂をテクテクおりていきひさびさの歯医者。白根先生「アー、ここんとこ悪いな」「ファ」「抜くか」「ファイ」ということでアメリカから帰ったら抜くことにした。思えば親不知子不知海岸を渡って以来五年間この歯に苦しめられつづけているがその分歯のなかでもっとも多く対話をかわした歯でもある。抜くまでは、せいぜい磨いてやろうよ、ててなし子。オドーヂャーン。園子さんと合流しビルのなかのつばめ料理。それからリトルモアにいって真夜中に挨拶し、秘密の小箱をたしかめたあと、地下で鉄割アルバトロスケットの公演をみた。ゴールデンウイークのあいだ10日連続でやっているその途中。プログラムB。イヤー、浮浪者。ててなし子が両親を見いだした目に。感激の場内を後にし真夜中の編集部へ駆けあがり、秘密の小箱とはスチロール箱でまるいちから昨日送ったピカピカのめといか15杯がその中身。それを給湯室で刺身に引く。15匹分のゲソはカセットコンロでさっと茹で生姜醤油であえた。戌井さんと園子さんと刺身とゆでゲソの皿をもってタタタとリトルモア地下へ。三十人くらい残ってワイワイ飲んでいるそこへいかミサイル投入。ボワーと宴会の煙あがる。ビールに日本酒に焼酎。手づかみでめといか好評。ゆでゲソも好評。そうか東京ではみんな家であまりいかを食べないのか。せいちゃん家のヴェトナム料理屋の生春巻きヒヒンロバうまかった。もう閉めまっせということで11時半ごろお開き。戌井さんは別のところへいかのようにたなびいていく。原宿から山手線で田端カエル。
2008年4月29日(火)
朝から創作。昼前にまるいちへいき、魚注文、アジ、カマス、サザエ、メトイカ、ダツ。たいへんオーソドックスな選びデスワ。そして届いていた文庫本「三崎日和」、10冊と10冊にわける。10冊をもってかえり、池田さん、八百兵、坐古家にもっていくとユウちゃんいたじゃん元気そうじゃん元気じゃん、といいあう。サイン本わたす。いったん家に帰り、日記など整理しているうちもう約束の午後一時、途中でビール買って、まるいちにいくと矢野さんと友達。そして読者のかわいらしい女性ふたり。まるいちと食堂のあいだのヒミツの座敷で刺身三昧、焼き三昧、そして煮魚はダツ。明日からいないというと園子さんまるいちの女性陣から「エ」「ナンデ」と目線で訴えかけられる。というのも五月の連休中は三崎にもっとも人が集まりもっとも混雑する季節で、食堂のホール係として園子さんはもう頭数にいれられていたカーラ。あたいは客引きのはずだったヨシ。年末がんばりマスカラ。夕方に解散し家で日記整理。晩ごはんはポパイで酢豚とワンタンと野菜炒め。毎日中華を食べている小柄な日本人の夫婦。
2008年4月28日(月)
朝から創作。イー天気だねー、ぱっかぱっか進むヨ。園子さん背後でため寝。パンを食べ、何百回と前を通っているが未だはいったことのない中華料理屋「舌鼓」へいくと、背後で聞き覚えのあるガッハッハ声がしていた。オーシャーン、フローント! 園子さんはやきそば。あたいネギラーメンたべた。その足でまるいちへいき、アジ、サザエ、カワハギ、ヘダイキープ。帰ってまた創作。それは手書きで書いたものをコンピュータにいれていくという作業。アーンマン。7時頃、溝川さんでビール買って、それもってまるいち食堂へいき、イースターのウサギ卵のように配る。晩ごはんは、アジ刺し、サザエ刺し、ヘダイ塩焼き、カワハギの煮付け、ほうれんそう、ネギのみそ汁。のんちゃんんはゲバラ帽が似合っているが、「あのヨ、髭はそったほうがヨ、食い物扱ってんだから、ってユウひとがいんだよナー」とのぶさんに遠回しにいわれている。ヘダイは秋の魚のはずなのにこんな季節にあがるとはオンダンカだべ、とのんちゃん。ヘダイ、アナゴなどの絵を描く。絵がたまったら、僕が文章をつけ、矢野さんに編集してもらって、まるいち魚図鑑として客に配ろうという話がある。しかしアジってのはやっぱ地球を救ってんネー。家に帰り平松洋子「おとなの味」そしてマイルス本よむ。
2008年4月27日(日)
朝から身支度。長期の転々てんまりだから。デ、猫はどうするの。フギャー。連れて行かれる猫置いておかれる猫のどちらが大切なのだ。園子さんは朝からずっと咳をして心配。だから席をとっておいてあげる。あずさ号で明暗よむ。途中からマイルス本にかえる。新宿から湘南新宿ラインで横浜、そして石川町。改札の外に三人が、そこだけ空間を切り取ったように浮きあがって立っていた。ボニー!ダニー!ルルー! 皆で外国人のように抱き合いハハと笑う。郵便や電子メールのやりとりはあっても対面はボニーが松本へ来て以来だから3年ぶりでダンとは4年ぶりでルルとは初対面だ。初対面という感じがしない。コニャニャチワ赤ちゃん、ルル四ヶ月。元町を乳母車をおして歩きながら四人でいろいろとしゃべる。話の棚卸しといった感じ。ボニーのお産は周囲のみなに影響を及ぼしいまはそれがすべていい光のなかに入っているようにみえるがそれはもちろんルルが元気だからだ。ボニーは「ボロボロー」といいながら内側から光が出ている。ダンはたえずしゃがみ動き跳ね回りながらルルを勇気づけ笑わせこの世はそんな悪くないだろうと思わせるようにしていて、この父さん、この母さんをもったのはルルの最初の最大の幸福だとおもった。日曜午後の中華街は八宝菜のように人だらけでその間をルルの乗った乳母車はすすむ。僕は赤いジャージの尻をたたきダンはダッシュしてはまた戻ってくる。華正楼はボニーの幼稚園からの親友の実家ですばらしい構えの料理屋、なかにはいると空気がいかにも本物の感じ。ルルむずかり、ボニー母乳。ダンはダンスし、園子さんは猫になりニャーニャーとあやす。口琴を出してビヨンビヨン鳴らすとハッとした顔をし、そして顔がすべて耳という気配になり、挙げ句顔がビヨンビヨンの音になった。スゲーナー! ア、カ、ゴ。山極さんによると人間の大人は座っているだけでも、摂取したエネルギーの20パーセントを「脳」で使っているが、生後一年までの赤子だとそれが90パーセントになる。手足がグングン伸び体重が急激に増えてもそれは残りの10パーセントのことで脳で起きている変化のほうが激烈で巨大なのだビヨンビヨンビヨン。運ばれてきたのは、鶏のソテーのレモンソース添え、エビチリ、フカヒレのうまいスープ、様々な冷菜、青梗菜炒め、魚の巻き揚げ。王道なものばかりがとんでもなくおいしかった。ルルの腕や足は中華料理のあとに食べる餅みたいだった。5月6日にはアメリカへ帰るという三人と東京で今週また会えるといいという話をし、石川町の改札で手を振って別れた。三崎につくと夜がとけたあんこのようだ。アー、ルルたべたい。
2008年4月26日(土)
松本市立美術館でゴリラの集い。朝から雨でどんどん強くなる。10時に集合し、コンピュータや映像の具合たしかめる山極さん。と、どこからともなくパファーン、パファーン、とアルプスの角笛の音が。これは別に僕の頭がペーター状態になったというわけでなく、いま開かれているアンカー展に合わせたもりあげの催しで中庭で数人の角笛の人が民族衣装を着て吹いている。しかしどしゃ降りで角笛か! そんな雨のなか思ったより大勢の人が来てくれて会場はほぼいっぱいになった。はじめは映像やレジュメを使った山極さんのゴリラのフィールドワークの話と人間の話。世界最前線の類人猿の研究成果がこんなわかりよくおもしろく報告されている。なにより山極さんはどんどんゴリラに似てきている! 後半は僕もステージにあがり最初の質問として「ゴリラと仲良くなるのはどうしたらいいですか」ときいたら山極さんは「ゴリラになることです」といったときもうすでにゴリラだった。ゴリラのふりをする、のでなく、集成を真似る、のでもない、「ゴリラになる」は、外見や聞こえる声やそういうこととも実は関係がない、あるプロセス、ゴリラとしてある相手との関係のことだとおもいますが、話はもうどんどん進み、裸足で歩くこと、父親は「なる」ものであること、食べものを分け与えるのと分かち合うの大きなちがい、などなど。最後の質問の女性が懸命に言葉をさがしながら、「わたしたちはほんとうにサルからわかれたんでしょうか、森がどんどんなくなっていくこれから、私たちは、だいじょうぶなんでしょうか、教えてください、先生」といって、隣にすわった山極さんのからだが膨れあがったような気がし、場内の大勢の人もそれは感じたとおもった。終わってから山極さんはスタインベックの小説キャナリー・ロウをいしいさんはきっと気に入るよと薦めてくれた。明日からガボン! といって穴に落ちるのでなくいまゴリラを馴らしているのがガボンの公園で明日には日本発ちパリ経由でガボンに入る、ということ。アフリカかー。「おもしろいですよ〜」と顔を近づけて山極さんはいった。そして京都へ帰っていった。晩ごはんは園子さんとチャイナスパイス。麻婆豆腐、レバニラ、焼きそば、湯葉と野菜の炒めもの。ひさしぶりに食べてヤッパうまいれすね。画家でもあるご主人に漢字を使った寓意画のシリーズを見せてもらう。白馬の尻。尾もシロイ。シロイ自動車で家に帰り座敷で布団になる。
2008年4月25日(金)
朝から創作。午後はブルースの本めくる。夕方、本郷工房で六時半に山極寿一さん、元モンキーセンターの佐藤さん、本郷先生らと合流。近所の定食屋へ。明日の講演、公開対談の打ち合わせ、という名目だったが僕が何気なくいった質問について山極さんはシャツの袖をまくりあげ本格的に語りだしもう止まらずそれがここ数日本で疑問におもっていたことがつぎつぎと明らかになるのでこちらは興奮の身震い。山極さんはこれまで会った人のなかで人の力がとりわけ強い人だと思う。そういう人に大竹さんがいるがそういえば体つきや気配が似ている。そして山極さんの先輩である佐藤さんの飼育話はもう皆が目を輝かせて聞きいるくらいでたとえば珍獣キンシコウを飼うことになったがまったく餌を食べない、二日、三日も経てばふつうのサルなら空腹のあまり手を出すはずなのにどういうものを工夫して与えても食べない、ああ、俺が飢え死にさせてしまうのか、と思ってしゃがみこみ、柵の前に落ちていたドングリを集めてダーッと投げたらそのドングリをキンシコウは食べ、佐藤さんはアッと思って、ここでスゴイのはじゃあドングリを与えればいいと簡単に思ったのでなくて、佐藤さんは「タンニンだ」と思った。ドングリに含まれているタンニンの成分が食餌になるのではないかとピンと来た佐藤さんは園内のタンニンを含む植物の葉を集めては与え、集めては与えし、そして一年じゅう、モンキーセンター内に生えている植物の葉でキンシコウの餌をまかなえるようになった。その動物だけを、飼育担当は見ているのでなく、動物をとりかこむ環境ごと見つめ、自分も含めたその全体を生き物ととらえ、そのシステムを循環させていく。定食屋で食べたのは、冷やヤッコ、焼き鳥、焼き茄子など。ビールと焼酎。園子さんの運転で帰る。アーかっこいかったネー、と園子さん。サルと山極さんと佐藤さんという三角形はうつくしく透明なひとつのシステムだとおもった。
2008年4月24日(木)
朝から創作。小雨ふっていて薄暗い。午後はクロワッサンでしかし外さむい。ボブ・ディランが今年のはじめピューリッツァー賞をうけてまあそれはどうだっていいけれど新しい映画も来ているしみんなボブ・ディランをもっと見聞きすれば話が早いのにとおもって、だからボブ・ディランのことを弟の有名なエピソードに混ぜて書いた。いちおう弟に電話し「書いたから」といったら「たのしみにしてるわ」とのこと。それよりふだん口数の少ない孝典が「ちょっとナー。ききたいねんけど」といってダダダダダダダダダと言葉を切らずに話しはじめたのはおどろいた。来月末からやる写真展のことが渦巻いているのだろう。夜は園子さんがたのしみにしていたシロクマの映画をみにいく。園子さん途中からうなだれる。無是非。近くの店でラーメンたべる。園子さんはつけめん。家に帰って闇のほうから声のするサル学の夜。
2008年4月23日(水)
早朝創作。インドシナだったのか、と感激。ずっと午後まで。三時に歯医者にいき、消毒してもらい、そしてヒヤヒヤものの患者さんの様子みる。どういうのかというと、若い冷静な感じの女性で、もう椅子の上に仰向けになって歯科医に話しているのですが、彼女は歯科の専門知識があるらしくいろいろ用語を並べてこういう風に処置をしていってほしいと主張しているのですが要するに「イタイのはイヤだ」といっている、歯科医はより冷静にハハハと笑いながら、治療方針を決めてくれて有り難いけど僕はそんな腕じゃないのであなたがいうとおり手際よくできるかどうかわからない、できることしかできないのでそれでやってみていいかね、と話し、女性はまだなにか食い下がっていたから歯は丈夫そうだ。きのうは助手の人にきいたところでは結婚式のプレッシャーで親不知の痛みに苦しむひとがいた。歯科にもさまざまな患者がいるのだねーと感心。夕方、山極寿一「ヒトはどうしてヒトになったか」よむ。これもまた。それにしても自分の学生時代から20年でサル学というか人類学か、そのほうの調査や発掘は想像もつかないくらい進んでいたことを知った。その間山極さんはずっとアフリカでゴリラといたのだ。夕方yomyom木村さんと電話でニューヨークいきの相談。ボニーはそろそろ日本にやってくるはず。すっきり風呂にはいり、晩ごはんは、しじみみそ汁、ちくわとさくらえびとさとうざやのサラダ、もずくトマト、にんじんのきんぴら、そして本格焼き餃子。まぼろしの猫はずっと餃子餃子いっていたので感激ひとしお。何十個もまぼろしと化す。しかし園子さんは眉を寄せ、ウーンと考え込んで、皮のなかから具をだして研究している。ソーカ、明日も餃子だ、と猫の舞い。湯浅さん、住吉さんと電話。夜もサル学。
2008年4月22日(火)
朝から重たげに創作。窓のむこうは山がきれいだ。昼頃、外階段がタタタタと鳴り、仮面ライダーの野生の感じのひとが箱を投げつけて帰る。なかはブルース関連のCDだらけ。見ているうち奥歯が痛くなる。こんなに頻繁に親不知が痛くなるっていうのはやはり親不孝しているのか。歯科医にいくとたいへんいいところで親身に必要な処理だけしてくれたけど歯科しレーザーで焼くのは痛い。歯医者ではじめて「イタイイタイイタイ」ともだえる。家に帰り山極寿一「暴力の起源」をよむ。ドワーすごい。長風呂はいけないのでサッとはいり、長酒いけないのでサッとビール。大粒納豆アジ叩き(あなたはほんもののムググ納豆の大豆めちゃくちゃおいしくなっている)、ほうれんそうおしたし、しらたきたらこ和え、さんまの梅煮、青豆の冷や奴。夜中まで「暴力の起源」よむ。
2008年4月21日(月)
朝起きて浴衣の朝食。早朝の上高地から帰ってきたばかりのこだまさんいわく「今日は山がキレイすぎて写真が撮りにくいわ」。栗田さんらと森散策、学者村。難癖つけると犬吼える。宿の前で記念写真。大王わさび園にいくとみな驚く。ワッハッハ、わしがワサビ大王じゃ、ツーン。くっきり見えすぎるほどの北アルプス。白い山嶺はまぼろしの波濤が空中で結晶化したかのよう。かめ造もボーゼンとみあげている。穂高神社へ。すると鳥居のかわりに鉄骨とシートが組まれ、20年に一度の工事中とはこれはこれで有り難く、六人でならんで工事現場越しに柏手をうった。ここのおみくじは飴ちゃんつかみどりのように箱のなかに自分で手をつっこみそれで一枚引くのですが大吉が率たかかった。アタイは小吉だった。そして今回のメインイベントともいえる山荘のそば屋へ。ここは何度も訪れているが誰を連れて行ってもはじめ驚愕し、爆笑し、満腹し、酔っぱらったようになって帰る。なにがそうなのかはまだ秘密。ビールに馬刺し、献立に「きのこ」とだけ書かれてあるきのこ、湯葉、もりそば。お運びのおばちゃんがすばらしく栗田さん全身を折り畳んで笑う。宮沢なおるさん、Tシャツの僕を見て、せめて風邪引かないでね、といってくれる。みな酔っぱらったようになって帰る。松本市街へもどりハチミツ屋へいき、園子さんとアタイは駅へかめ造くんを返しにいった。さらばかめ。歩いてお城にいき、ベンチで居眠りして待っていると、満足そうな池田さんらが降りてきた。池田さんメダル入手。みなで中町通へいってみな食器類さじ小箱などようさん買う。木曽屋でビール、田楽、わさびの花、やきとり、柳川、鯉のうま煮。ぜんぜんばらばらな人たちがこんな風になることがあるのか。松本駅まで歩く。改札で手を振って見送る。タクシーで家に帰りフヘーと寝る。
2008年4月20日(日)
ヨク晴れてる。午前中創作。昼の電車で池田さん、栗田さん、名久井さん、武田さん来る。行楽日和。駅前で借りたレンタカーは今回はワンボックスカーと呼ばれる大きいの。園子さんはハンドルにぶらさがるようにして運転する。まず田舎家へいきビールともりそば。松本でそばというのは本郷先生によればそばくらいしか育たない痩せた土地だったということで、その本郷先生も松本でそば食いにいくならマー田舎家だねといっている通り、口の肥えた四人ひたすらそばをすすりそばになる。自動車で五分くらいの松本民芸館にいき、田舎っぽい壺やどこから取ってきてん的な石像など見て、しかし池田さんがもっとも興味を示したのは「かめ」というロゴのはいったトイレットペーパーの包装紙で、名久井さんに見せたら「ワー、ほしい!」といっていて、学芸員のおじさんに「この紙もらえませんか」と頼んでふたりは一枚ずつもらっていた。職業柄。ぶどう畑を縫ってうちにあがり、オヤツは梅酒ゼリーで、園子さんは失敗した失敗したとしきりに悔しがっていたがみなおいしそうにたべていた。「かめ」をカバンにいれたまま。ワンボックスカーがかめにみえてくる。ソウカー、オメーのナメーは「かめ造くん」ダナ。エーかめはわかんけど、なんすかその「造」は。語呂だよ語呂。六人でかめ造に乗り込み一路安曇野へ。みな自動車のなかでは忍者のように気配を消す。湯の宿常念坊。バブちゃんが少年ぽくなっていてふたりで紙飛行機をぶつけあう遊びをした。池田さんと露天風呂にはいり三年前ここに松葉杖ではいったときのことを話した。湯上がりにビール。座敷に六人そろって夕食はいつものように近所の魚、野菜、山菜づくしで、今朝とってきたふきのとうとまぼろしのきのこの天ぷら、わさびの花、岩魚の塩焼き、ふきのとうのオヤキなど。ビールと日本酒。池田さんの部屋へ移りまるで合宿所のようにトランプをだし、障子を閉めたむこうではタロット相談。ババがたくさんはいっているとはいえババ抜きであんなに盛りあがるトハ。タロット部屋から笑いやひそひそ声やすすり泣きがきこえてきて障子一枚はさんでカードゲームをしているというのはほんとうにスリリングかつ豊かな時間だ。全員のタロットを終えた栗田さんボワーとした様子で輪に加わる。肩胛骨マッサージ。金持ちが貧乏人をいためつけるというゲームにはいり、ビールがなくなったので、厨房の冷蔵庫から勝手にビールとってくる。こんなことできる宿ハほかにない。カードゲームはつぎつぎとルールが加わり、二時くらいまでやっていたのだから合宿は楽しいのだ。園子さんと闇の洋室へ撤退、ベッドへ溶けて消える。
2008年4月19日(土)
創作にじりにじり。ごはん日記2の文庫とどく。オーウ、切り絵。すばらしいカバー。霜田あゆ美さんいつもいつもいつもありがとうございます。なかを開くと佐藤さんが笑っている。ニューバッカスの店内の写真はとても素晴らしい写真でこれを見たらニューバッカスで飲みたくなる人いっぱい出てくるだろうとおもう。佐藤さんは三崎一のバーテンダーでもあんからヨー。夕方マイルス本よむ。園子さんはレレレこの人なんで白いレンガなんかもってんだろ的な目でみている。マーいいルス。晩ごはんは、カリフラワーのカレー風味、アボカド納豆海苔サラダ、炙りめざし、笹身ときゅうりのサラダ、網焼きそらまめ。焼酎のみながら本よみながら四月のこたつ。ハッと気づけばラウンドアバウト午前三時。
2008年4月18日(金)
朝からお茶。ゴリラの話と中嶋先生の話。長緒のあつかいは何年やってもできません。指が紐になる。タタタと新宿駅に駆けこみ、あずさ号のなかで菊池成孔・大谷能生のマイルス・デイヴィス論よむ。背表紙が目次で爆笑。そういやーオンザコーナーのボックスもってない。松本に着くと園子さんクロネコのように伏せて宅急便窓口の前で待っている。なんれすか、この時間のあずさはスーパーじゃなくてふつうのあずさになったんれすか。いわれてみると七時半でなく八時前に着いている。ヨワルナー。家に帰り、晩ごはんは、おくらと本物の大粒納豆、ほたるいかの酢味噌和え、豚肉と野菜の味噌炒め、炙り厚揚げ、ほうれんそうしらす、茹でそらまめ。納豆はすごい大豆だがもうしばらくおいたほうが納豆菌がまわるって納豆になるとおもった。大豆が勝ちすぎている。自転車のパリ〜ルーベの再放送みる。最近勝ちすぎていないトム・ボーネンやっと勝って猫踊る。
2008年4月17日(木)
朝からNHK。雨が降っていて待合室でパンを食べた。週刊ブックレビューという番組で、ゲストは三冊本を薦める。僕の薦めたのは莫言「転生夢現」山本精一「ゆん」草間やよい「私大好き」。どれも無限の広がりと極小を行き来するところがある。イチオシ本、というのに「転生夢現」をあげ、この場合カメラでアップになり、司会は推薦者に「ではお薦めの一冊は何でしょう」というのですが、「転生夢現」は上下巻なので「この二冊です」というとスタッフの人たちが「二巻本ははじめてじゃないか」といいだし、とても意外な気がした。司会の藤沢周さんはスーツが似合っていて中江さんはあいかわらず鋭かった。午後は毎日新聞のタブロイド判のため表参道の四角い服屋の端のベンチで長い時間インタビューをうけた。あまり話しすぎると顔が鳥みたいになるよキョロロロロ。代官山へ行き兄宅で漫画を読んでいると兄が帰ってきたので恵比寿の居酒屋へいった。ゴーヤチャンプルー、刺身盛りや蒸し野菜や納豆。そして青山のたまさんのところで、ウイスキーなどのみ、ウイー、ウイー酔っぱらう。兄宅にカエル。
2008年4月16日(水)
グワーと農薬散布。グワーと放水ポンプ。そして焚き火。エライもんやね田舎の春は。書評用の本ひたすら。昼までに二冊よみかえす。やぱり山本精一「ゆん」はEよ。「転生夢現」は史上サイコの小説ですよ。五月にいくニューヨークから飛行機を乗りついでニューオーリンズにいく計画。いつか行くとはおもってたけど、いよいよかー、ちょっと早いような気もするけど、そーユウ流れなのだね。マリちゃんニャーといってパンもってくる。午後からワイナリーへ歩いていき、そのまま山崎精一商店にワイン買いにいく。スプマンテなどかう。晩ごはんは、チーズ二種、コーンとルッコラサラダ、トマトのサラダ、たけのことホタテのソテー、豚肉のネギ巻き、ナッツ。阪神タイガースの猫柳ニャーと勝つ。ダンテ神曲よむ。
2008年4月15日(火)
よく晴れて急に暖かい。園子さんこたつで休息。朝から読売原稿。一瞬でオワル。NHK書評用の本よむ。飛脚の格好はしていない飛脚の人が納豆のわびをいいにきた。遠くからかえって恐縮デスワ。晩ごはんは、菜の花のおしたししらすきのこ、冷や奴、きのこ炒め、雪の下にんじんきんぴら、スズキの香草蒸し焼き。猫が映画を撮るという映画みる。日が暮れるとまだこたつ必要。
2008年4月14日(月)
激二日酔い。側頭部を木槌でコンコン叩いてもとに戻す。アーヨカッタ。新宿のすばらしい料理屋さんで岡みどりさんと合流。朗らかな会食。ユッコいつか岡さんみたいになれっカナー。苦学苦学。そしてタワーレコードで園子さんは新たな猫を手に入れ、あずさのなかで快眠す。松本の家に午後四時半に帰ると、オヤオヤ、玄関先に見なれないものが置いてあるね。納豆と書いてあるね。冷蔵便だね。ってなんで冷蔵便が晴れた日の玄関先に放置されてあんね。ドアに挟まれた伝票には、しかも「9日に来たけど不在なので棚に置いとく」というようなことが書いてあってそれもう5日前でっケド。9日も10日もアタイ達、家にいてましたケド。飛脚の失態。園子さん電話でおだやかに苦情。電話にでた相手も驚いていたというが驚いている場合ではありませんな。納豆というのは「あなたは本当にムググ」といつもきいてくるあのスゴイ納豆屋さんで少し前園子さんに電話をかけてきて「すばらしい大豆をみつけました、この大豆で納豆を作ってみたいのですが、けっこう数が少ないので、予約販売にしたい、注文してくれませんか」というような見あげた商売根性で栃木弁でいうので園子さんがオッケーといったらそれでぜんぜん連絡がなくいきなり発送されていた。あらゆることが納豆の糸としてからみあっている。クロワッサンの池田さんの絵が油絵になっていた。ロバはまぼろしの荒野へ旅立っていった。風呂にはいってフーという。チーズ、パン、生ハム、サラダの晩ごはん。
2008年4月13日(日)
朝から小雨。日比谷まで地下鉄でいき日比谷図書館へ。転生夢現ついに読みおわる。ムー、とにかく素晴らしい、おもしろい、ぶっとんだ小説だった。髪の毛がイーナー。あと墓爆発。夕方吉祥寺のONGOINGにゴー。多田玲子ちゃん展。サンロードを切れたところの信号でそばでフトききおぼえのある声がしてふり返ると高橋ヤッコさんが携帯電話で話していた。ヤッコさん! と電話してる横から話しかけるなよ。息子さんと三人でワイン屋にいきワイン買う。ONGOINGに着き、空腹をカレーうどんで満たす。そして住吉さん、池田さん、しもんくん。園子さんもくる。アタイが食べ終えたあとのカレーうどんの汁を、住吉さんは「なにソレー、食べターイ」といってお椀をとってズルズル平らげてしまった。戌井さんがやった回にひきつづき、今日はアタイが朗読だけど、その場で小説を書きながらそれを読んでいって、それを後ろで聞きながら玲子ちゃんが壁に貼った紙に絵を書くヨ。五時過ぎに二階にあがり、タラタラ話してサー、サテできるかな。みかん箱みたいのに紙を置いて床に座ってサーテとスタート。話はまずニューヨークにいった多田玲子からはじまり、するとくろんぼが出てきて隣を歩きだし、くろんぼならそいつの細胞にはぜんぶひとりずつマイルスがいるといい、するとGee`s
bendの話になって、そしたらそのくろんぼは実はロバで、ロバの癖にソーホーの猫を食べてミンチ状にしたりして、すると警官と飼い主が追いかけてきて、逃げて、はぐれて、多田玲子は中途半端な町に逃げ込み、半分の人間になってしまう、玲子は自分のブルーズをさがしにいく、というような話。オシマイ、といって顔をあげた。玲子ちゃんは「ツカレマシタ、でも今日うまれかわった、タンジョービ」といった。きいたら一時間半やってた。そりゃーきいてるほうもエラカッタでしょう。題名は「布」にしました。玲子ちゃんは東南アジアの國に旅立っていった。そして普通ならこれでこの日は終わるところがぜんぜんそうはならない。東京に来ているという大竹さんに電話したら「新宿だよ、アオーよ」とのことで、タクシーで住吉さん、たまさん、園子さん、しんじで新宿二丁目ヴェルベットオーバーハイムdmx。戸をあけて入っていったら奥のテーブルに大竹さん、湯浅さんがいて、そしてカウンターにまったく約束していないのによく知っているヒトがいてもう驚かない。空間ぐにゃり。大竹さんにニューオーリンズの話きく。湯浅さんは激しく体調がわるそうだった。そのうちテーブルには大竹さん、あたい、住吉さん、園子さんだけとなり、住吉さんが幸せな感じになり、次いでまぼろしの猫らのすべての母が一生悔いはないわ、といったような目にあう。外でたらいつものごとく五時半デッカレコード。大股で帰っていく大竹さんをみつめまぼろしの母猫おんなとして遠吠え。
2008年4月12日(土)
午前11時から日生劇場というところへいく。はじめて行ったがたいへん格好いい劇場で、園子さんは亀治郎好きだがそういう老若男女があつまる芝居だった。ただ長かった。サニー千葉はスゴイね。急いで渋谷にいきダーガー映画見る。部屋の気配が時間の匂い。アー変態変態。これもある意味「ありがとう」だよネー。代官山まで歩いていき兄の家のそばの居酒屋でおでんやアボカドうにやはすのきんぴらや鯛の昆布締めをたべた。そこにヒヒーン。馬居。エッチラオッチラ歩いて恵比寿。地下鉄で尾久へかえる。
2008年4月11日(金)
朝からあずさ号でゴー。お茶の稽古。また旅箪笥で、また濃すぎる濃茶。辞去してから園子さんに電話するといま渋谷。電話口でひとこと「ダーガーにしますか接吻にしますか」。接吻にしよう。ムチュー。ということで円山町の映画館で映画「接吻」をみた。オワー、喝采。爆笑。興奮。前作「ありがとう」と話や表面で起きることはまったくちがうのに中で起きていることはまったく同じというスゴイ映画だった。仲村トオルがあくまで仲村トオルとして出ているように見えるのがやはり仲村トオルすごいしあとやはり豊川悦司は見ているだけで笑けるという座っている感じがもう涙出る。小池栄子のからだがいかにもひと殺しそうで、タタタンって階段おりてくるとき、ユッコ、こっち来ないデー、って思っちゃった。アーおもしろ、カッタ! パンもぐもぐ。見終わって、近くの野菜自慢の料理屋にいったらその野菜がシナシナやった。あかんがな。モーローとしつつ田端から歩いて尾久へ帰る。
2008年4月10日(木)
朝から飴。べとべとなるやーん、ちゃう、雨。園子さんとデズニーランドの話をし、そしてクロワッサンかく。稚内のことあたいワッカナイ。腰イタイ。なんやかやと夕方までかかったけれど書いていてオモシロカッタ。暗くなる頃園子さんがちょうど新しい蛍光灯かってきてくれた。晩ごはんは、じゃが芋と砂糖ザヤ、三つ葉とはんぺんの吸い物、わさびの花のおしたし、セリのチヂミ、菜の花のしらす和え、挽き肉と納豆炒めのレタス巻き。莫言「転生夢現」は最終章にはいっていますがこれは小説ということでいうと本当にそれはいまの自分だからかとおもうくらいスゴイ小説でまったく全身がとまらない。1950年から2000年までの中国の話でまず1950年地主のおっちゃんが土地開放のあおりをくって橋の上で銃殺され、それで閻魔大王に「わしは無実じゃあ!」と申し立てるところからはじまる。油で揚げる拷問をうけたばかりでからだはパキパキに固まっている。閻魔大王は「しゃあないなあ、もとの村に転生させたるわ」ということでその地主のおっちゃんにざーざー血をかけると揚げたてのおこげみたいにパリパリパリと音が鳴ってものすごくいたい。そしてふと気がつくと自分が使っていた小作農の男の足もとに自分は横たわっていて、地主は子ロバに転生しており、小作農は地主の妾をめとり、地主の子どもも実の子のように育てていて、そしてそのロバは恨みをもちながらもものすごいカッコイイロバに成長するが、ロバだから長生きはしなくて、その後牛、豚、という風に転生していきながら、中国の近現代史の出来事を同じ村で動物の視点で物語っていく。この小説の中と外で、中国、歴史、宇宙、という三者は揺れ動きながらゆっくりと重なり合う。
2008年4月9日(水)
朝、猫に手を合わせ、朝ごはんは山菜と豆腐とはわかるけどどうしてシシャモが。シシャモという字は柳の葉の魚と書きますよね。ダカラカ。福猫に挨拶し、家に戻り、大阪の母に電話をかける。先月日経新聞に小学校からの友達中島くんのたまねぎ話を書いたらその中島くんのお母さんが感激し帝塚山界隈に新聞のコピーを配りまわっているとのこと。おおきにねぎのおばちゃん。途方もない紀行「コンゴ・ジャーニー」推薦文かく。ごはん日記文庫のこと連絡。晩ごはんは、アボカドトマトサラダ、ごま豆腐、グリーンサラダのパルメジャーノチーズ和え、塩豚炒め、わさびの花のおしたし、カシューナッツ。ひさしぶりに甲子園球場の野球中継をみる。猫柳まちがえた下柳投手が好投。昨日にひきつづき、あたい絶対下柳ってひとにいえなくて猫柳といってしまいますと園子さん。エンギイイ座夜興業。ダレモシラン急行にキューバ日記。
2008年4月8日(火)
朝からエンギイイ座。コンテをもとにコマ映画「ダレモシラン急行」を上映。上映会にロバオロロン。まぼろしの猫ら号泣。そして昼から鹿がココだよと教えた温泉だという鹿教湯温泉へ。そこの三水館という宿は何度も来たことがあるとおもったら二度目だった。一度予約して予定が変わったのだった。巨大な神々しい生き物が床暖房で寝ている、とおもったら福々しい虎茶猫だった。あたいニャオ族。温泉につかり、晩ごはんは名物の草鍋。飛騨牛の刺身、雪鱒。たけのこの天ぷらについてたずねる。部屋で泡の出る赤ワイン。仏さんの誕生日に園子さんはうまれた。千葉さんによれば旧暦ではこの日はひな祭りだった。山極寿一さんの話。外国や鎌倉や奈良の話。園子さんはおめでとうという言葉がうまくいえない。オメレトウになる。ロドリゲスはロロリエスになる。
2008年4月7日(月)
朝からシナリオ。というかコンテですな。なんてコンテ。昼間に僕のかかりつけの病院にいった園子さん医師からの伝言をつたえてくれる。アーリガータヤ。昼の蕗ごはんうまかった。午後も同じ作業。吉住さん、長薗さん、須貝さんから電話あり。五月、六月と九州関係のイベントがつづく。晩ごはんは、小松菜と焼き油揚げのおしたし、おくら納豆、蕗と蕪と鶏団子の炊きあわせ、タマネギチヂミ、鯛の香草蒸し。春は食べ物の香りが高まる季節というか香りを山菜や魚のかたちにして食べるのだとおもった。園子さんはその香りのとりだしかたが猫的である。しんじさん何かテレビみますかというので、さかなちゃんねるなら見るねとこたえたらフフフと笑い、密かに録画してあった「さかな君」という人の魚の番組をみせてくれた。衝撃。本物の偉人。偉魚。
2008年4月6日(日)
なんとか普通に起きられた。よかった。大竹さんから連絡あり。朝から薗子さんとくちばしを鳴らす鳥の店へ。待合いテーブルでずっとコンテ作り。帰っても。ロメンデンシャはいくよー。と唄っているうち日が暮れた。そういう紐まちがえた日もあるさ。晩ごはんは、蕗と蕪と鶏団子の炊きあわせ、ほうれんそうごま和え、にんじんのきんぴら、青豆腐の冷や奴、メカジキのソテートマトソース。ツール・デ・フランドル中継している。園子さんの好きなトム・ボーネンが勝つかとおもいきやフレチャでなくカンッチェラーラでもなくベルギーの旗の服を着た選手がとびだす。猫たちと園子さんガーンバレ、ガーンバレ、と適当な感じで声援をおくる。石畳の名物の坂を駆けあがり、15秒差でゴールへとびこむ。イヤー、驚いた。
2008年4月5日(土)
モーローきわまれりといった歯医者。「エレー二日酔いです、酒臭いでしょう」といったら白根先生はマスクのなかから「そなの?」といった。歯は悪いところは悪いまま、でもまあよく磨けているとのこと。新宿駅で園子さんと合流するがあずさまた遅れ。九時発のはずのが十時半に出てそれが二時過ぎについた。家で郵便物整理。掃除機の音がひびくなかオハンロンに涙。まだ訳されていないものをアマゾン川の対岸に大声で注文する。疲労をおぼえているからだが、焼き肉屋明月館に電話せよと要求する。おばちゃんほがらですな。パルコの地下へ歩いていって漱石の日記とダンテかう。まぼろしの猫少し小さくなる。
2008年4月4日(金)
朝からゴミ出し、そしてお茶へ。釣り釜のつづき薄茶。夕方銀座でマオゴーゴー。佐藤さんとチョコ談話しながらキャラクターの話をする。バー浮浪ちがうFLOWの壁にかかったポスター上で連載していた小説「祝い酒」をコンピュータの技術でアニメーション化する話。山形の写真展の話。文庫本の話。じゃーまた、ということでオフィスを出て、長薗さんと待ち合わせの旭屋書店にいったら、四月いっぱいでなくなるという張り紙を見つけ衝撃をうけた。いやーな感じがする。ABCがなくなるときはまだ「そうか」とうけとめる部分があったしある意味そういう役目を終えた感があったが、銀座旭屋書店がなくなるのはなんというか書店のひと以外にとって「恥」のような気がする。東京都はこういうときにこそ税金を投入したりして閉店を防ぎ、外資が買ったんなら一階はブランドでなく書店のままにするという指導をするべきだ。どうせブランドなんて十年経ったら捨てるのに本はサー、ずっと何百年も残る記憶なんだよ。三角形の一点がなくなったらそれは形じゃないんだよ。アー。合流した長薗さんも仰天していた。汁八という店にいきえんえん書店の話。落語をみてきた園子さん合流。ほたるいか、しめさば、そらまめ、鶏の唐揚げ、サツマイモのベーコン炒め、筑前煮。それからカウンターバーの店ジャスミン、久しぶりにまりはなへいく。よしこさん元気だった。外に出たらドヒー四時ダッカ帰還。
2008年4月3日(木)
朝から図書館。誰もいないからおじさん小さくなっている。昼に港までおりていき園子さんと合流。メッタにいかない中華料理の店で私は焼きそば、園子さんは野菜炒め定食をたべ、家に帰って冷蔵庫の整理、除湿剤の交換という大作業をする。これだけで三時半。オハンロンのコンゴ・ジャーニーをよみ、五時半ごろまるいちへ。晩ごはんは、めだい刺身、ひこいわし酢の物、めだい塩焼き、ウチワエビ塩焼き、たなごの煮付け、めかぶは今年最後だろう。めだいはホントは秋の魚で、しかも、桜がきたらわかめ、めかぶはなくなるというイメージ。のんちゃんダツを描く。最高傑作であろう。
2008年4月2日(水)
朝から図書館。図書館のおじさんの弁当注文の声が響き、子ども中学生がデートしている。スゲー声だなー。悪くないからいいよ。夕方家に帰る。園子さん倒れていて、慌てて駆け寄ると、しるね、といったのでホッとした。なんでそんなに電話かかんのさ、というくらい電話かかる。美智世さん、のぶさんと四人で松風で晩ごはん。きんき煮付け、手羽先焼き、なめこおろし、茶碗蒸し、天ぷら、山かけなど。それからタクシーでひょいとジョイ。園子さんはこれがはじめてだ。弁天小僧、知床旅情、けんかをやめて、なだそうそう、ぼくはくま、悲しくてやりきれない、白波五人男、エブリバディ。など皆で唄う。そうはいってものぶさん歌うまい。
2008年4月1日(火)
朝ごはんの洋定食ボヤーとたべる。外でボヤーと汽笛。ホテルの部屋からフェリーの入港を見守り、着眼前におりていって埠頭で歓迎の波に加わる。ようこそ、ようこそ阿部先生、と礼文か利尻から来た若い男性のライトバンにむかって旗を振る。ヨーシ、と勢いをつけ、園子さんとリンゾウくんに乗り込み、一路南へ、南へ、南へ。とても広い国道から海側へ逸れ、無人の埠頭を走るうち防波堤の場所に出た。灰色の海だった。エーどこだろう、どこでしょうと見回していると、ア、とまず一頭が見え、一頭が見えたら次々とア、ア、ア、ア、と二十頭くらい埠頭に寝ていた。野生のアザラシ。ヌオー、ヌオー、と鳴いたり海面に頭を出したり引っ込めたりしている。園子さん感極まって岸壁の縁まで走り、アザー! アザー! と叫ぶ。ヌオー。ヌオー。そして稚内の東部へとってかえし昨日飛行機から凍り付いているのがみえた大沼へむかう。大沼は白鳥の名所で、駐車場にはいるやもう、パイー、パイー、と甲高い鳴き声がきこえてきて、タタタ、と土手のむこうにいったら岸は一面白鳥景だった。園子さん売店でパンを買いばらまくと、パイー、パイー、と氷の湖上を白鳥が寄ってくる。爆笑。空港へいき、リンゾウくんが無傷なことを確認し、そのまま出発カウンターのところまでレンタカー屋のおねえさんに送ってもらう。園子さんがおみやげ買っているところで今度は高校のバレー部の送別会があってユッコちょっと泣けちゃう。イーよねー、女子バレー部。先生はちょっとエッチなほうがいいねー。校歌、そしてバンザイ。飛行機は二時間半で羽田へ、そして京急で三崎。関東圏にはいると園子さんはずっとマスクをしている。スギだけでなくあらゆるカフンに反応するから。しかも稚内はカフンなかったから。夕方のまるいちに間に合い、晩ごはんは、アカムツを刺身と煮付けで。とこぶし刺身、このしろ、アジは塩焼き。めじなとめといか刺身ははおまけで。ほうれんそう。キャベツの漬け物。のんちゃん魚かく。メジナやイシダイと喋れるだけあってスゲー絵。家で寝っ転がりオハンロンよむ。
|

|
ごはん日記でおなじみの
「まるいち魚店」 |
 |

いしいしんじ

| 【PROFILE】 |
| 作家。大阪出身、京都育ち。現在、三浦半島の三崎在住。著書に小説『ぶらんこ乗り』(理論社) 『トリツカレ男』(ビリケン出版) 『麦ふみクーツェ』(理論社)、『プラネタリウムのふたご』(講談社) 『絵描きの植田さん』(ポプラ社)、エッセイ・対談『グレートピープル。ストレンジ。』(日之出出版) 『人生を救え!』(町田康共著/毎日新聞社)
『その辺の問題』(中島らも共著/角川書店)などがある。お酒好き。魚好き。メカおんち。きれい好き。 |

| 【e-mail address】 |
| mail@mao55.net |
| 【mao55編集部からお願い】 |
| 上記メールアドレスで、いしいしんじさんへ連絡をとられる方はメールのタイトルを「mao55編集部【いしいしんじのごはん日記】」と入れてください。「はじめまして...」、「○○と申しますが...」、「ご無沙汰して..」、「至急...」、「会ってもらえませんか」などのタイトルはジャンクメールと処理される場合がありますので、お願いいたします。 |

【amazon.co.jpで買える
いしいしんじさんの著作本はこちら】
いしいしんじ
|