2009年4月

2009年4月30日(木)
朝起きたら左右の奥歯いたい。たまたま朝方にやりとりしたボニーから電子メールで神経痛に効くというハイペリカムという薬のこと聞き、とりあえすぞれを求め園子さんの付き添いで桂のホメオパシーセンターなる施設へ。バスの方向まちがえてガクリ。ハイペリカムあったはあったけれどなんや要領を得ん。とりあえず桂から阪急で河原町にもどり東華菜館で昼ご飯。日本でもっとも格好いいエレベーターはたぶんここ。ガクン、と四階で停まり、高い天井、広いテーブルの窓のむこうに南座、東山。この歯ではやらこいもんしか食べられへんのんで、具をよけた野菜スープ、麻婆豆腐の豆腐、水餃子を注文。とくに水餃子おいしかった。河原町の園子さんが知ってるハブ屋、ちゃう、ハーブの店で同じハイペリカム買う。帰って口にいれると、頭がグワーとしてきて、ア、これは効いてるのか、痛みに薄いカーテンがかけられ3割方減ったみたいな感じ。午後四時に、丸太町の駅の角で喜多さんと待ち合わせ。赤いスクーターでヘルメットかぶって押しもってやってくる。晴れた夕暮れの川辺のシャンパン。喜多さんパンやペーストやおかずやいろいろな食材をもってきてくれはる。ハンディ・トラックスで浪曲子守歌、ゴマスリ行進曲、アルマ・コーガン、甲虫隊などかけると外国人が走り出す。戻ってきて、それめっちゃええプレイヤーやん、と声をかけられる。ちょっと自慢する。家に戻りまたハムやリンゴなど食べながらワイン。喜多さんこたつでスー。ワイと園子さんはその間メトロに行き池田亮司ライブ見る。ソッと帰ってきて布団敷き、喜多さんは闇でなまこのように寝ている。

2009年4月29日(水)
よく晴れている。朝ちょっと創作し、熊野神社へちょっといったらお祭の祭礼行事をやっていた。今日は馬や鼓笛隊が近所を練り歩く。家じゅう花を入れたり掃除などぱたぱたとしているといきなり父母から電話かかりいま丸太町にいるというシエー。ゆうべは昼過ぎ着くてゆうてはったのに。けどマー、そういうこともあるよネー。迎えにいって家のなかをぐるり、そしてきただへいき、サッサときつねうどん、たぬきうどんをタベタ。サッサと近所に戻ったらア、どっかで馬がカッポカッポいう音がきこえてきたヨネー。祭の行列が進んでくる。辻兄弟前むいて真剣に祭にはいってるという表情。アタイの父母も祭好きの顔になって見入っている。自転車で大家さんのやってきて、家の戸が間の悪いことに開け放しだった。アイタ、シマッタ。2月19日、大家さんのお母さんは朝から床でたいへん元気だった。そしてそれは、僕と園子さんがこの家に入居する朝だった。人がそのまま家の空間になっているということが100年近く関係がつづけばそれはそうなるのだ。午後は東福寺にいき緑のなかを父母がのんびりと歩む。晩ごはんはマダム紅蘭。春巻きや八宝菜や若竹。七時前京阪で両親カエル。なんか右の奥歯のへん痛いナー。

2009年4月28日(火)
電話デー。朝日新聞、NHK,増田さん、佐川さん、母、母の怪しい電話、岡さん、別の雑誌社、あまから手帖のウンタビュー、終わって鴨川右岸をあがり左岸をくだる。ほたて刺身、たこ刺身。丸竹のかぶ漬け物、大根の葉とちくわの和え物、ぬる奴、たこ天ぷら、ほたて天ぷら、若鮎天ぷら。鮎ってサー、若くてもチャンと苦いネ。ユッコの青春に似てるネ。夜に母から電話。明日なにしてるんな、とのこと。サーテ、とまぼろしの猫ら掃除もせずにバタンとにう。

2009年4月27日(月)
エライ寒い。セーター着てます。満州ツアーのあと、午後は橋を渡ってコナミの立つあたりで重いもの持ちあげたり引き下げたり押したり。いったん家に帰り二眼レフもって園子さんと都おどりへ。アタイは20年ぶりれす。茶券つきのやつを買ったがお運びの係の若い女性がたいそう失礼で驚いたけれど、お茶とお菓子はおいしかったのでマーええやないか。そして都おどりは楽しかった。学生のときはなんやようわかれへんし半分寝てたけどなんといいまんのんかちょうどええ、過不足のない舞台。ちょうどその季節のくだもんいただくみたいなもんやね。歌舞練場を出たらすぐに蜷川さんより園子さんの携帯電話にかかり丸太町で待つとのこと。お生まれは樟葉、お泊まりは寺田町、今日いっていたのは甲子園という、どローカル三都物語の蜷川はん。家にお連れし、ともに探検し、そして三人でおおきに屋へ。ふき、ぐじ、じゅんさいなどからだが溶けるよう。昨日とれた本物の京都のたけのこを一口。アー俺ナ、いうことあんねんけどたけのこと一緒に住みたい。かたくりの花の天ぷら。俺ナ、朝起きたら枕元でオハヨウてかたくりの花に起こされたい。ココナッツの実の薄切りとアボカドの和え物。俺ほんまの本心からココナッツのなかに住みたいて、そのように俺思タ。タラの酒蒸し。唐揚げ麻婆。ちいちゃいぶぶ漬け。蜷川さん健啖でなにより。時間ゼンゼン気にしんといてください、といわれホンマかいなと思いながら長くときを過ごしてしまう。1時過ぎに解散、蜷川さん、タクシーでそのまま寺田町まで帰っていった。園子さん日本舞踊とホーメイの間でイマダ悩みのなか。

2009年4月26日(日)
朝掃除。今日は朝から強風で晴れ。雲がドンドン太鼓を打つヨーに流れテクヨー、アキラー! そして今日は鉄火巻きの祭。何年か前から三崎ではこれをやるようになっていて長大な鉄火巻きを商店街でみんなで作ってそれを持ちあげて記録を作る、というもの。去年海南神社から日の出の信号、つまり商店街の終点までの500メートルに成功し、ジャー今年はどうすんのか、信号越えて交通規制かけてやんのか、と心配していたら日の出の信号のところで折り返すということを去年知って爆笑した。ンジャー何度でも折り返せば1キロでも5キロでもできんじぇんよ。スゲーナー3776メーターの鉄火巻きテ。さておき11時頃矢野さんご来訪。モノーラルレコードで歓待。チャック・ベリーはジャマイカ人でダブの創始者だったという証拠を聞かせるとまぼろしのハシシをくわえ前後左右に揺れだした。ジャー、ラースタファーラーイー。鉄火巻きの台のところで記念写真撮り、中華料理の港楽で矢野さんはサンマーメン、アタイは焼きそば食べながら、小説の話、三崎の話シタ。ザワザワの鉄火三崎、海南神社では食の神様のために行列ができていた。まるいちでツケを支払い、宅急便をお願いし、矢野さんとタクシーで三崎口、矢野さんはスクーターとって三崎へ戻り、アタイは東京駅経由で茗荷谷、湯浅さんちへ。最近の出物であるジャマイカ人ベリーやアルマ・コーガンなどお聞かせするといちいち喜んでくれるのは大人デンナ。そして5時半から奥様のフライフィッシング大会。といってモチロン釣りでなく料理の。魚の。奥さんはアジフライがもともと大好きでこのあいだ送ったまるいちのアジで作ったフライがたいへんお気に召したとのことで、それなら最近魚の旨みはフライ最強説を唱えているワタクシは是非奥さんのフライを食べさせてもらおうと思った。要するに魚を送りつけてそれでフライを作ってもらってお相伴にアズカロウと。そしてそのアジフライ、素晴らしい。ムツフライがまたスゴイ。そしてオマケについてきたカワハギのフライが、湯浅さんは絶句し、アタイは震えたね。タコも最高、湯浅さんちのお嬢さんトンビのように飛来しキントキダイの刺身つまんでいく。魚に後ろ髪引きちぎられハゲになりながら6時35分に辞去し茗荷谷から東京駅、新幹線。台所にあがるとタケノコの濃い匂いがたちこめている。園子さんがおおきに屋のもっちゃんから山でとれたての、本物のタケノコのタケノコごはんをもらってきたのだった。風呂上がりにちょっとつまもうと思ったら一気に全部食べてしまった。この辺がロバ魂。深夜の自転車はリエージュバストーニュリエージュ。シュレック兄弟の弟が驚きの逃げで完勝、したがこの兄弟もロバ系に見えるのは名前が影響しているだろうか。緑の怪人のアニメ映画の。まわりを見まわしてようやく自分がいまどこにいるかなんとはなしにわかりガクリ就寝。

2009年4月25日(土)
ドシャ雨。おかーさーん、家が揺れてるヨー。あ、ユッコのかーさん蒸発して雲になったんダッケ。てーことはいまかーさんが降ってんのカーモ。朝から創作、昼前からクロワッサン、午後にオワル。元船宿と元下宿もしくは元置屋についてカキマシタ。低気圧のせいか頭痛激しくレコード磨きでごまかす。雨音に負けないようジャンジャン&ディーン、エリントン大音響でかける。朝からクロワッサン。落ち着いてから満州調べひとつ終わり第二部へ。雨のなかまるいちへ出かけて魚選び、湯浅さんにキントキダイ、アジ、タコ、ヤリイカなど送る。日が暮れてきて小降りになってきたのでまたまるいちへ出ていき、晩ごはんはめばるの煮付け、しかしナマコがアタイの弱ッチイ歯じゃ食べられないカタサになってて、ソーユー季節になってきたのね山チャン。ンダ。大場さんが哀れに思ってマカナイのおかず回してくれる。グシ。このところまるいちは早じまいするようになっていてそれは美智世さんらにはきっと有り難いことだ。宣さんとビール。帰って早めに就寝。

2009年4月24日(金)
午前中掃除、創作。まるいちでかますとひこ買い、昼から横浜に出て飛ぶ教室打ち合わせ。その場でいろいろ決まる。横浜ホットバイナルへいって山田さんとあれこれひっくり返しイギリスの女の子のドタドタドラムが鳴る曲とか有名なエーちゃんがいたバンドの名前の曲など買う。三崎に帰ってさらに調査団。晩ごはんは、かますの炙り、かます塩レモン、ひこいわし酢の物、キャベツの漬け物、あら汁。まるいちオリジナルTシャツの話。帰ってとある重鎮に電話すると即快諾。

2009年4月23日(木)
日中満州放浪。創作。まるいち行ったらホーウ珍しい人が、テユーカのんちゃん。テメーと膝蹴り。思えば去年のゴールデンウィークの初日、ものすごく忙しくなることがわかっている日の朝、ちょっとお使いに出てそのまま店になんの連絡もいれずばっくれてしまいまるいちの人間だけでなくアジやタコやサザエまで愕然とさせたのがこの野地くんだった。それから一度だけニューバッカスで見かけたがそのときは「俺ペンキ塗ってんから」といっていたし、あそうか、去年の暮れにクロネコの倉庫で働いてた。まーどういう事情かでのんちゃんが戻ってきてのんの声が響いているまるいちはやはり景気いい。ところで二眼レフカメラの反応がいちばん激しかったのはまるいち隣の豆屋さんだった。オー珍しいもんもってるねー、と何気なくこっちを見、アッ! と血相をかえて店を駆け出てき、ちょ、ちょ、ちょっとそれ200マンエン、といった。ンナコトハ。きけば古いカメラが好きでいろいろ買っては修理したり楽しんだりしているアタイなどとは比べたらいけない本当の愛好者。手渡すと、大切な鳩を扱うように手に収め、奥からシリコンと綿棒もってきてレンズ磨いてくれた。ワーオ果報な。晩ごはんは、いしもち塩焼き、あじ叩き、ひらめ刺身。大根おろし。ほうれんそうのソテー。仕事終わって宣さん合流。美智世さん合流。スグルくん、のじ合流。皆でビール。デモ帰って満州への旅。

2009年4月22日(水)
午前中園子さんと銀座に出て手みやげ買う。それから歌舞伎座で通し狂言センダイハギ。玉三郎のまま炊き。仁左右衛門の長台詞。武田さんと合流し、関さん、遠藤さんに挨拶に行く。それから歌舞伎座の会長室へ。会長がデーンといてはるわけでなく会長の絵がかかっているから会長室。そこで様々な話。話しているうち向こうが俺のことを頭がモーローとした男と思っているかもと思いケドまーそうやし、と思いなおも話しつづけた。リスが必死で回転車をまわしつづけ宙を飛んでいる錯覚に駆られるときがあるだろうか。イマがそのとき。終わったあと武田さん園子さんと歌舞伎座横の秋田料理の店。エビクリーム揚げ、蚕豆、キンキ煮付、山菜天ぷら。ビールと秋田のお酒で乾杯。いつだって犬っこはうちのこころと一緒や。アレ。混乱する頭を振りながら京急で三崎。

2009年4月21日(火)
朝起きて日中は座敷でクロワッサン。ボロ布の格好についてカキマシタ。浅草の雷門へ行き二眼レフで鬼海さん風に写真を撮っていると見覚えのある人がだんだんアップになってきてヤアといった。友吉さんと一緒に浅草寺裏にいきいずみちゃんと合流。みなでずるずるそばを食べるうち、ずるずるとそばをたぐるように記憶が浮かび、ここは昔モノマガジンの記事のために来たそば屋だったと思いだした。いずみちゃんの家におっさんふたりでお邪魔し友さんはパンを食べているがわしは歯は痛いがお茶があったらまあだいじょうぶや。五月にギャラリーエフ15周年で一緒にイベントをすることが決まった。入谷から日比谷線で恵比寿。ひさしぶりの白根歯科医院できわめてていねいな治療をしてもらう。先だってから奥の歯の横がシミテシミテシミテ。超絶技工でシミないようにしてくれはった。恵比寿から地下鉄で秋葉原。ヨドバシを覗いたらこないだのレコードプレイヤーは五月いっぱい安売りをしているようだった。ドイツ盤をチェックしにお茶の水のユニオンまで歩いていったら途中で大嵐になってニコライ堂からニコライとその弟子たちがじゃぶじゃぶと洪水に流されて坂をくだってくるほどだった。ディスクユニオンに避難したがドイツ盤もロシア盤もなかった。雨のなか歩く男。千代田線で西日暮里。そして尾久の家。晩ごはんは、素晴らしいまぐろ刺身、ほうれんそうお浸し、焼きたてでうまくて涙がにじむ餃子、アスパラ、菜の花の漬け物、あさりのみそ汁ナード。歯がましになるとうまさが三倍になる。

2009年4月20日(月)
布団のなかで3コ思いだして起きる。寝ている間頭のなかで地図を広げヒーフーミとやっていた気がする。なんか疲れてイルモノ。今日は湯浅さんと約束があり、また本のパーティにも呼ばれているので新幹線で東京へ。新幹線というのは電車に形は似てるけど基本もう違いまんね。エレベーターでんなアレ。京都駅で乗ってもう箱のなかでミャーッと進んでドアあいてホイ外に出たら東京て、なんかヘン。不自然。カラダにぜったい悪い、とはいえ乗らんわけにいかんから、これが電車、という風に慣れないようにせんとあかんと思った。あれは電車やない。湯浅さんと待ち合わせしているステレオサウンドのビルは六本木ヒルズの裏手の十番の商店街をあがったところにあるので、大江戸線の麻布十番駅を降り、外に出、重いトランクを、どしようか、と思ったが地面におろして路上を引きずり、鳥居坂のあたりを過ぎたところ、前方から、散歩の巨大な犬がワンシワンシと上下に揺れながら二頭来たので、ウヘーと思って道をあけようとしたら、アレ、と思ってよく顔を、犬と、犬を連れている人の顔を見たら、町田さんと敦子さんだった。町田さん、いうたら、ア、アアー! と目をむき、なにしとんのんこんなとこで、といわれ、いや湯浅学さんとコレコレコウで、という話をし、それにしても顔を合わせるのは四年ぶりくらいになるのか。デ、今晩行くの、と町田さんがいうのは、今晩本のパーティというのに町田さんも来るかもしれんなと思ったから僕は出ることにしたので、そのようにいうたら、ジャーまたそのときに、といって敦子さんと町田さんはワンシワンシ揺れる犬二頭と背後へ去っていった。そして背後から、オーイ! と声がきこえた。自分、それあかんのんとちゃーうんかい! それ、とは引きずりトランク。僕は町田さんと対談したときカバンの話になって、最近ガラガラ引きずるタイプのトランク増えてますよね俺あれが憎くて憎くてしかたがない、という主張をして、町田さんを苦笑させていたのだった。それをアタイはいま引きずっているのだった。アー、と頭かかえ、大声で、マケマシター! いうたら犬と敦子さんと町田さんは笑って遠ざかっていった。こういうこともあるのらね。シオシオとトランク引きずり坂をのぼってステレオサウンド。試聴用のスタジオで湯浅さんに合流。甲虫バンドの各国盤試聴会。まず「何か」という曲をイギリス盤、アメリカ盤、日本盤で聞き、そして湯浅さんがとあるドイツ人に「おまけにもらった」というドイツ盤をかけてみると「何か」ちがう。なんだろう、なんだろう、といろいろかけてみ、そしてジンガリというドレッドノート級スピーカーで胡椒軍曹の寂しい心をかけてみて飛んだ。スゲーナードイツ人の耳。ペパー軍曹はドイツ軍だったのか。というか、ドイツ人のエンジニアはビートルズ以上にビートルズの音はこうだというのがわかり、聞こえ、そう作ることができたのだ。さらにオーストラリア盤など探求をつづける湯浅さん武田さんのスタジオにトランクを置き、タクシーで青山ブックセンターの隣の喫茶店へ。絵本を作った人らのパーティで、犬を連れていない町田さん、敦子さんもいた。町田さんと並んで大阪弁で話していたら誰も話にはいってこなかった。8時にお開き、ふたたび、今度は園子さんとタクシーでステレオサウンド。今度はヘイ十度。たるいし長すぎるとイギリスのオリジナルシングルで思っていた十度が、ドイツのステレオ盤だと、二十度、五十度、百度を越え、三百度くらいまで盛り上がって沸騰し、ナー、ナーナー、ナナナッナー、とやっているのがわかり、これはもう別の音楽だ。10時頃に、つぎの試聴隊のために片付けなければならず、しかし湯浅さんは9時間くらいやっていたのだった。こういう人はトランク引きずっても引きずってへんねん、コ、コ、ロ、ハ! 近くのおいしい居酒屋で、湯浅さん、編集部の武田さん、渡邊さん、園子さんと、焼き茄子やモツ煮込み、軟骨唐揚げ。前も思ったが武田さんの話異様におもしろい。タクシーで大塚の湯浅さんち経由で尾久へ帰る。

2009年4月19日(日)
朝方ちょい創作。昼から机まわりなどテッテーして掃除。こうして引越からまる二ヶ月でようやく家の引越荷物が片付いた感じになった。家じゅうの花が企み顔でクフフと笑う。夕方、林静一さん、猫目の佳菜子さんらご来訪。家を見て座敷見て林さん座敷にあぐらかき、家としっくり落ち着いてはる。佳菜子さんにワインいただく。園子さん手製のヨーグルトと果物のお菓子。家のなかを探検し林さん的確な場所場所であぐらかいて座る。涼しい場所を見つけて寝ころぶ猫のように。途中でアタイとおそろいの本牧Tシャツ着たアイちゃん来はる。皆おなかがすいたようだったのでもっちゃんに電話し6時過ぎにもうおおきに屋。奥のテーブルに座るのは久しぶりだけれど半分くらい店側の人間の感じ。春の野菜の前菜、ぐじ、しおから、コラーゲンの元のもの、スープにみんな感激。唐揚げ麻婆とパンの取り合わせは遠いシベリアの熊のこころをもうつであらう。緑色の桜があってねといったら誰ひとり信じてくれない。林さんとは15年前くらい新宿のゴールデン街で会って、それからいろいろ話をしたが、アタイはホラをふいたらホーホーと感心され、ほんまをいうたらそれゼッタイ嘘だね! と断言される傾向がありまんねん。つづけて祇園いそむら。観光で来ていようが京都でいると観光者でも傍観ではすませられないときところというのがたまにある。12時頃までいて失礼しますと頭をさげ、佳菜子さんの知っているという錦のそばの離れの座敷がある飲み屋へ。遅うまでやってんのに働いてはる若い女性も男性も溌剌としてて昼夜逆転やなと思った。誰がいいだしたのかアメリカの49州を全部あげるという環状線ゲームになって、半分くらいでいったん詰まり、にじりにじり増えていったけれど結局40くらいでどうしても出なくなり、そして飛び石のようにア、アレ、とみなでいいあって結局45まで出たけど後が出ない。三時に音をあげ、林さんらはホテルへ、我々もサッとタクシーで家へ。寝しなにア、と思い出す。あと3コ。

2009年4月18日(土)
朝にダッシュで河出の太宰治原稿。吉幾三を聞かずして太宰治を語ることはできない。昼前にオワル。京阪で大阪へ行き、アメリカ村のナイトビートレコード、タイムボムレコード。シングル盤がUFOのように飛来する。帰りの電車で満州本読んでいたらエライお勉強でんな、と隣に座った丸坊主の八十くらいの男性に声をかけられた。フイチンさんのジャングイ様みたいな。家に帰ってきたのは7時。ヒヤー、一日いないだけでもう別の家のように片付いている。園子さんはホホホと団扇であおぎながら腰はがっくんがっくんしているのだ。風呂にはいり、晩ごはんは、鯖の塩焼き、ホタテとキノコの中華野菜炒め、小松菜のおしたし、もずくのミョウガ和え。京都の鯖は変哲もない鯖でもものすごくおいしく、それは鯖を食べてきた歴史と舌がそんだけ分厚いのやと思う。そうそう帰りしの電車で満州のー、という話をしてたらいきなりついてたテレビに満州の黒竜江が映って驚く。満州ロケのドラマがはじまったのだった。正座して見る。ウー、満州も分厚い空間だと、わかっているつもりではいたけれども。いまここは京都なのか。たしかめるために小さな音で円盤かけていたら頭上で声がワレワレハウチュウジンダ。

2009年4月17日(金)
いろいろ電子メールに返事。ちょっと創作。三時に出がけに辻タイガーくんからいしいちゃーん、とシェーンみたいに呼ばれるシェー。自転車でどこいくのん? 画廊ていうところで人に会いにいくねん。フーン、なんで。それはオッチャンがさびしい人やからやで。フーン。御池通をまっつぐ西へ、烏丸をくだり、四条過ぎたところに精華大学のギャラリー、シンビがある。受付で名を告げると田村さんが出てきて一階の喫茶店で話す。田村さんは湯浅さんと会ったことがあり、京都だけでなく各地で音楽のことをいろいろやっており、その場小説や、レコードをかけるイベントのことであれやこれやと盛り上がった。さぞ古い、趣味のいい京都の家で育ったのだろう。大津にSP盤買いにいきましょうといって、コンタフレックスで撮影。自転車押して四条通を渡ると、ア、こんなところにバナナの看板が! ジョーズガラージというザッパな名前のレコード屋は前は銀閣寺から今出川通りをおりていったところにあって、昼間本を読むのがつらくなると歩いていってあれはこれや、これはあれや、ととっかえひっかえやったあと一枚だけ買うて帰るというようなことばかりだった。それがいつの間に大丸裏に。入ってご主人の兄ちゃんに今出川の話をしたらアー、ということになって、ンジャー、とシングル盤の棚を見たらジョーズ・ガラージの7インチがあったので記念にそれ買うた。ジュンク堂で雑誌、印無き店でCDケース、ムツミカメラで現像された写真をうけとって遠征からヤット帰宅。風呂はいり、晩ごはんは、松本の中嶋家のお母さん風きんぴら、ほうれんそうと揚げのおしたし、冷や奴、かしわの香草炒め、平子いわしのムニエル。アー、ロバ、ちゃう、馬。

2009年4月16日(木)
朝に資料整理し、午後は創作。夕方、続木さんに教えていただいた八坂さんの南の画廊へ行き白州さん展みる。石塀小路になどまぎれこむのはもういつ以来やら。このあたりに朝の五時くらいまでやってる定食屋があってそこにわざわざ自転車で来たもんやった、腹空いたからいうて。八坂さんを抜けて六時前に祇園いそむらでギムレット、歌舞伎話、舞妓話。晩ごはんは丸太町筋まで歩いていき吉田屋食堂でエビの素揚げ、チヂミ、白アスパラ、韓国トルティーヤ、ハンバーグたべる。矢野さんと住吉さんがイーといっていた店で吉田さんの縁。これからもヨロシクオネガイシマスと挨拶する。帰って猫体操。春の夜ンアーオ、ンアーオと猫ら首のばし鳴く。

2009年4月15日(水)
曇りの薄明かりで起きる。午前中満州行きでハルピンの氷祭で驚く。ウーンロシア正教の十字架かー。午後もつづき、夕方机を叩き、丸太町の橋を渡って重い物をもちあげたり足で引き上げたりということをしにいく。これと鴨川走りを交互にやったらだいたいよい。晩ごはんはロバも喜ぶ野菜冷や奴、蚕豆、若竹煮、宇和島の揚げかまぼこ、すずきの酒蒸し、豚とパプリカとピーマンの炒め物。フイチンさん読む。話を読む前に線でもう感激。

2009年4月14日(火)
ちゃんとした雨が久しぶりに降る。午前中満州行き。なんやらたらたら寒い。あたいハンバーガーってもの食べてみたいな、とちばてつやのあかねちゃんの園子さんがいっていたのを思いだし、お昼は傘さして岡崎のそういう店にハンバーガー食べにいく。ハンバーガーというものを食べるのはわからへんけど20年ぶりぐらいかも。そもそもどういう形だったか思いだせない。エ、もっとアコーデオンみたいに蛇腹状になってませんでしたっけ。図書館へ様子見に行き、帰って座敷に積みあがったCDとDVDの整理。要るCD要らんCD。要るロバ要らんロバ。ロバ要らんていわないでくださイオー! 少しずつ少しずつ部屋の畳の面積が広がってくる。園子さんはあかねちゃんからサマンサとなって唇をテケテケテと素早く動かしあの膨大な「もの」を押し入れかどっかに移動させたのだろうか。晩ごはんは喜多さんに教えられたお好み焼き屋ぞろんぱへ。荒神橋を渡って河原町をちょっとあがったとこ。背の高いやけに男前の男性の店員ばかりで空間が広い店だった。格闘家はお好み焼きが好きなんのねん。お母ちゃんのお好み焼き、というのんと、お父ちゃんの焼きそば。たしかにうちでも日曜となると父が焼きそばを焼いてうちは男ばっかし四人きょうだいなんでテーブルで焼きそば焼いてたらそばの山で向こうが見えへんかった。そういうのとはちがうけれどここのもまた別のお父ちゃんの焼きそば。隣の女の子らの鉄板をみるとお好み焼きの上にタルタルソースを塗り込めるのが名物らしかった。タルタルてダッタンでっか。遅うまでやってる古本屋で江戸の男色の本、伊藤理佐のマンガ、水木しげる先生マンガなど買う。加茂大橋渡り、鴨川沿いをくだる。京都の夜は暗いとこはほんま暗い。黒猫の巨大な背中を歩いていくようだ。

2009年4月13日(月)
暖かい日でTシャツでよろしやん。午前中原稿送りなど。昼はきただで冷やしのうどんを食べたらウーンだしがあるぬくいほうがええかなと思った。そいからブラリ平安神宮にいったらホンマにホンマもんですな。びっくらしました。ワーヤワーヤと団体さんがつぎつぎ押し込められてきはる。なんにも動じひんここの桜の偉大さは横綱土俵入りどすな。歌右衛門はんどす。帰って自転車で河原町のカメラ屋のむつみでフィルム出し。アンティークカメラ屋サクラの二階へのぼっていくと、何十年もののようさんのカメラがまわりでうちらのことじっと見はるん。うちが聞きたかったんは戦前のフィルムはどんな風に装填されてはったか、愛好家の旦那はどこでフィルム買うてはったんかいうようなことでな、お店のおじさんいろいろカタログ見せて説明してくれはるん。1コ1000円で空のニコンのパトローネ売ってたん買うた。ライカのんはやっぱし高いんやわ。ジュンク堂で園子さん指定の雑誌買うて三月書房にまわったんやどめざす文庫本はなくて別の詩の本買うた。自転車でスーと帰ったら園子さんまだ帰ってなくて鍵もってへんし、まあええしと太陽レコードにいってご主人にレコードと前の京都の話きく。こんなんありまっせいうてSPの春日八郎の妻恋峠、春団治の田楽喰い、それぞれ50円くらいで売っていただく。五月みどり買う。帰ったら園子さん戻ってはって実家に帰ったんやのうてうちほっとした。お風呂、上がってから春日八郎かけたら湯気がたちこめる。湯気あげてサンダルでビール買いにいく。晩ごはんは、水菜かまぼこキノコサラダ、蒸しアスパラ、蚕豆、ほたるいかの酢みそ和え、ぐじの塩焼きはタイムセールしてたから。猫ぐじぐじ。ウーマイなあ。食後にマンボやジャンボ、サンボ聞く。

2009年4月12日(日)
午前中猫文字日記。コンタフレックスのファインダーには右と左が反転して像が映る、なので地図で見て右京区と左京区がこのようにある京都を撮るのにぴったりのカメラかもしれない、ということを書いた。撮影していると一定の年齢以上の男性が熱視線を投げてくるのは以前と同じ。昼から平野神社、のつもりがバスを乗り過ごし次のバス停で降りて先にわら天神にお参りすることに。わらってエライんだね。フーン。わらわらわらわら。そして平野神社。右にも左にも桜また桜それぞれ違う種類の桜。花の色が緑色の桜さえある。ギョイコウというもん。えらいもんですな桜て。そして少し葉桜っぽくなっていたが、海の家みたいに床と屋根をつくり旗が立っていて団体で花見が出来るようになっていて、これは大人数で来たらもりあがるだろうなと思った。桜のユーエンチだ。バスで帰り、平安神宮の人混みを避けて、岡崎のオシャレーなガラスの料理屋で持ち帰りのおかず買う。着物を着ている女性の二人連れをよく見かけるがいまは宿やホテルでそういう一式貸してくれるのだ。帰って風呂にはいると庭のモミジが揺れている。湯上がりに猫と寝っ転がり届いたレコードかける。台湾歌手の青々、13歳の少女ロッカーの「タンゴには若すぎる」という歌や、インドネシア歌謡のアイドル、サンヨー電気のコマーシャルソングのジャズなど。ごはんは持ち帰りのおかずの、豚と鶏のパテ、ほうれんそうとコーンのサラダ、にんじんとりんごのサラダ、鯖のトマト煮、グリーンピースのスープ、平野神社のそばの西大路に面したところで買ったエライおいしいパン。今頃平野神社では宴会をやっているのだろうか。京都では東京とちがって学生や新入社員が夜に場所とって一番佐藤歌いますと起立してパフュームを唄うとかいうようなことはあまり公共のところで行われていない。夜は人間とちがうものが宴席を開いているのかもしれない。10時頃からパリ〜ルーベのレース見る。園子さんは女性らしくトム・ボーネンが好きですがここ何年かは結構いいところでアーアと膝をつくことが多かった。先週のフランドルもそう。では今回は、と見ていると得意なレースだけに横綱の走りでまっすぐにゴールまで突っ切った。まぼろしの猫らと園子さんインタビューに飛ぶ。

2009年4月11日(土)
朝から大荷物ダワ。荷物をタクシーのトランクに入れ、タクシーで湯島のトーキョーワンダーサイト。開演まで時間があるので湯島天神、神田明神あたりを歩きながらコンタフレックスTLRで空気撮る。このカメラはファインダーを覗いたときもそうだが、現像すると、シャッターを切るその空間、時間を立体の空気のかたまりとして切りとってくるという感じになる。そして京都はもちろん湯島あたりの空気には気体だけでなくいろんな目にみえへんものが詰まってる。園子さんは湯島天神のなかのガケが丸坊主に刈られていたのに毛をたてて憤慨していた。エコやから、ちゃう、猫やから。聖橋を渡り、神田川の緑色を眺め、パンを買ってまたワンダーサイトに向かっていたら前にミョーチキリンな格好の男女が歩いているネ、プクク、と笑いをかみしめていたらそれは鏡だったというオチでなく、しもんくんとレイコちゃんが先を歩いていた。追いついて並び四人組。ワンダーサイトのリゾートのコテージのヨーなマッチャーイシツでレイコちゃんは京都ミヤゲのカワミチヤーのソバボーローを左右のテーデむさぼりマーシーター。そばぼうろという菓子は園子さんをはじめ東京の人に人気があるがうちはいつもこれがあっておやつといえばメザシかソバボーローか肝油だった。ソバボーローの丸いのはあれは穴の部分とレイコちゃんが分析。そして時間が来、下におりていってその場小説。ここにいない戌井さんが神田川にドザエモンになって浮かび順天堂病院でバラバラにされ燃やされて灰になり、それを湯島天神に撒くとにょきにょきヘンな樹が何本も生え、そして200年後には何百何千の花を咲かせそれはすべて戌井さんの顔がガハハと笑う戌井花で、あまりのうっとおしさに湯島の町会は切り倒すことを決め、すべて切り倒して燃やして灰にし、船で瀬戸内海を運んで犬島にコンクリートに混ぜて固めてしまうことにしたが、そういうのはヤダナー、と思った灰の戌井さんはブワッと船の外に風とともに浮きあがり、鳴門の渦にまかれてぐるぐるぐるぐる、いぬいぬいぬいぬいぬいぬいぬいぬい・・となってそして渦の先、とある場所へ出てきて、という話。題名は「灰」。その間しもん&レイコは同じ場所で色と線の渦で周囲に灰を散らしていたのだった。そのあと鼎談。司会の住吉さんがモロ体調悪そうだったがそれでちょうどよい浮き具合の会話になっていた。終わってから短く歓談し、お茶の水から東京駅、新幹線で京都。アタイの好きな葉桜ばかりになっている。ノーコーな夜の空気。トランク類を家に置き、フイー、と力を抜き、まあ近くで軽くておいしい店ということで晩ごはんはとりと。店の前で女性三人組が待っていたけれど二人席があいたので先にはいることになったがガラスのすぐこちら側なので視線がミシミシ背中に刺さるなかいただくレバーやささみは独特のものアルネ。でもオイシーね。ふり返るといなくなっていた。バタタと鳥の飛び立つ羽音がきこえた。

2009年4月10日(金)
朝からお茶。行の点前。穴だらけ。茶通箱のお客。アップアップ。すべからくタイミングと言葉。頭でわかってもそれはそれ。夕方5時に六本木に行きアスミック。漢字っぽい話とこれからの話。終わってすぐ、5時40分にABCで河出の尾形さん。近くのコーヒー店に駆け上がりイヨイヨ新刊ゴー! との話。まぼろしの猫ら瀬戸内のほうへ走りジャコ天をむさぼる。ア、6時。尾形さんに挨拶し日比谷線で銀座にいって二度いった料理屋がわからずウロウロしていると猫電波が届きそちらへツー、ツー、と歩いていったら園子さんが立っていた。その上のそったくというお店で新潮の須貝さんと合流。春のたけのこ料理。からすみと酒粕の組み合わせは宇宙一の猫殺し。多方面の話してゴチソウサマでした。徒歩で西日暮里から歩いて帰る春の夜。ア、隣をいま白い人間大の猫のようなものが。

2009年4月9日(木)
午前中家の二階でクロワッサン。京都の東山通りで肩に横向きに犬を載せて自転車で爆走するおっちゃんを見た話をカキマシタ。午後から飯田橋、東京も桜でんな、コンタフレックスを構えて神楽坂や神田川を徘徊。夕方に法政大学の岩瀬さんと合流し若者がもう酔っぱらったようになっている土手沿いを歩いて法政大学へ。考えてみれば法律と政治で法政なのか、法子と政やんで法政なのか、ウーン。口に出さないで案内され、建物のなかへ入ると大学という寄り新しいオフィスビルのようでエレベーターもなんやら新しい。おっちゃんの若い頃は大学にエレベータたらもんはな・・・イヤ、あったあった、いま思いらした、ケドご老体か車椅子かというような事情の人しか使たらあかんかったんや、使たらロープ切れて落ちるいわれてたんや、エレベータが開いて出てきた外人さんがいててどっかで見たことある人やけろ誰やろと思てたらジャック・デリダやったんや。まあええとして。オフィースのような会議室で文芸誌インタビュー。大きな流れと巻き込んでくる流れ。ケッコウでした。終わった後トイレにうがいにいったらユッコ仰天、テ、学校のトイレなのにサー、ゲーノージンとか行きそうな超高級ホテルみてーなピカピカのトイレでサー、ユッコうがいしながら喉ビクビクだよ。でも鏡んとこに、この水道に絶対にカップラーメンを流さないでください、テあって、ユッコちょい安心したよ。サー苦学苦学。中華風の格好で中華料理。というのも赤いジャージに金色の靴を履いていて正月飾りのようだ。土手ではカップラーメンをトイレに流しそうな男女が盛大に桜の木の下で飲酒して騒ぎ桜など誰ひとり見てはいなかった。地下鉄で赤坂のトラウマリス。テーブルではまじめそうな会議が行われ住吉さんは声をひそめアタイがなんかヤバイことしないか警戒しているようだったがなんもしなかった。ただ五杯カップヌードルを洗面台に流してみただけだった。来ないはずだったコースケたまたま来て驚く。千葉さん岡さんにつづきヤッパ人は場所に来るのだ。カウンターで白酒。隣に座った秋吉さんと語り、方向が一緒ですねとタクシーに乗り、アーここですと降りた場所を見あげて思わず笑った。アー、ココですか。人の縁の網の目のさみだれの。そのままひとり、ひとりではない気分のまま尾久へ帰る。

2009年4月8日(水)
今日はお釈迦さんと園子さんと他にこの日に生まれたすべての人の誕生日だ。めでたい。ちなみにアタイの誕生日はお釈迦さんの命日です。ネハン。西日暮里から千代田線で下北沢、ノアルイズ・レコードでブルースSP、台湾の歌手青青ちゃん、ボ・ディドリーなどバハハーイ、ケーロヨーン。また千代田線で乃木坂、美術館の図書室で中国の笑みと鉄道について調べていたらもう6時だった。ABCにいったら園子さんがいて、猫のように首をまわしながらネー、ちょっとアノ、岡さんがいらっしゃるみたい、というのでエ、と思って上階へいったら文春の岡さんが店員さんと話している。昨日の千葉さんにつづき会うところに人は来るのだ。立ち話していたら柴田元幸さん来られ、これからここABCでイベントなのだった。園子さんとうちは晩ごはんのために六本木のビルの地下の東南アジア料理屋へむかった。店の人に横山自動車Tシャツほめられた。ときどき突発的にクレイジーケンバンドかけまくりの夜をやるそうだ。イエーイエーと六本木通りを進み、スーパーデラックスの入り口にいったらそこにうちの兄がいた。場内はまだ開場していなかった。開場してはいると受付に田中さんがいた。ボイドの樋口さんが灯台のように見渡している。猫目チーム、池田さん、河出の阿部さん、吉住くん。予定時刻を少しまわってギョワアアンとギターが鳴り湯浅湾3時間ライブがはじまった。「港」にはいっている曲もそうでない曲も。なんというかこの地に足の着いた浮遊感というかどこまでも流されていくのが人生だ的なざらざらした明るさはなんだろう。スーダラ節が身にはいっている人らが2009年スーダラ節をやるとこんなようなものになるのか。バックで何人もの五月みどりや西田佐知子が現れては唄いそして消えていく。さまざまなものが入れ子状に含まれていて気づくといつのまにか外の平原に立っていたという音楽。3時間まったく休憩なし立ちっぱなしで湯浅湾のライブはギター音の増幅の彼方に遠のいていった。喝采し、皆嬉しそうに揺れ揺れ帰っていく。生ビールもっていくと湯浅さんはみずからエーこのまま打ち上げなんで適当に飲んで喋って帰ってください、とまだ立ちっぱなしのままいった。音楽ができるのはイーヨナー、とまぼろしの三味線を握りしめてカウンターの端でごくごくビールのむ。日比谷線終電車で尾久へ帰る。

2009年4月7日(火)
午前中創作。午後にタクシーで川端通りをくだっていくと四条から五条、七条と桜がフフフ、ハハハと笑いながら人間に腕を振り上げているのが見えごっついところだと思う。重い荷物引いて新幹線。有楽町からトランク引きずり松竹へ。新入社員の青年子女が訓辞をうける横でパンツや靴下のむきだしのトランクあけてお土産さがしてたらオーゥと声をかけられ見あげるとそこに関さんがいた。ヨヨヨ。新しい松竹のビルの今風のカフェーでお茶。とある秘密のお稲荷さんにお参りし、秘密の小部屋をのぞかせてもらう。時間があったのでそのあとルノワール。ルノワールという喫茶店は昔からよくいくがユトリロというバーもあった。モジリアニは駄洒落の得意な兄ちゃんである。などと思索にふけっているうち時間が来て西日のなかでコンタフレックスを構えているとそこにスーと見覚えのある人の姿が浮かびあがった。焦点が合うとそれはかっこいい着物の千葉さんに変わった。歌舞伎の昼の部を見に行っていたのだ。楽屋口のほうにまわって写真撮らせてもらう。再見。4時過ぎに園子さん人混みを縫って猫のようにやってくる。夜の部は毛谷村、吉田屋、曽根崎心中。義太夫狂言。三味線がビュンビュンまわり、いきなり花が開き、暗くなったかと思うと涅槃への道が通じてそちらから光がさしてきた、というような五時間。人形がやるのでなく生身の人間がやるということの本質はお初の首や足からしたたっている。晩ごはんは幕間のうなぎと寿司。銀座ライオンでビール飲んで三味線に追われるように尾久の家に帰る。

2009年4月6日(月)
イー天気。朝創作。疎水の桜ええよね婆さんばっかしで。午後は法然院墓参。しだれ柳はまだ五分咲きといったところ。浄土寺から乗ったバスがもうたいへんで桜をかぶったおばちゃんらでバスのなかでソーセージができそうなくらい混んでた。学生の頃、この時期に市バスに乗るのは猿野郎のすることだと思ったことがあるのを思いだした私は猿野郎だよオイモイ。五条まで下がり、関さんへのおみやげを長兵衛さんで買い、提灯の森川商店でお祭り用の提灯を注文する。提灯にそれぞれ屋号や名前を入れてもらうのですが、うちの屋号はねこだらけなのでそういおうとしたら園子さんが慌てて石井でいいれす、と先手を打った。三吉ハ〜ン。なぜか急に空腹感が募り、どないしよ、いうて寺町を這っていたら園子さんが名案をだし四条通の雑踏んなか、大丸の地下食品売り場を欽ちゃん走りでめざす。牛の肉にはなんかソーユーちから、アールーヨーネー。三島亭の小ちゃいカウンターですき焼き定食。滅茶苦茶おいしい。鴨川沿いをあがり一旦家に戻り日暮れの岡崎。穴場スポットでアタイはビール園子さんはエクレア。アーターイーラーみたいな。昨日までついていた照明は今日はついていないけれど夜に腕を伸ばす樹の影というのも京都の底に流れている力の発露だ。帰ってくる途中、うちの近所の琵琶湖疎水の桜がいちばん光っていることに気づき家からワンカップもってくる。園子さんは黒糖ようかんたべる。疎水沿いに並ぶ立派な桜の木を、桜木君、桜子ちゃん、警視庁と命名。手をふりながら後ずさりで家に帰る。ジャーまた来年。

2009年4月5日(日)
イー天気。家で満州。昼はきただで園子さんきつねワシたぬき。午後四時まで創作し、鴨川を渡ったところの運動クラブに新元良一さんの紹介で入会する。そうすると僕は入会金がただになり新元さんはオコヅカイかもらえるのだ。受付の田辺さんイー人だ。新元さんに道具の使い方教わりながら次々に重いものもちあげてみる。もちあげたりひねったり押したりする器具が、松本や東京でいったところに比べて三倍くらい種類があり、そして人も多い。ものすごい重いものをウエッ、ウエッと奇声を発しながらもちあげるえらいガタイのいいおっさんのことをじっと見てしまう。ジュネ。ひととおり持ちあげ、新元さんに挨拶して橋渡って帰る。外で遊んでいた辻兄弟にひとつずつカエルあげる。それはプラスチックのカエルとガラスに煮こごり状になった文鎮のカエル。晩ごはんは、めちゃくちゃおいしいサヨリ、ほうれんそうとしらす和え、里芋煮、レンコンのきんぴら、甜麺醤のない回鍋肉。京都競馬場。馬買った馬買った。チャラッと桜散歩。疎水のところの照明会社の前の桜よろしおす。というのも水辺に枝を滝のようにおろしている桜の後ろから、照明会社の腕の見せ所とばかりに絶妙なライティングを施してある。岡崎の疎水沿いの桜も夜まで働いているが午後9時になったその瞬間すべてのあかりがパッと落とされ園子さんがアイヤッ、と叫んだ。桜の残像。帰ってツール・デ・フランドル。二連覇とは! レンパてカタカナで書いたほうが晴れやかでんな。

2009年4月4日(土)
朝から満州調べ。雨やからね、降ったりやんだりどす。事変のこと、カメラのこと、ハルビンのこと。気づくと目が星形になっている。つっかけはいて近所をぐるっと回って白いエビスビール買って帰る。宇和島からすんばらしい天ぷらセット届き猫の母ヨヨと泣きくずれる。でも段ボール箱にはいっていると昔の捨て猫の感じだ。風呂にはいり、晩ごはんはゆば煮浸し、ゆばときのこの吸い物、鯛の香草蒸し、蚕豆、キャベツのレモン汁サラダ、宇和島のジャコ天。ジャコ天うまいなあ。アタイジャコ天になりたい。戦争のテレビ番組みる。ジャコビニ流星の走る東山の天に星が出ている。

2009年4月3日(金)
午前中創作。昼にきただでうどんを食べてから園子さんと花見大散歩。ギュー詰めのバスでまず銀閣寺までいき数日前園子さんが両親といったという哲学の道へ。ウワー桜や、ウワーおばちゃんや。思えば花見とかにヘンと尻を向けていた学生時代に春に哲学の道など来ようと思ったことがなかった。みんな桜の花びらで酔ったみたいな顔になってる。フラフラと歩き、谷崎先生墓所に参って、それから南禅寺。山門に座ってチョイ休憩。学生のころ急に外へ出て目標もなしに、青はなんで青というんや、ナー青、などとぶつぶついいながら歩いていって、そしてふと気づくとこの南禅寺の門のところにいる、ということがやたら多くあった。そういうときに限ってまわりに誰もいないのだ。今日は牛の放牧場みたいに人がモーモーといる。そのまま神宮、知恩院を抜けて祇園いそむらへ。コンタフレックスをひと目みて感激するいそむらさんにまた感激する。園子さんは若いお酒、アタイはギムレット三杯、ビール一杯。テレビの阪神戦6回でカエル。今日の締めはウワー、お好みやー。近所の夢屋で塩焼きそばと九条ねぎ焼き。頭モーローとしてるなかに濃い味のものはいい。帰って正座して回転するレコードを見る。ストン。

2009年4月2日(木)
疲弊しているけれど溜まっている電子メール、日記。午後から自転車で堀川丸太町まで走り、イタリア料理屋で園子さんと両親、お姉さんと合流。ヤンキーのたまり場風かと思いきやイヤー、おいしいわ、サラダも麺も鯛のソテも。自家製フォカッチャも。フォカッチャという言葉を見ると忙しいのに意味なく笑うオカアチャンのことを思い出す。それにしても東京の店と京都のちがいはなんでこうでてくるのやろと考える。みんなはそこからタクシーで京都駅へ。アタイは学生のとき以来の地元の名店太陽レコードへ。とても全部を見ることはできず、ゴマスリ行進曲、王将、アカシアの雨などひとまず買う。激安。ご主人に当時の歌謡曲の録音について教えてもらう。午後はしばらく創作。風呂にはいり、風呂上がりにつっかけはいて丸太町通りの山本酒店へ。白い缶のエビスビールが出ていてフシギなので買うと、ご主人がコレあっさりしててうまいんのに夏にはもうあらしまへんねんといってた。晩ごはんは、キャベツのレモン汁サラダ、あまえび、ひらめ刺身、茹でそらまめ。レコードかける。園子さんにゴマをすろうとしてもすりこぎ渡されてハイ! それまでヨ。

2009年4月1日(水)
さぬきで起き、昼前までさぬきで創作。さぬきうどんとたぬきうどんの区別がつかない外国人は多い。昼前、六本木のアスミックという会社へ行き皆さんとイタリア料理屋へ。店内はスーツ姿の若い女性でいっぱいでときどき背広のにやついたおっさんが見え、アー新入社員ですよ、と誰かがいってナルホドと思った。若い女性たちは入る会社が決まってしかも初日からイタリア料理屋でふるまってくれるような会社なのよアタイが入るのはフフフ、と陽気な感じがあり、おっさんらも若い女性らにとりまかれながら君ら全員今日から俺のいいなりだホホホ、と内心で思っているのである。物作りの話、契約の話する。大江戸という言葉はやっぱし変ではないかと思いながらつり革を握り清澄白河。東京都現代美術館まで歩き、本屋や内装を見ながらブラブラ歩く。矢野さん走ってやってき、池田亮司さんと挨拶する。マスコミ向け内覧会、池田亮司展。森に入っている感じがした。池田さんが作ったものなのだがそれは大きく転回して山や波や空気の流れに触れてい、そのいちばん似ている感じは、深い森にはいって真上を見あげ、青空をさえぎる木の葉が風で細かに揺られている感じだと思った。そこに猿や鷹や見たこともない生き物が降ってくる。スゴイ。楽しい。地下へいくとそれは視覚でそうだったと思っていたものを聴覚というか、人間の、空間をはかる器官をよびさますような展示になっている。白い空間を足の生えたコウモリが飛びまわる。矢野さんが撮ってくれたデジカメの写真で何じゃこりゃと思ったのはアタイのジャージの赤さだった。現代美術館の入り口で大竹さんと合流。そばのそば屋でビールで乾杯し、直島の進展具合などうかがう。カレー南蛮を食べ、わしはタクシーに乗り、大竹さんと矢野さんは場内へ戻っていった。東京駅から一路京都、家についたら尾久の両親とお姉さんがこたつでいた。こちらも京都へ来ている兄とすぐ連絡がつき、園子さんと祇園のバーいそむらへ。松本城の黒門、南座のいちばん高いところ、名古屋城、伊勢神宮、平等院の鳳凰のしっぽ。国宝の屋根にいそむらあり。というかいそむらさんがもう国宝それ以上だ。外へ出ると雨が降り出していて、兄は走ってホテルへ、ワシと園子さんはタクシーで東山通を突っ切った。

ごはん日記でおなじみの
「まるいち魚店」
▼新刊 発売中▼

●「四とそれ以上の国」(文藝春秋)より発売中

いしいしんじ

【PROFILE】
作家。大阪生まれ。現在、三浦半島の三崎と信州の松本に在住。著書に小説『ぶらんこ乗り』『トリツカレ男』『麦ふみクーツェ』『東京夜話』(新潮文庫)『プラネタリウムのふたご』(講談社文庫)『ポーの話』(新潮社)『みずうみ』(河出書房新社)など、エッセイ・対談『その辺の問題』(中島らも共著/角川文庫)『人生を救え!』(町田康共著/毎日新聞社)などがある。お酒好き。魚好き。メカおんち。きれい好き。

いしいしんじの水洗コーナー
2009.09.10
アトリエダンカン「トリツカレ男」
湯浅湾 港
主演の原田郁子×いしいしんじの対談です!
natalieの特集記事はこちら>
【最近の仕事 2/18更新】
▼ 出版予定 ▼
●単行本「赤ずきん」文いしいしんじ 絵ほしよりこ
(フェリシモ出版)
▼ 出演・催し物など ▼

●冬のメトロ大學「蓄音小説の会」
講師 いしいしんじ


第一部「その場小説」/第二部「蓄音ライブ」

前半、ステージの上で僕が小説を書きながらそれをライブハウスらしい爆音でマイクで読んでいきます。鉛筆を削る音や紙がこすれる音も拾います。
後半は、ブルース、ロックンロール、ジャズから得体の知れない音源まで、20世紀の様々な音楽の、オリジナルの音源であるSP盤を、最強の再生装置「蓄音機」でかけまくります。たぶん「レコード」に関して持っているイメージが爆発します。(いしい)

場所:京都クラブメトロ
日時:2月24日(水) 7:00PM 開場
7:30PM開講→9:20PM終講予定
入場料:1500円(1DRINK付き)
詳しくはこちら >>
ご予約メールはこちら >>
※公演日、お名前、メールアドレス、希望人数を明記の上お送り下さい。

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●いしいしんじの花まつり
@曹洞宗 萬亀山 東長寺


日時:4月8日(木) 開場19:30/開演19:45 
会場:曹洞宗 萬亀山 東長寺
東京都新宿区四谷4−34 TEL: 03-3341-9746
丸ノ内線新宿御苑・四谷三丁目駅/都営新宿線曙橋駅 各駅より徒歩7分

【内 容】
「その場小説」と「蓄音機」の二本立てです。まず、お経を詠んでもらったあと、小説をその場で書きながらマイクで読んでいく、ということをやります。どういうものになるか、その時になってみないとわかりません。原稿のコピーを一枚ずつ、来場した皆さんにさしあげます。それから、ブルース、ロックンロール、ジャズから 得体の知れない音源まで、20世紀の様々な音楽の、 オリジナルの音源であるSP盤を、 最強のタイムマシーン・蓄音機で聴いていただきます。「レコード」とは、こういう音がするものだったのか、と驚愕することうけあいです。
(いしい)

入場料:1500円
ご予約メールはこちら(住吉智恵)>>
お問合せ:東長寺 03-3341-9746

▼ 連 載 ▼
●「自転車日和」(辰巳出版)にて
エッセイ「自転車A面B面」
●「京都新聞」夕刊 第1・第3月曜日にて
「京都猫文字日記」 こちらでご覧いただけます>>
●「真夜中」にて長編小説「雪」
●「読売新聞」にて「本のソムリエ」(不定期)
●「クロワッサン」にてエッセイ「ああ驚いた」
●BAR FLOWにて小説
「みち子の叫び」(CLIPPING 310141)
スクラップブックを使った佐藤理との共同作品
「祝い酒」(POSTER 141310373)ポスターを使ったOSDとの共同作品
ほぼ、月一回連載中

BAR FLOW
港区赤坂8-13-19インペリアル赤坂一番館地下B102
TEL.03-5474-1885
(18時から26時まで営業、日祝休み)

▼ 寄稿・書評・コメントなど ▼

●週刊文春9月11日号に書評 
「四人の兵士」ユベール・マンガレリ著・田久保麻里訳
●別冊文藝春秋四月号にて短編小説
「渦」
●芸術新潮4月号にて紀行エッセイ
「バルザックの家とフジタの家」
●考える人春号にて海外小説
ベスト10アンケート+ドストエフスキー『白痴』エッセイ
同人誌「イルクーツク2」に小説
「塩浄瑠璃」

●別冊文藝春秋1月号に小説「峠」
●芸術新潮12月号にエッセイ
「踊るきのこ 南方熊楠の菌類図譜」
●週刊文春12月6日に書評
「灯台守の話」 (ジャネット・ウィンターソン著・岸本佐知子訳)
●別冊暮らしの手帖
「わたしの好きなインテリア雑貨」
にてエッセイ「わたしと本棚」
●かまくら春秋11月号にて
エッセイ「野性のエレキ」
●エスクァイア12月号にて
エッセイ「ハワイをやる」
●新潮社「波」11月号にて
「ジョン・アーヴィング『また会う日まで』刊行記念座談会」
●「圓太郎馬車」(正岡容著・河出文庫)に解説
●本の雑誌8月号にてエッセイ
「私のオールタイムベスト10 ばさばさと「めくって」きた本たち」
●飛ぶ教室夏号にて
短編「リキテンシュタインの法律」
●「西の旅」夏号にて短編小説「船」
●「パピルス」8月号にて短編小説「小包
●「ナンプレファン」8月号にてエッセイ「自分でも呆れる思いこみベスト9」
●東京人6月号にて座談会
「作家と画家、街の歩き方」
鬼海弘雄×大竹伸郎×いしいしんじ
●銀座百点五月号にてエッセイ「タッちゃんとカッちゃん」
●新刊展望五月号にて対談「『みずうみ』の水面と水底」(デザイナー・池田進吾氏と)
●ビッグイシュー日本版
69号にてインタビュー
特集「わからないからおもしろい」
全国のホームレスが駅前などで一冊200円で売っています。110円が販売者の収入になります。 
●「パウル・クレー 絵画のたくらみ」(新潮社・とんぼの本)にエッセイ「オルフェウスの庭で」


【e-mail address】
mail@mao55.net
【mao55編集部からお願い】
上記メールアドレスで、いしいしんじさんへ連絡をとられる方はメールのタイトルを「mao55編集部【いしいしんじのごはん日記】」と入れてください。「はじめまして...」、「○○と申しますが...」、「ご無沙汰して..」、「至急...」、「会ってもらえませんか」などのタイトルはジャンクメールと処理される場合がありますので、お願いいたします。

【主な著作】

●「三崎日和-いしいしんじのごはん日記2」新潮社より発売中
●「東京夜話」新潮文庫より発売中
●「いしいしんじのキューバ日記」マガジンハウスより発売中
●「いしいしんじのごはん日記」新潮文庫より発売中
●「雪屋のロッスさん」
メディアファクトリーより発売中
●「人生を救え!」
(町田 康 :いしい しんじ)角川文庫より発売中
●「人生を歩け!」
(町田 康 :いしい しんじ) 毎日新聞社より発売中
●「トリツカレ男」
新潮文庫より発売中

坪田譲治文学賞受賞作
●「麦ふみクーツェ」
新潮文庫


●「ポーの話」
新潮社

●短編集
「白の鳥と黒の鳥」
角川書店

文庫版「ぶらんこ乗り」は、新潮文庫の100冊にはいりました。
●『ぶらんこ乗り』
新潮文庫

●『絵描きの植田さん』
ポプラ社


●『プラネタリウムのふたご』
講談社


第18回坪田譲治文学賞 受賞作品
● 『麦ふみクーツェ』
理論社

●『トリツカレ男』
ビリケン出版)

【amazon.co.jpで買える
いしいしんじさんの著作本はこちら】


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